手負いの行く末 その1
閑人の招きを受けて迷鏡堂から”世界”へ移動すると、決まって”世界”の中の迷鏡堂前に出るのだが、実は本来、”世界”への入り口にそんな制約はない。
閑人なしで移動してしまった悠凪が、見知らぬコンビニの前に放り出されたように、”世界”の中ならばどこへでも、迷鏡堂から移動することは可能なのである。
それが迷鏡堂に限定されているのは偏に、悠凪の感覚を惑わせたくない、という閑人の思いからだ。
ただしこの思い、”世界”から迷鏡堂へ帰る時には、適用される事があまりない。
このため、
「たーだいまーっと」
一戸建ての屋根から飛び降りたはずの閑人は、忍者屋敷宜しく、迷鏡堂の天井板の一つを回転させて土間へ降り立つと、抱えていた悠凪を続きになっている居間へ降ろした。
悠凪の靴を脱がせては、自分も手前の踏み板に腰掛けて一息つく。
「いやー、仕事したなー」
「……どこがよっ!!」
膝に足を乗っけて頬杖をつき、しみじみ語る閑人に、それまで反応出来ずにいた悠凪が食って掛かる。
渋い色の着流しの襟を掴んで引き寄せれば、「お? どうした悠凪?」とからかう口調が腹立たしい。
「幻魔よ幻魔! 早苗さんの幻魔! 仕事したって退治してないじゃない! 逃がしちゃったくせに、どの口が仕事したって言うのよ!!」
「どのって……この?」
悠凪の激昂を涼しく見守る閑人が、「う」の形に突き出した唇を指差した。
「~~~~っの、黙れ閑人!」
どこまでもふざけた閑人の態度に、襟を掴む手へより一層力を込める。
(幻魔が退治されなかったってことは、早苗さんはまだ、安心できないってことなのに! 珍しくやる気になってたと思ったら、珍しく失敗なんて)
「……早苗さんに、合わせる顔がないよ」
脳裏に浮かぶのは、幻魔に悩まされてきた佳人の憂いと、「話を聞いてくれてありがとう」と笑う顔。
幻魔退治に悠凪の出番はないが、寄せてくれた信頼を裏切るのは辛かった。
信頼していた閑人がしくじった事も、だというのにふざけた態度を取る事も許せない。
(でも、一番不甲斐ないのは自分。何も出来ないくせに、閑人を責めたりして馬鹿みたい)
それでも責めたくなってしまうのは、閑人自身のせいもままあるが、大半は悠凪の甘えだった。
怒って詰って不満をぶつけても、閑人はそれら全てを受け止めてくれる――それが判っていて喚く自分が情けない。
襟を掴む力さえ沈む気持ちと共に緩んでいけば、項垂れた頭が閑人の首元に落ちた。
すると慰めるように両肩に置かれる閑人の手。
顔を上げた悠凪は、ノンフレームの眼鏡越しに真剣な青鈍の眼差しを見て、胸をドキリとさせた。
――のも、束の間の事。
「ぎゃんっ!?」
何の前触れもなく、居間に押し倒される身体。
辛うじて頭は打たなかったものの、強かに打ちつけた背中と噛みそうになった舌に、悠凪が顔を顰めれば、覆い被さってきた閑人の手が、有無を言わさず彼女の服の中へ侵入してくる。
「ちょっ、閑人さん!?」
直で素肌に触れてくる男の手に、危険を感じて身を起こそうとしても、悠凪の両手首を片手で頭上に貼り付けた閑人はにやりと笑うのみ。
足を動かそうにも時既に遅く、膝の上に乗った閑人の尻は、体重こそ掛かっていないものの、十六の小娘がどうこう出来る代物ではない。
ほぼまな板の上の鯉状態に恐れ戦く悠凪に対し、愉悦に満ちた表情をしながらも何も語らない閑人は、彼女の服の中に入れた手をするすると上に移動させていった。
時を置かず人工の光に晒されるのは、柔らかな丸みを帯びた薄青のチューブブラ。
首元で閑人の手が止まろうとも、暴かれた羞恥は悠凪の唇をわななかせた。
かといって、これで終わりでもなく、返す手が今度は腰に移動してくる。
「やっ!?」
悠凪は再度抵抗を試みるものの、捻った腰が逆にスカートの留め金を閑人に触れさせてしまい、呆気なく外されたそこから外気が入り込んできた。
悠凪の目に涙が浮かんできても閑人の手は止まらず、スカートをずり下げては、ブラと同じ素材のショーツを露にさせる。
押さえつけられた状態で、次に何が来るのか判らない中、長い指がショーツの左端を下に追いやっていく感触が届いてきた。
「ひっ……!!」
恥ずかしさと恐怖に苛まれ、悠凪の目がぎゅっと閉じられたなら、親指が今まで隠されていたショーツラインををなぞり――そして。
「ひ、ひゃ、うっ……ひゃ、ひゃひゃひゃひゃひゃあああああああっっ!!?」
両手を固定していた左手が頭上から去るやいなや、冷たくも生暖かいモノが左の脇腹を這い始め、それまでの危機感はどこへやら、悠凪は身を捩って笑い出してしまった。
もう一方の脇腹に閑人の左手が下ろされたなら、悠凪の笑いは更に強まり、収拾がつかない状態に陥っていく。
どうにかしようと、腹筋だけで上半身を起き上がらせても、
「ひぎゃっ、ぐっ、ふひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ! ひょひひゃっ!!」
本日二度目の弱点攻めに、悠凪の口から出てくるのは、おおよそ品が良いとは言えない笑い袋のような声のみ。
左の脇腹に顔を埋めた諸悪の根源・閑人は、そんな悠凪には目もくれず、執拗に熱い吐息と唇・舌を這わせ、愛撫と評せる濃厚な行為を続けていく。
このままでは笑い死ぬ――までは行かずとも、笑い過ぎで吐いてしまいそうだった。
閑人がソレの被害者になるのは「ざまあみろ」だが、年頃の娘が人前でソレを行う精神的苦痛は計り知れない。
このため悠凪は笑い続けながらも、抗議の手を必死に伸ばすと、閑人の飴色の髪を鷲掴んだ。
言葉が出てこないなら、行動で示せば良いと酸欠状態の頭で考えたからだ。
しかし、髪を掴んだは良いものの、そこに入る力は笑いのせいで既に奪われており、引っ張って止めさせるどころか閑人の動きを促すていで撫でるばかり。
これに励まされる形で、肌を貪る蠢きが激しさを増したなら、悠凪の喉からは嬌声染みた甲高い笑い声だけが、断続的に上がり続けていく。
乗じてビクビクと痙攣するように悠凪が震えても、閑人は彼女の脇腹から顔を上げず。
かくして閑人の顔が離れた時、そこには笑い疲れてぐったりした少女の、世にも無残で残念な姿だけが転がっていた。