第一期 始まりの初め
一部修正しました。
暖かい、何か幸せな夢を見ていた気がする。
それはすぐ手元にあって、当たり前のものだったと思う。
だけど、今は――。
×××××
目を開く。
そこには殺風景な土の壁があった。
起き上がって辺りを見回せば、平均的とされる大人一人が入れるくらいの棺にも見える縦長の装置が所狭しと並んでいる。
その中の幾つかは、中身が入っていない。俺も、数日前にそこから出てきたばかりだ。今も自分の寝床としている装置から出てきたところだった。
装置には、中身が入っているのももちろんある。
ただ、中身が入っている内2つくらいは、蔦のようなもので破壊されている。装置の中身は人間が入っている。しかしその2つだけは中身が白骨化している。ただ、それが本物なのかは分からない。
現在の状態は? いたってシンプル。理由は簡単、ほとんど何も把握しきれていない。
「ノズミさん、起きてたの?」
呼びかけてきたのは……なんという名前だったのか、思い出すのに時間がかかった。
ほぼ永眠状態から目覚めたばかりで、確かに目覚めて数日は経っているものの、この頭はまだ覚醒しきっていない。
「うん、少し前に、えーっと、なんて名前だっけ?」
いつも馴染みのある人以外を呼ぶ時にはあんた、とかお前、とか君、と呼んでいたから、どうも覚えが悪い。
とにかく目の前にいる彼女は、暖かそうな長袖の服と裏起毛の少しだぼっとした長ズボンをはいていた。
初めて彼女に会った時、初めに目に付いたのが、水を連想させるかのような蒼い瞳と、左目にかけられた片眼鏡だった。
現在も、その特徴はあるわけだが、名前がどうしても思い出せない。
「キューノ・サミィ、あ、この前はサミィ、としか言ってなかったよね、ごめん」
そうだ、サミィという名前だった。
キューノ、というのは初めて聞く、だからといって俺自身サミィの名前自体忘れていたのだから非を責める権利はない。
「気にすんな、そういや俺の名前、言ったっけ?」
互いにしっかりと自己紹介をしていないことに気付いた。
名前を互いに知っているということは、これからのことで必要になるだろう。
“これから”自分の頭はこの後が長いと考えているみたいだ。
「ノズミ、とだけ。女の子なんだから“俺”はやめたら?」
言われても直す気はない。ある程度の個性は必要だから。
こうやって印象付けておけば、次に会ったときに別人を演じられる。面倒ごとを避けるために変えているのだから、また別の一人称に変えることもあるだろう。
少し肌寒い、自分の入っていた棺のような装置にしまってある私物から、ウィンドブレーカーを取り出して着た。これを始めに見たサミィは、そんな着物見たことも無いと言っていた。
「いいじゃん特に気にすることでもないし、俺はノズミ・セイル」
「ノズミ、セイルね。あなたのはどちらが名字?」
聞かれるのも無理はない、学者――ただしなんて名前かは忘れた――の考え出したシステムで、名字と名前を勝手に組み替えていいとかいうおかしな制度を作ってくれた。
その制度の発案理由だけは覚えている“名前の方が名字らしい人もいるから”これを考えた奴は絶対に馬鹿だ。
名字にも、名前にも変わる名前。そういえば人の名前は、似たり寄ったりになってしまったと嘆く老学者がいたことも、記憶に新しい。
「ノズミ、の方。そっちは?」
「私はサミィが名字、キューノが名前」
変わった名前だ。なんて感想は飲み込んでおく。
俺の知り合いにもっと――本人には悪いが――へんてこな名前の奴もいたし、何よりキューノに対して失礼に当たるだろうと考えたからだ。
「名前の方が先なわけね、“外”の様子は見てこれた?」
妙な関心を抱きつつも、先程までこの睡眠室からいなくなっていたキューノへ聞いた。
断定している理由は簡単、ここ以外の部屋は全てあのおかしな“蔦”の生み出す怪物共が徘徊しているからだ。
この睡眠室に何故その魔手が届かないのか、理由は簡単、ここはとてつもなく寒い。
寒さが苦手な怪物共は、ここに来ない。つまり安全圏だということだ。
「駄目、扉が凍り付いて動かない。」
「そっか……他の皆は?」
俺は、キューノたちのように早く目覚めた他の子たちがどこへ行ったのか気になった。
どうやら怪物退治に行ってしまったようで、一緒に来て欲しいと頼まれた。
行く場所もないうえに、無駄に広いこの空間にいるのは苦手だから、丁度いいとばかりにキューノという同行者と共に、別の子供たちが出掛けていった怪物のいる食料庫へと出掛けることにした。
×××××
セイルとキューノは、氷点下すれすれの室温を保ち続ける睡眠室に取り付けられている転移装置の上に立った。
空中に浮かぶ、触ることのできない制御板にキューノが手をかざした。ほっそりとした指でキューノは、文字を書き込んでいく、行く先は食料庫。
光の粒子たちがキューノとセイルを包み、次の瞬間にその姿は睡眠室から消え去っていた。
現れた先は食料庫の転移装置の上。
突然の爆発。瞬間的に動いたセイルは、キューノ共々地面に伏せた。
「きゃはははっ、ほーら鬼さんこっち、らーっ!」
顔を上げたセイルが見たのは、楽しそうに飛び回る子供と、熊。
熊にも見えるそれは、茶色い毛皮を逆立てながら、鋭い爪を子供の柔らかい肌を引き裂こうと襲い掛かる。
ただ、おかしな点を挙げるとしたら、その熊がどこかで引っ掛けた傷口が、緑色の蔦で覆われていることだった。
しかし子供は小柄で、動きも素早い。爪に獲物を捉えることができないまま、怪物は苛立ったようにその巨体で子供を追いかけた。
対する子供は3人、そのうち2人は双子で、互いの死角を補いながら逃げ回っている。もう1人の子供は、手に持った蝋絵具を使って食料庫に絵を描いていた。
「あ、手出しは無用みたいですよ」
キューノが言い、セイルはクレヨンを持った小女が何か丸い、例えるとしたら爆弾を描いているのだと気付き、キューノへもう一度伏せるように言った。
爆弾らしいそれが、なんとなく危険だと感じたのだ。
「だ、大丈夫なのか?」
伏せながらも危なっかしく熊型の怪物から逃げる小女と双子を心配するセイルは、伏せたまま小女の描いた丸い物体がぽろりと落ちるのを見た。
それを片手に持った小女は、力いっぱいにその丸い物体を投げつけた!
爆音と衝撃。明らかに原因は小女の投げた丸い物体だった。
食料が燃えたらどうしたらいいんだろう。キューノは、目の前で上がる爆炎が落ち着くまで待とう、というセイルの判断に従わず、立ち上がった。
「危ねぇぞ?!」
セイルの声を聞きながらも、キューノは、左目を閉じてから、片眼鏡を外した。
再び開いた蒼い瞳が見た炎の真上に、水の塊が出現する。
水の塊が破裂する。土砂降りの時のような水が降りかかる音と、水をかけられて小さな音を出す残り火。
食料庫を乗っ取ろうとしていた火炎は、ものの数秒と経たずに鎮火された。
キューノのすぐ側で、セイルは目を見開いて凝固している。
信じられないものを見た。といった様子だった。
「ふう……あれ、ノズミさん?」
セイルが固まったまま動かないので声をかけたキューノは、伏せたままのセイルへ片手を貸しながら、もう片方の手で片眼鏡を掛け直した。
「有り得ねえ、つか何よ、それ」
もう一度有り得ないと呟いたセイルは、キューノの手を借りて立ち上がった。
セイルは、思考を一旦切り替えることにして、食料庫に幾つも積み上げてあるコンテナの上を飛び跳ねながらやってくる双子と小女を見た。
双子は、額に軽く汗の玉を浮かべながらも、顔は晴れやかで、笑顔だった。小女も 満足したといった様子で、目を輝かせている。
「そこの小女」
セイルが呼べば、小女は興味津々で歩み寄ってくる。
「さっきのあれ何?」
あれ、とは壁に描いたものが実物化したことだとキューノが付け足した。
小女は、首を傾げた。わかんない、小女は何故ああなるのか分からないと答えた。
次にセイルがキューノへと聞いたが、答えは小女のものと同じだった。
知らないうちにこうなるようになっていた。それが答え、セイルは、疑問符を浮かべながらも、今のところは、と無理やりに不可解な事柄に対して困惑する自分を納得させた。
「理解不能なことばっかりだ!」
目覚めてから日の浅いノズミは、今の状況に溶け込むにはまだ時間がかかる。
頭をかきながら、溜め息を一つ。
「理解不能なことだらけ、理由は簡単、ここは誰も知らない“未来”という名の氷河時代に入っているから!!」
最後は自棄になったように叫んで、ノズミは自分よりも先に目覚めたキューノや双子、小女に再度、自分たちの置かれた状況を説明するよう求めた。
始まりはいつかなんて誰も気付きやしない――
極稀に文章の書き方を変更していることもありますが、最終更新日が変わっているものは、大抵誤字の修正です。