キス習慣の始まり②
D棟から戻り、午後の授業が始まる。私にとって授業は退屈なもので憂鬱な時間だ。こういう時はアニメや漫画、小説のこと等…大体2D関連の適当な妄想をして時間を潰している。
私は先生の声を遠くに聞きながら意味もなく黒板を見る。ふと時計を見ると授業終わりまでまだ30分はあった。
あと30分だと意識してしまうとそれがとんでもなく長いもののように思えてしまい、時計から目を逸らす。いつもいつも見ないようにしているはずなのに、何故かいつも時計に目がいってしまう。
「次、カエデさんですよ」
「え、あ、すみません」
担任の先生兼体育の先生の佐藤先生が優しく言う。
今は保健の時間で、教科書を丸読みしている最中だった。私の番はまだまだ先だと思っていたが、いつの間にか私の所まで回ってきてたらしい。
ボソボソと読み、次の人へと回す。
人の前に立ち何かやる、というものが嫌いな私はもちろんこういうのも嫌いだ。しかし、お姉ちゃんはそうでも無いようで毎回ハキハキと、透き通る声で読み進めていく。
私はそんなお姉ちゃんの声が大好きだ。小さい頃子守唄を歌ってもらってたからか分からないがともかく、お姉ちゃんの声は聞いてて心地よくて大好きなのだ。
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
そんな事を考えていたら授業終了のチャイムが鳴った。私は授業という憂鬱な時間から解き放たれ、伸びをする。たった1時間未満なのに、何時間も座っていたかのように体が硬くなってる気がする。
「カエデ、授業はちゃんと聞かないと。」
優子が優しく言う。優子はもちろん優等生なので私と違い、授業は集中して聞いているし、頭も良い。
「授業を集中して受けるのキツい」
「せめて丸読み系の授業の時はちゃんと聞かないと…」
ごもっともである。私が授業を苦手だからと言って、今回のは教科書読む系で、しかも順番が回りやすい丸読み系だ。
授業を聞こうとしなくても、集中してなくても反応出来るのがか普通だが、生憎私は普通では無い。もちろん悪い意味で。
「本当にそう」
「分かってるならちゃんとしなよ〜」
「分かってても出来ない。それが人間さ」
「何?小説の真似?」
「かっこいいでしょ?」
「しょうもない事してないで。次は科学室だよ?準備して。」
私の渾身のかっこつけを一蹴されてしまった。いつもの優子じゃ考えられないが、本当に時々、さらっと毒を吐く。
次の授業は優子の言った通り科学室で実験だ。
私は実験の準備をする。準備と言っても教科書ノート、ファイルと筆箱だけだ。流石の私でもこの程度は完璧に出来る。
「おけ、準備出来た。それじゃ、行こ。」
「…カエデ、今日の実験はハサミ必須だよ?カエデの筆箱にハサミ入ってないでしょ?」
どうやら完璧ではなかったらしい。
そう言われてみると前回の授業の最後に、先生がそんな事を言ってた気がする。
そして私は、優子の言った通りハサミを持って来てない。
「…優子、ハサミ2つ持ってたりしない?」
「持ってるわけないでしょ。科学の先生、優しいしハサミ貸してくれると思うよ?」
「でも成績が…内申点が…」
「それはもうどうしようもないね」
どうやら私の成績が下がるのは確定らしい。
ただでさえ低い私の成績がもっと下がったら行ける大学も行けなくなってしまうので、本当にそろそろ成績は意識した方がいい。
今は1月中旬、高2の後期、と言うかもうほぼ高3だ。2年生の評定平均を少しでもあげるためにそろそろ成績を意識して学校生活を送るべきだ。
私は自分自身に喝を入れた。明日やろうは馬鹿野郎という言葉もあるし、今日から、今から気合いを入れよう。
「ハサミ、友達に借りてくるから先行ってて」
「…他の生徒から物を借りるのは禁止だよ?」
「背に腹はかえられん」
「…まぁそこまで言うなら別にいいけど、じゃあ先行ってるよ?」
うん。と相槌を返した。
流石に1人が好きな、陰キャな私でもこういう時に借りる友達くらいはいる。いるのだが、他のクラスに入るのは禁止されているし、
○○さん呼んでくれない?
というのはコミュ障の私にとってはハードルが高い。
あれ?これもしかして詰んでる?
もう時間も少ないし、諦めて先生にハサミを貸してもらおうと思ったその時、お姉ちゃんの机の上にハサミが置いてあるのに気づいた。
優秀なお姉ちゃんは当たり前にハサミを持っているし、2つ持っていてもなんらおかしくは無い。
きっと私と優子の会話を聞いていたお姉ちゃんが机の上にハサミを置いておいてくれたのだろう。
私はお姉ちゃんに感謝し、お姉ちゃんのハサミを持って科学室へダッシュした。
ギリギリ授業に間に合い、無事に授業を受けることに成功した。
「カエデ、ハサミ借りれたんだね。無理だと思ってた」
「私も無理だと思ってたんだけどね。何とかなった」
「ふーん…どうやったの?」
「それは秘密。」
優子は何かと鋭い。きっと今、他のクラスにいる友達から借りたと言えば嘘がバレるし、適当な嘘をついても嘘だとバレるだろう。
なのでこういう時は黙秘するに限る。
「カエデって秘密主義だよね〜少しくらい言ってくれたっていいじゃん」
秘密にしているつもりは無いのにいつの間にか秘密主義になってたらしい。不思議なこともあるもんだ。
「そんな事より、もう今日は帰っていいんだっけ?帰りのSHRあるっけ?」
「今日は無いからこのまま帰れるよ。」
「じゃあ帰ろ。優子、今日なんも無いよね?」
「うん。何も無いよ。それじゃ、帰ろ」
そうして私達は学校を出て、帰路に着く。一緒に帰る、とは言ったが、私と優子はほんの一瞬しか一緒に帰らない。
それは、私の家が高校から近すぎて、優子の家との分岐点がすぐにくるからだ。と言うかそもそもうちの高校に来る人は大体車か駅からの自転車で、歩きなんてほとんどいない。
家が遠かったりしたら、優子と別れたあとにお姉ちゃんと一緒に帰る、など出来たのだが、家が近いのでそんな事をする暇があったら家で帰りを待っていた方が断然いい。
「相変わらず、すぐだよねぇ。それじゃ、また明日!カエデ」
「また明日〜」
私は優子と別れ、家へ帰る。別れてから5分もしないうちに家へ着いた。
「まだお姉ちゃんは…帰ってきたない?か。」
大体いつも先に家に着くのは私だ。お姉ちゃんは学校で少し友達と話してから来たり、部活動や委員会で遅くなったりする。
ただ、部活動は文化部で、週1しかないし、委員会も確か週1くらいでしか無かったので、他の日はちょっと教室に残って友達と話したりしているのだと思う。
私は邪魔な制服を脱ぎ、ハンガーに掛ける。髪を解き、靴下を脱ぎ、自分の部屋へ行き、ゴロゴロする。
小説を読んでいると、お姉ちゃんが帰ってきた音がした。
「ただいま、カエデ。」
「おかえり」
お姉ちゃんが帰ってきたので、何かするわけでもないが、リビングルームへ行く。
「あ、カエデ。ちょっと大事な話があるから私の部屋か自分の部屋にいて?すぐ行くから」
「え?今言えば良くない?」
「良くない」
こんなことは滅多にない。というか高校生活始まって初めてだ。
ゲームをするとか、ゴロゴロする。だとかなら、お姉ちゃんの用意が終わったあとに、お姉ちゃんと一緒に部屋へ行くが、先に部屋行っててと言われるのも、大事な話があると言われるのも初めてだ。
「分かった。」
「私もすぐ行くから。待ってて」
「うん。」
別に拒否するほどの事でもないので、お姉ちゃんの指示に従い、部屋に戻る。部屋の指定はなかったので、私の部屋にした。
少しすると、コンコン、とドアがなる音がした。
そして、私はドアを開け、お姉ちゃんを部屋に入れた。