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序 〜ある男の日記〜

“現代”は、文明として繁栄期を迎えていた。


 繁栄期は、大勢の学者によってもたらされたものではなかった。


  たった一人、たった一人の学者によって全て(・・)もたらされたものだった。


   学者はこの世が生み出した最高傑作(・・・・)


    星の意思によって生み出された操り人形(マリオネット)


   栄えた世界は喜び、そして自然を破壊した。


  修繕の余地もなく世界は崩壊した。


 人々は、汚染された大地に生きる為に呼吸機が必要となった世界を嘆き、苦しんだ。


学者は、崩壊した世界に喰われ、“種”を産み落として死んだ。


――学者の名前は、誰も知らなかった(・・・・・・)


どこから生まれ、どこから来たのかを誰も知らない学者は、自ら偽名だと明言して名乗った。 しかしその名前は、誰もがふざけているとあざ笑った。


――学者の名前は、スベテノ・ハジマリ――


これは、彼が公式の場で残した最後の言葉であり、彼の発した最期の言葉である。


「間違えてしまった……許してくれ」


彼が、誰に、どうして、何故、何を。が抜けた言葉に、誰もが疑問を浮かべ、そして誰も答えに行き着くことはなかった。


×××××


○月×日


これは、私が綴る最初で最後の日記であると明言しよう。

 後にこれを見る人がいるとは考えていないが、こうやって綴っている時点で期待しているのだろう。

 もしこれを見た人があれば、私が誰なのか当てて欲しい。

 最後に一つ、これは私の私見を交えないように書こうと考えている為、ところどころ不可解なところがあるだろうが許して欲しい。


まずはこの日記を書くことになった原因から綴ろう。

 崩壊を迎えた世界に、人という常識を超えた頭脳を持った学者、スベテノ・ハジマリの死によって産み落とされた“種”は、緑色の、ビー玉くらいの大きさだった。

 彼によって世界中に散らばった“種”は、汚染された大地に住む人々の元へと飛んだと考えられる。

 どんな植物であろうと枯れる大地に、その“種”は、花を咲かせた。

 この時はまだ、青空を見ることができた。

 人々は、それが希望と歓喜した。

 “種”は、自らが持つ尋常ではない繁殖力によって増殖していった。

 私も、この種は後世の希望だと考えていた。

 “種”は、先程記述したように恐るべき速さで増殖し、種を弾けさせた。

 私の住んでいたコミュニティには、学者がいた。

 もちろん、死んでしまった彼ではない。

 死んでしまった彼が抜きんでていすぎた為、脚光を浴びることのできなかった学者たちは、彼ほどではなくともとても頭がよかった。

 私たちのように、汚染された空気を吸うことのできない人間のために道具を作ることに行き詰まり、学者たちは人々の期待の寄せられる“種”の研究を始めた。

 研究の結果、“種”は、汚染された大気によって体に欠如した部分を持って生まれてきた人を、その失われた体の部分を修復させる効果があることが発覚した。

 例えば腕、片腕を持たずに生まれてきた子供がいたとしよう。

 その子供の片腕がない方に“種”を落とす。すると種は勝手にその人の腕の形となり、神経すら繋ぐという医療界をひっくり返すような能力を持っていた。

 神がくれたものだと言う人もいた。そして、人々は“種”による“治療”を始めた。

 それが、大変なことだと気付かずに。


ここで、“種”の特徴を箇条書きに挙げてみる。


1.人体部品(パーツ)を作り出せる。

2.水を生み出す。

3.火を作り出す。

4.擬似的な風になる。

5.電気を生み出す。

6.地面を肥やす。

7.植物となる(これは基本形態である)。


こうした能力を持つ“種”は、この世の法則に当てはまらなかった。

 弱点はないものかと思われたが、“種”が世に出てから数年過ぎた頃、ついに悪化した環境により日光が遮られ、極寒の地となった大地に、“種”は育つことはなかった。

 私たちはシェルターの空調に頼りっきりで、外に出ることはなくなった。無論、あの夏の日差しや、春の暖かい日差しを見ることもできない。

 “種”を死滅させることは死と同意義だと考えた私たちは、コミュニティの中でも広いスペースを持つ映画館(シアター)へと移植した。

 “種”は、力強く育ち続けた。


話を戻そう、私が異変に気付いたのは、今日この日が来るほんの数日前のことだった。

 きっかけは、体に欠如を持って生まれた女性だった。

 “治療”を受けた彼女は、身ごもっていた。

 しかし相手が誰なのか、彼女は知らなかったのだ。

 誰もが問い詰めた。“誰との子なのか”しかし彼女は、男との接触をしていない、つまりは“乙女”だった。

 一体どういうことなのか、学者たちは“種”の研究と平行して、女性の身ごもっているモノが一体何なのかを調べ始めた。

 それ(・・)が何なのかはすぐに知れた。

 それは、怪物(モンスター)だった。

 どんな姿をしていたのか、私は知ることができなかった。ただし、一つだけ言えるのは人の形はしていない。直感的なものだが、それが真実だと最悪の状況で知った。

 学者たちは焦った。女性の身ごもったそれが、生まれ落ちてしまうことを。

 誰もが女性を説得し始めた。

 それを堕胎させようと、私は、どちらかといえばその考えに賛同できない方だった。何故か、という理由は今この日記に必要がないということで省略する。とにかく私は彼女の味方をすることにした。

 以下は、私と彼女の会話である。


「何で私の体に、正体も分からない命が……?」


「何か思い当たることは?」


彼女は首を振り、きっぱりと答えた。

 彼女の表情はとても凛々しかったと思う。


「ないわ」


「産み堕とすことは?」


「それも考えていな……う、ぐっ…!!」


そこで彼女は、いきなり口元を押さえて苦しみだした。

 凄まじい暴れようだった。周りに、堕胎賛同派がいたと思うと、思い出しながら書いている今でもぞっとする。

 吐きそうだと彼女が、言い終えるかどうかのところで彼女は吐いた。

 吐瀉物は全て、“種”だった。


ここからは日記に戻る。

 “種”を吐き出した彼女に事情の説明を求めると、意を決したようで、彼女は顔を除く全身を覆う布の、腕の部分だけをめくった。

 腕は、緑色の蔦だった。

 ここで表現がおかしいと思うものがいるだろうが本当のことだ。腕が蔦で覆われているのではなく、腕が蔦(・・・)になっていた。

 そこで私は学者たちが、彼女が、診察の為であっても服を脱ごうとしないという愚痴を思い出した。

 彼女は、身ごもっていると知らされた頃あたりからそうなりだしたのだと言った。

 ではその腹の子は何なのか、彼女は、私の問いかけに答えることなく、再度暴れだした。

 今度の暴れ方は、先程のものを遥かに超え、外にいた人を呼んでしまった。

 無理やりに押さえつける学者たちがいた。私は、そこからの退場を余儀なくされた。あの“種”は一体何なのか、私たちは自ら得体の知れない、危険物を招いたのかもしれないと感じた。


数日後、彼女の姿を見なくなった。

 それは、今日から見たら一昨日の話だ。

 そして今日、私はこの日を“発芽の時”と呼称する。

 目覚めたのは、コミュニティとされている建物が大きく揺れたことからだった。目を覚ました私の部屋は、蔦に覆われつくされていた。

 気付けば、私の足下に絡み付いている蔦もあった。

 それをなぎ払った時、気付いたのはそれが“種”が発芽した時に見る蔦だったこと。

 耳を澄まさずとも人の叫び声が聞こえる。

 私たちの住んでいるコミュニティは、もはや人の住む場所ではなくなっていた。

 地上に残されたコミュニティという名の避難所(シェルター)は、各地にある。各コミュニティに住む人々も、この異変に目をむいているのだろうか。

 死ぬ前に誰かへ何か残したい、それが私がこの日記を書くことになった原因だ。初めて書く日記なので順序は考えていない、読んだ者が組み立ててくれるとありがたい。

 さて、ここももうすぐ“彼女たち”に見付かるだろう、“彼女たち”は――


×××


日記はここで途切れている。

 誰が読むのかもわからないその日記は、息絶える寸前の男が、鍵の取り付けられた頑強な箱、付け加えるとしたら完全に密封された箱にしまわれた。

 男の行方は、誰も知らない――。


×××××


人が生きる為の機能を停止したコミュニティで、メインコンピューターのある部屋は、蔦によって破壊された部分もあり、ほとんどのコンピューターは使い物にならなくなっていた。

 部屋にあったコンピューターは画面が割れたり、操作パネルが壊されていた。しかし、その中に奇跡的に機能を停止させずに動いているコンピューターがあった。

 どうやらそれは、他のコミュニティとの通信用のコンピューターのようだった。

 画面も操作パネルも正常に機能するそれは、人の手がないというのに勝手に文字を打ち出した。


こみゅにてぃ、“苗床”ノ、機能停止ヲ確認シマシタ。

 他所“苗床”ヘ、結果報告ヲ発信シマス。


画面に浮かんだ文字は、他のコミュニティへと発信された。

 そして何年も過ぎた後、報告画面は、かなり埃を被りながらも、正常に別の文字を表示し始めた。

 それは、各コミュニティからの返信だった。


こみゅにてぃ、“苗床”ヨリ。

 浄化作業ハ終了ノ工程ヘト入リマシタ。

 人間ノ浄化作業ハ終了シマシタ。


その報告を受信し終えたと同時に、“苗床”と報告されていたコミュニティ、S−001は、機能を完全に停止させた。


×××××


外は廃頽した街並みが並ぶ灰色の風景、そこに人の影などあるはずもなく、人は、全て死に絶えたとコンピューター達は判断した。

 生命が生きることを許さない寒さは、人の作り出した建物(ぬくもり)さえも、容易く凍りつかせていった。

 全ては星が生み出した学者が創り出した滅びのプロセスだったと、誰が気付けたのだろう。

 後に生きるは、人間という苗床(・・)によって生まれた怪物(モンスター)だけだと、誰が気付けたのだろう?

 全ては、誰の手の上だったのだろう?

 知る者は、いない。





――ただ一握りの希望(いのち)を残して――





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