文化部発表会当日
あの日から姫菓は大人しくなった。
みんなに謝り、反省した……らしい。
少し不服そうで、凄く生意気に見えたが、そこは目をつむってやった。いつまでも突っかかっているわけには、いかないしね。
さて、私と竜はと言うと……変わっていない。
別に告白したからといって、何かが変わるわけでもないのだ。
そんなことは分かっていた。
それに、私は【あれ】を告白だとは認めない。
竜の胸で泣いたこと?……あ、あれは、幼児化だもん!それ以上でもそれ以下でも無い!
……だって、竜は全く意識してなかったみたいだし。
あいつあの後、早苗は昔っから泣き虫だよな?とか言ってたし。もう、あんたの所為でしょ!
私達の関係が未だに平行線なのは、ヘタレな竜の所為だと思っている。
本番前の舞台。私達はそれぞれ、緊張や不安を抱えて舞台上に立っていた……でも。
「早苗先輩!このイス、上手ですかー?」
「違う!下手ー!
優李ちゃんっ背景がパネルから剥がれてる!」
「あーっ!貼り直してきます!優壱、手伝え!」
「おう!」
緊張はする、不安もある、でも、それどころでは無かった。
後、5分で開演だというのに、まだやらなければならないことが残っていたのだ。
私も、軽いパニック状態に陥っていた。
「やばいー!台詞飛ぶー!早苗ー、助けて!」
すがりついてきた栞に、お茶が入ったペットボトルを投げつける。
「栞、深呼吸と水分補給!暑いからくっつくな!」
焦った様子のスポットライト担当の一年生が、体育館二階から駆け下りてきた。
「早苗先輩!スポットライトがつきません!」
「落ち着いて!コンセント抜けてるよ!」
パニックの時にありがちなミスである。
あー、もう!
イラつき度がマックスに達した私は、頭を掻きむしりたくなった。
「ひっひっふー!ひっひっふー!」
横で、栞がふざけ始める前までは。
「ちょ!栞、それ妊婦さん!深呼吸じゃないじゃん!
そうだ、人って書いて飲み込め!」
「人という字はね……」
「金〇先生みたいなこと言うな!落ち着け!」
「ぺったんこー!」
「餅つくな!落ち着け!」
「オチつかない!」
ノリノリな栞とコントのようなものをしながら、後輩の緊張をほぐす。
あ、栞もパニックってるな。むちゃくちゃボケ担当になっちゃってるもん。
その後も私は、うろうろと歩き回り、みんなの声にひたすら答えていった。
「早苗先輩ー!小道具が見あたりませーん!」
「器具室か部室!いそいで!もう、時間無い!」
ふと、フットライトから白煙があがっているように見えた。
でも、通常ならば有り得ない。ライトの近くにいた竜に声をかけようかとも思ったが、そんな余裕は無かった。
私もかなりパニックっている。
「早苗先輩!ガムテープが切れました!」
「布テープかセロテープで代用して!」
「あ、小道具ありました!」
「こっちも終わりました!」
「優李ちゃんっ背景は!?」
「……はい、終わりました!」
「よし、みんな位置について!」
全員を見回す。竜が若干足を引きずっているように見えたが、幕は既に、あがり始めていた。
心配を頭から追い払い、劇を楽しむことに集中する。
ガーッと幕の上がる音と共に段々と静まる歓声を聞きながら、みんなの役者魂に火がついたのを感じた。
演劇部は目立ちたがり屋って訳じゃない。寧ろ、あがり症が多かったりする。
何故か滑舌が悪いのもそう。
でも、うちの演劇部員にはある、共通点がある。
それは……本番に強いこと。
どんなアドリブをふっかけても、例え誰かが台詞をド忘れしても、必ず違和感なく演じきることができる。
そして終わった瞬間、みんなが繋がって、一つになった気がする。
いや、一つになるんだ。
それともう一つ、私の大好きな瞬間がある。
同じ舞台に立てることの幸せを最大限に感じる瞬間だ。役者も裏方も部員全員で。
舞台上で、背筋を伸ばして、凛と立つ役者。
影の仕事でも、手を抜かずに誇りを持って行う裏方。
どうしたって、口元がニヤっとしてしまう。
一年生達が目を見張るのが分かった。姫菓も例外では無い。
……ほら、ね。キミらの先輩、かっこいいでしょ?
この瞬間が堪らない。
「……ちゃんと見ておきなよ?」
これが私達……私が大好きな演劇部だよ!