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迷鏡堂の閑人さん  作者: 大山
第一話 ご主人サマと下僕
12/22

鏡よ鏡


”人の世に溢れる、実在の有無を問わない、人智を超えたもの”


 化生のものの定義がそれならば、影浦閑人は何の化生か。

 同じ化生のものにしても、焔は遠い昔、自然(じねん)に生じたといい、対する閑人の生まれは、列記とした人間の、とある一族の中。

 何代か前に化生のものの血を混じらせたこの一族には時折、隔世遺伝というには些か高い頻度で、その血筋を色濃く受け継いだ子が生まれる。

 ただし、産まれながらにして化生のものの能力を持っているかと言えば、そうではないらしい。

 事実、今では飴色の髪と青鈍の瞳、土の気の肌をした閑人、古いアルバムを紐解けば、黒髪黒目の至って健康そうな肌で写っていた。


 彼が今の色彩に近づいたのは、大学に通い始めた頃。

 それまでにも段々と明るくなりつつある髪色、青が滲んできた瞳、病気を疑われそうな肌は認めていたため、何も知らない周囲の心配を余所に、閑人は緩やかに進む己の変化を受け入れたという。

 一族に伝わる化生のものの血筋――小さい頃から聞かされ続け、眉唾物だと思っていたそれが実在し、自分の身に起こった事には驚いたものの。

 しかし、髪や瞳、肌の色は変わっても、大学時代の彼にそれ以上の変化は起こらなかった。

 化生のものの血筋を確実に継いでいる証拠が外見に現れても、閑人はまだ、戸籍通り人間だった。


 それが一気に化生のものと為ったのは、迷鏡堂の主を継いでから。


 以来、幻魔に脅かされる人間を時に救い、時に見捨てる閑人は、血筋に伝わる化生のものの力を使ってきた。

 人の内にある幻魔、それすら映し出せる鏡の化生としての――




**********



 閑人が度重ねた歪な関係の話にいきり立った悠凪は、不愉快な気分を抱えたまま、迷鏡堂を出て行った。

 早苗の依頼を忘れたわけではないが、付き合い切れないと感じたのだ。

 一方で、こんなに頭に血が昇っていては、幻魔退治の時、自分がどんな失態を犯すか判らないとも思っていた。

 閑人に怒りながらも、彼の邪魔になりたくはない悠凪。

 心掛けは立派だったと言えよう――時はすでに遅くとも。


 悠凪がその事に気づいたのは、「悠凪!」と鋭く呼ぶ閑人の、伸ばされた手を払った直後。

「あ」

 迷鏡堂から外へ。

 身体が完全に出てしまったなら、彼女は背後を振り返り、呆然とした面持ちで立ち尽くしてしまった。

 眼前、本来ならば迷鏡堂があるはずのそこには、夜中でも明るいコンビニがあり。

「どうしよう。やっちゃった……」

 勝手に開く自動ドアへ、吸い込まれるようにして入った悠凪は、店内を見渡して頭を抱えた。

 来客を告げる気の抜けた音が流れても誰も来ないカウンター同様、ひと気のない周囲。

 普段は気づかない、電化製品の音だけが支配する空間。

 だというのに、漂う匂いは日常と差して変わらず。


「どこのコンビニだろ、ここ?」

 途方に暮れた顔で、カウンターに腰掛けた悠凪は、そのまま視線をガラス張りの雑誌コーナーへと向けた。

 並ぶ雑誌はどこかで見たタイトルロゴばかり。

 しかし可笑しな事に、どのロゴも一様に文字が裏返しになっている。

 よくよく見れば、背表紙も開き慣れた右側ではなく、全部が全部、左側。

 些細な変化だが知れば奇妙に映る光景だった。

 そんな中で悠凪が見つめ続けているのは、雑誌ではなく、その上のガラスである。


 誰もいない店内にも関わらず、そこにはガラス越し、映る幾つもの影があった。


「あ、あの制服! かなり着崩しているけど、うちの高校っぽい。ってことは、そんなに遠くないのかな?」

 常人であれば居もしない人間の影に怯えるところを、明るく歓迎した悠凪は、カウンターから飛び降りると目を留めた影の下へ。

 至近でまじまじ見つめても、雑誌を立ち読みする強面の少年は、悠凪に気づく様子もなく、食い入るように真剣に、その紙面を読み漁っていた。

「うん、やっぱりこの校章、間違いない。間違いなくうちの高校だ、けど……」

 近づいた事で、少年が何を読んでいるのかを知り、思わず半眼になってしまった悠凪。


 上手く隠しているつもりなのだろうが、いかがわしいタイトルロゴが、陳列棚の上から半分近く覗いていた。

 悠凪の前に並ぶ雑誌と違い、きちんと読める文字列に自然と溜息が出てくる。

「それにしても、何で制服で読むかなぁ? お陰で助かったけど、明らかに成人向けでしょ、これ」

 年齢制限に関して突っ込めないのは、閑人に見せられた映像のせいだろう。

 なんともなしに「成人向け」と書かれた仕切りの、間にある本へ目を通した悠凪は、具体的な内容が並ぶ煽り文に眉を顰めると、頭痛を抱えるていで頭を振った。

「老け顔なんだから私服にすりゃいいのに。しかも、何読んでいるか隠す割に、表情にしまりがないし」

 散々な感想を呆れ半分に少年へ投げかける。

 しかし、やはり少年はそんな悠凪には気づかず、雑誌に顔を伏せたまま。


 ――いや、そもそも先程から微動だにしていない。


 ガラスに映った他の人影も、ぼんやりとした像を結ぶばかりで、一向に動く気配がなかった。

 まるで、ある日の店内の様子がガラスに染み付いたかのようである。

 とはいえ、自分の姿が(・・・・・)ガラス越しの相手に(・・・・・・・・・)知覚できない(・・・・・・)と知っている悠凪にとって、そんな気づきは最早過去のもの。

 仕切り直しとばかりに溜息をついた悠凪は、今為すべき事のためにコンビニを後にする。

 次いで辺りを見渡した彼女は、現在位置に凡その検討をつけると、一歩足を踏み出し、

「ととっ。違う違う。ここは鏡面だから、左じゃなくて右」

 身体を反転させては、真逆の方向へつま先を降ろしていった。




**********



 迷鏡堂から奇妙な空間へと、迷い込んでしまった悠凪の落ち着きようは、彼女の神経が人並み外れて図太いから、では勿論ない。

 この空間が、閑人の造り出した”世界”だと知っているためだ。

 かといって、閑人とはぐれた悠凪が現在位置を把握できるように、この”世界”はゼロから造り出されたモノではなかった。


 平たく言えばこの”世界”は、現実を写し取って形成された、鏡の中の世界なのである。


 ただし、此処には動くモノ、たとえば人間や走行中の車は写し取られておらず、存在してもいない。

 それらは全て、閑人が不要なモノとして切り捨てている。

 必要なのは、幻魔を此処へ誘き寄せるための背景のみ。

 ガラスに映る人影は、此処が形成された瞬間に映り込んだ、現実のその場所にある光景で、彼らが一様に動かないのは、この”世界”が現実の時間でも止まっているため。

 つまり、此処から出ない限り、この”世界”にいる者は現実の時間には戻れないのである。


 そんな”世界”へ、只人である悠凪が行くには、制約があって当然だろう。

 制約の内容は、閑人の存在と彼の招き。

 この”世界”を造ったのが閑人である以上、存在の必要性は言わずもがな。

 対し、招きというのは文字通り、(まじない)によって形成された”世界”へ、閑人が手ずから招く事を差す。

 迷鏡堂から”世界”へ続く引き戸は、閑人が開けて初めて無事に通れるのだ。

 現実の世界へ出た時のように、迷鏡堂を背にした状態で。


 そう、悠凪が見知らぬコンビニの前に現れてしまったのは、まさに、この招きの過程を飛ばしたせい。


 鏡の中という不安定な”世界”へ入る際には、閑人という造り手の存在が必要不可欠。

 にも関わらず、悠凪は自分で引き戸を開け、どこへ繋がるのかも考えず怒り任せに出てしまった。

 結果、彼女は迷鏡堂とは関係のないところへ飛ばされ、時間干渉のない”世界”の中で、余計な時間を喰っているのである。

 この”世界”で異質な存在である悠凪とは違い、飛ばされる危険のない閑人は、迷鏡堂の前で彼女の到着を待っている事だろう。


 だからこそ悠凪はひた走る。

 向かう先では確実に、閑人が怒っていると知りながらも。







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