テスト開始
「遅いよ、お姉ちゃん。」
「ごめん…顔洗ってくる」
朝、顔洗うのは正直めんどくさい。しかも冬場はものすごく冷たいので、本当に嫌だ。ただ、嫌だ嫌だと言って顔を洗わなかったら汚い。汚い方がもっと嫌だ。
朝は本当に嫌な事が多すぎる
「もう私食べ終わっちゃったよ。リビングの机の上にパン置いといたから、食べて。」
「ありがと…」
布団の中では元気だったのに、いざこうなるとまた弱々になってしまう。
ゆっくりと、カエデから与えられたパンを食べる。
「お姉ちゃん、相変わらず寝癖やばいね」
ゆっっっくりとご飯を食べていると、カエデが櫛で私の寝癖の酷い髪を直してくれる。朝だけは立場が逆転して、カエデがお姉ちゃんのようになる。これはこれで面倒見の良いお姉ちゃん属性のカエデが見れて好きだ。
「お姉ちゃん癖っ毛すぎ」
「双子なのになんでカエデは癖っ毛じゃないんだろうねぇ」
「私達似てないから」
カエデはちょっと、似てないに固執し過ぎてると思う。確かに似てない点ではあるけど、似てないから、を強調する必要は無いと思う。
パンを食べ終わり、カエデの櫛タイムも終わってしまった。朝の楽しみが早速一つ消えてしまった。
「…お姉ちゃんは相変わらず歯磨きはめちゃくちゃ丁寧だよね」
「何事も綺麗が一番だからね。特に歯は大事。」
ちっちゃい頃から、親に、虫歯は辛いよ〜、と言われて育ったので、歯磨きがめちゃくちゃ丁寧にするようになった。これはメリットだが、代わりに綺麗にしすぎて、幼くして知覚過敏になってしまった。これは結構大きなデメリットだと思う。
「私もお姉ちゃんにつられて特に歯磨きは丁寧になっちゃったし」
「いいことじゃん」
歯は真っ白で綺麗なのが一番だ。笑顔のときに見える歯が真っ白だと、笑顔の品も上がるというやつだ。
「今日のテストは大丈夫そう?カエデ」
「…はぁぁぁ……」
カエデが大きなため息をついた。カエデはテストが大っ嫌いなので、朝にその話をしたのは不味かったかもしれない。
「どうしたの?でっかいため息なんかついて。」
「テストが嫌だから」
分かってはいたが、やっぱりテストが嫌らしい。
今日は2年最後のテストの日だ。テストは今日を入れて4回。水、木、金、月となっている。
カエデは勉強が嫌いで、毎回テスト前は少しだけしか勉強せず、それでも何だかんだ毎日の積み重ねがあり、50付近をウロウロしてる感じの成績だ。
だが、流石に今回のテストはちゃんとやっているらしく、勉強する度にヤダヤダメンドクサイメンドクサイ、と可愛すぎる駄々こねをしていた。
「不安なの?寧ろいつもより早く帰れてお得じゃん。」
「帰ってきても勉強しなきゃだし。」
「時間はいっぱいあるんだから、合間合間に休憩入れれば大丈夫だよ。」
とはいえ、私も私で勉強が好きな訳では無いので気持ちは分かる。だから、休憩時間はカエデで充電するつもりだ。
「休憩入れてもやだぁ…」
カエデも拒否はしないだろうが一応、機嫌が悪そうな今ではなく、機嫌がいいであろう帰って来てから言う予定だ。そうすれば成功率も高いはず。
「まぁまぁ、とにかく頑張ろ?高校生活で一番大事なテストなんだし。」
「うん…」
いつも通りカエデが椅子の上に置いといてくれた制服を取り、着替える。私はカエデに着替えを見られても全然大丈夫なので、いつも通りリビングでそのまま着替える。
カエデは忙しい時以外はだいたい自分の部屋で着替えていて、毎度毎度部屋戻るのめんどうじゃない?と聞いた事があるのだが、その時は、お姉ちゃんみたいに羞恥心が0な訳じゃないから私。と言われてしまった。
別に私にも羞恥心くらいあるのに。
今日はカエデが何かしてたから、何か私が早く起きちゃった感じで何だかんだいつもより早く起きていたから、珍しく早く準備が終わる。まだ8時15分で、いつもならギリ起きて朝ごはんを食べてるくらいの時間だ。
「カエデ〜今何してる?」
「着替えてる」
「…」
考える必要など無い。
ただ己の欲求に従うだけだ。
とりあえずドアを開け、部屋に突撃する。
「着替えてないじゃん」
「…なんで入ってくるの?」
着替えている最中だと言われたから入ったのに、カエデはゲーミングチェア(椅子)に座り、ちっちゃい単語帳?みたいなやつを見ていた。
それは私もよく勉強に使うやつで、多分、今日のテストの保健の単語がいっぱい書いてあるのだろう。
「保健?」
「うん」
「私も昨日の夜いっぱいやったよ」
「お姉ちゃんに関しては今日でしょ、それ」
私は夜に一気に詰める派で、夜な夜な何時間もぶっとうしでやっている。カエデは一日の勉強時間は私と変わらないものの、休憩と勉強を交互に繰り返してやっている。カエデは私と違って効率のいい勉強方法なのだ。
「保健は範囲が多くて嫌だよねぇ」
「本当に分からなさすぎる」
「しかも今回の保険は難しいらしいよね」
前回の保険は簡単すぎて平均が80超えたくらいだったのだがそのせいで、次のテストは難しくする、と言っていた。
「お姉ちゃんは前回ほぼ100点だし大丈夫でしょ」
「いや、流石に今回は結構怖い」
前回は98点で惜しくも100点を逃した。今回も90以上は取りたいが…問題形式によっては本当に何があるか分からないので怖い所ではある。
「そろそろ家でなくていいの?」
今は8時20分で私にとってはまだ家を出る時間ではないが、カエデからしたらもう家を出る時間だ。
「…確かに、じゃあ行ってきます」
カエデがバッグを持ち、部屋を出ようとする。私は、それを阻止して手を広げた。
「何?」
「行ってきますのハグ」
「そんなのないから」
「じゃあテスト頑張ろうのハグ」
「…」
少し戸惑ったような、少し怒ってるような顔で私を見るカエデ。私の方が背が高いのでやってるつもりはなくても、上目遣いをされているようで何か、良い。
カエデは何だかんだ言ってシスコンなので最終的にハグくらいならしてくれる、…と思う。
「ほら、早く」
だいたい、いつも布団の中でハグなんていくらでもしてるので、そこまで恥ずかしいものでもないはずだ。
「…テストだし、まぁ、良いよ。」
そういい、腕を広げていた私の下に来て、ゆっくりと、優しく抱きついてきた。カエデは、一応腕も背中まで回しているのだが力が弱く、ハグというより触れ合いに近い感じだ。
「カエデ?これじゃただの軽い触れ合いだよ」
「それでもハグはハグでしょ。」
「…いや、違うね」
私は、カエデの背中まで手を回し、思いっきり抱き締めた。本当に思いっきりだとカエデが辛くなってしまうので、密着度を限りなく0にするイメージで抱き締める。
「わっ…急にやられるとビビるんだけど」
「それでもこっちの方が良いでしょ?気持ち良くて」
「…どっちでもいいし」
こっちの方が良いらしい。カエデもそう言っている。
やっぱりカエデは分かりやすくて、本当に、本当に可愛い。
「はい、ありがとう。カエデ」
「…それじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
カエデが家を出ていった。
私は特にやることもないので、リビングの椅子に座り、40分弱まで時間を潰すために、寒い寒いリビングで保健の勉強をした。
§
「テスト嫌だなぁ…」
「私も今回のテストはちょっと嫌」
いつもテストは早く帰れて好きだと言っている優子でさえも今回のテストは嫌らしい。それだけ大事なテストだと言うことだ。
「どうせ優子は今回も1桁台でしょ?」
「今回は流石に断言出来ないよ。みんな本気だろうし」
今回のテストは皆、こぞって勉強して挑んでるので高得点は取れても順位が上がらない、なんて事も有り得る。
「SHR《ショートホームルーム》まであと何分?」
「あと10分。まだ時間はあるね」
最後の最後まで足掻く。朝は得意なほうなのでこの時間は私にとってとても大事な時間となっている。
「保健…マジで意味不明」
「ちゃんと授業受けないからだよ。まぁでも、確かに難しいよね」
保健の範囲は今年一年の全てだ。授業をちゃんと受けていない私は一年分の保険を勉強する必要があり、ものすごく大変だった。
「早く家に帰りたい…」
「今日は早く帰れるんだし、がんばろ」
確かにテストの日はその分帰るのも早いが、それでも嫌なもんは嫌なのだ。
「早く家に帰っても結局勉強じゃん」
「…確かにね」
家に帰っても勉強だ。もちろん、ゲームする時間など、休む時間も十分にあるのだが、それでも勉強をたくさんしないといけないので嫌だ。
「カエデは家近いんだし、その分有利だよ!ポジティブに考えよ」
「…ありがとう」
優子はよくできた人間だ。勉強もできて優しくて人当たりもいい。今みたいに、優子もテストで辛いはずなのに私を慰めようとしてくれている。
「杉と姫咲は大丈夫かなぁ」
「杉はともかく姫咲は心配だね」
杉はいつも私と同じくらいの成績だが、姫咲は酷い。評定平均はそこそこだが、テストの点数はどうしても低い。特に数学は壊滅的だ。
情報系なのに。
「そろそろSHR始まるよ。最後の大詰め。がんばろ!」
「…不安しかない」
あと数分でSHRが始まる。SHRといっても、先生が一瞬だけ来て、一瞬で注意事項を言うだけの、形だけのSHRだ。
「フウー遅いよ~。もうSHR始まるよ?」
「ごめんごめん。適当に過ごしてたらいつの間にかこんな時間になってた」
お姉ちゃんがやっと来たらしい。一緒にいる親友(多分)さんが、やっと来たの?的なことを言ってたのを聞いていたので、多分、来ているのだろう。
「テストの日でもいつもと変わらないねぇ全く。」
気になってしまい、お姉ちゃんの方を見る。すると、お姉ちゃんの親友さんの、梅木さんが、元気にお姉ちゃんと話をしていた。
お姉ちゃんの親友の梅木さんはいつも元気ハツラツで毎日が楽しそうだ。テストは苦手だと聞いたことがあるが、テストの日でも何だかんだ元気に見える。
「…そんなに京香さんのこと気になるの?」
「え?梅木さん?…なんで?」
「超凝視してたから」
確かに、お姉ちゃんのほうに視線を向けてはいたが、そこまで凝視していたわけではなかった…気がする。
「確かに京香さんは人目を惹く容姿でいつも元気で、気になっちゃうのは分かるけど…」
「…え、いや違うよ?見てはいたかもだけど気にはなってないよ?別に」
「…じゃあなんで見てたの?」
「見てたのは梅木さんじゃなくて、こんなSHRギリギリで来る人いるんだ。って思って、その人を見てただけ」
お姉ちゃんをお姉ちゃん、以外の呼び名で言うのが憚られたので、変な言い回しになってしまった。
梅木さんを見ていた訳では無いが、SHRギリギリに来た人がいたから見たという訳でもない、お姉ちゃんじゃなかったら見てなかった。ので、半分嘘で半分本当だ。
確か、優子と梅木さんは同じ図書委員だったはずだ。だから2人は仲がいいのかもしれない。…だとしたらなんだと言うのだろう。
「確かにこの時間は結構遅めだね…でもそこまで気にすることではなくない?」
「…まぁ、確かに」
「って、そう言えば名字同じじゃん。カエデとフウさん。柏葉!」
「…え、…うんうん、確かにそうだねー」
担任の佐藤先生は、点呼の時には名字で呼ばず、名前で呼ぶ。何やら、名前とは、親から貰った大切なものだから、名前で呼びたい、的なことで、名字で呼ばれることはないので意外とバレてなかった。が、優子は普通に覚えてたらしい。
「べ、別に名字が同じくらい普通でしょ。」
「でも珍しくない?柏葉」
「…でも同じ名字の人なんていっぱいいるし、別に同じ名字だからって姉妹だと決まった訳じゃないし。双子とかじゃないから別に。」
「え?どうしたの急に。別にそんなこと疑ってすら無かったけど…」
…もしかしたら何か余計なことを言ってしまったのかもしれない。疑われてると思って勝手に暴走してしまった。
優子が何やら疑いの籠った目で私を見ている。
「カエデ?今のはどういうこと?」
「…」
こういう時は黙るしかない。口を開けたら何かを喋ってしまいそうで怖い。こうしていれば何かを勘づかれることなんてないだろう。
「それ何か非があるって認めてるようなもんだよ?」
流石は優子。私と付き合いが長いだけある。
…感心してる場合では無い
「いや?なんの事?」
「白々しいよ、カエデ。カエデが嘘つくの苦手なことなんて知ってんだから。私」
もはや為す術なんて無いのかも知れない。
「…どんな嘘?」
「柏葉さん…いや、フウさんと何かあるんでしょ?本当に双子だったり?」
「…」
もうどうしようも無い。…バレるのが優子で良かった。優子は優しいから誰にも言わないでと言えば黙ってくれるはずだ。
ここは覚悟を決めるしかない。
「実は…「まぁ、カエデが秘密主義なのは昔からだし、無理して言わなくていいよ。」
「…優子……」
やっぱり優子は優しすぎる。ここまで優しいと罪悪感が大きすぎる。
今度お姉ちゃんに言って優子だけには柏葉フウと柏葉カエデは双子だって事を言おう。
私はそう決意した。
「それで…本当に京香さんとは何も無い?」
「うん、本当に何も無いよ?」
「本当に?」
「うん。まぁ別に、どうでもいいでしょ」
「良くない」
優子にしては中々に怖い顔をしている。何故こんな顔をさせてしまったのか、本当に分からない。…どうでもいいと言ったのが悪かったのかもしれない。
「ご、ごめん。でも本当に何も無いよ?梅木さんとは」
「そう?ならいいんだけど…ごめんね?しつこくて。」
「別に全然気にしてないよ。そんな事より今度、優子の言うことなんでも聞くよ、私」
「急にどうしたの?」
優子への罪悪感が拭えないので、せめてもの償いとして、優子の言うことを聞く。
「いや、秘密が多くて優子に申し訳なくて…」
「別にいいのに。まぁでも、貰えるなら貰っとくよ。ありがとね、カエデ」
優子は優しいから無茶なお願いは多分絶対にしないから安心できる。
「皆さん、SHRを始めますので席に着いて下さい。」
佐藤先生が教室に入ってきて、軽めのSHRが始まった。
「大丈夫だとは思いますが、一応、制服と、机の中はきちんと確認して、バッグは廊下へ置いてください。それでは、SHRを終了します。みんな、テスト頑張ってね!」
爆速でSHRが終わった。テスト担当は担任では無い。規則性は分からない、適当な先生が来る。ので、佐藤先生は、爆速でSHRを終わらせ、爆速で教室を出ていった。
「爆速だね…SHR」
「流石佐藤先生…」
「じゃ、バッグを廊下に持ってって、後はテストだけだよ。がんばろカエデ」
「うん。…全てを出し切るぜ!」
「…カッコつけても結果は変わらないよ」
やっぱり優子は時々毒を吐く。珍しい優子を見れたのでちょっとテンションが上がり、気合いが入った。
「それではテストを配ります。」
保健のテストが配られる。どうやら筆記はなく、全て記号みたいだ。珍しい優子とプラスして、更にやる気が漲ってきた。
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
「始め!」
始めの合図とともに、高校生活で一番大切なテストがスタートした。