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第四期 赤き柱 終


様は無い。お前たちにかける言葉なんて、今更あるはずが無い。


×××××


「灯・灯・灯……灯せ」


灯かりが纏わりつく。雨で明瞭としない景色が鮮明とは言い難いが、はっきりとする。

 セイルは屋敷の入り口となる場所から右へと曲がり、奥へと進んだ。

 渡り廊下と部屋を繋ぐと正四角となる。四隅に一つずつ、互いを結ぶ廊下の間に一つずつ。計八つの部屋で構成される其処は、宗主の候補が住まうための場所。

 その奥へは、結界が張られているため、限られた者しか進むことは出来ない。


「まだ、行くべきでないな」


宗主の住まいへと。セイルは正面に結界の真中を見ることの出来る部屋にいた。

 触れれば崩れる簾をどけて、窓から顔を出してみると、セイルの顔に細かい雨があたった。雨は、勢いはなくなったが霧のような小雨となり降り注いでいた。


「火蜥蜴、いるのだろう?」


半ば崩れた簾を再び戻し、乾いた素材が重なり合う音を背景に、セイルは天井に向けて声を放つ。


『へっ、今更なんだってんだい、俺っちを呼んじゃってくれんの……はあぁあっ!?』


身の丈3尺もあるであろう蜥蜴のような生き物が、天井から落ちてきた。

 悪態をつく火蜥蜴は、セイルに気付くと絶叫した。騒がしい、とセイルが低い声で言えば、敬礼をする勢いで口を閉ざす。


「なんだ、貴様まだここへ居着いていたのか」

『行く場所ねぇもんよ、で、何だってあんたはまだ生きてんだい? 思念体なんざじゃねえだろ?』


上から下へと観察していく火蜥蜴は赤く、煌々としていた。


「時は、どれほど流れたのだ?」

『んー困ったなぁ、俺っちは時間とかあんま気にしねえもんよ、でも……そうだなあ』


時を感じることの無い身では、通り過ぎた時間を思い出すことすら困難なのだろう。火蜥蜴は懸命に記憶を辿り、そこで何やら良い事でも思いついたようで、つり上がり気味の目をぎょろぎょろと動かした。


『俺っちの額にある、“燃える鱗”はいくつある?』


燃える鱗。これだろうか。セイルは赤々と燃える鱗を数える。

 一つ、二つ、十、百と数えていると、火蜥蜴が大きく震えた。そして、火蜥蜴の体を覆う鱗がざらりと裏返った。


「貴様……」

『わ、わわっ!!』


急いで飛び退る辺り利口なのだろう。すぐさま人の形を取ると土下座して謝罪した。


蜥蜴(セキエキ)。私に余計な手間を取らせた理由は何だ。言え」

『お、俺っち火蜥蜴の燃える鱗は1年から5年で増えていくんだ。細かくなればなるほどそいつは年齢を重ねてる証拠。時が経ったのならばそこを見ればいいと、そう思ったんだ!』

「ほう……では、何故それほどに不定期に増える鱗を数えさせた」

『鱗の増える速度ってのは、俺っち火蜥蜴なら火の要素の多いところなら、1年くらいで1枚増える。だからさ』


若干震えている褐色の指を見て、セイルは手入れのされていない、腰ほどまでに伸びる赤い髪に隠れた顔を見たいと思い、(おもて)を上げろと命じた。

 痩せこけた、しかし薄っすらと浮かべる笑みに狡猾さを感じさせる男は、セイルの言葉を待ち、許しを得て立ち上がった。

 ひょろりと伸びる体は、セイルの頭一つ分ほど高く、見下ろす形となっている。


「伸びたな」

『まあね、俺っちは年を重ねればある程度は育つさ、ただ、その先は無いけどな』

「そうか。貴様は……」

『うん?』


何か言いかけたセイルは、しかし一度だけ軽く頭を振ると何も無いとだけ告げると、結界と部屋の挟間とされる庭へと降りた。

 炎属区の属石の欠片が、所々に埋もれている。結界を維持するために使用された属石の残骸だった。

 ふと気配を感じたセイルは、空へと顔を向け、そして自らの立つ地面が揺れていると判断すると、同じく降りてこようとしているセキエキを、こちらへ来るなと手で制した。


「柱の光が、変わる」


雷鳴と地鳴りが同時に襲ってきたかのような轟音に、セキエキは慌ててセイルの元へ身を寄せようとしたが、地割れが起こり、深く亀裂の入った場を飛ぶ勇気は出ずに、ただ彼女の名前を呼んだ。

 セイルは何事も無いかのように、ゆらりと顔を下へと向けて、口を歪ませた。


「想術を使う。下がっていろ」

『待て、集中力が必要だろ!? なに考えて……!!』


セキエキの姿が消えた。

 建物の一部が地の底へと消え、セキエキも今、そうなろうとしていた。

 人の姿であったセキエキは慌てて火蜥蜴の姿へと戻り、離れ行く地面の片側へとへばりついて堪える。

 セイルは自分の立つ側へと渡ったセキエキへ手を差し伸べた。


「掴まれ」

『助かる』


即座に人型へと戻り、セイルの差し出した左手に掴まる。


「張れるか」

『何?』

「結界だ。やはりこの状態では想術は使えぬ」

『……ところでよ、何をつくるんだ? この地割れを戻すのか?』


言葉を発しながらも、セキエキは人型のままで燃える鱗を額に出し、薔薇の蕾のような形に集めると、それをゆっくりと花開かせ、結界を形成した。

 結界が張られるとセイルは目を閉じ、セキエキに返事せぬままに集中状態に入った。未だ地面は揺れ続けている。

 セキエキはセイルに目を向けはしたが、何も言わずに結界を張ったその場と、地面を崩さぬように集中した。


「“心臓”」


脈打つそれは血液を循環させる器官。赤の光が現れる。


「“目”」


見回すそれは闇さえ見る。青の光が赤の光よりも上の位置へと現れる。


「“嘴”」


獲物を捕らえる鋭きもの。白い光が青の光より少し下の位置へ。


「“翼”」


空へと手を伸ばすことの出来る力。黒い光が赤の光の真上へ。


「出でよ」


セイルの一言でそれらは明確なる形を与えられ、その姿を現した。


「飛べ」


セイルの体をさらった“それ”は、巨大な鳥だった。


「貴様も来るか、来ないか、好きなようにしろ」


鳥の背で立ち上がるセイルに、寒気にも似た感覚が駆け上った。セキエキは震える体を動かして、セイルの隣へと跳んだ。


「さあ、往くぞ」


それほど長くない時を経て、揺れは治まったが、シグレとスーシンの姿が見えず、再び揺れるやもしれぬということで、上空より探し回っていた。


『いい加減下りた方がいいんじゃねえか? これじゃ探しきれねえよ!』

「……いや、雷属区へ向かう」

『何でよ? 奥地にいる確信でもあんのかよ』

「ある。理由は簡単だ、シグレと雷属区を目指していたからな」


炎属区の領域を、海へ向かってさらに奥へと進むと、雷属区の領域になる。炎属区から派生した雷属区は、ほぼ隔絶された土地とも言える。もちろん、それは水属区から派生した氷属区にも同じことが言える。

 しかし炎属区を思わせる赤の柱は、何故雷属区の属区内にあるのか、セイルはそれが気に掛かっていた。


「それも、確認せねばな」

『何が?』


セキエキの問いには答えずに、セイルは下方を眺め続け、雷属区へと向かった。


×××


「セーちゃん! 無事やったんね」

「ああ、二人とも、怪我は無いか?」


雷属区の領域へ入ってすぐ、民家の中へ入ろうとしているシグレとスーシンが見付かった。

 鳥の羽ばたきを聞き、上を見上げたシグレが大きく手を振り、スーシンは好奇心に目を輝かせ、セイルたちが降り立つのを待った。


「大きな鳥……すごぉい!」

「とんでもない奴やね」

「……褒め言葉として受け取っておこうか。柱の方へは?」

「行っとらんよ、今さっきの話やしね。ここへ来るので精一杯や」


まず、何故危険な状態で移動しようと思ったのかが疑問に思われたが、セイルは何も聞かなかった。


『で、こいつら捜してたわけ?』

「ああ」

「ん? 何やそいつ」

『あぁん? そいつたぁ失礼だな、俺っちは火……』


セイルの鋭利な視線が貫く。


『セキエキっつうんだよ!』

「ふうん、セキエキ言うんやね、あんた。セイルの知り合い?」


一応な。セキエキが肯定を示し、シグレが興味をセイルへと移した。


「で、これからどうするん? 柱の方の道は地割れのせいで通れんよ? あ、そのための鳥なん?」

「いや……これは二人までしか乗せることが出来ない」

「じゃあ、どうするの? お姉……セイル…さん」


言いにくいのか、少し噛んだスーシンは、困り顔でセイルを見上げた。


「これは一体だけでも力を削られる。二人だけだ。私と、もう一人」

「うちでも召喚()べる?」

「想術が使えるのならな」


興味無しといった様子で彼方を見つめれば、シグレは溜息を一つつくと、スーシンの目線にあわせるために膝を折った。


「どっちが行く?」


セキエキは候補から完全に外されているらしい。スーシンは視線を漂わせ、眉を八の字にしてはいるが、セイルとの同行権を手にすることを考えていた。

 無言の戦いはほんの数秒で決着がついた。

 スーシンが眠りの風を作り出した。

 甘く、優しく、そして癒されたように錯覚させられる風が、シグレを包み込んだ。

 短い悪態もすぐに寝息へと変わり、安らかな眠りについたシグレをセイルが支えた。


「意外にやるな」


皮肉ではなかったが、スーシンはさらに困り顔を深くして、ごめんなさいと言った。


「なに、これで行くものは決まった。シグレは……そうだな、セキエキ、貴様に頼んだ」

『俺っちがぁ?!』

「嫌か」

『嫌じゃ、ねえけどよ……仕える者がいなけりゃ俺っち暇になるからよ』


つまり、セキエキはセイルの身を心配しているのだ。


「私はそこまで弱くはない、いいか。頼んだぞ(・・・・)

『承知。気を付けろよ、俺っちだって分かる。あれは良く無いものだ』


シグレを担いだセキエキは、飛び立っていくセイルとスーシンの姿が消えるまでその場から動かなかった。

 再び地面が揺れ始め、不安定な地を危なげなく進んでいくセキエキは、炎属区では強く感じることの出来ない土の属素が満ち始めたことを敏感に感じ取った。


『んったくよお、これで一体何回目(・・・)だ?』

『もう、数え切れねえか』


片手で数え始めてみたが、元より真剣に考える気もなく、セキエキは左肩の重みを感じ、再び空を見上げ、苛立ちを覚える重苦しい空を見、憂鬱な気分になり正面を向いた。




目に見えたものが真実などと、誰が認めたのか……――?




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