第7話『1000年の時を越え果たされる約束』
空間が歪むほどの魔力が周囲に満ちると同時、無数の光条が空を奔る。
グランドロード級を冠する航空都市艦の魔力艦砲と、世界最高の魔法学院に在籍する生徒と教師による魔力砲撃。その二つが重なり合い、混ざり合って繰り出される、大破壊力の面制圧砲撃。
伝説級に名を連ねる魔法と比べてもなんら遜色ないその攻撃を受け――
「さっきから驚愕続きだが、これは一番驚いたな。まさか今ので――無傷とは」
『魔法と英知の国』最強の魔法戦艦『クラティア』は、爆炎が晴れた後にもただ悠然と存在した。10キロを越える威容は微塵も損なわれること無く、攻撃を当てたはずの者たちこそ精神的ダメージを被りそうだ。
「防護障壁を展開したのは見えてたが、まさか抜かれずに全て防ぎきるとは。あれ、俺でも攻撃通せないんじゃないか?」
「そうですね、いつもの如く適当にやったら障壁を砕くのが精一杯でしょう」
「いや、本気でやってもあれは――」
「寝言は寝てから言って下さい」
ちょっとマジで言ったのに、アリシアに速攻否定されてしまった。俺ってそんなに攻撃力高かっただろうか、実は最近戦って無いので勘が鈍ってる。
「しかし、どうするかなぁ」
真面目にヤバそうな状態になって来たので、本気で状況の分析と方針決定に臨む。大きく判断をミスすれば、最悪個人で国と戦う事になりそうだ。
驚きの連続で感覚が麻痺してきたのか、それとも1000年前、日々驚きの連続だった頃の勘を取り戻してきたのか、落ち着いて判断が出来るようになってきた。異常事態の連続にはうんざりしていたが、これは僥倖。
「とりあえずは――急いでシャルルに話を聞くか。フェアリス!!『グランド・セリカ』に繋げてくれ!!」
≪畏まりました≫
シャルルは世界で最も魔法に長けると言われる種族、最上妖精の真祖だ。
不老である彼女の年齢は10000をくだらず、1000年前、まだ魔法学院がグランド・セリカの艦上では無く地上にあった頃も、バリバリ学院長をやっていた。
他にも、シャルルの従者である自動人形『シアス』。『グランド・セリカ』艦長であり、1000年前は冒険者をしていた龍人族のおっさん『榊原忠信』。忠信の補佐兼『グランド・セリカ』副艦長を務める自動人形『神宮』など、俺の知り合いも『グランド・セリカ』には多数いると、数十年前にシャルルから送られてきた手紙に書いてあった。
あの面倒臭がり屋のおっさんが艦長とか無理だろ……『神宮』は間違いなく苦労するな。とか、遂に魔法学院が空を飛ぶのか、胸が熱くなるな。とか色々考えたのを覚えている。
対して『クラティア』には知り合いなんて1人もいない。状況がほとんど把握できない現状、どちらに話を聞くかなど言わずもがなだ。
≪御主人様、回線繋がりました。メインスクリーンに映します≫
船内に響き渡るフェアリスの声と同時、メインスクリーンの映像が切り替わり、金髪碧眼の美女が映し出される。
「よう、久しぶりだな、シャルル」
『あら京夜、もう来てたんですね。情報遮断ステルス航行なんてやめて姿を現してくれれば良いのに』
現在『グランフェリア魔法学院』と『グランド・セリカ』は1国家に喧嘩を売ってるも同然な状態の上に、姿を現さないまま突然通信を繋いだのだが、随分と落ち着いたものである。というか――
「まさか、あの手紙を送ったのはお前なのか?」
俺が来ることを知っていたかのような言葉に、思わずそんな疑問が湧き上がる。差出人が国名だったので、てっきり国王からの手紙なのかと思っていたが……
『えぇ、貴方に学院の臨時講師をお願いする手紙を出したのは私ですよ。学力低下とか臨時講師のお願いとかほぼ全て嘘ですが。国王からだと思いました?』
「嘘て……あぁ、呼び出された場所も紺碧と栄華の百年城だったしな」
『国からにした方が、貴方も1000年間上げなかった重い腰を上げるかと思いまして。それに、紺碧と栄華の百年城に行く前に偵察とか何とか言って魔法学院に潜入して来ることも分かってました』
「そうかい……」
『嫌そうですね?信用してるんですよ?』
随分と嫌な信用の仕方である。
「で、そんな俺を信用してくれてるシャルルは、何故嘘の内容を手紙に書いたりまでして俺を呼び寄せたんだ?」
『先程の、私の宣言は聞いてましたよね?』
「あぁ、技術と研究の国との戦争に魔法学院の生徒を動員するのは許せないって奴だろ?」
『そう、それですそれ。生徒の動員命令が出たのは1週間ほど前なんですが、拒否した時点でこうなることは多少なりとも予測出来てたんです』
「魔法と英知の国が暴力的手段に出る、と?」
『はい。数十年ほど前から、私達魔法学院と魔法と英知の国の間には大きな溝が出来てまして。丁度魔法学院が、地上から『グランド・セリカ』の艦上に移った頃からですね。魔法と英知の国と違って、魔法学院は割と科学にも寛容ですから。これも魔法機船ですしね?なので今回断れば、裏切りの可能性等を考慮され、十中八九強行策を取られるだろうと予想していました』
「まぁ、魔法と英知の国も、強行策に真っ向から反発されるとは思って無かっただろうしな。多分強行策をとれば従うと思ってたんだろう――しかし、もうそこまで話が進んでるのか。険悪な仲だとは聞いていたが、戦争に誰を動員するかってところまで話が進むレベルなのか」
『えぇ、一両日中には、魔法と英知の国が技術と研究の国へ宣戦布告するでしょうね』
「マジかよ……」
今から戦争を始めると言われても頷けるレベル――とかなんとか言った記憶があるが、現実になってるじゃないですか……お腹痛くなってきた帰っても良いだろうか。
『話がそれましたね。時間もありませんし、単刀直入に行きましょう』
「ん?――あぁ」
シャルルの言葉に、チラリとサブスクリーン、そこに映る『クラティア』へと目をやる。艦砲への魔力収束率からして、砲撃まで後一分といった所だろうか。
狙いは地上のローブ集団。防護魔法を展開しているようだが、クラティアは魔法と英知の国最強の魔法戦艦だ。如何に魔法学院所属の魔法使いといえども、その砲撃は生身で受けられるものではない。
運が良ければギリギリ逸らせるだろうが、下手すれば……
「確かに、時間が無さそうだ。要件を聞こう」
『はい、私が貴方に手紙を出した理由。それは――1000年前の、あの約束を果たして貰いたいのです――』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
現代より約1000年前――『王立【グランフェリア魔法学院】』学院長室にて
「お願いだ!!俺と一緒に来てくれ!!」
――あぁ、懐かしい記憶だ。これは俺が『"元"勇者』ではなく、まだ『勇者』だった頃の記憶。
90度、直角に腰を折り頭を下げる俺と、ソファーに座り静かな瞳で俺を見つめるシャルル。
「何度言ったら分かるのですか?私はこの魔法学院の学院長です。此処に所属する生徒を――子供たちを教え導き、見守ってあげる義務があります。もしもの時には、身を呈して学院を守らねばならない。だから、貴方の旅に同行することはできません」
シャルルに対する俺からの願い、それは魔王討伐への同行だった。
1カ月間に及ぶ魔法学院での特別授業を終え、出発を明日に控えた日。俺は朝から、シャルルに魔王討伐の旅へと同行してくれるよう頼み込んでいたのだ。
アリシアを始め、他の仲間たちと出会ったのは旅の途中で、魔法と英知の国には魔王討伐に同行者を出せるほどの余力は無かった。つまり、当時俺は1人だったのだ。
1カ月という短い期間とはいえ、シャルルとは魔法の特別授業のために四六時中一緒にいたし、彼女は当時から世界最強に名を連ねる力を持っていた。
世界を救うという誓いを破る気は無く、『不滅の大勇者』や『想像し創造する創造主』等の能力もあったが、やはり1人は寂しい。
まして俺は、ぬるま湯と揶揄される程平和な国『日本』生まれの『日本』育ちだ。
1人でいきなり旅に出されて、しかも目標が魔王討伐とか荷が重すぎるどころの騒ぎでは無い。
心強い仲間が、何一つ心配することなく背中を預けられる人が、当時の俺には必要だったのだ。
「頼む!!お願いだ!!」
「っ――いい加減にして下さい!!私は――――え?」
と、あまりにしつこい俺にいい加減嫌気がさしたのか、ソファから立ち上がり声を荒げたシャルルはしかし、唐突に言葉を止めた。そしてその口から零れるのは、何処か間の抜けた様な、驚きの声。
最初はどうしたのかと疑問に思った俺だったが、微かに顔を上げその理由に至った。
「あれ?ははっ、俺、なんで泣いて……」
自分が涙を流していると、その事実を理解するのに数秒を要した。次いで押し寄せて来るのは、18歳にもなって寂しいという理由で泣いてしまった恥ずかしさと、心を掻き毟る様な悲嘆。
「なん、で……」
涙は、止まらなかった。
どんなに止めようと思っても、後から後から溢れて来る。視界が歪み、足元がおぼつかなくなり、流されるままに倒れ込もうとして――
「――大丈夫、大丈夫ですよ」
ふわりと、温かく柔らかなものに包み込まれた。それがシャルルだと理解すると同時、
「うあ…うわあああああああああああ!!」
俺は声を上げて泣いた。一体どれぐらいの間泣いていたのか、1000年経った今でも分からないままだ。1分か、10分か、20分か、それ以上か。シャルルの腕の中でしばし泣き続けていた俺がある程度落ち着くと、彼女は静かに語りかけて来た。
「私は、酷い思い違いをしていました」
「?」
「貴方は勇者だから、魔王を討伐するのが当然だと。子供を守るのが私の使命であるように、魔王を討伐するのが貴方の使命だと。そう思っていました」
「何も、間違ってはいない……」
「いいえ。私は自ら望んで子供を守ることを使命とし、だからこそそれを全う出来ています。しかし貴方は、何も望んでなどいない」
「……」
「突然この世界に召喚され、突然勇者と呼ばれ、突然魔王討伐の旅へと1人で送りだされる。そこには自由どころか、選択さえも存在しない。だから――」
そこでシャルルは一度言葉を区切り、俺としっかり目を合わせて言葉を紡ぐ。気付けば、俺の涙は止まっていた。
「私も、貴方と共に歩みましょう。貴方の背中は私が守ります。貴方の自由は私が創ります」
「良い、のか?」
「えぇ。1カ月間しか在籍しなかったとはいえ、貴方も確かに魔法学院の生徒です。それに、18歳なんて私から見ればまだまだ赤子同然ですよ。しっかり守ってあげなくては――ただし」
「ただし?」
「無事魔王討伐がなされ、世界に平和が訪れたなら、貴方もいずれは大人になるでしょう。そして、もしその時子供たちが危機に晒されていたら、私と共に、どんな道でも歩んでくれますか?」
一歩下がったシャルルは、笑みを浮かべて左手を差し出して来る。躊躇は無かった、微塵も迷うことなく、俺は先程までの涙が嘘の様な笑顔を浮かべ――
「あぁ!もしもの時は、たとえ"国と戦争をする事になろうが"約束を果たそう」
そう告げ右手を差し出し、シャルルの左手と固く握手を結んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――成程、あの約束か。随分と懐かしいな」
『えぇ。まさか私も、本当に国と戦争するような事態になるとは思いませんでしたが……』
「本当だよ、予想外すぎる」
「何の話です?浮気ですか?」
「アリシアと会う少し前、旅に出る前日にした約束の話しだよ。後浮気じゃねぇから≪桜月夜≫を仕舞え」
「畏まりました」
暴力的なのか従順なのかよう分からん……
「えぇっと――まぁつまりは、生徒動員の申し出を断った時点で、十中八九魔法と英知の国が強行策に出るだろうと予想していたから、本格的な対立になった時力を借りるため手紙で俺を呼び寄せたと」
『そういうことですね』
「ふむ……」
『力を、貸して頂けますか?』
問いかけて来るシャルルは毅然としているようで、其の実瞳が不安に揺れていた。その姿を見て思わず微かな苦笑が漏れる。
まるで1000年前の俺の様だ。まぁ、今のシャルルと比べて俺は相当みっともなかったが。しかし――
「これは、心外だな」
『――え?』
「まさかお前、俺が約束を破る様な男だと思ってたのか。力を貸して下さいで良いんだよ、力を貸して下さいで。なぁアリシア」
「そうですね。約束は割と破りますが」
「破らねぇよ嘘つくなよ!!此処は嘘でも破らないって言う雰囲気なのにわざわざ嘘ついてまで破るとか言うなよ!!」
「嘘つくなとか嘘ついてでもとかややこしいですからやめて下さい」
「お前のせいだろ!!」
『あのー……』
「あぁ、すまんすまん。とにかく、約束は守るさ。というか、まだ始まってもいない状態から子供を戦争に巻き込むことを決定するとか、俺個人としても許せんし。ということで――一つ、やりますかね」
言葉と共に力を解き放ちつつ、俺は思いっ切り戦う前に一言だけと呟いた。
「中心に据えられたりしたら笑えん事態だ――とか言ったけど本当に中心になってるじゃないか……なんだ、俺の言葉は全て現実になるとでも言うのか!!」
「強そうな能力ですね、いいからさっさと魔法戦艦を撃墜して下さい。ほら、もう魔力艦砲撃ちそうですよ?」
「うぉお!?マジだ!!――あ、シャルル!課外実習の終了単位ちゃんとくれよ!?」
「良いから早く行けバカ野郎」
アリシアマジギレである。