第2話『新たな門出、運勢は――』
操縦室内に響き渡る女性の声。透き通った鈴音の様な、この世のものとは思えないほどの美声。
「久しぶりだな、フェアリス」
≪はい!お久しぶりです御主人様!!≫
その正体は、天空翔る偉大な竜王に搭載されている電子精霊、『フェアリス・ドラグネス』の声である。
非常に複雑かつ高難易度な魔法竜機船の操縦を安全かつ完璧に行うため、『魔法竜機船の管制』という役割の元俺が魔法で創り出した精霊だ。
といっても魔法竜機船の操縦しかできないという訳ではなく、英知系最高位称号である『大賢者』を保有する者達と同等の知識を持ち、疑問には基本的になんでも答えてくれるハイスペックさも持ち合わせている。
「とりあえず機関部を始動、異常が無いか確認してくれ」
≪畏まりました!!≫
フェアリスの元気な(といってもフェアリスは肉体を持たないため声だけだが)返事を聞きつつ、近くにあった椅子に腰を下ろす。
≪ふんふふーん♪≫
フェアリスが歌う鼻歌、それに呼応するように目まぐるしい動きを見せる計器やスクリーンを見つつ、静かに思うのは1つのこと。
ぶっちゃけ、もう何もすることはありません。
機関部に異常が見つかればそうでもないが、異常が見つからなければ本当にもうすることは無い。魔法竜機船の操縦に関してフェアリスはまさに万能であり、全て彼女がやってくれるのだ。
≪御主人様!!機関部起動しました!!全機関部、および無限魔導炉にも異常ありません!!完璧です!!≫
と、言ってる内に機関部が起動したようだ。操縦室内にも微かな重低音が響き始める。
「了解、ありがとう」
≪いえいえ!!≫
結局機関部にも、無限魔導炉にも異常は無かったという事で、天空翔る偉大な竜王の状態は完璧。つまりは――
「やること無くなったなぁ」
≪しりとりしましょう!!≫
「……りんご」
≪ごま!!≫
フェアリスは魔法竜機船の操縦もできて、何でも知ってて、気配りも出来る良い子です。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さっき自分で言った癖に、すっかり忘れていたが……
≪さぁ御主人様!!『王妃』!!『ひ』ですよ!!『ひ』!!≫
「……人」
≪御主人様が15回目の順番で言いました!!≫
「……飛行系統魔法」
≪私が23回目の順番で言いました!!≫
「……氷雪系統魔法」
≪私が7回目の順番で言いました!!≫
「……緋緋色金」
≪御主人様が73回目の順番で言いました!!≫
「……緋緋色金の刀」
≪御主人様が102回目の順番で言いました!!≫
「……参りました」
≪勝ちました!!≫
しりとりなんて頭を使うゲームで、大賢者並の知識を持つフェアリスに勝てる訳無かった。
≪やりましたー!!御主人様に勝ちましたー!!≫
まぁ、喜んでいるフェアリスを見ていると(声だけだが)、嫌な気分ではないし、良しとしよう。
そんな風に思った俺の温かい気持ちは、
「楽しそうですね?京夜様?」
耳元で聞こえた絶対零度の声に、一瞬にして吹き飛んだ。
「!?あ、アリシア!?」
振り向くと、耳元で囁いた張本人、いつの間にか俺の後ろに立っていたアリシアが完璧なまでの笑顔を浮かべる。そう、あまりに完璧すぎて、一種の怖ささえある笑みを。
「京夜様を手伝おうと私が急いで準備を終わらせて来てみれば、何ですか?京夜様は楽しくしりとり――ですか?」
『ですか?』――一度区切られてから紡がれた一言と共に、完璧な笑顔を浮かべたまま首を傾げるアリシア。表情は見惚れる様な笑顔、傾げ方も可愛らしいはずなのに、冷や汗が止まらない。超怖いマジ怖いヤバいこれはまずいとっても怒ってらっしゃる!!
たとえ"名前持ち"の魔物と相対したとしても感じないだろう圧倒的恐怖、それが全身を支配する。
まずは落ち着いて貰わねば。そう思って微かに走る震えを抑えつけ、なんとか口を開こうと――
「ふぅ……冗談ですよ」
した瞬間に、アリシアから放たれていた威圧感だとか殺気だとかが綺麗に霧散した。
「え?」
「何を呆けた顔をしているのですか。いくら私でも、同じく京夜様に仕えている電子精霊相手に嫉妬したりはしません」
あまりの急展開に唖然としている俺に、アリシアが苦笑を浮かべつつ告げる。
えーと、つまりは……
「脅かされた?」
「えぇ、あまりにも京夜様がフェアリスと楽しそうにキャッキャウフフしてるので嫉妬して――いえ、なんでもありません」
「嫉妬って言ったよね!?ねぇ!!嫉妬しないんじゃなかったの!?」
「え?」
「いえ、何でも無いです」
ほんの一瞬だが、再び全身を襲った威圧感に即座に口を噤む。いくら勇者でも当然命は惜しい。いやまぁ殺される気は無いし殺されることも無いけれども、そこはノリである。
「まぁ、良いでしょう。フェアリス、久しぶりですね」
≪はい!お久しぶりですアリシア様!!≫
アリシアの言葉に、嬉しそうに返事を返すフェアリス。従者だとか秘書だとか以前に俺の妻であるアリシアは、フェアリスから見れば主人も同然だ。しかしそれを抜きにしても2人は仲が良い。先程は嫉妬が云々言っていたアリシアだが、きっと冗談だろう……そう信じたいです。
「京夜様?どうかしましたか?」
「いや、何でも無い」
よし、止めよう。このことを考えるのはもう止めよう。精神力がガリガリ削れてヤバい。例えるならば鉛筆削り。ガリガリガリガリって感じだ。
「えっと、そんなことよりも、準備は終わったのか?」
「はい、完璧で御座います。いつでも出発できますよ」
いつも通りの無表情で事も無げに言うが、自分の準備をした後城の各部点検、戸締り、さらにはもしものために俺の身の回りの品をもう一式は用意しているだろう。それをこの短時間でとは、相変わらず神懸かり的な仕事ぶりだ。
「流石はアリシアだ。それじゃあ、ちょっと早い気もするが行きますか。フェアリス!!」
≪畏まりました、御主人様。あーあー、コホン――≫
今までとは明らかに違う丁寧な返答、そして可愛らしい咳払いを境に、フェアリスの雰囲気が変わった。
≪――離陸シークエンスを開始いたします
――全機関部及び無限魔導炉出力上昇、飛行可能駆動域への移行を開始
――エネルギーライン1番2番オープン
――主翼駆動部へのエネルギー充填開始
――エネルギーライン内正常加圧中
――主翼駆動部へのエネルギー充填50%突破を確認、エネルギーライン3番4番オープン
――耐ショック術式及び機体防護術式展開完了
――主翼駆動部へのエネルギー充填完了、エネルギーライン全線安全圧での確立完了
――機体内環境の正常及び全出入り口のロックを確認、主翼展開
――飛行可能状態への移行、全行程完了を確認
――離陸の衝撃に備えて下さい
――天空翔る偉大な竜王――――離陸いたします≫
フェアリスの凛とした声と共に、全身に微かな重圧が掛かる。それと同時に一際大きくなる機関部の駆動音。主翼が風を捉え、700メートルを越える白銀の巨竜が舞い上がる。
大きく開かれた格納庫兼発着場の天井部分、そこから空へと昇って行く天空翔る偉大な竜王の様子がメインモニターに映し出された。
「おー、これを見るのは50年ぶりだが、いつ見ても壮観だな」
「そうで御座いますね」
700メートルもの巨体が一見軽々と空に舞い上がるその光景は、異世界にあってなおインパクトがでかい。作ってよかった『天空翔る偉大な竜王』と、こんなところでも感動。
≪――離陸確認、機体各部異常無し、通常航行へと移行します――ふぅ、一段落です≫
と、無事離陸から通常航行までの操作一連を終えたフェアリスが、凛としたアナウンス口調からいつも通りののんびり口調へと戻って息を吐いた。
「お疲れ様、フェアリス」
「お疲れ様です」
≪ありがとうございます!!≫
俺とアリシアからの労いの言葉に元気に返答するフェアリス――だったのだが、
≪あう……御主人様≫
「お、おう?どうかしたか?」
何故か急激に元気が無くなったフェアリスに、若干驚きながら返事をする。ここまで急激に彼女の元気が無くなるなんて、何かあったのだろうか。特に何も無ければいいのだが。
≪10時方向約90キロ地点にて、こちらへ高速で飛来する超高濃度魔力反応及び生命反応感知、飛行能力を持った魔物、恐らくはSSクラス相当の竜種だと思われます。急激に魔力濃度が上昇しているため、こちらへの敵性意思有りと判断すべきかと≫
何も、無ければよかったなぁ……
「マジか……」
≪マジです。御判断を、御主人様≫
まだ離陸して十数秒しかたっていないというのにモンスターと遭遇とは……いくら世界的に危険区域として認定されている全天の樹海でも、冗談みたいな確立だ。
しかしまぁ、黙って通してくれる訳無いだろうし、だらだらと悩んでいる暇もない。
「相手の飛行速度は?」
≪秒速約1000mです≫
「おぉうはっや。調子良さそうだなぁ」
世界最高クラスの性能を誇る天空翔る偉大な竜王が通常航行時で秒速約500mであることからも、その速さが相当なのが分かる。飛行能力が高いタイプの竜種だろうか?
――いや、そういう考察は後回しだ。秒速約1000mなんてスピードなら、尚更考えてる時間は無い。速く対応しなければ接近を許してしまう。
「通常航行から戦闘航行状態へと移行。その後、『天空切り裂く万の聖光』で牽制、相手の動きが鈍った所を『天裂き翔る竜王神話』により撃墜だ」
≪畏まりました。御主人様≫
出発していきなりモンスターに遭遇した訳だが、まだ運が悪いと決まった訳ではない。相手には悪いが盛大に倒して、新たなる門出への景気付けとさせて貰おう!!
≪では、全武装の解禁宣言と、私の人格変更を≫
「あぁ――天空翔る偉大な竜王全武装解禁を宣言すると共に、管制電子精霊『フェアリス・ドラグネス』の戦闘状態移行を――許可する」
≪――――Yes,My master.――戦闘シークエンスを、開始いたします――≫