第5話『一体何が始まるんです?』
≪『全天の樹海と魔法と英知の国』の境界線へと接近、本艦は只今より、情報遮断ステルス航行へと移行します≫
アリシアに刺されたり、それをイチャイチャしていると受け取ったフェアリスが拗ねたり、色々ありつつも空の旅を楽しむこと約20分。船内にそんなアナウンスが響き渡った。勿論、仕事モードフェアリスがお届けします。
さて、俺の住まい『白亜と天空の千年城』が存在する『全天の樹海』は、何処の国にも属さない『自由領』と呼ばれる地域だ。
国家や団体が支配権を主張することは出来ないが、個人規模でなら何に使っても構わない。それが『自由領』である。
なので俺は、あそこで好きに暮らさせてもらっているのだ。いくら『自由領』といえども、『全天の樹海』は"名前持ち"の魔物も多数生息する、まさに溶岩の中に飛び込むよりも危険な場所。そんな所に好き好んで近づく者はそうそういない。俺からしたら静かで、結構暮らしやすい場所である。
で、今差し掛かっているのはそんな『全天の樹海』と魔法国家『魔法と英知の国』の境界線。『全天の樹海』を国に見立てるならば、国境というやつだ。
『全天の樹海』は此処で終端、此処から先は人間や亜人が数多く暮らす国家の領地。全長700mを超える『天空翔る偉大な竜王』が堂々と飛んでたりしたら、間違いなく洒落にならない大騒ぎだ。それを防ぐための『情報遮断ステルス航行』――名前そのまま『外界とのあらゆる情報を断って不可視状態で航行しよう』という航法である。
≪――『霞陽炎』発動。情報遮断ステルス航行開始≫
情報遮断ステルス航行専用武装『霞陽炎』が発動し、情報遮断ステルス航行状態へと移行する。まぁ、外は見えるし音も聞こえるし、船内からでは特に何も変わらないのだが。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
≪御主人様、魔法と英知の国に入りましたけど、これからどうするんです?≫
「んー?えーっとだな……」
「……何故、私を見るんですか?」
「え!?」
「?」
俺が驚いた声を上げると、キョトンとした表情で首を傾げるアリシア。あら可愛い――じゃなくてじゃなくて。
「いやだって、アリシアが偵察に行こうって言ったから、てっきり何か考えてるのかと……」
「考えてはいますが、それは京夜様が本当に決められなかった場合に言います。私は貴方の妻であり従者です。一歩下がってついて行きますよ」
「あ、はい、了解です」
なんか丸めこまれた気がしないでもないが、確かにここはアリシアの夫であり主でもある俺が決めるのが筋……なのだろう。多分、恐らく、きっと。
≪では、どうなさいますか?御主人様≫
「うーん…………とりあえず、直進で」
≪か、畏まりました≫
――本当に直進したかったんです、別に思い付かなかった訳じゃないです!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
≪これは、直進して正解だったという事でしょうか?≫
「そういう事にしておいて下さい」
「結果オーライで御座いますね」
『魔法と英知の国』入国から僅か2分。俺とアリシアはメインスクリーンを見ながら、フェアリスは情報を直接得ながら、そんな会話を交わしていた。
メインスクリーンに映るのは、情報遮断ステルス航行により不可視状態となっている天空翔る偉大な竜王の真下。ローブを纏った集団約1000名である。
言うまでも無く『王立【グランフェリア魔法学院】』の生徒と教師陣な訳だが、グランフェリア魔法学院の存在と、原則ローブ着用の校則を知らない人が見たら凄い怪しく見えるだろう。というか知ってる俺から見ても滅茶苦茶ビビる。ローブを着た人が1000人とか怪し過ぎてヤバい。
「課外実習でしょうか?」
闇の組織も真っ青な位滅茶苦茶怪しい集団である魔法学院の人たちを見ても、相変わらずピクリとも表情を変えない無表情クールビューティーアリシア。そんな彼女が、俺に顔を向けて問いかけて来た。
「十中八九、どころか確実にそうだろうな」
俺は返答と共に、肯定の意を示して深く頷く。
『王立【グランフェリア魔法学院】』で開校当初から行われている伝統授業、それが『課外実習』だ。
学院内での座学、実技などで学んだ知識や魔法を使い、本物の魔物が生息する森や山岳地帯でサバイバル生活をする。という授業である。
参加するのは全校生徒(1学年10クラス計300名、それを3学年で計900名)プラス引率教師陣百数名の約1000名。期間は1カ月間、1年に1回行われる行事も兼ねた授業だ。
もう何度か述べたが、俺も1000年前に勇者としての力を付けるため、魔法学院に在籍していた時期があった。それが丁度課外実習の時期であり、何も分からないまま連れていかれて、EXクラスの魔物と鉢合わせ。泣きながらも教師陣の皆さんと一緒に戦ったのは、今となっては悪くない思い出である。酒を飲みながらでやっと苦笑できる程度、ではあるが。
「うーん……しかしありゃ、様子がおかしいな」
「はい、明らかに」
そう、今メインスクリーンに映し出されているローブの集団は、『課外実習』だとしたら明らかに様子がおかしかった。先程も述べたように、課外実習はそれぞれが1カ月間自力で生活するというサバイバル生活授業であり、今はまだ月の途中。つまり、授業の趣旨からしてこの時期に全員が1カ所に集まっていることはまずあり得ない、というのが一つ。
それだけならまだ、昔と形式が変わったと思えば良いかもしれないが――
≪御主人様、測定完了いたしました。推定収束魔力量『1003000AURA』。98%の確率で臨戦態勢だと判断できます≫
「やはり、か」
眼下の集団に収束するのは、『天空翔る偉大な竜王』の船内にいて尚感じる事が出来るほどの膨大な魔力。
指向性や属性が感じられないことから、何かに備えて魔力を集めていると考えるのが妥当だろう。つまりは、臨戦態勢ってやつだ。
世界最高水準の魔法技術を誇る『魔法と英知の国』。その中でもさらに最高の学び舎との呼び声高い『王立【グランフェリア魔法学院】』。そこに所属する生徒と教師が揃いも揃って臨戦態勢とは、並の異常事態では無い。今から戦争を始めると言われても頷けるレベルである。というか、絶対にそれは無いと言いきれないのが怖い。最近『魔法と英知の国』は隣国、科学国家『技術と研究の国』と超が付くほど険悪な雰囲気らしいのだ。
どちらも大陸に名を轟かす大国なだけに、ガクブルである。1000年も奥地にいた癖に何故このタイミングでホイホイ出てきてしまったのか、今になってちょっと後悔。頼むから巻き込まないでほしい。いや戦争するって決まった訳じゃないけれどもさ。
――などと、俺が1人色々と考えを巡らせていた、次の瞬間、
≪――ッ!!右舷より急速接近する大型艦船を確認!!距離1200!!超過駆動域による全速回避を実行します!!船体が大きく揺れますのでご注意ください!!≫
船内にフェアリスの切羽詰まったアナウンスと、緊急事態を告げるけたたましい警報が響き渡り、砲撃の反動とは比べ物にならないほどの激震が天空翔る偉大な竜王を襲った。