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迷鏡堂の閑人さん  作者: 大山
第一話 ご主人サマと下僕
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悠凪と閑人、二人の関係

 百歳が誰にも相談出来なかったという、ストーカーの存在。

 その概要を聞いていた悠凪は、不安げな百歳へ確信を持って言った。

「そういうのに詳しい人がいます。その人に会いに行きませんか?」と。

 悠凪が語った”その人”とは、母方の叔父・影浦閑人(かげうらかんじん)の事。

 しかし彼女は百歳に多くを語らず、閑人の店兼自宅である迷鏡堂まで連れて来た。


 それが後々、どんな誤解を招くかも知らずに。




**********



 俯く悠凪の顔を伺いながら、器用にテレビを消した閑人は、彼女を腕に抱えたまま廊下へ出ようとしていた。

(ちょっ!?)

 彼にしてみれば、子どもをあやしている感覚なのかもしれないが、一階に百歳という来客がいる以上、大人しく抱えられている訳に行かない悠凪は、顔を上げて閑人の胸倉を掴んで制止を叫ぶ。

「す、ストップ、閑人さん! 行くなら降ろしてからにして!」

「アア? 別にいいじゃねぇか。こっちの方が楽だろ?」

 言いつつ止まった足にはほっとした悠凪、反面、降ろしてくれなさそうな閑人の気配に焦った。

「やっ、楽とかそういう話じゃないし! ほ、ほら、必要以上に歩かないと太っちゃうし、重いでしょ?」

「別に重かないぜ? それに細いばっかの女よか、肉付きがイイ女の方が好ましい」

「いや、閑人さんの好みとかどうでもいいから。じゃなくて、あ、あのね?」

「うん?」

 胸倉から手を離し、廊下に近づいた事で見えるようになった、渋色の着流しの皺を伸ばし伸ばし、上目遣いで閑人を見やった悠凪。

 するとその眼鏡奥にある青鈍の瞳が、柔らかな眼差しを注いでいる事に気づく。

 滅多に見ないその光に、知らず知らず悠凪の視線が下を向いたなら、これを逃さない動きで身体がまた、高く掲げられた。

 自然、閑人を見下ろす形になった悠凪は、変わらぬ眼差しの追求に、かーっと赤くなる頬を感じながら、彼の肩に手を置くとうろたえつつ訴えた。

 全く気づいていない閑人の様子を受け、自分だけが意識しているのが馬鹿らしいと、敢て伏せていた事柄を。

 今も閑人に掴まれている、その場所を。


「あのね、あの……さ、さっきからお尻、掴まれているんですけど」

「……ああ、コレか」

 何だそんな事かと言わんばかりに、つまらなさそうな顔をした閑人。

「ひゃっ!?」

 しかして事はそれで終わらず、今まで静かだった手が指摘した場所を揉み始めた。

「ゃ、ちょ、閑人さんっ!?」

 支える手がぐらつき始めた事で、不安定になった上半身が閑人の飴色の頭に胸を擦り寄せれば、顔を上向かせた彼は至極真面目な顔で言った。

「悠凪、ネクタイとベストが邪魔だ」

「し、知るか変態!――ぃあっ」

 勝手な言い草に悪態をついたのも束の間、巧みな指に腰が力を失い、乗じて抗う勢いが殺されていく。

「か、閑人さぁん……」

 自分でも非常に情けないと思う声で名を呼んだなら、膝裏から腿にかけて、閑人のもう一方の腕が回され、低くなる身体の位置。

 かといって悪戯な手は揉む事を止めただけで、そこを我が物顔で撫で回し続けている。

「閑人っ、さん?」

 一度挫けた抗う心を取り戻せない悠凪は、激しい動きから転じた静かな動きに何故か安堵すると、むず痒い刺激にもじもじしながら閑人を見つめた。

 そっと胸元に両手を添えれば、にやりと意地悪く閑人が笑う。


「てっきりコレは、お前の帰りを待っていた俺への褒美かと思ったんだがな。だから黙っているモンだとばかり」

「そ、そんな訳ないでしょっ。っていうか、わざと? わざと掴んでたの?」

「まさか。これでも抱え上げた時にヤベェとは思ったんだぜ? けどお前、何も言わねェし、ならイイかと」

「良くない! 放して!」

 自分だけが意識している訳ではなかったと知り、入り混じって襲ってくる羞恥に、悠凪が再び閑人の胸倉を掴む。

 しかしその間も手を休まず動かし続ける閑人は、悪びれもせずに首を振った。

「まあ待て。この際だからもう少し、薄布越しの張りのあるスベスベ感を」

「何言ってんの!? も、百歳先輩が下で待っているっていうのに!」

「あ、私の事ならお構いなく」

「!!?」


 突如、背にしていた廊下から届く、鈴の声音。

 ギギギ……と音がしそうなほど鈍い動きで悠凪が振り向けば、抱えられているせいで少しばかり低い位置にある百歳の頬が、僅かに紅潮している姿があった。

 さっと顔を青褪めさせる悠凪とは対照的に、口元に軽く手を当てて恥らう佳人は、それとなく視線を逸らすとちらちらこちらを見ながら言う。

「その、勝手に上がって御免なさい。一人だと少し心細くて、つい。……あの、また一階で待たせて貰いますね。えと、お邪魔してすみませんでした」

「も、百歳先輩……? な、何か凄い勘違いを――」

 是非訂正させて欲しいと伸ばしかけた手。

 しかし、百歳の登場により止まりながらも、未だ占拠する手の感触に身じろげば、時既に色々遅かったと悠凪は思い知った。


 いつから百歳がいたのかは知らないが、言葉の割に大した抵抗もせず、閑人の所業を受けていた事実は消せないだろう。

 しかも制服の上からでもダメなところを、スカートの中で、と来た日には。

(もっとちゃんと嫌がれば良かった……)

 今更悔いても仕方のない部分に涙を呑む悠凪。

 と、中途半端に宙を漂っていた手が取られた。

 はっとして顔を上げれば、真剣な表情で見つめてくる百歳がそこにはあり。


「駄目よ、悠凪さん。恥ずかしいからって、彼氏さんとの営みを否定したら罰が当たってしまうわ」

「……はい?」

(カレシサンって、ナンデスカ? イトナミってオイシイの? バチって……えぇ?)

 別次元から悪質な電波を拾ってきたとしか思えない百歳の言に、悠凪の思考が完全に止まれば、代わりとばかりに閑人が断りを入れてくる。

「悪ィが嬢ちゃん、コイツと俺は恋人じゃねえ。ただのご主人サマと下僕っつぅ関係だ」

「あらまあ」

「……おい?」

(どさくさに紛れて何を――っていうか、百歳先輩? 何故そこで目を輝かせて顔を赤らめた挙句、恥ずかしそうに両頬へ手を添えるんですか?)

 明らかに可笑しい百歳の反応を受け、またしても悠凪が出遅れたなら、そんな彼女に佳人は言った。

「そう、そうよね。それなら納得だわ。最初見た時、悠凪さん嫌がっていたし、恋人同士にしてもどうかしらって思っていたけれど」


(それって……明らかに早い段階からココにいましたよね!?)

 何で止めてくれなかったんですか!、という思いを込めて凝視すれば、また何を勘違いしてか、きゃっと恥らうように身を捩った百歳が続けた。

「ご主人サマと下僕……そんな関係がまさか、こんな近くにあるなんて。うん、大丈夫よ、悠凪さん、安心して。この事は誰にも言わないから」

 ぐっと拳を握り締めて力強く頷く百歳に、心強さより「この人、頭大丈夫?」と案じてしまう悠凪。

 とはいえ、これでも百歳の頭脳は学内トップクラスの成績を誇るため、平均並な成績である悠凪は心配をぐっと呑み込むと、遅ればせながらの訂正を入れる。

「いや、百歳先輩――」

「別に公言しても構わねェが」

 だがしかし、呼名を引き継ぐていで閑人が先に言葉を発せば、全て台無しとなるのは必定。


 悠凪が口をパクパクさせても、閑人と百歳の二人は察する事なく話を進め、

「え? 良いんですか?」

「ああ。俺は、な。ただ、悠凪がイイ顔してくれねェから」

「そうですね。公言したら悠凪さん、変な方々に目を付けられてしまいそうですし」

「まあな。それに公言したところで、俺らの関係が変わる訳でもなし。悠凪がもっとそれらしく振舞うってんならまだしもなぁ」

「確かにあまり意味はないかもしれませんね」

「だろ?」

 そして、どちらともなく息を付く事で、話を終わらせていった。


 残された悠凪は、息の合った二人に置いてかれた気分を味わい、少しだけ眉根を寄せた。

(初対面なのに、この息の合いようはどうなの? てか百歳先輩、結局閑人さんの説明に納得しちゃってるし)

 今更違うと言っても照れ隠しと解釈されそうな雰囲気に、益々悠凪の機嫌が斜めに下がって行けば、見計らったように降ろされる身体。

 あれほど望んだ解放にも関わらず、閑人の羽織の裾を握った悠凪は、これを受けて彼の腕が腰に回されても、顔を俯かせただけで、引き寄せる動きには逆らわず従う。

 だからという訳ではないだろうが、見届けた百歳がぽつり零してきた。

「それにしても……犯罪級の主従関係ですね」

(うっ)

 青年と呼べる若々しさのない、男の性のみを語る見た目年齢不詳の閑人の実年齢は、四十代後半。

 対する悠凪は十六歳の現役女子高生。


 ここへ来て初めて投げられた百歳のまともな感想に、悠凪は自ら進んで閑人の陰に隠れてしまった。







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