カエデからのキス
「お姉ちゃん、何?」
今日は土曜日で、明日も休みなので夜更かしとまではいかずとも、日を跨ぐくらいまでは起きてようと思ったら、11時30分くらいの時、お姉ちゃんに、部屋に来て?と言われたので行き、ベッドを背に座った。その瞬間、両手で頬をガシッとつかまれた。
目の前にはお姉ちゃんがおり、聞かなくてもこれからキスをしようとしているということはわかる。
「何って、キス以外ないでしょ」
やっぱりキスだった。いつもだったらこのままキスをするのだが、今日は違う。
「もう今週は二回使ってるよね?」
お姉ちゃんは今週はもう二回使い切っており、今キスをしようとするのはおかしい。
「先々週カエデが言ってくれたんじゃん。再来週ちゅーしていいよって」
「え?…言ってないよそんなこと」
少なくとも私がそんな事を言うとは思えない。しかも先々週はあの憂鬱な英検の日だったはずだ。
「先々週って私、英検だったよね?帰ってきてからそんなこと言ったっけ?」
「行く前だよ。行く前」
行く前は英検準備などでバタバタしていて余り覚えていない。だが、それでも私が再来週ちゅーしていいよ。なんて言うとは思えない。
「じゃあちょっと思い出してもらおうかな。」
そういい、お姉ちゃんが先々週の事を話す。嫌なことはすぐ忘れたいタイプだったので忘れていたが、お姉ちゃんの話を聞き、だんだんと私の記憶も戻ってきた。
§
今日は英検試験の日だ。
高2後半なので順二級か二級を取りたいが、現実は程遠く、私が受けに行くのは英検三級だ。
元から勉強ができない私の中でも一番苦手なのは英語なので、三級ですら受かる自信がない。昨日の夜はもう吹っ切れて久しぶりに友達とパソコンゲームをしてしまった。(寝る直前に一応勉強はしたけど…)
友達二人と一緒に英検を受けるつもりだったのだが、そのうちの一人が昨日まで熱で学校に来れていなかったので多分、一緒に受けるのは一人だけだ。因みに、二人が受けるのは順二級である。
熱で来れないであろう友達はリスニング英検満点の猛者で、名前は芒だ。もう一人はリスニング英検96点のバケモノで、名前は桔梗だ。しかも妹が中学生の時に準二級を取っていたらしく、妹に色々教えてもらうらしい。
因みに私はめちゃくちゃ運が良くてリスニング英検は89点で二級だった。それならあと一点くらいくれてもよかったじゃん!と、ずっと思っている。
「どうしたの?そんな顔して」
朝食で用意されたパンを齧っていたらそんなことを言われた。顔に出したつもりはないが、お姉ちゃんには気づかれてたらしい。
「今日はこれから英検だから。やりたくなさすぎて憂鬱」
「カエデ、英語苦手だもんねぇ」
「行きたくない…」
「英検は持っておいたほうがいいよ?」
「分かってる」
英検は資格の中でもトップレベルに有用なものだ。特に私のように英語がめちゃくちゃに苦手な人ほど持っておいたほうがいい。どんなに英語できなくても、一応、英検は持ってます。といえるのは英語ができない人にとっても強い。
ご飯を食べ終わり、制服に着替える。
集合時間は九時だったので、家を出るのは30分くらい前にしておいたほうがよさそうだ。桔梗は車で送迎してもらっており、家からは約20分くらいかかるらしい。芒は今日来れるのかな…やっぱりまだ熱治ってないのかな…
そんなことを考えながらのろのろと準備をしていたらいつの間にか8時15分だった。
急いで行く準備を整え、リビングへ行くと、お姉ちゃんが座っていた。
「カエデ、もう行くの?」
「そろそろ出ようと思ってる」
「じゃあ行ってきますのちゅーしよ」
お姉ちゃんが当然のことのように言う。しかし、私とお姉ちゃんの習慣に出掛ける時ちゅーをする、等はない。
そもそも、キスをするのはお姉ちゃんの部屋で、というルールだし、何より今週はもう二回やっている。
「もう今週は二回やったでしょ?」
「いや、それとは関係なく。普通に行ってきますのちゅー。」
「今から英検だから無理」
とりあえず適当な理由をつけて断る。あと、今日は普通に英検だから遅れる訳には行かないというのもある。
「じゃあ来週は?」
そう言われ、来週何か用事があったかどうか少し考える。が、そんなことよりも、すぐに出発しないと遅れた時が怖い。
「わかったわかった再来週ね。」
何となく、そのまま分かった。と言うのは嫌だったので、来週から、再来週にする。
「やった!」
「それじゃ、行ってきます。」
「いってらっしゃい~」
§
確かに言われてみればそんなことを言ってた気がする。というか思いっきしわかったわかったと言ってしまっている。多分、英検のことで頭がいっぱいで、適当に言ってしまったのだと思う。因みに、芒は無事に試験を受けることができたらしい。
「確かに言ってたかも」
「でしょ?じゃあさっそく。キス、しよ?」
「ちょっと待って」
もう数センチまで近づいているお姉ちゃんの頬に手を置き、言う。
別に、お姉ちゃんとキスするのが嫌なわけではない。私も、お姉ちゃんほどではないが、シスコンなのでお姉ちゃんとのスキンシップは好きだ。
寝るときにお姉ちゃんを抱き枕代わりにするのも、アニメ見ながらお姉ちゃんにくっつくのも好きだ。ただ、なんとなく、お姉ちゃんに主導権を握られてる感じが良くない気がする。
「ちょっとってどんくらい?」
もう待てない!という顔をしながら急かしてくる。
「どれくらいかって?…これくらいだよっ」
私は、お姉ちゃんの頬を触っていた手でお姉ちゃんをそのまま引き寄せ、強引にキスをした。私からは初めてだったので、上手く狙いを定めることができるか不安だったが、綺麗に唇と唇を当てることができた。
お姉ちゃんが逃げようとするが、逃がさない。いつも私が離れようとしても離れさせてくれないように、私もお姉ちゃんの手を握って離さない。お姉ちゃんのほうが力が強くてこれくらい簡単に振りほどけるのに、しないということは相当混乱しているのだろう。
「え、ど、どうしたの?カエデ」
「お姉ちゃんにやられっぱなしってのもやだったから」
驚いたような顔をしているお姉ちゃんに対し、得意げに言う。お姉ちゃんの見たかった姿が見れて大満足だ。
「カエデからって初めてじゃない?」
「うん」
まだお姉ちゃんはオロオロしている。お姉ちゃんのこういう姿は珍しく、何時間でも見ていられるほど楽しい。
「なんでしたの?」
「なんとなく」
何となく、お姉ちゃんに主導権を持たせたままだと良くないと思った。何となく
「またいつかしてくれる?」
「それは私の気分次第」
「別にいいじゃん。毎日してよ」
そう言い、お姉ちゃんはグイッと私に近づいてくる。
「ふざけてないでっ離れて」
私は、お姉ちゃんの柔らかい頬を変形するくらい押し、離そうとする。が、お姉ちゃんは離れる気配がない。
「顔ぐちゃぐちゃだよ」
「カエデが離してくれればぐちゃぐちゃじゃなくなるよ」
別に、このままぐちゃぐちゃにしても可愛い顔をずっと見ててもいのだが、私の手が疲れるので、仕方がなく手を離す。
すると、私の両手をつないでゆっくり近づいてくる。顔と顔の距離がほぼ0になったところで、お姉ちゃんが止まった。
「…いいの?」
お姉ちゃんが上目遣いで言う。お姉ちゃんは私より少し背が高く、隣に立つと少し見上げる感じになる。昔から私がお姉ちゃんに甘えることのほうが多く、お姉ちゃんが甘えることは少ない。
ここ最近は、お姉ちゃんが私にお願いすることが増えたので、お姉ちゃんの奥義、上目遣いを見ることが増えた。
だからといって耐性ができたというわけでもなく、寧ろお姉ちゃんの上目遣いを見るたびに耐性がなくなっていっていると思う。
「いいよ」
上目遣いじゃなければ、いいよ。なんて言わず、何が?とか、なんのこと?とか、適当に誑かすのだが、上目遣いの時は、いい?と聞かれたら、いいよ。と言ってしまうし、◯◯する?といわれたら、やる。と言ってしまう。
元々ほぼなかったお姉ちゃんとの距離が0になる。
いつも通り体がポカポカし、全身に気持ちよさが浸透する。お姉ちゃんがずっとキスをしたがるのがよく分かる。
「はぁ…ふぅ……」
もはや最近は息が切れるまでのキスは日常茶飯事になってしまっている。ただ、お姉ちゃんは私と違って運動が好きなので、私は息が切れてお姉ちゃんは息が切れてない、ということが多々ある。
多分、お姉ちゃんは私に配慮して一回一回を少し短くしてくれてるのだと思う。だからこそ、お姉ちゃんは私よりもキスをたくさん求めるし、事あるごとにキスをしようとするのだと思う。
「カエデ、ちょっと違ったキスしてみてもいい?」
お姉ちゃんの息が唇で感じられるほどの至近距離でそんなことを言われた。もうすぐキスが来ると思い目を閉じていたので目を開けると、案の定、お姉ちゃんは超至近距離(もはや唇がくっついてるのかくっついてないのかわからないくらい)にいた。
「ちょっと違うキスって何?」
「それは今からわかるよ」
そう言い、まだ話している途中だったのにお姉ちゃんが近づいてきて、キスをした。
突然のキスに少し驚いたがお姉ちゃんが突然キスするのも何回かあり、慣れていたのですぐに対応できた。
ちょっと違ったキスと言っていたので、唇を固く閉じ、警戒態勢に入った。
すると、お姉ちゃんの唇が私の上唇を挟むようにキスをしてきて、私は驚いて直ぐに目を開けた。そこには至近距離でもわかる綺麗な顔のお姉ちゃんがいた。
少しドキリとし、慌てて目を閉じた。目を開けたり閉じたり何がなんだかわからない。少し落ち着かせるために体を離そうと力を入れるが案の定、お姉ちゃんに押さえつけられていて離れる事はできない。
上唇をハムハムされ、下唇もハムハムされる。キスなのか何なのかわからないそれはいつものキスとは違った気持ちよさがある。
「…これってキス?」
「キスでしょ」
キスをする許可は与えたが、唇をハムハムすることを許可した覚えはない。
「本当にキス?」
「うん。なんなら…」
お姉ちゃんが私の手を唇に近づけ、そのままキスをする。
「これだってキスだよ」
「それはそうなんだけど」
「まぁなんだっていいじゃん。唇使ってればキスだよ。だいだい」
「適当過ぎない?」
お姉ちゃんは極端だ。適当かと思ったら優柔不断だったり、めちゃくちゃ悩むのかと思ったら適当だったりする。ただ、今のお姉ちゃんは適当お姉ちゃんらしい。というか、キス関連の時は適当なことが多い気がする。
「まぁなんでもいいけど。もう寝るね。おやすみ」
もうとっくに日を跨いでいる。何となく、もう疲れたので寝たい。
「待って」
お姉ちゃんに腕をつかまれ、私は強制的に立ち止まさせられる。
「なに?」
「今日は一緒に寝ようよ」
別にどちらでもいいが、明日は休みだし、何よりお姉ちゃんと一緒に寝るのは好きだしお姉ちゃんが一緒に寝たいのなら全然いい。
「いいけど、私の部屋ね。」
お姉ちゃんの部屋で、だとなんやかんやありキスされそうなので私の部屋にする。
お姉ちゃんは、一瞬不服そうな顔をしたが、すぐに笑いながらありがとう。といい、私の腕を離した。
「あ、枕持ってこないと」
お姉ちゃんの部屋の扉を開け、私の部屋へ向かっている途中でお姉ちゃんが思い出したように言う。
「じゃあ先行ってるね」
私は、自分の部屋に入り、少しぐちゃぐちゃになっているタオルケットと毛布を綺麗に直し、椅子に座ってお姉ちゃんが来るのを待った。