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迷鏡堂の閑人さん  作者: 大山
第一話 ご主人サマと下僕
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心騒がす、噂と百合とあの男 その2

 ひと気の乏しい校舎裏――

 そこが舞台になる時、果たして人は何を想像するだろうか。

 頬を染めた一組の男女ならば、告白の場面を想像するのが妥当だろうし、怯えた顔が一つに他の顔が多数あれば、良からぬ場面と想像して難くない。

 額を付き合わせ唸る二人の不良少年がいたなら、近い未来に喧嘩を予感するはずだ。

 まさかそこから、両者が唇を付き合わせると考える者は、まずいまい。


 ――そーなったら面白いなー、という個人的な笑いの探求は、脇に置いておくとしても。


(となると、これはどう思えば良いのかなー?)

 あらぬ想像により、少しだけ現実逃避を図った悠凪は、それでも変わらない百歳の真剣な表情に目を泳がせた。

 クラスメイトの非情且つ生温かい声援を受けて自失し、我に返れば校舎裏の壁へ押し付けられている現状。

 打破すべく動こうにも、両肩は食い込まんばかりの力で百歳に掴まれており、ちょっとやそっと抵抗したくらいではビクともしないだろう。

 かといって相手は同性の女、まさか自由な足で蹴りつける訳にもいかない。

(てか、それ以前に百歳先輩って確か、すっごく強かったよね)


 筆を進めれば、どこまでも賛美が書き連ねられそうな百歳だが、意外にも出自は中流家庭らしい。

 となれば必然的に自分の身は自分で守るしかなく、その強さたるや今では校内一という噂も、なきにしもあらず。

 現に、周辺校の不良たちに「ボス」やら「ヘッド」やら呼ばれているところを目撃した、という噂もちらほら聞こえたりなんだり。

 だが、所詮はどれも噂止まりで、実際目にした百歳からは、その手の強さは感じられない。

 それでも完全に眉唾物と切り捨てるのは、校舎裏へ辿り着くまで引き摺られていた、悠凪の手首の赤い痕が許さなかった。

 噂ほどではないにせよ、とりあえず悠凪程度なら軽く伸せる腕が、百歳にはあるはずだ。

 脱出を試みて襲い掛かっても、逆に組み敷かれて得体の知れない世界へレッツらゴー、も有り得る話だろう。


(いやいやいや! ないから、有り得ませんから、そんな話! そもそも、ソッチにしたって噂でしかないでしょ!? だ、大体、今日まで接点ないのに、何で選ばれてんの私!?)

 混乱の極みに達し、段々と逃げの想像までままならなくなってきた悠凪は、こうなったら本人に直接聞くのが一番だと、ここに来て初めて、まともに百歳と目を合わせた。

 するとほぼ同じタイミングで、百歳が切なげに顔を歪めて言った。

「悠凪さん……お願いがあるの」

「は、はぃ。なんでしょーか?」

 苗字から変じた名前呼びに、思わず出てしまう引っくり返った高い音。

(な、なんでいきなり名前呼び? 幾ら先輩でも、普通は苗字でしょ!? 友達に同じ苗字がいるとか、すっごいフレンドリーな先輩だっていうなら兎も角! お、お願いですから、どうか噂は噂のままでいて!)

 背中に冷や汗を掻きつつ、カラカラに乾いた口を抱えながら、心の中で祈るように叫ぶ。

 だが、悠凪がどんなに叫ぼうとも目の前の現実には届かず、百歳は瞳を潤ませると、懇願する眼差しを向けてきた。

「私、私ね? ずっと悩んでいたの。でも、あなたの事を聞いて……もうあなたしかいないと思って……だから、あなたに会いたくて。勇気を出して……来たの」

(ひ、ひいぃっ!? 何その思わせぶりな台詞! 違うよね!? 頬染めてても違いますよね!!?)

 狂おしい思いを秘めた顔つきで見つめられ、気分は蛇に睨まれた蛙そのもの。

 もつれる舌は喉を鳴らす事しか出来ず、強張った両手は百歳を振り払う事も出来ず。

 唇を真一文字に結び、悠凪が心持仰け反ったなら、これを詰めるようにずずいと近づいてきた百歳が、肩を離して無防備だった両手を取ってきた。


 途端、悠凪の鼻腔をくすぐる甘い香りは、眼前の守ってあげたくなるような人物から漂う香水か、はたまた体臭か。

(先輩の、イイ匂い……って違うから! 私は全く、ソッチの感情はないから!! 私が好きなのは――って、そっちもちっがぁーうっ!!)

 ぱっと浮かんだ姿に力一杯否定を入れる。

 知らず知らず、頬が熱くなり、耳まで赤くなってきても、悠凪はそれを肯定する訳にはいかなかった。

 望めばすぐに叶えてくれる、だからこそ望みたくない相手。

 帰りが少し遅くなったくらいで、イヤな仕置きを決行するからではない。

 元より嫌いではないが、好きと軽く言うことも出来ない程、あの男は問題過多なのだ。


 ――悠凪にとっても、あの男自身にとっても。


(あの人はナシ! それ以前の問題! でもっ!!)

 助けては欲しい――そんな切羽詰った悠凪の願いも空しく、至近に迫ってもなお、迷いをみせていた百歳が口を開いた。

 恋する乙女のような、麗しい表情で。

「悠凪さん、お願いします。私、あなたがス」

「ストップ! 駄目、無理、御免なさい!」

 百歳の続く言葉を故意に遮った悠凪は、目を瞑ってはっきりと断りを入れた。

 反応はビクッと強張った両手から伝わってくる。

 ともすれば襲ってくる罪悪感に、それでも受け入れられないと言い聞かせた。


 早く離れて欲しいと思いながらも、そぉーっと目を開ければ、軽く目を見開いた百歳が、呆然とした面持ちで言った。

「え……駄目なの? 助けては、貰えないの? ストーカー、あなたなら何とかしてくれるって、噂で聞いていたのに」

「噂って……え? すとぉかぁ? ここに連れて来られたのは、そのため?」

 百歳の言葉に悠凪が同じく呆然とすれば、一歩離れて瞳を伏せた佳人は、怖がる素振りで自分の左腕を右手で摩る。

「ええ、そう。ストーカー。でも、ただのストーカーではなくて、警察どころか、親にも友達にも、どう説明したら良いのか判らないような……でも、駄目なら仕方ないわね」

「あ、いえ、すみません。そのストーカーのお話、是非お聞かせ下さい」

 どうやら自分はとんでもない勘違いをしていたらしいと、今まさに気づいた悠凪。

 続け様、ただのストーカーではない、どう説明したら良いのか判らない、という言葉を耳にするなり、あれだけ離れて欲しいと思っていた百歳の腕を自分で掴む。


 真偽の未だ判らない百歳の噂よりも、彼女が語った、自分に関連する噂を信じて。







**********



 出所不明ではあるものの、六応(りくおう)の名に連なる施設周辺には、ある一つの噂が横行している。

 誰にも相談できないような現象を解決してくれる、そんな便利屋直結の御用聞きがいる――と。

 勿論、その程度の噂ならば、御用聞き=悠凪という図式にはならないはずなのだが、どういう訳か件の便利屋を必要とする者の耳には、今回の百歳のように、悠凪こそがそうだという声が届くらしい。

 眉唾物の話ではあるが、実際そうなのだから仕方ない。

 不思議な現象以上に不思議なところから訪れる話だが、悠凪は惑う事なく、百歳をある人物の元へと連れて行く。


 百歳の話す不可思議な現象が、悠凪のよく知る(・・・・)現象だと判断したがために。







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