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リュッツェンの奇跡  作者: 塩野さち


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第8話 獅子の進撃、バイエルンの盾

 1633年春。リュッツェンの霧を払い、死の淵から蘇ったグスタフ・アドルフは、驚異的な回復力で再び軍装を整えていた。


 スウェーデン本国からは、宰相オクセンシェルナの差配により、バルト海を越えて莫大な物資と新鋭の歩兵連隊が続々と到着していた。最新式の銃火器、そして何より「王は生きている」という熱狂が、プロテスタント軍を無敵の軍勢へと変貌させていた。


「ヴァレンシュタインがボヘミアに籠もるというのなら、我々は南へ向かう。カトリック連盟の本拠、バイエルンを叩き潰すのだ」


 グスタフ・アドルフが軍議の席で指し示したのは、ドナウ川沿いの要衝、インゴルシュタットであった。


◇◆◇


 王の進軍ルートは緻密であった。

 まず、マイン川沿いに東進してニュルンベルクを確保し、そこから一気に南下してバイエルン公マクシミリアン一世の領土へ侵攻する。これは皇帝軍の兵站(へいたん)を断つと同時に、カトリック諸公の結束を根底から破壊する戦略だった。


 ドガァァン!


 スウェーデン軍の重砲隊が、ドナウ川の防衛線を火の海に変える。

 バイエルン軍は必死の抵抗を試みたが、グスタフ・アドルフが編み出した「歩兵・騎兵・砲兵」の三兵統合戦術の前に、古色蒼然としたテルシオ陣形は次々と粉砕されていった。


「陛下、敵の右翼が崩れました! 今こそ追撃を!」


 フィンランド騎兵隊を率いるトット将軍が叫ぶ。王は包帯の取れた左腕で力強く剣を抜き放った。


「全軍突撃! ドナウを越え、ミュンヘンを目指せ!」


◇◆◇


 その頃、ボヘミアのヴァレンシュタインは、自軍を動かそうとはしなかった。

 バイエルン公からの必死の救援要請が届いても、彼は冷笑を浮かべてそれを黙殺した。


「マクシミリアン公には、自らの領地が焼かれる痛みを存分に味わってもらおう。彼が皇帝に私を罷免(ひめん)するよう注進した報いだ」


 ヴァレンシュタインは、グスタフ・アドルフの進軍をあえて見逃すことで、皇帝とバイエルン公の関係に亀裂を入れ、自らの政治的交渉力を高めようとしていた。


 しかし、その消極的な態度は、ウィーンの宮廷における彼の立場をさらに危ういものにしていた。


「ヴァレンシュタインは裏切ったのだ。スウェーデン王と密約を交わし、帝国を見捨てたのだ!」


 皇帝フェルディナント二世の側近たちは、激しい憤りとともに、ついに「ある決断」を下そうとしていた。


◇◆◇


 1633年5月。スウェーデン軍はついにバイエルンの首都、ミュンヘンへと入城した。

 かつてカトリックの牙城と呼ばれたこの都市に、プロテスタントの賛美歌が響き渡る。


 グスタフ・アドルフは、荘厳な市庁舎のバルコニーに立ち、眼下に広がる広大な占領地を見渡した。


「次はウィーンだ。……皇帝よ、覚悟するがいい」


 王の野心は、もはやドイツの守護に留まらなかった。

 彼は神聖ローマ帝国の解体と、自らを頂点とする「バルト帝国」の拡張を、その燃えるような瞳に描き始めていた。


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