初めての友達襲来
「おじゃましまーす」
「そんな大声で言ったって妹以外誰もいないよ?」
「え?親は?」
「仕事。基本家にいないよ」
…外に行ってから五分も経たずに来た。教室でもそうだが、相変わらず梅木さんは声がでかい。
「おじゃましまー…あれ?妹さんいないじゃん」
「部屋にいる。妹は内気で人見知りだから、京香には会いたくないってさ。」
「えー…噂の妹さんに会うの、結構楽しみにしてたのにー」
「またいつかね」
…別に私が内気で人見知りだから会いたくなかったわけではない…確かに私は内気で人見知りだけれども。
梅木さんを部屋に連れて、お姉ちゃんはドアを開けて出た。多分、お茶の用意をしに行ったのだと思う。
一人で部屋に取り残された梅木さんは勉強の準備をしてるのかは分からないが意外と静かだ。
「はいお茶。そういえば京香ってジュースのほうが好きだったっけ?」
「うん。オレンジジュース大好き」
「妹と同じだ」
「へ~!フウよりも話が合いそうだな~」
「確かに京香と私って共通点少ないよね」
梅木さんは「あ、お茶のままでいいよ。」と言いそのまま勉強会がスタートした。
…ずっと、仲睦まじい会話が聞こえる。本当に、聞こうとしなくても聞こえる。
お姉ちゃんは私以外には結構そっけないイメージだけど、梅木さんは例外らしい。顔は見てないので分からないが、多分、2人とも楽しそうな顔をしていると思う。
「フウも意外と漫画読むんだ〜」
「意外とって何?普通に読むよ。」
「ふ〜ん…あ、これ私も持ってる!」
「…京香?勉強はしないの?」
「まぁまぁ、まだ時間はあるんだから。」
あまり正確には覚えてないが、確か梅木さんは私と同じで頭が良くなかった気がする。…そして、私と同じで貧乳だ。
これは仲良くなれそうな気がする。今度家に来る時は会うのもいいかもしれない。
「休憩は後!今は勉強でしょ!」
「も〜真面目。フウ。」
「京香も真面目に。もうそろそろ大学生だよ?」
それから、勉強して、休憩して、そんなことの繰り返しをしていたらもう2時30分になっていた。勉強をしながら、漫画を読みながら、お姉ちゃんと梅木さんの会話を聞いて思ったのは、梅木さんの口が永遠に止まらない、という事だ。
とにかくずっと喋っていた。なんでそんなに話題があるのか、何故飽きないのか、疑問はたくさんあるが、それがいつも通りなのかお姉ちゃんもずっと梅木さんと会話していた。
勉強もして、漫画も小説も読んで、ゲームもして、今日は中々に充実した休日を過ごせている。…が、圧倒的にお姉ちゃん成分が足りない。
お姉ちゃんの声がして、お姉ちゃんが近くにいる、と分かってる状況で何時間もお姉ちゃんに触れないという事が今まで無かった。学校は学校だから大丈夫だが、ここは家だ。だからこそ、めちゃくちゃお姉ちゃんに触れたい。
今日はお姉ちゃんと一緒に寝る。これは確定事項だ。
「フウ〜ゲームしよーよ〜」
「今日、勉強する日でしょ?」
「もういっぱいしたよ〜」
「…」
お姉ちゃんが私みたいなことを言っている。外でのお姉ちゃんはちょっっっっっと、ほんの少し真面目になるということはわかっていたが、それでもいざ目の前で見てみる(見てはない)と結構いつものお姉ちゃんと違って、ちょっとギャップ萌えだ。
というか私と逆パターンだ。私は、学校だと結構ふざける。大々的にふざける訳じゃないが、優子とのやり取りは、家での真面目さとは大きく違う。
「…まぁいいよ。何やる?」
「何があるの?」
「だいたいなんでもあるよ」
「へ〜!凄い!金持ちなんだ!」
「両親共働きだからね。ありがたいことにお金は結構ある」
…なんかお姉ちゃんが成金みたいな事を言っている。相手が梅木さんみたいに元気で明るくて無邪気な人じゃなかったら言ってはいけないようなことを簡単に言っている。
「じゃあ〜…この、某有名ゲーム会社のカートゲーム、通称Mカートやろー!」
「…なんでそんな遠回しな言い方?」
「いちばん重要なとこは避けて、出来る限り分かりやすく表現した」
「だから、なんで?」
「そうしなきゃいけないと思って…」
「しかも通称はMカートじゃなくてマリ」
「ストーーーーーーップ!!!」
お姉ちゃんの言葉を遮り、梅木さんの声が響く。お姉ちゃんの言葉は途中で止まったので、多分、梅木さんの手で口を抑えられてる。
「…何?」
「なんか、大いなる存在に怒られるような気がして…」
「なにそれ」
「まぁでも、いいでしょ?Mカート。やろ?」
「…まぁ、いいけど。」
お姉ちゃんと梅木さんは勉強をやめてゲームを始めたらしい。某有名ゲーム会社のレースゲーム、MカートのBGMが聞こえる。
お姉ちゃんはだいたい何でも出来るが、ゲームは私の方が上手い。梅木さんが上手いかどうかは知らないが、少なくともお姉ちゃんよりは上手いと思う。それくらいには、お姉ちゃんにゲームのセンスがない。
「いえ〜い!ゴール〜」
「…」
案の定、お姉ちゃんが負けたらしい。しかも、(多分)結構な大差で。
「…次、京香30秒止まって」
「え?30秒は長くない?」
「大丈夫。京香なら行けるって!」
「まぁいいよ。このゲームには打開という技があるから…」
「?打開?12から1になる的な、悪い局面を打開するってこと?」
「…え?…まぁ、似たようなもんだよ」
お姉ちゃんは「打開」の本来の意味を言ってるが、梅木さんの言ってる「打開」はゲーム内のいわゆる戦略みたいなものだ。後ろの方で止まることで、強いアイテムを引き、前に進む。これをMカートでは「打開」と言われている(大雑把に言うと)。
つまるところ、現実で使う「打開」とあまり意味は変わらない。
「今私一位!」
「いま私12位!」
「ラスト1周だし、流石に勝ったんじゃない?」
「どうかな」
お姉ちゃんが丁寧にフラグを建築している。
いつもいつも、こうやって調子に乗っていると負けるのが、お姉ちゃんだ。
「ショートカット!ショートカット!無敵!」
「あ、落ちた」
「やった〜また1位だー!」
「…」
やっぱり負けた。最後に落ちたとか言ってたし、本当にお姉ちゃんはゲームが下手だ。
コースを走るだけなのにそのコースから落ちるとか、初心者でもしない。
「…あーーー!京香強すぎ!」
「私が強いって言うより、フウが…」
「何?」
「い、いや?何でもないよー」
「…勉強ね。勉強。はい。勉強するよ。」
「えーまだ早いって…」
拗ねたお姉ちゃんによって、ゲームが早々に終わり、また勉強タイムが来た。…可哀想な梅木さん。
それから結構時間が経ち、なんやかんやあり、梅木さんが帰る時間になった。
「…結局妹さんとは会えなかった…」
「また次ね。多分次は会ってくれるよ。」
「そうだといいなぁ」
「楽しみにしててね」
「うん。じゃ!また今度あそぼーね〜」
「またね」
玄関の閉まる音がした。どうやら梅木さんは完全に帰ったらしい。
「んーーーッ…あ、カエデ。」
お姉ちゃんが大きな伸びをしている。
やっぱり、親友とは言え友達と遊ぶのは多少疲れるらしい。
「楽しかった?」
「うん。」
「…仲良さそうだったね。」
「そりゃあ親友だからね。」
伸びをしながら欠伸をするお姉ちゃん。梅木さんが帰った瞬間にものすごくだらしない。
お姉ちゃんの部屋に入り、ベッドに寝っ転がる。さっきまで梅木さんがいたはずだが、いつもと匂いも変わらず、あまり机の場所も変わってない。
「どうしたの?カエデ」
「…勉強しすぎて疲れた」
「確かに、私も初めて家に友達呼んだから疲れた。」
中学校の時も、家に友達を呼んだことはなかった。友達が少なかったわけでは無いが、学校でも家と同じくらい私たちの距離が近かったせいで、友達を家に呼ぶ、などと考えたことは無かった。
「…勉強は捗った?」
「うん。京香は頭が良いわけじゃないからその分教えることが多くてよく頭に入った。やっぱ人に教えるっていい勉強法だね」
「…」
分かってる。ただの友達だし、本当に、本当に何もないのは分かっているが、何故か私は今、少しもやもやしている。
「とりあえずご飯でも食べる?」
「うん。」
それから、ご飯を食べ、お風呂に入り、勉強をし、結構時間が経ったが、それでもモヤモヤは晴れず、結局モヤモヤは増えていくだけだった。
なので、明日は優子を家に呼ぶことにした。お姉ちゃんがお風呂に入ってる間にやり取りして、明日の朝10時に来ることになった。
(カエデ) 明日一緒に勉強しない?
(優子) カエデからのお誘いなんて珍しいね。いいよ。どこでやるの?
(カエデ) 私の家
(優子) えっ!…いいの?カエデ、頑なに家だけはダメ!って言ってたじゃん
(カエデ) まぁ、とにかく、大丈夫になったの。何時に来る?
(優子) 私が決めていいなら10時が良いな、勉強次いでに遊びたいし。
(カエデ) 分かった。じゃ、また明日
(優子) またあした
お姉ちゃんには言わずに優子を家によ呼ぶ。
夜、寝る直前にお姉ちゃんに言って、驚かせる。
ちょっとした、せめてもの仕返しだ。
「あ、カエデ、カエデもこれから寝るの?」
「うん。」
洗面所で、歯磨きをしようとしたらお姉ちゃんがいた。もう11時で、歯磨きをしてるにはちょっと遅い時間だ。
「遅いね。勉強してたの?」
「勉強半分他半分って感じ。今日はいっぱい勉強したしね。休日はやる気出ない」
このやる気のなさで学年トップ帯なのだから、やっぱり、私たちの遺伝子は違うと思う。明らかに差がある。胸だって大きいし、頭だっていいし、スポーツ出来るし。
不公平だ。
「…もちもち」
「…急に触られるとビックリするんだけど。」
「その割には全く気にして無さそうだけど」
「カエデに胸触られたって、別に大丈夫だし。ただ、突然だと流石にちょっと驚く。」
ふつう、急に胸を触られたらもっと驚いた反応をするはずだが、お姉ちゃんは違う。
まぁでも、いつでもこのもちもちを味わえるのは明らかに役得、妹得なので、良しとする。
「…させないよ?」
「なんで?カエデは私の胸触ってるんだから、私はカエデの胸を触る権利、あるでしょ。」
お姉ちゃんが胸を触ろうとしてくる。お姉ちゃんに比べたら無いに等しい胸を。
私はお姉ちゃんだろうが、胸を触られるのは絶対に嫌だ。私の体の触っちゃいけない部分として決まっているのでお姉ちゃん分かっていてやっている。
「前からダメって言ってるでしょ?」
「それはカエデが寝てる時、じゃなかったっけ?」
「いつでもだよ。」
確かに、ダメだと言ったのは、相当昔、一緒に寝てる時の話だが、ベッドでは、と付けた記憶はない。というか、普通に考えて、普通にダメだ。…今触ってる私が言う事じゃないと思うけど。
「…なんか変な気分になりそうだからそろそろやめて?」
「いつも変な気分でしょ。お姉ちゃん。」
「いや、ベクトルが違う変な気分。」
なんだか身の危険を感じたので、胸を揉んでいるこの手を離す。
そのままお姉ちゃんの隣で歯を磨き、お姉ちゃんの部屋まで付いていく。
「?そうしたの?カエデ。」
「今日は一緒に寝よ。」
「よろこんで。」
いつも通り、慣れた手つきでお姉ちゃんの布団で寝っ転がる。隣にお姉ちゃんが来て、そのまま抱き着く。
「今日のカエデは甘えたいモード?」
「…モヤモヤモード。」
「なにそれ」
お姉ちゃんも私を抱き締める。いつもよりちょっと強く抱きしめると、お姉ちゃんも同じように少し力を入れてくれる。
「…やっぱりハグは気持ちいいね。」
「…うん。」
ハグは本当に良い。気持ちが安らぐし、不安も解消される。モヤモヤだって少なくなっていく。
「どう?カエデ。モヤモヤは晴れた?」
お姉ちゃんが私の頭をなでながら言う。
子ども扱いみたいで恥ずかしいが、それよりも心地よさ、安心感の方が強い。とにかく心地がいい。
「…子ども扱い…しないで…」
「もう眠い?ほら、今日はこのまま寝な。」
想像以上にとろけた声が出てしまった。今日は勉強時間というか、集中している時間が長すぎたみたいだ。
私は、お姉ちゃんの腕の中、安心感と心地よさに包まれながら眠った。
…明日優子が家に来ることを言い忘れ、スマホにアラームを設定するのも忘れて。