プロローグ
ずっと、ずっと昔。
物心つくより前の、幼い頃から、日毎に見る夢がある。
平和な今とは比べ物にならないほど物騒な夢の世界。
江戸時代とか明治時代とか、そんな昔の日本のようにも思うけど、魔物としか言いようがない生き物と戦っているときを見たことがあるし、日本刀のように細いくせに両刃の剣を持った私が手をかざすだけで炎を出したこともある。
そんな夢をもう何百回、何千回と見てきた。
けれど、なぜか一度も怖いと思ったことはない。
ただ夢を見た日は暫く涙が止まらなかった。
夢の中での私は男性で、いつも何かを護るために走っていた。
護る対象は日によって様々で、民を護るためだったときもあれば、友との約束を護るためだったときもある。でもその八割は、大切な我が主君を護るためだったように思う。
白く、細い、小さな身体。
身の丈よりも長く真っ直ぐな黒髪は、結いあげることもせず、常にその背を流れていた。
城と民とを護るために、部屋に籠りっきりで一心に国の結界を張り続け、支え続けていた我が姫。
『姫、あまり見知らぬ客人を部屋へ招いてはなりません。何かあればどうするおつもりですか』
『何もなかったのだもの、大丈夫よ。それに護衛の方々もいらしたもの』
『何かあってからでは遅いのですよ!』
その力と美貌故に、人からも魔物からも狙われていた姫は、窓から見える世界をこよなく愛していた。
世界の無情さを、魔物の怖さを、人の醜さを知りながらも、信じることを止めない人だった。
『倭刀、見て、あれを』
『……ああ、桜ですか。もうそんな季節だったのですね』
『ほらあそこに番いの鳥がいるのよ。二羽は肩を寄せ合って桜を眺めているの』
『ここからだと空も桜も鳥も、全てを一度に見られるので美しいですね』
『ええ、本当に。一度たりとも同じ瞬間は訪れないわ――』
胸がいっぱいになったように、幸せそうに瞳を潤ませる姫こそが、私にとっては何よりも美しいと思えた。
穏やかに微笑んで、日々の変化の輝きを見逃さずに抱きしめる。
そんな人だったからこそ、夢の中の私は恋をしていた。
どんな状況の夢を見たとしても、必ず最後は姫が私に手を差し出し、優しい声で名前を呼ぶ。
その声に応えたくて、差し出された手を握り返したくて。
けれど名を呼ばれた瞬間が、夢から覚める合図だったから、私は姫への恋しさに叫ぶ心に従うままに、涙を流しながら目を覚ます。
姫を愛していた男の倭刀から、今を生きる女の若菜に変わる瞬間だった。