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赤硝子 始

厚き壁、壁とはただ何も無い場所には立たず、つまるところ壁は何を隔てているのかという話だ。


×××××


熱風が地上遠くにいるセイルたちのもとまで届く。

 汗は止まることを知らぬかのように流れ、纏う衣服を錘に変える。

 酷く痛めつけられた傷がそう簡単に癒えるはずもなく、セイルの内心では痛みと消えそうになる想術を繋ぎ止めようと必死だった。

 セイルが先程まで何事もないように出来たのは、傷付いた腕を他人の、健全な腕を持つ人間の感覚に摩り替えることに集中したからであり、想術を使う方へと集中しなければならない今、それに集中するわけにはいかなかった。


「このままでは近づけんな」


誰に言うでもなく、セイルは立ったまま間近に迫った赤い柱を睨みつけた。

 暑さのあまりに歪むその柱は、依然沈黙したままではあるが、いつその光を灯すか分からない。

 想術を使い続けるには、その姿を想い描き続けなければならず、セイルの集中力も限界に近かった。そもそも想術は、並々ならぬ集中力と、それを保ち続ける体力が必要だというのに、術を使用する条件としては、この場は最悪であった。

 その様子を横で座り込んで見ていたスーシンは、何か出来ないかと考えを巡らた。しかし結局はこの暑さが問題なのであって、ああでもないこうでもないと自分で自分を混乱させた。


「どうしよう……道が、あそこに近づく最短の道があればいいのに…」

「空、だからな」


空に道など無いことは分かっていながらも、最短の、という言葉には惹かれてしまう。

 スーシンが本気で最短の道を考えようとした時、セイルは柱の方から一直線に伸びてくる赤い光を見た。

 真っ直ぐに向かってくる。その光は間違いなくセイルを目指していた。


「まさか本当に迎えがあるとはな……」


セイルの呟きを拾ったスーシンが、遅れながらも赤い光を見付けた。

 伸びてきた光に触れようか逡巡し、セイルはとりあえず左手を緩く上げ、指先だけで触れてみることにした。

 熱くはない。寒いときならば重宝する温い暖かさを持っていた。


「早く来いと急かしている……なんて、まさか…な」


乾いた笑いが漏れる。赤い光はセイルの左胸で止まっていた。


「これが一番短い距離で行けるって教えてくれているのかな?」


赤い光を見ていたセイルは、眩暈を起こしたが、踏みとどまり、スーシンの言葉にどう返そうかと考えようとして、思考を遮る痛みに小さく舌打ちした。


「あつ、さを……この暑さをどうにかしなければ、辿り着く、前に…」


意識が急降下するような、足元が崩れるような感覚に襲われて、不調を悟られないように、体をゆっくりと鳥の背へと落とした。

 互いに汗だくで、スーシンは無意識の内に体をくっつけることのないように、広い鳥の背を落ちないように動いた。

 気を遣われたセイルは、スーシンが一人集中して何事かを考えているので、こちらも気を遣って声をかけないようにしようと思ったが、その瞬間に気になる呟きを拾ってしまった。


「ああ、駄目。“声”が聞こえない……」

「声?」


やはり集中していたのだろう。スーシンは驚いて飛び上がりそうになったが、今居る場所を瞬時に思い出し、大人しくなった。


「シン姉がいないと、皆の声が聞こえてこないの」

「何だ、それ?」


何かの問い掛けだろうかとセイルが首を傾げると、スーシンは否定するように首を振った。


「属区を司る皆の声……シン姉と一緒じゃないと…聞こえないの」

「そうか。お前たちは2人で1人なんだな」

「うん。セイルさ……ん、は聞こ、え…」


同士だということで気持ちが緩んだのだろう、嬉しそうにセイルの顔を見上げようとしたが、その顔は焦りに塗り替えられた。スーシンは目の前で玉の汗を流し、目の焦点が定まらないセイルの腕を強く掴んで休もうと強く言った。


「……いい」


荒く息を吐き、言葉を発する気力すら失せ始めているというのに、雷属区に現れた柱をセイルは睨んだ。いや、よく見ると違う。彼女の目は柱との中間地点の辺りを凝視しようとしていた。


「そこに、いるのか……?」


声を向けた先からの返答。しかしスーシンには言葉だと認識の出来ない囁きでしかなかった。


『我の声を聞くか、属せぬ子らよ』


声には圧力と、完全なる拒絶が含まれていた。

 しかしセイルは突然として理解した。この存在は、もうすぐ消滅してしまいそうなほどに弱っている。

 セイルとスーシンの前に現れた姿は、輪郭があやふやで、途切れがちになる形を無理に保とうとしているように見えた。


「水の属素を司るものよ、力を貸せ」

『巫山戯るなっ!!』


尊大な態度に苛立ちを表したそれは、細かに散りばめた水を高速発射した。

 しかし水の属霊は自らの攻撃が同じ属素により構成された何かに妨害されたことに目を見開いた。


「……海凪か、私を殺しにきたか?」


熱風の中、涼しげにセイルの口から出たからかうような言葉。それに反応して、刺々しい言葉が投げ返された。


『同属が穢れた貴様を殺すことが許せないだけだ』


ほんの一瞬。セイルの目の前に現れた青年の姿はすぐに消え、気配もなくなり、完全に姿を隠してしまった。

 消える寸前に青年の発した言葉は侮辱であることは明らかで、スーシンが言い返そうとしたところをセイルが止めた。

 どうして、と問い掛けようとしたスーシンだったが、セイルが視線を合わせ、小さく肩を竦めたので、いつもそうなのだと、慣れているのだと理解し、俯いた。


「いらぬ邪魔が入った」


邪魔の一言で済まされた今の事態に、属霊は唖然とした顔を引き締めた。

 話に口を挟めないだろうと思い大人しくしていようと口を噤んだスーシンは、セイルの言葉に反応するかのように、風に僅かな苛立ちが乗って届いたことに小さく笑い声を漏らした。


「すまぬが今一度問わせていただこう。」

「私に、力を貸せ」


へりくだった言い方をしないセイルと、真正面から見合って数秒。視線は外さぬままに、存在の危うい水の塊がセイルの前に立った。

 何も言わずに地中より大量の水を引きずり出し、無理やりに地上の熱を押さえ込んだ。

 長くは続かないだろう。感謝をする言葉を発する時間すら惜しみ、巨大な鳥を先へと進めた。


×××


「助かった。礼を言う」


赤い柱に辿り着くと、自然と暑さが引いていった。

 何かしらの力が働いた結界だとセイルは推測した。ここへ来るまでに倒れればその結果は存在し続けるだろうが、辿り着いてしまえば到達者を迎える。修練場などでもある、ある程度の実力をつけたものならば誰であれ使えるようになる術だ。

 想術をとき、痛覚を出来るだけ遠ざけるよう集中しながら、セイルは再び現れた属霊と向かい合った。


『いずれ消えようこの存在に目をかけてくれただけでいい。忘れるな』

「何故だ?」


忘れるな、とはもうすぐ消えそうな属霊としては、切実な思いだというのに、セイルは問いかけた。


「水を消耗していく火は消えた。だというのに、何故」


水を蒸発させる暑さも、炎も消えた。ならばどうしてと疑問に思うのは当然とも言えることだった。


『結界が消えたままだと、無用心だとは思わないか?』

「だがっ!!」


納得したスーシンの隣で、言い返そうと属霊に向かって一歩踏み出したセイルの頭上に、大量の水が現れ、重力に従いセイルの全身へと降りかかった。

 水でなくされた視界が戻ると、そこに属霊の姿はなく、声のみが残された。


『無茶をするくらいなら休むがいい、軟弱な人間よ』


その言葉を境に消え去った属霊に軽く苦笑し、セイルは柱へと向いた。


「痛いの?」


スーシンが唐突に聞いた。

 疲れたのか、ではなく痛いのかという質問。気付かれていないと確信していたセイルは驚き、咄嗟に振り向いた。

 やはりと確証を得たスーシンは、気付いてないとでも思ったのかとセイルの右腕の袖をまくった。

 

「痛っ……!!」

「血の、臭い。気付かないとでも、思ったの?」


自分たちに有利になるように吹かせた風。風を操る際に時折混ざる嫌な臭い。気付いていても、集中を崩すようなことをしたくなかったスーシンはあえて黙っていた。


「言ってよ、私だって……少しくらい…」


まくった袖を掴んでいた腕が離れて、俯いたスーシンから鼻をすする音がした。

 下手に心配させまいと、大丈夫だと思い黙っていたセイルは、途端に自分がその選択を誤ったと理解させられ、ぽつりと謝罪を口にした。


「すまない。いつもそうなんだ、私は」


大丈夫だと自らを過信し、限界まで引きずる。セイルの不器用な性格に、スーシンはぐずぐずと親を困らせる子供のように我侭を言った。


「言ってよ、私にだけ。私にだけでも……お願い」

「……言う…よりも」


セイルは気まずげに視線をそらした。


「気付いてくれ。悪いが、おそらく私は言わないだろうから、言ってくれ」

「言えば、頼って……くれる?」


相変わらず俯いたままスーシンが声に僅かな期待を含ませる。


「言えば、な、気付かれている事柄に白を切り通すのは正直な話面倒だからな」


セイルは柱を見上げた。黒ずんだ柱の中では、人々は息をしているのかと疑問に思うくらい、身動きをしなかった。


「気付くよ! 私頑張って気付くから!!」


必死に言うスーシンに、振り向いて軽く笑ったセイルは、これからどうするべきかに頭を悩ませた。

 柱は力を抜いて拳で殴ってみたところ、かなりの厚さがあることが分かり、材質は、木や石などとは違う、硝子であることが発覚した。

 硝子自体が本来珍しいものであり、見かけることなど無きに等しい物だが、それを知るセイルでも、記憶しているのは落としてしまうだけで簡単に壊れてしまうような脆い物体だった。


「壊すに……手間がかかりそうだな」

「これを、壊すの?」


スーシンは疑問符を浮かべ、珍しい材質でできたそれを触った。好奇心からだろう。

 その時、拒絶するかのように突然赤く強い光を柱が発した。


「きゃあぁっ?!」


セイルが事態を理解したのは、スーシンの叫び声が柱から少し離れた場所から聞こえてきた時だった。

 先程セイルが触った際には何事も無かったというのに、スーシンは拒絶され、吹き飛ばされた。

 何故だろうかと疑問に思い、しかしすぐに結論は出た。セイルは炎属区であり、スーシンは風属区に属する人間。セイルは受け入れられたとしても、属区同士の排他的風習により、スーシンは弾かれてしまったのだ。

 そうとしか考えられず、セイルはスーシンが立ち上がるのを待った。


「大丈夫か?」


両手を地面についたスーシンは俯いたまま頷き、そのまま立ち上がった。

 ゆらり。

 スーシンの雰囲気が違う。どこか怯えたような、小動物のような雰囲気だったというのに、今は違う。何かが切り替わったように、今の彼女は何かが、違う。


「……貴様」


セイルは苛立った。知っているのだ、この気配を。


『よお、また会ったな?』


軽い言葉に、セイルは強く睨みつけた。

 憎悪にも似た感情の込められた殺気を、真正面から受けながらスーシンの姿を借りたそれ(・・)は哂った。 




何故彼の人は再び姿を現したのか――?





お久しぶりです。かなり長い間更新していなかったのですが、続きを楽しみにしていてくださった方がいたら本当にすみません。更新が遅くなる可能性はありますが、まだまだ頑張って書くのでよろしくお願いします。

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