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迷鏡堂の閑人さん  作者: 大山
第一話 ご主人サマと下僕
21/22

噂の君 その1

 一通り閑人を罵りはしたものの、結果として”百歳のストーカーは見知らぬ人間”に賭ける羽目になってしまった悠凪。

 この選択は”百歳のストーカーは身近な人間”に賭けた閑人に流されたせいだが、悠凪自身の願望でもあった。

 見知らぬ人間がストーカーだった方が、早苗にとってまだマシだろう、と。

 とはいえ、賭けは賭け。

 自ら望んだ憶えはなくとも、早苗の苦悩をこんな風に扱ってしまったという罪悪感は色濃い。

 なればこそ、悠凪は賭けの勝利に、早苗が閑人に支払った報酬の倍額を求めた。

 何の慰めにもならないとは判っていたが、だからこそ早苗にその金を渡したいと考えて。

 要は賭けを言い出した閑人の益に、何一つならなければいい、と思った次第である。

 無論、賭けであるからには、閑人にも勝った時の益が与えられるはずなのだが、悠凪にとってはどうでも良いことだった。

 たとえ閑人が「俺が勝ったらアレをして貰おうか」と悠凪に要求したところで、彼女の関心はどこまでも、賭けの対象にしてしまった早苗の助けとなることに寄せられていたのだから。



**********



 次の日。

 悠凪はいつも通り学校へ行き、いつも通り授業を受けていた。

 秋口に入った晴天の陽は、教室のほぼ真ん中に位置する悠凪の席を照らさず上に移動し、もうすぐ昼休みが近い事を告げている。

 数式が書かれた黒板の上では、時計がもっと正確に、10分圏内での授業終わりを伝えていた。

 ノートにペンを走らせ、教師の話を聞きながらも、そんな時計の針を数度に渡って確認した悠凪は、頭の中でシミュレーションを繰り返していく。

 誰にも見られずに、昨日、早苗と約束した場所へ行くためには、どの道を通るのが一番良いか……。

 幻魔退治のいかんに関わらず、依頼主が同じ校舎内ならば、大概、昼休みに相手と情報交換をしていた悠凪。

 いつも昼を共にする友人たちは、たまに抜ける彼女へ「男か?」と茶化す言葉を投げてはくるものの、尾行するような真似はして来なかった。

 しかし、今回ばかりは勝手が違う。

(あーもうっ! この生温い空気はなんなのよ! 朝っぱらから纏わりついて気持ち悪い!)

 いつもの登校、いつもの授業風景、だが一点だけ、明らかに違う空気が朝からずっと、悠凪の周りには流れていた。

 そのくせ、悠凪が原因を探るように首を巡らせたなら、誰もが何も言わずに視線を逸らすのである。

 にやついた顔はそのままに。

 さながらいじめに似た所業、しかしてその実態は、単なる好奇心だと悠凪は知っている。

 幻魔絡みの相談ですっかりすっぽ抜けていたが、魅惑の才女・百歳早苗には、耽美調の百合疑惑が掛けられているのだ。

 早苗から初恋の話を聞かされていた悠凪は違うと知っているものの、昨日のやり取り、そして二人一緒に下校した姿を目撃されては、想像力を書き立てられない方が可笑しい――という認識の方が可笑しいと当事者である悠凪は思うが、周りの空気が指し示しているところは、つまりそういう事だった。

 これで周囲から冷やかしが起これば、対処のしようもあるというのに、教室に入ってよりこの方、日常会話はあっても、誰もその話題には触れてこなかった。

 どうやらクラスの中で、そっと見守ってあげようという、明らかに優しさとは別種の思惑による傍観が取り決めされたらしい。

 涙モノの団結力である。

 かくして拳を振り上げても下ろせない悠凪は、勘違いも甚だしい、迷惑極まりないクラスの認識には苛立ちながらも、一方ではこの空気にほっとしていた。

 クラスの中に早苗に固執するストーカーはいない、そう断言出来る空気ゆえに。

(まあ、だからって歓迎できるモノじゃないけどね!)

 ともすれば叩きたくなる机の上で拳を握り締めた悠凪は、昼休みを告げるチャイムの音を耳にするなり、勉強道具をしまい込んで弁当を取り出すと、流れる動きを止める事なく、まずはいつもの昼食メンバーの一人へ声を掛けた。

「あのさ、私、今日は」

「いいっていいって。行っといで。なぁんにも心配しなくていいから」

「…………」

 にやにや笑いながら意味深な言葉を吐く友人に、一瞬芽生えた感情は何であったか。

 考えるのも馬鹿らしいと睨むに留めた悠凪は、口の端だけを上げ、後で覚えてろよ、という意味を多分に込めて微笑んだ。

 これに少しばかり友人の顔が引き攣ったのを認めたなら、僅かに溜飲を下げて教室を後にする。

 あの調子では、危惧していた尾行もないだろうと踏んで。

 目指すは、幾人居ても、近くに居なければ風で声が遮断される屋上だ。



**********



 ――と、勇んで屋上に来たは良いものの、肝心の早苗の姿はどこにもなかった。

 風で捲れそうな灰色のプリーツスカートを気にしつつ、吹き付ける寒さにブラウスの上に着ていたベージュのベストを赤いネクタイごと掴みながら見渡しても、人目を惹く美貌は存在せず。

「早苗さん……約束を破るような人じゃないと思ったんだけど」

 それとも行くに行けない用事でも出来てしまったのだろうか?

(こんなことならケータイのアドレス、交換しとくんだったな)

 悠凪は基本、幻魔絡みで繋がった依頼主とは、口約束のみで連絡を取り合っていた。

 住所も電話番号も交換しない理由は偏に、幻魔の行動が大抵の場合、事件性を持ってしまうためだ。

 被害の度合いはまちまちだが、どんな目だろうとも遭って嬉しい害はなく、そんな関係で知り合った悠凪といつまでも連絡を取り合いたい、という者はそうはいない。

 最悪、悠凪の存在によって、被害に遭っていた当時を思い起こしてしまう危険性があるからだ。

 とはいえ、早苗のように同じ高校に通う依頼主であれば、嫌でも顔を合わせる確立が高くなるため、訊ねておいても良さそうなものである。

 しかし、今回は特にそういう発想自体が、悠凪には生まれてこなかった。

 他ならぬ彼女自身が早苗の存在感に圧倒され、無意識にアドレス交換を避けてしまっていたのだ。

 校内で一、二位を争う有名人のアドレスを、幻魔関係を除き、自分のような一般人が知っていて良いはずがない、と。

 だが、後悔先に立たず、今更悔やんだところでどうしようもなかった。

(三年生の教室に……行くのもなー。しかも用件が早苗さんじゃ、悪目立ちしちゃうよね、絶対。部活動してないから、そっち経由で尋ねられないし。それに、もしかしたら早苗さん、昼休みを放課後と勘違いしているかもしれない。話したのは昨日が初めてだけど、天然っぽかったから)

 言っては悪いため、心の中で思う悠凪。

(それに便りがないのは元気な証拠って言うもんね。よし! じゃ、教室に戻ってお昼にしよ。ここ思ったより寒いし)

 収穫が見込めないなら、こんなところにいつまで居ても仕様がない。

 それなりの防寒対策を取っている周りを尻目に、悠凪はブラウス地に染み込む寒さを嫌い、腕を擦りながら逃げるように出口へ向かい、踵を返そうとした。

 するとその時、悪戯な横風が悠凪のスカートの下に潜り込み――

「きゃっ」

 ふわりと舞い上がるスカート。

カシャッ。

「!?」

 次いで起こる、カメラの軽いシャッター音。

 それもスカートが捲れた、背後からの……







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