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 宮之原学園に入学して、二週間。

 時が経つのって本当に早いわ。

 あれから私はたくさんの友達が――出来なかった。出来なかった。大切なことなのでもう一回繰り返すけど、友達が出来なかった。最初に聞いていたようにこの学校で千里は有名人だったらしく、内部生は私にまったく近寄ってこないし、内部生に何か話でも聞かされているのか、少なからずいる筈の外部生だって近づいてこない。私から近づけば泡を食ったかのように逃げていく。申し訳なさそうにする千里には悪いけど、正直、千里に好感を持っている今はそういう子たちと友達になる気が失せているもんだから、その辺は全く気にしていない。


 問題は、春日と蒼井くんについてだった。


 隣に座った時に千里と蒼井くんがなんか話してるなーと思ってはいたけど、この二人も学園の有名人だとは露知らず。なんでも春日が窓際の一番後ろに座り、蒼井くんがその前を陣取っているのには、春日に近い席を封鎖する意図があったんだとか。でもっていつもなら二人の隣を仲のいい男子生徒たちが塞いでいるんだが、彼らは違うクラスになってしまい、女子生徒が近づいてくるかもしれないと蒼井くんは憎々しげに思っていた。そこへ同じ有名人であり春日には興味のない千里が近づき、状況を読んだ千里が慌てて私を連れていったと。

 要するに、入学早々、私は有名人三人のお近づきになってしまったということだ。


「人生って、何があるかわからないなぁ……」


 思わず遠いところを見つめながら、次の授業の用意をする。今のところ嫌がらせのようなものは受けていないが、この二週間で春日たちの人気を知った今はそれが少し怖い。嵐の前の静けさとはまさにこのことだ。

 というのも、実は寮の同室が千里だったから。入学式のホームルームで鍵を貰って発覚したんだけど、外部生と内部生はなかなか同室にならないそうで、「奇跡? 陰謀(いんぼう)?」と首を傾げていた私の後ろを通りかかった蒼井くんは、呆れた視線を向けてきた。

 曰く、「偶然なわけないだろ」

 ホームルームが始まる前にトイレと称して出て行った千里が、流石に有名人三人という事態を重く見て、一人部屋だったところに私を入れてくれたんだとか。有名人ってそういうことも出来るのかと愕然(がくぜん)としていたけど、千里のお兄さんは生徒会に所属しているので、少しなら融通(ゆうずう)できるらしい。……マジでお兄さん、何者?

 千里はそういうこと一切言わずに喜んでる姿を見せていたので、蒼井くんに教えられなかったら感謝すら出来なかっただろう。感謝してもまだ足りないね。これでお兄さんのファンと同室とかだったら、確実に私の安息の地が無かったよ。

 そんなわけで、私は常に千里と行動を共にしているので、何かあるとすれば学校しか考えられない。


「蒼井くん、次って英語だよね」

「ああ……春日……」


 今の返事って相槌(あいづち)なのか、溜息(ためいき)なのか。斜め前で沈み込んでいる背がいつもとは打って変わって丸まっていて、私は違和感しか覚えられない。教室に春日と千里の姿はなかった。

 入学して最初の英語の授業は、グループを決めるためのテストだった。

 予想よりは出来たつもりだったけど私と蒼井くんのグループは竹。春日と千里は松で、田淵先生のグループだった。松と梅のグループは移動教室となるので二人はこの場にいない。動かなくて楽というよりは、春日と離れているのが辛いみたい。


 衝撃発言から二週間。


 あのあと慌てて千里に事情を聞くと、最初は困ったように黙っていたんだけど……数日してから教えてくれた。春日はそれはもう男女問わず好かれる人で、後をつけられたり隠し撮りは日常茶飯事。多勢に無勢で襲いかかられることもあれば、誘拐されることも多く、中等部に上がったときは同室者から夜這いをされたこともあった。見つける度に蒼井くんが怒って助けていたけど同じようなことが後を絶たず、それも春日に決めた相手がいないからだと思った蒼井くんは、だったら俺がその相手だ!と同性愛説を周知させたらしい。意味がわからないね!

 とにかく、切れた冗談のつもりだったけど意外と効果があったから今でも続けており、蒼井くんが説得したので春日もそれを受け入れてるんだと。問題が起きないように今は蒼井くんと春日は同室となり、常にクラスも同じにされているようだ。千里が知っているのはお兄さん経由らしく、私に教えてくれたのは隠しごとをしておきたくなかったからと言ってくれた。


 なんて言うか……お疲れ様、蒼井くん。


 話を聞くにつれて、ずきずきと痛む胸は倭刀のせいだ。そういえば姫もすぐに何でも信じてしまう人で、狙われる上に出歩いたりすれば危ないからと部屋に閉じこもるようになったんだっけ、と思いだした。あんなに苛立っていた筈の蒼井くんへの思いは、その話によって一気に同情と共感に変わり、瑞樹と呼び捨てにしていたのを改めたのだった。


「ほら蒼井くん、そろそろ先生来るから教科書の用意しなよ」


 呼びかけると耳が垂れたような顔をして振りかえってくる。『しょげた情けない』顔だっていうのに、美形だってだけで『切なげで色気がある』顔に変わるんだから得だよなぁ。こっちを伺っていた女生徒の悲鳴を慣れたように聞き流しながら、スマホを操作してメール画面を表示する。一番上にあった新しいメールを開くと、水戸黄門の≪この紋所(もんどころ)が目に入らぬか≫のポーズのように、スマホを掲げて見せた。


   "二人とも英語がんばってね"


 穴が開きそうなほど画面を凝視する蒼井くんの反応に、自分でやったことながら効果がありすぎて怖いほどだ。

 千里も春日も気づいてないようだけど、蒼井くんって絶対春日の恋人役、冗談で言ったようには思えないんだけどなぁ。

 メールの送り主は当然春日。たまたま千里からメールが来たのをきっかけに春日にも送ったところ、このメールが届いたのだ。蒼井くんは普段、携帯の電源を切りっぱなしだそうで、私宛に二人分の内容が届いたのだけれど、蒼井くんは何のために携帯を持ってんだろうね。


 途端に背筋を伸ばして自分の携帯の電源をつける。

 どうやらメールという方法を思い出したようで何よりです。


「宮守」

「はーい?」

「……後でそのメール送れ」


 送れも何も、私の電話帳は家族と中学までの友達、それから千里と春日のアドレスしかございませんが。

 きょとんと目を丸くすると、蒼井くんは顔を背けてスマホを投げてきた。予想外の行動に落とさないよう必死に受け取り、黒くシンプルな機種と蒼井くんを交互に見やる。無言で促されて画面を点灯し、そこにプロフィールが表示されているのを見て、息を呑んだ。

 電話番号とメールアドレスしか載っていない、プロフィール帳。

 赤外線を使ってメールだけ受信することも出来るのに、この画面を見せてくれたことが、なんだか無性に嬉しかった。


「……アドレス、やっぱり春日の名前入ってるんだ」


 蒼井くんを知っている人なら誰でも分かるだろう、『spring days』の英単語。なぜか苛立ちはこみあげなくて、倭刀は静かに胸の奥で眠っている。


「当然だろ」

「蒼井くんらしいね」


 自然と笑みが零れた。手早く両手で操作してスマホを返す。同時に、予鈴の鐘の音が響いた。準備が出来ていないことに気付いたのか、鞄を漁りだした蒼井くん。

 私は新しく増えた電話帳のページを少しだけ見つめて、喜びを噛み締めていた。

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