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高校の入学式。今日から私は私立宮之原学園に通うことになる。
ここは幼稚舎から大学院まであるエスカレーター校。
中学校から全寮制となる宮之原学園に、高等部から入学するっていうのはもう既に友達の輪が出来ている中に飛び込むってことで、本当なら進学先の候補にも入れていなかったんだけど。今年の春から海外支店に行くことになった父を心配した母がついていくことになったものだから、急遽全寮制の学校を探したんだ。
荷物は先に部屋へと送られているらしい。
進学校でもある宮之原学園は途中入学生、つまり外部生が少ないようで、大体すぐに分かってしまうのだと説明会でも言われていたが、実際に周囲から視線を感じるとやっぱり入学は止めておけばよかったと後悔がこみあげてくる。
それでも周辺で評判の制服だけは気に入った。
黒地に赤で細いストライプの入ったブレザー。丈の短いブレザーの下からは白いシャツが覗き、シャツの裾を飾る金糸のライン刺繍が赤いひざ丈のスカートを強調し、男女共通の赤いネクタイが首元を彩る。黒のハイソックスと、黒革の編み上げミニブーツ。
男子だと飾りの部分が少ないから、こういう時、女の子は得だなぁと思う。
うきうき気分で入学式が行われる体育館へと向かっていると、目の前をひらひらと薄紅色の花弁が散った。
――――桜だ。
今日の夢を思い起こす。
胸が締め付けられる。一目会いたくて、声が聞きたくて、たまらなくなる。
影響されてるなぁと思いつつも、入学式に出席する気はもうすっかり失せていた。学生の波に逆らうように、桜を探して歩きだす。校舎を取り囲むように植えられている桜並木の下を通り、人目につかない校舎裏へと移動する。
その先には小さな池と、それを囲む白いベンチがいくつか置かれた中庭があった。池の傍には一際大きな桜の木があり、その下のベンチには横になった人影がある。
ブレザーを毛布代わりにしているのは男子生徒のようだった。
「寝てる……?」
足音をたてないように気をつけながら傍に寄る。そっと顔を覗き込んで、息を呑んだ。
白い肌と、艶やかでさらさらの黒髪。長い睫毛が縁取った瞳は閉ざされているけど、通った鼻筋と色の濃い唇がバランスよく小さな顔の中に配置されている。
こんなにも美しい人を、姫以外に見たことが無かった。
思わず穴が開きそうなほど凝視してしまって、視線に気づいたかのように眉を寄せた彼が目を開ける。
潤んだ黒目に、痛いほど胸が高鳴った。
「今、何時……?」
「えっと、もうすぐ入学式が始まる時間です」
「ん?」
不思議そうに首を傾げる彼を見て、覗きこんでいた体勢を慌てて元に戻す。勢い余って姿勢を良くし過ぎたが、彼はそんな私に違和感を覚えなかったようで、そっと起き上がると膝に落ちたブレザーを腕に抱えた。
さっきは気付かなかったけど、彼はブレザーを着たまま横になっていたらしく、毛布代わりにかけてあげたのは別にいるらしい。
ブレザーを抱えたあと彼は一瞬、私の制服が乱れていないことを確認すると、予想でもついているのか納得したように頷いた。
「もしかして起こそうとしてくれたの?」
「……はい」
違います! 単に綺麗だなぁと眺めていただけです、すみません!
いや多分もう少しすれば起こそうかなとも思っただろうけど。
馬鹿正直にそんなこと言えば、嫌な顔されてしまうだけと分かっていたので、数分後の私を信じて肯定した。そっか、と微笑む彼の笑顔が眩しすぎて目に痛い。
「見ない顔だけど外部生?」
「はい。高校からの途中入学組です」
「それなら僕と同じ学年だから敬語は使わなくていいよ」
「え、でも……」
「ね?」
誘われるように首を傾げられると、それだけで何でも願い事を叶えてあげたくなってしまう!
「分かった! あの、私の名前、宮守若菜っていうんだ。若菜って呼んでほしい」
「僕は四方堂院春日。僕も名字は長いから春日でいいよ」
彼の名前を聞いた瞬間、硝子を引っかいた時のような耳鳴りがした。
握手を求めている手が差し出されているのを視界に入れているのに、目の前が真っ暗なように感じる。桜を背景に私へと手を差し出すその姿が、夢に見た姫の姿と被る。
四方堂院の姫――――春日姫。
壊れそうなくらい鼓動がうるさい。脳が溶けそうなくらい頭が熱くて、それでいて寒気がするほど背筋が冷たかった。
どうやって身体を動かしたのかさえ分からなくなりそうな中、それでも私はなんとか握手をしていたようだ。春日の手の感触が熱く感じるほどに、私の手は冷え切っていた。