第6話 激震の欧州、揺らぐ均衡
リュッツェンの勝利から数週間。
『北方の獅子、死の淵より生還す』という報は、早馬によって欧州全土へともたらされた。その衝撃は、単なる一戦報の域を遥かに超え、各国君主たちの計算を根底から覆した。
フランス王国の宰相、リシュリュー枢機卿は、パリの書斎でその報告を手にし、深く椅子に身を沈めた。
(……生きていたか。グスタフ・アドルフめ)
リシュリューにとって、スウェーデンはハプスブルク家を削り取るための「便利な剣」に過ぎなかった。
王が戦死していれば、フランスは「プロテスタントの守護者」の座を奪い、自らドイツへ介入する腹積もりだったのだ。だが、カリスマ溢れる王が健在である以上、スウェーデンを傀儡にすることはできない。
「方針を変える必要があるな。スウェーデンを支えつつ、その強大化をいかに抑えるか……。ハイルブロン同盟の結成を急がせよ。ただし、主導権は我らが握るのだ」
リシュリューは細い指で地図をなぞり、次なる外交戦の布石を打ち始めた。
◇◆◇
一方、ウィーンのホーフブルク宮殿。
神聖ローマ皇帝フェルディナント二世は、届いた報告書を床に叩きつけた。
「ヴァレンシュタインは何をしていたのだ! 敵の王を追い詰めながら、なぜ仕留め損なった!」
皇帝の怒りは凄まじかった。
カトリックによるドイツ統一の夢は、あと一歩のところで霧の向こうに消えた。それどころか、ボヘミアへ逃げ帰ったヴァレンシュタインへの不信感は決定的なものとなった。
「陛下、ザクセン選帝侯が再びスウェーデン側に傾いております。バイエルン公も、自領の防衛に汲々としており……」
側近の報告に、皇帝はこめかみを押さえた。
カトリック連盟の足並みは乱れ、帝国軍の威信は失墜した。もはや、武力だけでプロテスタントを屈服させることは不可能に近い。
◇◆◇
その頃、グスタフ・アドルフは、フランクフルトにて外交の陣頭指揮を執っていた。
腕を吊った姿で各国の使節と対面する王の威厳は、以前にも増して凄まじいものがあった。一度「死んだ」はずの男が目の前に立っているのだ。諸侯たちの畏怖は推して知るべしであった。
「我々は、信仰の自由とドイツの平和を求めている。協力する者には報い、敵対する者には……リュッツェンの二の舞を見せることになろう」
王の言葉に、日和見を決め込んでいたドイツの小諸侯たちは、争うように忠誠を誓った。
スウェーデンを中心とした強力なプロテスタント同盟が、フランスの意図を超えた形で形作られようとしていた。
◇◆◇
この外交的勝利により、スウェーデンは単なる傭兵軍団の主から、欧州の運命を左右する『大国』へと脱皮しつつあった。
だが、栄光の影には常に新たな火種が宿る。
ボヘミアの深い闇の中で、屈辱に震えるヴァレンシュタインが、再起を懸けた恐るべき陰謀を巡らせていたのである。




