保健室
遅れました!
観客席から自然と拍手が起こり、見計らった様に幕が下りる。
劇が終わった瞬間、竜の所へ行きたくなった。
けれど私は部長で、しかも監督だ。
部員達を放っておくわけにはいかないと、みんなの元へ行こうとした私の肩を、誰かが掴んだ。
驚いて振り返ると、中Tだった。
「中T、何の用ですか?セクハラですよ」
私が訝しげな瞳を向けると、彼は苦笑した。
「ヒドいな。まぁ、大した用じゃないんだが……竜の所へは行かねーのかな、と思っただけさ。……心配だろ?」
「……そりゃあ、行きたいですけど。部員達を放って行く訳にはいきませんし……」
私がぶちぶちと言うと、中Tは笑い飛ばした。
「なんだ。そんなん気にすんな。あいつらも、分かってくれるさ。
それに、俺だってついてるし」
「じゃあ……っ!」
私が身を乗り出すと、中Tは目を細めて笑った。
「任せろ。安心して、行ってこい」
「ありがとう、中T!」
私は礼もそこそこに、舞台を駆け下りた。保健室に続く廊下が物凄く長く感じられた。
保健室のドアを少々荒々しく叩いたが、返事はなかった。
「失礼します。先生?」
しびれを切らして中を覗くと、二つ並ぶベッドの一つにカーテンが掛かっていた。
多分、寝ているのは。
「竜……?」
「ん?来てくれたんだ」
竜はゆっくり上半身を起こすと、笑った。
「あ、当たり前でしょ?」
「保健の先生、職員室にいるってさ。
早く病院行けって言われたんだけど、劇の方が気になっちゃって……。
俺の代わりに、見届けてくれたよな?」
そんな……寂しそうに笑わないでよ。
「うん。……ちゃんと、見届けてきたから」
「……うん」
二人きりで静かな保健室に、沈黙が流れた。
耐えかねた私は、口を開きかけたが、それよりも早く、竜が言葉を発した。
「ごめん」
「……何で?竜が謝る事なんて無いじゃない」
「迷惑、かけた」
「……今更よ」
「わがまま、言った」
「……竜が、諦めきれないのは分かってた」
「かっこ……悪かった」
「そんなこと、ない。竜は、かっこいい」
「……舞台に、立てなかった」
「でも、一幕は演じたじゃない」
「最後だったのに、さ。結局、最後まで……ヘタレで」
「……でも、かっこよかった!」
そんな、哀しい顔しないでよ。
出られなくなったのは、竜の所為じゃないのに。
どうして、そんなに自分を責めるの……?
「……早苗、ごめんなぁ、ヘタレで」
何か言おうとすると、また涙が溢れてしまいそうで……俯き、黙ってクビを振った。
竜の顔を見れなかった。
「俺、どうしようもないヘタレだからさ。また、お前を泣かせるかもしれない」
どうして、そんなこと言うの?
とっさに顔を上げると、竜は凄く真剣な顔をしていた。
「俺、劇が成功したら、お前に告ろうと思ってたんだ」
「それっ、て……っ」
「ずっと、好きだった」
今までで、彼が一番かっこよく見えた瞬間だった。
真剣な表情は直ぐに崩れ、へにゃりと情けなく笑った。
「でも、俺がヘタレだったから、お前のこと、何度も泣かせるし、告白も先越されて……」
「竜……?」
「最後まで、カッコつけらんないからさ、もう少し……俺が責任とれるようになるまで、待ってくれるか?」
顔は真剣そのもの。言ってることも真面目。でも。
「私は、アンタに対して恋心なんて、一生抱かないから!」
私が叫ぶと、彼は赤面し、顔を片手で押さえた。
「……早苗、自惚れてもいいか?
俺のことを、一生愛してくれるとしか聞こえない」
私も、自分の顔が赤く染まるのが分かった。
「……っ!分かってるなら訊くな!このヘタレ!
……痺れ切らした私が、他の男に乗り換えても知らないから」
少し拗ねたように言ってやると、彼は笑った。
「大丈夫、惚れ直させるから」
「……どこからくるのよ、その自信」
……悔しいが。むちゃくちゃかっこいい笑顔にまた惚れ直してしまったのは、言うまでもない。