第3話 激突の極致、黒騎兵の終焉
スウェーデン国王、グスタフ・アドルフが生還したという報は、瞬く間に戦場を駆け巡った。
それはプロテスタント軍にとって、乾いた大地に降る恵みの雨のような衝撃だった。
「王は健在なり! 神は我らと共にあり!」
ベルンハルト・フォン・ザクセン=ヴァイマル公が剣を振り上げ、自軍の騎兵たちを鼓舞する。王の負傷と行方不明に動揺していた左翼の将兵たちは、その叫びを聞いて獣のような咆哮を上げた。
◇◆◇
一方、皇帝軍の左翼では、猛将パッペンハイムが顔を歪めていた。
五度目の突撃を終え、一度隊列を整えようとした矢先、スウェーデン軍の反撃が予想を遥かに上回る勢いで押し寄せてきたからだ。
「馬鹿な! スウェーデン王は死んだはずではなかったのか!」
パッペンハイムは、迫りくるスウェーデン右翼騎兵隊の先頭に、包帯を巻いた腕で堂々と指揮を執る王の姿を認めた。
その瞬間、彼の誇り高き胸に、かつてない戦慄が走った。
「……だが、退くわけにはいかん。我が黒騎兵こそが、帝国の盾であり矛なのだ!」
パッペンハイムは再び馬に拍車を当てた。
六度目の突撃。それは彼にとって、人生最後にして最大の勝負となるはずだった。
◇◆◇
ドゴォォォォン!
両軍の騎兵が正面から激突する。
スウェーデン軍は、王の帰還によって狂乱に近い士気を得ていた。これまでは防御に徹していた歩兵連隊も、銃剣を煌めかせて前進を開始する。
「パッペンハイム! 貴殿の勇名は聞き及んでいるが、ここが貴殿の終着駅だ!」
グスタフ・アドルフの鋭い声が、硝煙の向こうから響く。
スウェーデン軍の誇る『革砲』が至近距離から火を噴いた。バラバラと降り注ぐ散弾が、皇帝軍の黒い鎧を容赦なく叩き割る。
その乱戦の最中だった。
パッペンハイムの胸に、スウェーデン軍の放った重い銃弾が吸い込まれるように命中した。
「が……はっ……!」
猛将の身体が大きく揺らぎ、馬の背から崩れ落ちる。
周囲の護衛兵たちが悲鳴を上げ、彼を抱きかかえて後方へと下げようとしたが、その姿は全軍の目に焼き付いてしまった。
「パッペンハイム閣下がやられたぞ!」
「逃げろ! 死神が、北方の獅子がやってくる!」
皇帝軍の左翼は、支柱を失った建築物のように脆く崩れ始めた。
◇◆◇
風車の丘の上で、ヴァレンシュタインは唇を噛み切った。
手元の望遠鏡に映るのは、総崩れとなって潰走する自軍の左翼と、悠然と進軍を再開するスウェーデン軍の長大な戦列だった。
「パッペンハイムが……。あの男が敗れるとは」
ヴァレンシュタインは冷徹な頭脳で状況を分析した。
スウェーデン王が生きていたという事実は、もはや隠しようがない。そして、その生存が敵軍に与えた爆発的なエネルギーは、計算外の要素だった。
「……中央の歩兵を下げろ。風車の丘を死守しつつ、戦線を再構築するのだ」
ヴァレンシュタインは、あくまで冷静に撤退戦の準備を命じた。
だが、彼の目には、かつてないほどの『敗北』の色が濃く漂い始めていた。
◇◆◇
夕闇が迫る中、グスタフ・アドルフは血と泥に汚れた顔で空を見上げた。
腕の傷は疼き、体力的には限界に近い。だが、王の心は勝利への確信に満ちていた。
「ヴァレンシュタイン……。今度こそ、決着をつけようではないか」
歴史の分岐点は、もはや引き返せないほど大きく開かれていた。
リュッツェンの戦いは、ここから未知の領域へと足を踏み入れていく。




