1品目 シェフのきまぐれサラダボウル ~隠し味に復讐を添えて~
――料理は心。一皿ごとに真心を込めた料理をご提供させていただきます。
小気味良い包丁の音が厨房に鳴り響く。
ここはホテル『Celesia』――神奈川の横須賀に構える、世界に通用する一流ホテルだ。
政界や財界の要人が頻繁に訪れるこのホテルの厨房を任されている料理人は、弱冠まだ25歳の若者だ。
彼の名前は刃々斬剣人。
高校卒業後、単身世界中を飛び回り、世界各地の一流レストランで腕を磨いた情熱溢れる料理人だ。
彼が渡り歩いた国はフランスに始まりイタリア、ドイツ、イギリス、一度アフリカ大陸に渡り、そこからアメリカ、メキシコ、ブラジル、アルゼンチン。
さらにオーストラリアに船で渡り、タイ、マレーシア、インドネシア、ベトナムと経由してアジア大陸に上陸。
最後にインド、中国、モンゴル、ロシアと経由し、韓国を経て日本へ帰国。
約七年間、十数か国にもわたる旅路を経て完成された彼の料理を、常連客は「まるで魔法のようだ」――と褒め称える。
「魔法? そんなんじゃないよ。俺の料理は魔法なんかじゃない」
苦笑しながらそう言う彼は、この後決まってこう続ける。
「俺の料理は魔法なんかじゃない。俺の料理は――呪いだ」
†††
会場に着いたのは、ほかの同級生より一足早い午後五時だった。
ホテル『Celesia』のスタッフルームに入り、真っ黒な仕事着に俺は着替える。
丁寧に石鹸で手を洗い、厨房に入って――確認。
「準備の方は?」
「できています」
「ありがとう。では、早速取り掛からせてもらう」
ステンレスの調理台に食材が並ぶ。
研ぎ澄まされた包丁でそれらを刻み、炎を上げるコンロに投入する。
――さあ、呪いを始めよう。
炎を支配下に置き、鍋を振るっている間も客の顔を意識する。
高校時代の同級生――総勢男女25人。彼ら、彼女らの記憶を目の前の業火に放り込みお玉を回した。
やがて出来上がったソレを指で掬い取り――味見。
「良し、ソースは完成だ」
ソースの出来を確認した俺はスタッフに指示を出し、残りの料理に取り掛かる。
本日のメニューはフランス風のフォアグラのテリーヌに鮎の塩焼き。
スープはポソレ。
そしてデザートは特製ココナッツミルクプリンの計4品となっている。
自分の目で確かめ、目利きを終えた特別な野菜が盛られたサラダ。
それにひと手間加えてから次の作業に移る。
まずはフォアグラ。
鴨のレバーを丁寧に処理し、ブランデーとタイムで香りづける。
滑らかな口当たりに仕上げるため、低温でじっくり火を通す。
添えるのは、タイで学んだマンゴーのチャツネ。
甘酸っぱい果実の風味が、フォアグラの濃厚さを引き立てる。
続いて鮎の塩焼きだ。
均等に火が伝わるよう、備長炭で焼き上げる。
皮はパリッと、身はふっくらと。
沖縄の海塩を使いほのかなミネラル感を加えた鮎は、もはやただの塩焼きではない。
メインを張るに値する最高の塩焼きに添える付け合わせは、きゅうりの浅漬けだ。
京都式の技法で作られた、シャキッとした歯ごたえが、鮎の繊細な味わいを引き立てるだろう。
スープは、メキシコの魂とも言えるポソレ。
これが今夜の主役だ。
豚肉をじっくり煮込み、ホミニーとチリで風味を整える。
スープを煮込む鍋から立ち上がるスパイスの香り。
グアヒージョチリとオレガノが混ざり合うのを確認してから、俺は「特別な食材」を加える。
その後にわずかにライムの酸味を加え――完璧。
いよいよ最後のデザート、カンボジアで学んだココナッツミルクのプリンに取り掛かる。
本職のパティシエには及ばないが、バナナのキャラメリゼなら自信がある。
バナナをバターで焼き、黒糖でキャラメリゼ。
ココナッツミルクの滑らかなプリンと合わせれば、甘さと香ばしさが口の中で踊る。
うん、いい出来だ。
「時間は――と、そろそろだな」
厨房の時計は午後六時半を指している。
客の到着まであと少しだ。
俺は厨房から出てスタッフルームに引っ込み、深呼吸。
心を落ち着かせて顔を洗い、黒いコックコートを脱ぎ去った。
同級生たちになじむよう、お値段手ごろな背広に袖を通して椅子に座った。
天井を仰ぎ、ため息を一つ。
「ふう……」
ひと仕事終わった。
だが、これは始まりに過ぎない。
俺の本当の目的を満たすための最初の一手。
計画を最後まで進めるためには絶対に失敗できない。
同級生たちは俺の料理に食いついてくれるだろうか?
虜になるだろうか?
大丈夫だ。そのための七年間だ。
世界各地で身に着けたあらゆる技術と知識、そして人脈。
その全てを以てして俺は――、
「絶対に犯人を見つけ出す……必ずだ」
罪を隠し、法の目を掻い潜った悪を裁く。
容疑者は25人の同級生。
この料理は真実に至るための第一歩。
その一皿目だ。
「時間だ。行こう」
会場に入るとすでに半分以上の椅子が埋まっていた。
同級生たちの激励と興奮を浴びつつ、俺は料理を提供した。
反応はこれ以上ないくらい上々だった。
全員一人の例外もなく俺の料理の虜になった同級生たちは口々にこう言った。
――また料理作ってくれよ!
俺はこの願いを快諾すると、後日一人一人、特別な客として個別にもてなすことを約束した。
営業時間終了後――ここ、ホテル『Celesia』で。
今こんなの書き始めています。
アルファポリスの25周年アニバーサリーカップというコンテストが来月あるのでそれに出すための作品ですね。
ルールが特殊で
・25という要素をテーマにすること
・BLと異世界は禁止
となっているので、現代ドラマをミステリー仕立てにしたやつを書いてみようかと。
ちなみに最初はめっちゃ残酷な話にしようとしたんですけどルール上アウトになりそうだったので修正しました(笑)
ある程度書き溜めたら本格的に公開しようと思っています。
今回は本編の冒頭のみのお試し版です。
完成するまでこの予告編や他の私の小説でも読んでしばしお待ちください。