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第四期 赤き柱 始

目的持たぬ鳥など、彷徨い堕つるのみ――


×××××


『目覚めたか』


雀螢が側にいた。目を開けたら、側に。

 私の右手の、血で汚れた包帯と、新しいものとを換えている。

 何故か、頭が霞がかったようで、鮮明にならない。


『休んでいろ。熱が出ている』


起き上がってみると、額から濡れた布が落ちた。布は、どこから調達したのだろうか。

 布からは、微かに雨のにおいがした。

 火の属性を持つ彼が、苦手な雨の中、懸命に布を濡らしている様子を想像して、少し笑った。


『何だ、その目は』

「くくっ……いや、何でも」


笑うだけで、傷に響いた。

 雀螢の言うとおりに、私はもう少しだけ、と休むことにした。

 彼女がいなくなっていることに気付かずに――。


×××


少しと思ったつもりが、丸一日ほど眠り続けてしまったらしい。暑さで目が覚めた。

 外へ出てみれば、炎属区の方に出現した柱が赤々と光り、その存在を主張していた。


「シグレは、どうした?」

『別の部屋だ』

「……昼日は?」


そういえば、気配が無い。あの、電気と、無機質さが入り混じったような気配は、機械特有のもの。分からないはずが無い。


『いない』

「う……ん? 一寸待て。昼日がいなくなった際にお前はいたのか?」

『いた』

「ならば、外属区の男(.....)の気配はしなかったか?」


属性を纏わない外属区の気配くらい、判るだろう。


『した』

「迎えが、来たのか……フレイ…ありがとう」


普段ならば、その名前で呼ぶなとお怒りの言葉がくるのだが、こない。

 数秒の静寂。藪をつついて蛇を出すのはやぶさかではないが、仕方がないことだと諦める。


「……もしや、とは思ったが、怒っているのか?」


それ以外の選択肢は無い。怒っているときほど雀螢は無口になる。


『別に』


ふいとそっぽを向く。ああ、怒っているのだなと実感した。


「そうか……いい、戻っていろ」


戻っていろ、とは姿を消していろという合図。

 雀螢は何も言わずに姿を消した。私にも、見えないように。

 これで確信した。当分の間雀螢は私の前に姿を現すことは無い。私の護衛がいなくなったというわけだ。


「真の名とは大切なものなのだから、納得してくれとしか……言いようがないのだ…雀螢」


そのものに宿る本当の名前は、知られれば、そのものを好きに操ることの出来る、最大の凶器と成る。だからこそ、誰の前でも、言いたくは無い。使役する者として。彼の為に。

太虎(たいこ)。我が下にて、力を」

『御意。漸く()れを呼んでくれたか、遅いのう』

「すまない、フレイが嫌うのだ。お前を」

『……知っておる。だが、あれと長らく一緒にいる訳ではなかろう?』


からからと笑いながら、分かりきった事を聞く太虎に、何も言い返すことは出来ない。言い返すこともできたが、また雀螢と同じように怒らせるわけにはいかない。


「そう、だが……」


私が太虎を呼ぶことを嫌っている理由も、本人は知っているはずだ。聞いてくるのは、やはり自分が長い間呼ばなかったことに対して、少なからず怒っている証拠。

 謝っても、きっと怒るだろうから、黙った。


『ふん、吾れに言い訳せぬか……いや、せぬのか?』


粘着質な声は、苛立つ。耳元でわざとらしく笑う太虎の態度は、最初は嫌いだったが、今では諦めと言う名の慣れがあるおかげで、私の口から怒声が飛ぶことは無い。


「したらしたでうるさい……だろう?」

『面白くないのう、吾れの性格を理解し始めおったか、生意気な』


口を歪めながら笑う太虎は、どうやら少しは機嫌がいいようだ。


「さて、シグレを回収するか、どうか……」


面倒だが、先のことを有耶無耶に――無かったことに――することができるが、一層のこと置いていってしまった方が気が楽なようにも思える。

 しかし期待とは、いとも簡単に裏切られるもので、遥か上の部屋が、雷撃と共に破砕された。

 硬い欠片が埃よりも速く落ちてくる。当たれば……無事では済まないだろう。


「……ゆら、ゆら、ゆら。広き盾」


頭上で手を三回振る。別に手を振る必要は無かったが、出現させた巨大な盾の下で、欠片が落ちきるまで待った。

 しかし、予想外の衝撃が、盾を突き破った。


「う?!」


咄嗟についた右腕がじくりと痛む。

 穴をあけられた盾の向こうから、飛び降りてくる女の姿が映った。

 私の横を通り過ぎた太虎が、扇を取り出し、横へと振った。土の傘が出来上がって、シグレが見えなくなる。

 痛む腕に、これではまともな言葉など紡げないと舌打ちした。


『吾れに任せよ』

「任せた」


私を盾の下に置き去りにして、太虎が盾の外へと出た。

 未だに暴走するシグレを、殺さぬ程度に止めてくれるだろう。勝手は許されない、太虎が任せろと言った限り、手出しは無用だ。

 雀螢がいるときならば違っただろうが、太虎の機嫌を損ねれば後は無い。他の3人は呼びたくない、出来うる限り――!!


『ほっほ、殺しはせぬわ』


爆音。続けざまに笑声と雷撃の音。

 覗くことは出来ない。もどかしい程の時間。

 背中を誰かが笑いながら押そうとしている、多分それは、自分の本心だろう。

――行きたいのだろう? 太虎を怒らせようとも、自分でどうにかしたいのだろう……?

 耳元で囁く声は、悪への囁き。

 止まない電撃と何かが破砕される音のみが耳へ入ってくる。


「太虎!!」


体が飛び出そうになることは避けたが、やはり太虎の安否が気になった。

 シグレはどうでもいいとして、太虎は手加減をしている。我を失っているシグレの方が危険だ。


『黙っておれ、吾れは無事じゃ!』


傘の一部が崩れた。

 土埃が舞い上がり、咳き込みながら視界が開けるのを待った。

 もどかしい。


「いい加減……早う気絶させい!!」


焦りのあまりに大声は怒号になった。


『ふん、先に言えばいいものを』


分かっていたと言うように笑うと、その直後に――聞き取りにくかったが――短いうめき声が聞こえ、同時に傘が役目を果たし、元の土塊へと戻り、地面へと落下した。


『随分と呆気のないものよ、のう』


乱雑に土に汚れた床の上にシグレをおろすと、扇を開き、口元に持っていく。

 土を混ぜ合わせて固形化した扇が、いちいち太虎の声にあわせて模様を変える。


「まだ未熟者だ、これから化けるか、どうか……」

『それを見届けるのかえ?』


面倒な。

 太虎の表面には現れなかった言葉が、扇の中で渦巻いて複雑な模様を作り出した。


「迷っている」


正直な気持ちを告げた。現実、そこが問題となって頭を痛ませている。

 訳もなくあのようなことを言ったわけではなかろう。ならば、自分が何をしたか(・・・・・)、そこが気に掛かって私の足を止める。


『置いてゆけばよい』


ああ、その通りだ。そうすれば、私の迷いなど晴れるだろう。

 ただし、約束が破られる――。


「シグレに決めさせる」

何故(なにゆえ)?』

「約束事だ。強き糸だ」

『あの若造かえ、面白うないのう……そうじゃ、舞え』


土で出来た扇が抛られる。

 受け取ったそれは、持った先から崩壊をはじめ、土色の粉末へと変じた。

 太虎を見やれば、偉そうに顎をしゃくる。

「私は由武(ゆぶ)でも、炎楽(えんらく)でもない」

『知っておる。それがなんぞ問題でもあるのかえ?』


唯我独尊。まさにこの事だ。

 私は炎属区の心の宗主候補であって、楽士の炎楽でも、戦舞(せんぶ)を踊る由武でもない。見たことはあっても、踊ることなど、到底無理だと分かりきっている。

 笑うつもりなのか。舞いも踊れぬ自分を見て。


『なに、笑うつもりなどない。ただ、お主の舞が見たいだけじゃ』

「……突然、何を言い出すのかと思えば…」

『舞えぬはずは無い、ここに貴様がいる限りな……この意味が…理解できているであろう?』

そういう(・・・・)ことか。

 シグレは目を覚まさないだろう。おそらく、太虎が満足するまで。そういう“術”を使ったらしき痕跡が見える。

 面倒だ、だが、先へと進めないと困るのは太虎ではなく、私であり、シグレである。

 属素(ぞくそ)を集める。場所が場所なだけに、属素がつかめない。

 炎、水、風、土、金、雷、氷――属区の“場”であったら、属素は目に見えて大量に存在している……属区に存在する属素を太い糸だとしよう。ここは、太い糸を作れるほどに属素は充満しているが、それぞれが別の要素であるために、細い糸としか認識されない。


「扇を」

『どれがいい』


手を横に一振り。

 太虎の持っていたものに、属区の印象図を彫り込んだもの、どれも土で構成されているものだったが、彫りは深く、美しい細工だった。


「これを」


夜空に浮かぶ星々の扇。天候の急激な変化に隠される夜空。見えるはずもない星に、どうやら私は遥か遠い距離ではあるが、逢瀬を望んでいるようだ。

 舞に音は必要ない。楽士がいるのならば、いたほうがいいが、音楽は自分の体が識っている。


「流るる様を――」


しゃん。

 耳の奥で鳴子が音を奏で始める。

 さあ、舞を――。


×××


「満足かっ……!?」


自棄になった声を出せば、太虎は嘲るとも見て取れる笑いを浮かべてほ、ほ、と短く笑った。


『踊れるではないか、嘘つきめ』

「自分でも……驚いては…いる」


気力を使い切り、両手を地面へと置いた。

 私の周りには点々と赤黒い跡が。傷口が遅い痛みを訴えた。


「目覚めさせてくれ」

『心は』

「決まった」


一度も目を覚まさないシグレに、雷の属素を三連成で繋ぎ、腕に纏わせる。その時点で私の手はシグレの頭部を通り抜けた。そして、その手を抜いた。抜き取った雷の属素は、すぐに空気中に霧散した。

 一連の動作を見ていた太虎は、私の顔を見ると、軽く頷いた。


『承知した』


太虎は右手を横に振り、左手を、右手を振った軌跡の中心当たりで縦に振った。十字だ。

 薄く目を開けたシグレは、ぼんやりと周囲を見回し、私を見つめた。


「なんか、あったん……か…?」

「何も、なかったが。調子はどうだ? あの柱を見てから、急に倒れたのだ、お前は」

「……そう、やった…悪かったなぁ」


起き上がり、私と視線を合わせて頭を下げる。

 すぐに(おもて)を上げるように言った。


「あの柱はおそらく、よくないものだ」


そう、よくないもの。

 人の命の代わりにこの異常天候を起こしている。


「そやねえ……よくない、嫌な予感がするわ」


忘れている。見たものを。


「だから、壊す」


覚えていたら、おそらく反対するはずだ。


「賛成や! あんなもん、必要ない!!」

「よし、何処から行く?」


一応は聞いたが、行く場所はすでに決めている。

 納得させる材料もある。自分勝手ではあるが。


「雷属区を先に……して欲しいんやけど…お願いや」


力なく頼む。頼まれなくても、行く気だった。


「気にするな、私も同じ意見だ。今は、あそこの柱が光っている。行くなら……今だ」


言葉を添えて後押しする。

 今度は力強く頷いて、私よりも先に塔から出て行って数秒。


「あっついわーっ!!」


そう叫んで、駆け足で戻ってきた。


「ところで……」


ほんの数秒ほど外にいただけだったが、その額には汗が玉となっていた。

 何だ、と返せば、私の右腕を指した。


「その怪我、どうしたん?」




赤き柱は動かず、ただ静かに人の命を燃やしながら其処へ存在する――





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