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そんなこんなで、入学して早々に友達ゲットしました。
いやなんか話を聞くとなかなか大変な日々が始まりそうな気がするんだけども。千里は良い子そうだし、あの状況で見捨てるほど鬼ではないつもりだ。快く了承した瞬間の喜びに満ちた笑顔を見るためなら、私はなんだってしてやりますよ。可愛いって正義だね。
手を握られた両手は離してくれたけど、なんとなく手を繋いでお話を続けていた。
千里はいつのまにか「わかちゃん」と私のことを呼ぶようになっていて、気位の高い猫のような見かけを裏切り、人懐っこい子犬のような雰囲気を漂わせている。人の体温に安心したように力を抜くところとか、この子こんなんで大丈夫なのかと警戒心の無さが心配になるほどだ。
春日といい、千里といい、内部生は外を知らないせいで警戒心が育たないんだろうか。
千里を通して先ほど出会った春日も心配になったけど、次の瞬間には鋭い眼光を思い出して苛立ちが復活する。あの態度を考えると瑞樹も内部生だろうから、二人のこれは確実に性格だ。
体育館から続々と人が減っていく。
A組以外は成績が関係ないようなので、いつ呼ばれるのかが分からないそうだ。ぐるりと見渡したところ生徒数が三分の一ほどに減っているのが分かる。
「わかちゃんと一緒のクラスになれるといいね」
「うん。同じだと助かるしね」
そんなことを話していると、聞き覚えのある番号が聞こえてきた。
――13H582番。
受験票を手元に取りだして私の番号であることを確認する。
「呼ばれたみたい」
「待って、わかちゃん! 私も呼ばれたよ」
「ってことは同じクラスか! 幸先良いね」
「うん! 席はね、自由に選んでいいんだよ」
「じゃあ隣の席に座れるように早く教室行こっか」
立ち上がってみると千里の身長は私よりも頭一つ分下だった。私が女子にしては身長が高いっていうのもあるけど、千里が小柄だっていうのもあるだろう。
体育館用に履いていたスリッパから革靴に履き替えて校舎に向かう。校舎の入り口に立っていた先生に受験票を渡せば、下駄箱の鍵と一緒に返却された。わざわざ下駄箱のロッカーにも鍵をかけるなんてと思ったけど、これも防犯対策らしい。合い鍵が作られないように毎年作り変えてるっていうんだから、徹底してるよね。
流石にここでは手を離した。
というか、繋いだ手を見る先生の視線が生温かい気がして、離さざるを得なかった。
「お、友達出来たのかー。仲良さそうで良かったなー、千里」
「もう先生っ、からかわないで!」
「いやいや先生心配してたんだぞー? 兄貴が過保護過ぎるしなぁ」
「ちーちゃんは優しいだけだよ」
頬を膨らませた千里の頭をぐりぐりと撫でる先生。
「えーと、誰……?」
思わずそう聞いちゃったのも無理ないよね?
「ああ、悪いな。俺は田淵浩介。こいつの兄貴の担任だ」
「はじめまして、宮守若菜です」
「こうちゃん先生はA組の先生だから、ちーちゃんが成績下がらない限り毎年同じ担任なんだよ」
「英語担当でもあるから運が良ければ当たるかもな」
A組というと成績優秀者だけのクラスなわけで……え、マジで? 美少女の千里のお兄さんだし、話を聞いてた限りでは多分美形。でもって頭もいいとなれば、確かに人気も出るよなぁ。
英語はクラス内でも成績順に三つのグループに分かれて少人数で授業を受けるんだとか。
A組担任の田淵先生は当然、一番成績の良いグループ。運が良ければというか、成績が良ければの間違いだと思う!
「ところで教室行かなくていいのか?」
「ああっ!」
驚きの声を上げた千里が慌てて私の手を引っ張る。地図を見なくても千里が場所を知っているようだ。私たちのクラスはD組で、呼ばれたのは最初の方だったからまだ教室に人は少ない。それでも気が急いて、慌ただしくその場を後にする。田淵先生の横を通り抜ける際に会釈すると、微笑ましそうに苦笑した先生が手を振ってくれた。
「わかちゃん、エレベーターと階段どっちがいい?」
「教室は何階にあるの?」
「四階!」
それを階段は流石にきついです! というか千里は階段を走りきる自信があるのか!?
「出来ればエレベーター希望でっ」
「分かった!」
視界の隅に見えた階段を通り越して廊下の角を曲がる。校舎の端っこに存在するエレベーターは丁度地下から上昇してくるところだった。
というか地下!?
四階建ての校舎にまだ地下があるの!?
千里を抜いて一歩前を走る。一階を素通りしていかないように慌てて開閉ボタンを押すと、無人のエレベーターが重い扉を開いてくれた。音もなく小さな個室が浮上していく。
電子パネルを見ると地下二階まであるようだった。……この学校、つくづく型破りっていうか、一般的に想像する高校の範疇を超えていると思う。
「この地下って何があるの?」
「地下一階は資料室とかだよ。図書館に納められない本とかを置いているの。地下二階は貯蔵庫も兼ねてるんだ」
「貯蔵庫?」
「地震とか起こったら、うちの全生徒分の食事を用意したりするの大変だもん。予め保管庫を用意してるんだよ。管理は主に生徒がしてるけど」
「先生たちじゃないの?」
そろそろ驚きすぎて麻痺してきたのか、千里の話を気軽に聞けてる。
「だって先生だけでそういうときの対策をしていたらいざってときに動けないでしょ?」
「そうだね……」
不思議そうに首を傾げられたけど、これって私の常識がおかしいんだろうか。確かに幼稚舎から大学院まであるようなマンモス校を先生だけで管理するより、自分たちのことは自分たちでやらせる方が遙かに効率はいいんだろうけども!
今までの常識と違いすぎて、四階に到着した頃には疲れ切っていた。