第1話『50年1カ月12日11時間23分07秒ぶり』
――≪魔法≫
それは人智を越えた現象を引き起こす超常の力。
時に人を傷つけ、時に人を癒し、時には人に利便さを齎す。
ファンタジーを語る上では、欠かすことのできない重要な要素の一つだ。
千年前に俺が勇者として召喚されたこの世界にも、当たり前の如く魔法は存在する。
そんな、下手な有名人よりもよっぽど有名な≪魔法≫であるが、この世界の魔法には、一つの特徴というものが存在する。
それが"魔法自体の数が膨大な事と、それに伴う分類の複雑化"だ。
指先に火を灯す様な身近な魔法から、空間ごと対象を断裂爆砕するような魔法まで、全ての魔法に名前があり≪魔法協会≫と呼ばれる機関で分類、管理されている。
この世界では、理論や術式をある程度理解していれば、オリジナルの魔法を創り出すことも可能なのだが、魔法を創ったならば、必ず名前を付けて≪魔法協会≫に届け出なければならない。それが魔法使いの義務であり、魔法使いの常識だ。ちなみに、怠ると厳罰に処されるので注意が必要である。
こうして日々魔法は増え続け、複雑化し、近年では分類を覚えるだけでも一苦労だと、新人魔法使いは口を揃える。
『火炎系統』や『烈風系統』といった≪属性系統≫。
【氷結】や【破邪】といった≪属性効果≫。
『幻想級』を最上位にして『神話級』『伝説級』『教皇級』……と続く≪魔法位階≫。
≪AURA≫という魔力量の単位。
その他諸々。
こんな感じで、この世界の魔法使いは等しく、日々増加、複雑化する魔法を極めようと勉学に励んでいる。
さて、人によっては至極つまらないだろう説明を垂れ流した訳だが、何故そのようなことをしたのかというと――
「魔法は自分で覚えるのも大変なのに、人に教えるとか超難しそうなんだが……」
という愚痴というか、心配を零したかっただけである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なんですか、いきなり弱気発言ですか、ウジウジしちゃって子供ですか」
俺の超難しそう発言を聞いたアリシアが、思いっ切り顔を顰めながら詰め寄って来る。元が絶世の美女ゆえに、しかめっ面さえも美しく見えるのが地味に癪だ。後子供じゃねぇよ。
「いやだって、勇者としての力を付けるためとかで、千年前に特別授業受けたけど、基礎の基礎覚えるだけでも滅茶苦茶大変だったぞ!?」
「魔法を覚えるのが大変なこと位知ってます、私を誰だと思ってるんですか」
「≪魔導の頂点に立ちし者≫の1人アリシア・オーヴァーロードさんですね、はい」
何を隠そうアリシアは、世界に20人程しかいない、魔術師系最高位称号≪魔導の頂点に立ちし者≫を持つ天才魔術師だ。
行使可能な魔法は数え切れず、編み出した魔法も4桁を数える。
いくら無敵チートの塊な俺だとしても、純粋な魔法勝負では、アリシアの足元にさえ及ばない自信がある。そんな自信はいらないがあるのだから仕方ない。
「そうです。私は≪魔導の頂点に立ちし者≫の称号を持つ魔術師、魔法を覚える事がどれだけ大変かということ位、誰に言われるまでも無く理解しています」
「その通りですはい。調子乗ってすいません」
「その上で言います。何を弱気になっているんですか、子供ですか」
「エンドレスしてる!!」
「あぁすいません。そうではなく、京夜様なら間違いなく立派な講師になれると、私は思います」
「ぐっ……」
アリシアの真摯な言葉に、恥ずかしくなって思わず呻く。
普段からクールで落ち着いた、大人の女性であるアリシアだが、俺に対する信頼や敬愛は半端じゃない。自分で言うのもあれだが、俺のためなら命だって躊躇なく捨てるだろう程に、アリシアは俺のことを愛してくれている。
その結果今回の様に、俺の自己評価よりもさらに高い評価をくれる事があるのだ。
「確かに俺だって、自分には魔術師として世界最高クラスに次ぐ位の実力はあると思ってるし、人にものを教えるのは苦手じゃないけど……」
「けど、なんですか?」
「やっぱり不安だなーと。≪王立【グランフェリア魔法学院】≫っていったら、世界最高の魔法学院だし、小国相手なら戦争しても勝てるって言われてるだろ?もししくじりでもしたら……」
想像し、思わず身震いする。そんな俺を見て、無表情ながらもどこか呆れた感じのアリシアは、しばらく考えるように瞳を伏せた後、良い事を思い付いたといった感じで口を開いた。
「その弱気が京夜様らしくないと言っているのですが。そうですね、そこまで言うのでしたら提案があります」
「提案?」
小首を傾げる俺に対して、普段滅多に笑わないアリシアは、その表情に微かな笑みを浮かべ、
「えぇ――偵察に行きましょう?」
そう言って、可愛らしく小首を傾げるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「もしやる気になれば、此処には戻らずそのまま≪紺碧と栄華の百年城≫に行くのですから、とりあえず必要な物は用意して下さいよ?」
「了解了解」
アリシアの提案で、≪王立【グランフェリア魔法学院】≫の偵察をする事になった俺である。
講師としてやっていけるかどうか不安ならば、実際にその目で学院の現状を見て判断すれば良いということらしい。
確かに理に適ってはいる。しかし――
「本当に大丈夫なのかね、学院に生徒として"忍び込むなんて"……というかそもそも『現状を見て決めたいから、とりあえず学院を見学させてくれ』とか頼めば見せてくれるんじゃないか?」
あれそうだよね?と思った俺の言葉に、アリシアは明らかに侮蔑の表情を浮かべ、
「バカですね京夜様。そんなことすればグイグイ押されて、なし崩し的に講師にさせられるのは明白です。それに偵察とか面白そうじゃないですか!久しぶりにわくわくです!!」
「バカはどっちだよ……」
なんだワクワクって、相手は≪魔導の頂点に立ちし者≫が10人近く所属する、世界最高の魔法学院だぞ。俺はワクワクどころかガクブルだよ。
「大丈夫ですって!!変装も完璧ですよ?」
「ただローブ着ただけじゃねぇか」
いくら≪王立【グランフェリア魔法学院】≫に規定の制服が存在せず、生徒に共通するのはローブを着ている点のみといえど、流石にばれるだろこれじゃ。
「とにかく、ウジウジ言っていてもしょうがありません。さっさと用意して下さい」
「はぁ……了解了解。えーっと『点と点を結び線に、線と線を連ね面に、面と面を重ね空間に、創りだすのは無限の広さ、時を止め、悠久を包む――我が術式よ――時空を閉ざせ』」
急かされ、適当に紡ぎ出したのは魔法の詠唱。詳しい説明は省くが、俗に言う、容量無限で時間が経過しない超便利な異空間を創り出す、時空系統の魔法だ。
本当に適当な詠唱だったが失敗するという事も無く、すぐさま術式が展開、魔力によって発動する。
突如目の前に開く漆黒の異空間、そこに用意した日用品やら着替えやらを、無造作にポンポン放り込む。
「あ、そういえば」
「はい?」
「移動手段はどうするんだ?陸路――は時間掛かるから今回は止めとくとして、魔法か、空路か」
「海路は?」
「海って言っても外は樹の海だけどな」
アリシアの冗談を適当に受け流す。普段冗談を言わないアリシアがこんなことを言うとは、相当ご機嫌なんだろう。そんなに偵察が楽しみか……
「あ、冗談です」
「分かっとるわッ!!」
「ふふっ、えーと、そうですねぇ……せっかく遠出するのに魔法は味気ないですし、空路でどうですか?」
「空路ねぇ」
ここで言う空路とは即ち、空を飛ぶ乗り物の事だ。
飛行系統魔法というのも存在するにはするが、あれはいただけない。スピード出すと息は出来んし、雨とか降った日にはびしょ濡れになるし、何より寒い、とてつもなく。
ちゃんとした防護魔法を行使すればいいだけなのだが、ぶっちゃけ、あらゆる弊害を完璧に防止するには、数十の術式を同時に使う必要があるので、めんどい、非常に。
ということで、空を飛ぶ乗り物である。
この世界で空を飛ぶ乗り物は、大きく分けて3種類。魔法の力で空を飛ぶ≪魔法船≫と、機械の力で空を飛ぶ≪機船≫、そして双方を掛け合わせた≪魔法機船≫。
俺が所有するのは3番目の≪魔法機船≫であり、その中でも最高クラスの性能を誇る、竜を素体にした≪魔法竜機船≫と呼ばれるタイプだ。
この城に来てすぐ、安全安心かつ快適な空の移動手段を作りたいという話しになり、アリシアと共に、世界で最も多く竜が生息する地域≪竜神の聖域≫に突撃したのは、今となっては良い思い出である。
個体としての力量の高さから、種族名だけでなく固有名称を与えられた"名前持ち"の竜数体に囲まれた時は、流石に泣きたくなったが、その内の1体を倒し、無事魔法竜機船を作成できたのだから良しだ。
「うん、まぁ分かった。それなら俺は準備して来るよ」
「あ、よろしくお願いします」
「はいはーい」
必要な物を入れ終わった異空間を閉じ、アリシアに背を向けて城の上層階、魔法竜機船の格納庫兼発着場へと向かう。
魔法竜機船の出発準備を行う訳だが、やっぱりこういうのは男がやるべきだろう。長い間使ってないから、機関部の手入れが必要かもしれないし。
こうやって見ると、経年劣化することがほぼない魔法は、凄いものだと思う。
「――よいっしょっと」
トコトコ歩くこと約1分。格納庫兼発着場へと到着した俺は、発着の暴風で吹き飛ばないよう重厚に作られた、≪麗銀聖鋼≫製の扉を開けて格納庫へ入り、
「相変わらず、ラスボス臭が凄まじい」
格納庫内に鎮座するそれの威容に、思わず声を漏らした。
一振りで城塞をも砕きそうな、長く強靭な白銀の尾、竜種の吐息も容易く防ぐだろう堅牢な胴と、天を裂く様な鋭いシルエットを描く大翼、そして、見るもの全てに畏怖と恐れを抱かせる、圧倒的威圧感を放つ頭部。
白銀に煌めき神々しささえ纏う魔法竜機船、名を≪天空翔る偉大な竜王≫。
この世界に数多と存在する竜種の中でも最強、≪天上十二竜≫と呼ばれる竜の一体である、≪シエルヴルム≫を素体にして俺が創り上げた、世界最高性能の魔法竜機船である。
元の≪シエルヴルム≫が天空を司る竜なだけあって、その性能は半端じゃない。魔法と機械によって強化された現在では、超音速航行もお手の物だ。
当初は、『天上十二竜殺しちゃったけど大丈夫なの!?天上十一竜になっちゃったけど!!』とか思っていた時期もあったが、なんか魂はちゃんと転生しているらしく、普通に新しいシエルヴルムが生まれていた。
さて、この≪天空翔る偉大な竜王≫、動かすのは実に50年ぶり位である。先程も言った通り、魔法は経年劣化しないが、機関部は当然年月が経てば老朽化する。
まずは動かしてみて、各部の動作確認といったところか。
「さてさて、動くかなー」
久しく感じていなかった高揚感に胸を躍らせつつ、胴体の部分から内部へ入る。
≪天空翔る偉大な竜王≫に限らず、魔法竜機船の見た目というのは、素体になった竜と全くと言っていいほど変わらない。
外殻は残し、内側の肉や臓器だけを取り除いて、機関部や居住区、操縦室などを作るからだ。竜の外殻は総じて硬度が高く、≪シエルヴルム≫レベルにもなると、世界最高硬度を誇る鉱石≪神魔天鋼≫と同レベルの硬度にまでなるのだ。
ちなみに、肉や内臓を取り除くと言っても、魔法によって≪魔素≫に還元する方法なので、別にグロくは無い。
さらに余談だが、≪魔素≫というのは、空気中に漂っている魔力の総称だ。
人間を含む"生物"は、自らの体内で魔力を生成できるため、あっても多少魔力の回復量が良くなる位だが、無機物は違う。鉱石や武具を始めとする無機物は、自らで魔力を生成できないため、魔素を取り込み蓄えるのだ。
長い年月存在し続ける鉱石や武具が、強力な力を宿すのはそのためだと言われている。まぁ、詳しい事は知らんが。
「さてと、始動準備完了。行きますか!!」
という感じで始動準備完了。操縦室中央にある魔導スフィアに手を置き、魔力を流しこんで行く。
この魔力はいわば火種、自分の魔力を流し込むことにより、魔法竜機船内に搭載されている無限魔導炉を活性化、起動させるのだ。そうすれば後は、無限魔導炉が勝手に魔素を取り込み、動力に変えてくれる。
「『起きよ竜王!!天空統べて、世界を翔けろ!!≪天空翔る偉大な竜王≫!!』」
朗々と、謡うように紡ぐ起動詠唱。操縦室内に明かりが灯り、次いで、様々な計器やメインスクリーン、サブスクリーンにも光が灯る。
そして――
≪おはようございますこんにちわこんばんわお久しぶりです御主人様!!50年1カ月12日11時間23分07秒ぶりですね!!≫
操縦室内に、透き通る様な美しい少女の声が響き渡った。