第8話『変わらないもの、変わるもの』
「アリシア、魔法学院の生徒に防護術式を重ね掛けした後、もし後ろに攻撃が抜けた場合の迎撃を担当してくれ。フェアリスは天空翔る偉大な竜王の防護術式を全開にして生徒達の前で楯役。シャルルは生徒達をグランド・セリカに一刻も早く収容できるよう準備を」
「畏まりました」
≪畏まりました≫
『分かりました』
告げ、返答を聞きつつ、俺は転移術式を展開実行。天空翔る偉大な竜王の中から魔法学院関係者とクラティアのちょうど中間にあたる空中、魔力砲撃の予測進路へと転移する。
「さて、いっちょやりますか」
感じる高揚感は何十年振りか。今まさに発射されようとしている大出力の魔力砲撃を前に、俺は無意識の内に笑みを浮かべ――
「『展開、実行――我が術式よ――――時空を閉ざせ』」
声と爆音は同時。こちらへ向けて発射された魔力艦砲の行く手を遮るように、教皇級時空系統魔法『空間と時の狭間』の異空間が大きく口を開ける。
「最近は収納スペースとしか使って無かったが、これが本来の使い方だ!!」
言葉と共に、大出力を秘めた純白の魔力砲撃が空間と時の狭間と激突した。弾ける光、言葉では表現できない様な不快な高音が周囲に響き渡り、漆黒の異空間と純白の砲撃が鬩ぎ合う。されど、空間と時の狭間は魔力砲撃を確実に吸収、減衰して行く。
魔力砲撃の末路は見えた。ならばそちらに構う道理は無い!!
「穿ちぶち抜く!!」
叫び、頭の中で莫大な魔導理論を構築、術式へと転換。
「『天空より下るは光の審判、神に仇なす不敬の輩に、絶対不変の裁きを下せ!!』」
詠唱に載せて術式を走らせ、魔力を通して行く。
創り上げるのは、10000mを越える大艦船に相応しい攻撃術式。
「『神話級天罰系統魔法≪天墜≫展開、実行――我が術式よ――――天を閉ざせ!!』」
瞬間、莫大な存在感を放つ光の杭が、雲を切り裂き天空から降り注いだ。
横が一辺50m、長さは1000mを越える巨大な光杭が、クラティアに上からぶち当たる。その数も10や20どころでは無い、軽く3桁に届く数量だ。
【堕天】【墜天】【堕落】などの天罰、落下系の属性効果を数多く内に秘めるその魔法の効果は、
「浮かぶもの、上がるものを打ち下ろす!!」
俺のその言葉通り、クラティアへと直撃した光杭が防護術式をぶち破り甲板へ当たると同時、その艦体が上から押される様に急降下を始める。
光杭は勢いも相当な上に先端も鋭利だが、貫通する気配は無い。あくまで打ち下ろすことを目的とした天罰術式。それが『天墜』なのだ。
といっても攻撃力が無い訳では無く、今現在艦全体には相当な重圧が掛かっているはずだ。恐らく後1分もすれば重圧に耐えきれなくなり、装甲が薄い部分から砕け割れ始め、いずれは完全に押し潰されるだろう。
――それまで待っていてやる気は微塵も無いが。
「戦場では1分1秒の遅れが命取りになる……悪いが早々に決めさせてもらうぞ!!」
俺は宣言し、両手をクラティアへ向け突き出した。
「『全てを呑み込む黒の極光、それは終焉を告げる輝きにして、始まりを創める無の力――』」
謡う様に紡ぎ出す詠唱。空中に漆黒の輝線が走り、突き出した両手の前に魔法陣が描き出されて行く。
円を基調としたそれは輝きと共に莫大な魔力を収束し、漆黒の煌めきを放ち始めた。
俺の体から溢れ出す純白の魔力と、魔法陣に収束する漆黒の魔力。2色が混ざり合い、さらに強大な魔力へと昇華する。
そして、闇より深き漆黒を湛える術が完成した。
「『神話級終焉系統魔法≪Dunkelheit≫展開、実行――我が術式よ――――命を閉ざせ』」
瞬間、全てを呑み込む漆黒が、魔法陣から迸った。
クラティア目掛け空を奔る漆黒は、国一つ消し去る事さえ可能と言われる神話級魔法。久しぶりの全力で5割ほどの力しか出ていないとはいえ、戦艦一つ消し去るには十分。
そう確信していたし、恐らくアリシアやシャルルでも同じ意見を持っていただろう。事実、俺の背後数百メートルの位置にいる魔法学院の関係者からは、勝利を確信した歓声が上がっていた。
だが――
「なんだ、この感覚は――?」
俺は、心の奥底に生まれた妙な感覚に思わず呟く。胸の奥がざわつく様な、否応なく不快な感覚。長らく忘れていたような、大分昔に感じたことがあるような……
少なくとも勝利を前に感じる感覚では無い。俺がそう考えると同時、
――ザワッ!!
「ッ!?」
不快感は一気に膨れ上がり、背に冷たい痺れの様なものが走った。そして思い至る。長らく感じていなかったこの感覚は、確かに昔、幾度と無く感じたものだ。
間違えようも無いし、間違えるはずも無い。
これはまさしく――――死の気配。
「くっ!?」
幸い、反射的に体は動いた。左足が引かれ半身になった俺の視界の中、漆黒の極光が中心から縦真っ二つに切り裂かれ霧散する。さらには、目の前を不可視の何かが通り過ぎるのを長年の経験から知覚し、先程までの背後にあたる方向、現在の左方向から、金属の切断音、次いで天に轟く様な爆音が響き渡るのを、確かに聞いた。
――そして見た、1000年間その威容を微塵も衰えさせることの無かった天空翔る偉大な竜王が、中心から縦二つに両断され、爆発、四散するのを。