5
千里に手を引かれるままD組に向かう。
A組は階どころか校舎すら違っていて、今いるところが南校舎。A組は全学年合わせて北校舎にあるんだとか。だから廊下の端はB組から始まっている。
アルファベット順に並んでいる教室を窓の外から眺めていると、所々で人の集まりを見つける。
「あれって何に集まってるの?」
「うん? ああ、あれは外部生のところだよ」
私の視線の先を見た千里が微笑む。
「外部生?」
「内部生は皆知り合いだから、外部生はなかなか中に入りにくいんでしょう? だから今の生徒会長が中等部にいた頃、積極的に話しかけに行けって全校朝礼で言ったの。それからああやって入学式の日には外部生の周りを内部生が囲むようになったんだ」
話を聞いて、改めて教室の中を覗く。確かに囲まれているのは緊張した表情の生徒で、周囲にいるのは興味深そうに目を輝かせて話を聞いている生徒たちだ。確かにこれなら輪に入りやすくなる筈だ。
「生徒会長って外部生だったりする?」
「ううん。幼稚舎からずっとここにいる筋金入りの内部生だよ」
そんな人がこういうことを提案したことに少し驚く。
でもきっと、優しい人なんだろう。
「はい到着! ここがD組だよ」
連れて来られた教室の扉を開く。まだ人は本当に少なくて、数人が各々の席に座っている程度だった。自由席だと聞いているのでどこに座ろうか周囲を見渡し、どくんっと鼓動が高鳴った。
窓際の一番後ろ。
その席に座っている春日と、その前の席に逆向きに座っている男子生徒。
視界が春日を中心に固定されて、春日以外の存在が消えていく。周囲の気配も感じないほど静かな場所で、私は自分の鼓動の音だけ聞いていた。
「やっとD組の番が来たみたいだね」
「知り合いがいるといいな」
「瑞樹は人見知りしすぎだよ」
鼓動と一緒に、春日の声が聞こえてくる。
穏やかで、低すぎず、高すぎない声音。ああ、やっぱり前の席にいたのは瑞樹なんだと頭の隅で思ったけど、それを自覚出来たのは不意に春日の視線がこちらを向いた時だった。
「――あれ、若菜?」
彼に名を呼ばれて、私と春日しか存在していなかった世界が終わる。
静かすぎた世界からがやがやと様々な音のする世界に戻ってきて、隣に千里がいたことを思い出した。千里は私が茫然としていたことに気付いていなかったようで、驚いたように春日と瑞樹を見ている。
「え、わかちゃん、四方堂院くんたちと知り合いなの?」
「あ……入学式の前にちょっと会って……」
「そうなんだ」
納得したように頷いた千里が二人に近づく。手を繋いだままだから、足を引きずるようにその後に続いた。瑞樹が嫌そうに顔を歪めるのに、千里はそれにまるで気付いていないようだ。
「この前後の席、使ってるの?」
「うん。隣は空いてるから使っていいよ」
「おい春日!」
「いいじゃないか、瑞樹。空いているのは本当なんだし、ね?」
春日の笑顔に、瑞樹は文句が言えないらしい。
「わかちゃん、ここでもいい?」
「えっ」
「嫌かな?」
春日と千里が小首を傾げる。絶対、絶対自分の魅力を分かって使ってるだろと言いたい。春日の隣に座るなんて嬉しいけど、倭刀が出てきやすくなることを思えば断らなくちゃ!
「そんなの」
ほら、早く、断るよって――
「良いに決まってるよ!」
私のばかああああああああああっ!
「じゃあ、わかちゃんは四方堂院くんの隣ね。私はその前」
「こいつの隣じゃなくていいのかよ」
「だって二人の隣を埋めとかないと大変でしょう? わかちゃんと席が近かったら私はそれでいいもの」
欲望に忠実すぎた自分への嘆きに、春日の隣へ腰がけながら机に突っ伏しそうになった。頭の上で千里と瑞樹が話していることも気になったけど、それよりも隣の席に春日が座っているということのほうが意識を震わせる。
「これからよろしくね、春日」
「うん! また会えて嬉しいよ」
なんて眩しい微笑……! 目を眩ませながら、今日一日だけで一年分は活動している心臓の上にそっと手を置く。こ、これは一刻も早く春日の存在に慣れないと、早死にするか倭刀に乗っ取られてしまうっ!
意識を保つために瑞樹を睨むと、視線に気づいた瑞樹も私を睨み返した。
「おいお前、隣だからって春日に慣れ慣れしくすんなよ」
「貴方に言われる筋合いはないと思うけど、それより自己紹介してよ。私の名前は知ってるのに貴方の名前は知らないなんて不公平じゃない」
「言う必要はない」
「あれ? 蒼井くんとわかちゃん、知り合いなんじゃないの?」
予期せぬところで名前を知ってしまった。多分千里が言わなくても春日が教えてくれそうな気がするけど。蒼井瑞樹は高らかに舌を打つと千里の頭に軽く拳を落とした。
「きゃあっ」
「状況みて言えよ、楠木。名前言いたくねぇって言ってんのに人の名前呼んでんじゃねぇよ」
「瑞樹、女の子の頭を殴ったらダメだよ」
「痛くはしてねぇよ」
そういう問題か!?
実際、千里の悲鳴は驚いただけだったみたいで、痛みはとくにないそうだ。それでも私の背に隠れて瑞樹の様子を伺っているところを見るとついつい前に立って庇ってしまうのは、自分の性格でもあるんだろうけどやっぱり倭刀の影響もあるのかな。女の子を見ると護ってあげたくなっちゃうんだよなぁ。
千里の頭をよしよしと撫でていると、気持ち良さそうに目を細めた。ごろごろと喉を鳴らしそうな表情はまるで子猫のようで心が和む。
そんな私の癒しをぶち壊したのは、瑞樹だった。
「宮守、一つ言っとくぞ」
「え?」
瑞樹は席に座っている春日の肩を抱き寄せると、見せつけるように私を流し見た。
「春日は俺のものだからな」
……………………はい?
「瑞樹、いきなりそんなこと言ったら驚かれるよ」
「今言わないでどうすんだよ。そういうことだから、マジで春日にあんま近寄んなよな!」
前半は春日に、後半は私に向けた言葉。千里も春日も驚いた様子はなく、瑞樹の言葉を受け入れている。……ちょっと待って、どうして驚かないの? 瑞樹の言葉は真実なの!?
っていうかやっぱり、お前は春日を狙ってやがったのか――――――!
こうして、怒涛の一日が終わる。
これから一体どうなるのっ!?
お気に入り登録ありがとうございます!