第7話 ボヘミアの凍夜、復讐の胎動
リュッツェンの惨敗から数ヶ月。
ボヘミアの古都プラハ、その片隅にそびえるヴァレンシュタイン宮殿は、墓場のような静寂に包まれていた。かつて四万の兵を意のままに操った軍司令官、アルブレヒト・フォン・ヴァレンシュタインは、今や皇帝の不興を買い、領地に引きこもる隠遁者となっていた。
暗い執務室で、ヴァレンシュタインは窓の外に広がる雪景色を眺めていた。その顔は以前にも増して痩せこけ、瞳には病的なまでの執念が宿っている。
「……生きていたか。あの北方の獅子め」
彼は手元の羊皮紙を、震える指でなぞった。それはリュッツェンで失った大砲と兵員のリスト、そしてウィーンの宮廷から届いた「詰問状」であった。皇帝フェルディナント二世は、敗戦の責任をすべてヴァレンシュタインに押し付けようとしていた。
◇◆◇
「閣下、ザクセン選帝侯からの密使が到着しております」
側近のハルクが、音もなく部屋に入り込み、耳元で囁いた。
ヴァレンシュタインの口元が、わずかに歪んだ。それは笑みというよりは、獲物を狙う蜘蛛のような冷酷な表情だった。
「通せ。……それと、スウェーデン本営に放っている間者にも伝えろ。私は『平和』を望んでいる、とな」
ヴァレンシュタインの暗躍は、もはや戦場での勝敗を超えていた。
彼は知っていた。グスタフ・アドルフが健在である限り、ドイツの諸侯たちは恐怖と畏怖からスウェーデンに従い続ける。だが、その結束は「強すぎる王」への反発という危うさを孕んでいるのだ。
「皇帝陛下が私を捨てるというのなら、私は帝国そのものを盤上から取り除くまでだ」
彼は密かにザクセン、さらにはスウェーデン側とも接触し、独自の和平交渉を進め始めた。皇帝を裏切り、自らがボヘミア王の座に就く。そのために、宿敵であるグスタフ・アドルフさえも利用しようという、狂気じみた野心であった。
◇◆◇
一方、ヴァレンシュタインの動きを察知しようと、ウィーンの宮廷も動いていた。
皇帝の寵臣たちは、司令官の独断専行を「反逆」と断じ、密かに暗殺の機を窺わせる。
だが、ヴァレンシュタインはそれすらも計算に入れていた。
彼は自軍の精鋭を周囲に固め、プラハの街を要塞化しつつ、欧州全土を巻き込む巨大な権力闘争の糸を操っていく。
「グスタフ・アドルフよ。貴殿が戦場で私を破ったというのなら、私は政治という闇の中で貴殿を葬り去ってやろう」
窓の外では、さらに雪が激しさを増していた。
北方の獅子が光り輝く玉座へと歩みを進める陰で、復讐に燃える魔術師が、歴史を再び混沌へと突き落とそうとしていた。




