思い掛けない事件
5話で終わりませんでした……。
舞台が暗転して幕がおりる。
拍手の中、私達は幕の裏で呆然としていた。やりきって、魂が抜けたかの様だった。
一回目の公演が、無事終わった瞬間だった。
自然と足が舞台中央に向かい、気がつくと輪になっていた。
その後は……まぁ、暗黙の了解というやつで、私が口を開いた。
「お疲れ様、みんな。
次は10分後、二回目の公演も頑張って……」
その時、視界の隅で、竜が僅かによろめいた。……おかしい。
「……竜、何を隠してるの?」
突然の言葉にみんなが驚き、竜に視線が集まった。
「別に、何でもないよ」
誤魔化すように笑う竜はいつもより、やや早口だった。
竜が、嘘をつく時の癖。
「嘘つき。足、見せて」
「……嫌だ」
「見せろ」
暫し睨み合いが続いたが、結局竜が負けた。
裾をまくり、靴を脱がせる。外見からは全く気がつかなかったが、靴の中は血で赤く染まっていた。
竜の足には、細かい硝子の破片が刺さったままだった。しかも、未だに流血し続けている所もあった。
竜を除いた部員全員が凍りついた。女子部員には目をそらしてしまう子もいた。
「これ……っ!」
「フットライトでやった。
上手側の一番右のライトが破裂したんだ。
……ついでに破片踏んだから、足の裏も傷だらけ」
肩をすくめた竜は、隠すのを諦めたのか、突然饒舌になった。
煙が出ていて調べるために近づいたら、運悪く破裂したとか、
ライトは古かったから破裂したんじゃないかとか、
いきなり破片が飛び散ったから避けられなかっただとか、
破片は舞台が始まる前に片付けといたから、心配はいらないとか、兎に角話し続けた。
それこそ、周りが口を挟む隙さえ与えずに。
でも、私が聞きたかったのはそんな話じゃなかった。
「どうして、そのまま放っておいたのっ」
どうして言ってくれなかったのか。
どうして手当てもせず、放っておいたのか。
思わず責め立てたくなったが、それと同時に自分も責めた。
だって私は、竜の異変に気がついていたのだ。もっと早く話しかけていれば……っ!
「別に、こんなの痛くない」
早口で言っても説得力無いよ……。
本当は痛いくせに……嘘つき。
「竜ちゃん、座って!」
大道具の椅子を持ってきた栞が、無理矢理竜を座らせた。
「私、先生呼んできます!」
今にも走りだそうとする優李ちゃんを慌てて止めた。
もう、2回目の公演まで、10分も無かった。客だって入っている。
それなのに、ヒロインに行かせるわけにはいかなかった。
「優李ちゃんはダメ!開演までもう時間が無い。稔くん!」
「はい!」
私が呼んだのは、二年生男子部員……斎藤 稔くんだ。彼なら裏方だし、足も部員の中では一番早い。
だが、すぐにでも走りだそうとした彼を、竜が止めた。
「稔、行かなくていい。大丈夫、出られるから」
「無理ですよ!これ以上は……」
「竜先輩、硝子が刺さったままじゃないですか!」
「そうですよ!悪化します!」
我に返った後輩達が、口々に竜を諭した。
「もう、悪化してもいい!舞台に出ることができれば、それでいいんだ」
竜が叫んだ。竜の全力の叫びだった。
だから、それに負けない声量で、私は叫んだ。
「出るな!」
「早苗……っ!」
「竜の代役には、優壱くんが入って。台詞、全部覚えてるって言ってたよね。いい?」
私が話を振ると、優壱くんは一瞬だけ竜をみた。
一瞬、申し訳無さそうな顔をしたあとに。
「はい!」
と、きっぱりと返事をした。
彼の瞳に、迷いは無かった。
行こうか迷っていた様子の稔くんも、優壱くんをみて走り出した。
稔くんが動いたのを合図に、全員が次の公演に向かって、動き出した。
「早苗、勝手に決めるな……!」
立ちかけた竜を無理矢理椅子に押し戻した。
「ダメだよ。竜は出さない」
「でも、これが俺の立てる最後の舞台なんだ!」
「そんなこと、ちゃんと分かってる」
「だったら……っ!」
「でも、ダメ。これは、部長命令だよ」
竜が何て言おうと、意志を曲げるつもりは無かった。
「お願いだ、少しでもいい。これがお前に見せられる、最後の……」
「最後の勇姿になるかもって?
……竜の考えていることぐらい、分かるよ」
何年一緒にいると思ってるの?十年以上一緒に居るのに……ましてや、好きな人だ。考えていることが分からないだなんて、有り得ない。
「それなら、どうして……っ」
「ふざけんな。私は、無理矢理出た劇なんか見て、かっこいいだなんて絶対に思わない」
もし、万全の調子じゃない竜が出て、劇が失敗したら、観てくれる人に失礼だ。
出れる人が居ないならまだしも、代役だって申し分ない。
もう、心配する事はない。だったら、竜を出す理由なんて無い。
「もし、怪我が酷くなったらどうするの?
もし、傷口から雑菌が入って、病気になったら?
もし、歩けなくなったら……?」
私は、病気や怪我に詳しくない。これぐらいの傷で歩けなくはならないとは思う。
でも、《もしかして》と思うと、悪い方にばかり考えてしまうのが人間だ。
「ねぇ、竜。私達、まだ若いんだよ?
中学は最後でも、これからいくらでもチャンスはあるでしょ?
だから……」
「……分かった。意地張って、ごめん。だから……泣くな」
竜の指が私の目元に優しく触れ、そのまま雫を掬った。
「……うん」
私ってば、知らぬ間に泣いていたのか。
嫌だな、最近は何故か泣いてばかりいる。
「早苗先輩!担架来ました!」
息を切らして入ってきたのは、稔くんと演劇部の顧問、中野 哲先生……通称、中Tだった。
「ゲ、大袈裟だな。俺、担架なんて乗らねーよ?」
「なら、俺に姫だっこされるのと、担架で運ばれるの、どっちがいい?」
「中Tに姫だっこされるのは絶対嫌だ」
「俺だって嫌だよ。ほら、大人しく乗れ」
中T相手に、いつも通りの軽口を叩いた竜は、私に向き直った後、ニカッと笑った。
「俺の代わりに、最後まで見届けてくれよ?」
「……言われなくても!」
私は、服の袖で涙を荒く拭うと、ニヤっと笑ってみせた。
竜は、私に笑い返してから、大きく息を吸い込んだ。
「演劇部全員に告ぐ!!」
竜の声は舞台……いや、体育館全体に響き渡った。
突然の大声に部員全員が振り返った。
観客席がざわめくのが、空気で分かった。
「……楽しめ!副部長命令だ」
空気が、震えた。
ニヤっと笑った竜に、部員全員が笑みを浮かべた。
「「「はい!!」」」
やっぱり、竜はかっこいいよ。
舞台に立てなくても、かっこいい。
普段ヘタレのくせに、やるときはすごくかっこいい。
ダメだなぁ。
こういうところが、好きなんだ。