うみのぶとうかい
海ブドウは海藻の一種で、沖縄などの温かい海で生息しています。
茎に丸いツブツブの小枝がついており、ブドウに似ています。
霜月透子様主催のひだまり童話館『10の話』参加作品です。
ここは魚たちがくらす海の世界。
岩場でイカの親子がおはなしをしていました。
「ねえ、パパ。あたしこんど、ぶとうかいに出ることになったのよ」
イカの女の子の言葉をきいて、イカのパパはうれしそうに答えました。
「おお。マリカ。武闘会に出るのか。それはいいことだぞ。たたかいかたを教えるぞ」
イカのパパは、長い二本のあしをシュシュッとふりました。
「負けそうになったら、あいての顔にスミをふけばいいぞ」
「なにをいってるのよ、パパ。たたかったりしないのよ。踊る方の舞踏会なのよ」
イカのマリカちゃんは、その場でゆらゆらとおどりました。
マリカちゃんが言うには、こんどおさかなさんたちが集まってダンスをするのだそうです。
「なんだ。そうだったのか。ダンスの方でも、マリカは一番をめざすといいぞ。パパがお手本をみせてやるぞ」
イカのパパは十本の足をくねくねと動かして、おどりました。
そして、くるくると回りながら、スミをふきました。
イカのパパのまわりにスミがふわりとひろがって、ふしぎな感じになりました。
「うわー。パパってすごいのよ。こんなスミの使い方があるのは知らなかったのよ」
マリカちゃんは、長い足でパチパチと拍手しました。
「でも、パパ。このスミが広がったら、みんながよごれるのよ」
「あたりまえだぞ。そういう作戦だぞ。みんながきたなくなれば、マリカが優勝だぞ」
「それ。だめなのよー。あたしはズルはしないのよ」
イカのパパはそれをきいて、少し考えました。
「それじゃあ、きれいなアクセサリーで勝負をすればいいぞ」
イカのパパは、どこからかワカメのドレスと、うみぶどうのネックレス、それにサンゴや貝がらのかざりなどを持ってきました。
「わあ。パパ、きれいなのよ。どうしたの? これ」
「はっはっは……。こんなこともあろうかと、そろえておいたのだぞ。さあ、マリカ。これをつけてダンスの練習をしてみようか」
「わかったのよー。ありがとうなのよー」
マリカちゃんはよろこんで、ワカメのドレスを身にまとい、かざりをつけ始めました。
うれしそうなマリカちゃんを見ながら、パパはマリカちゃんにきこえないような小さなこえで、そっとつぶやきました。
「パパが自分で使うつもりだったことは、内緒だぞ」
そして舞踏会の当日になりました。
マリカちゃんは、海の広場にたくさんのおさかなさんたちが集まっているのを見て、どきどきしました。
「マリカ、がんばるんだぞ!」
イカのパパが、大きな声で応援します。
おさかなさんたちのダンスが次々に披露されるなか、ついにマリカちゃんの番がやってきました。
ワカメのドレスをひるがえし、サンゴのかざりをきらめかせながら、マリカちゃんは軽やかにおどります。
ゆらゆらと流れるような動きに、みんなが見とれました。
と、そのとき、ちょっとしたハプニングがおきたのです!
おおきなカレイくんが、うっかりヒレをひっかけて転んでしまいました。
「だいじょうぶ?」
マリカちゃんは、すぐにカレイくんを助け起こしました。
カレイくんは、少してれたようにほほえみました。
「ありがとう、マリカちゃん。君のダンス、とってもすてきだね!」
そんなやりとりを見ていたおさかなさんたちが、拍手をおくります。
ぶとうかいが終わり、結果の発表時間になりました。
「今回の舞踏会の優勝は……マリカちゃん!」
マリカちゃんはびっくりしました。
「えっ? 本当なのよ?」
審査員のクラゲさんがにっこり笑って言いました。
「とてもすてきなダンスだったし、やさしい心もすばらしかったからね」
「優勝おめでとう、マリカちゃん。またいっしょにダンスをしようね」
カレイくんは、かっこいい流し目でそう言いました。
イカのパパは大よろこびです。
「マリカ、おめでとう! やっぱりお前が一番だぞ!」
マリカちゃんは、パパといっしょにうれしそうに笑いました。
「ありがとうなのよ! パパの応援とドレスのおかげなのよ!」
海の中に、たくさんの笑顔が広がりました。
こうして、イカのマリカちゃんの舞踏会は、大成功に終わったのでした。
* * *
「偉文くん。イカの絵は見覚えがあるんだよ。お姉ちゃんが描いたやつだよね」
「そう。胡桃ちゃんにもらった絵でお話をつくったんだ」
安アパートでひとりぐらしをしている僕の部屋に、いとこで小学生の暦ちゃんが遊びに来ている。
暦ちゃんは僕のかいた絵本の案を見ている。
「ふうん。この絵本、おもしろいとは思うけど、他の魚のダンスのシーンをもう少し入れた方がいいんだよ」
「いやあ、それだと他の魚の絵もいれないといけないからね。かいてはみたんだけど」
そう言いながら、僕はボツした舞踏会の絵を出した。
魚たちのダンスシーンをかいた絵だけど、自分でみてもヘタすぎた。
「またお姉ちゃんにかいてもらうといいんだよ」
そう言いながら、暦ちゃんは机にあったスナック菓子のふくろを開けて、ポリポリと食べている。
いつものことだけどね。
「まぁ、いつも頼むわけにもいかないから、絵も上達するように練習するよ」
僕が言うと、暦ちゃんはニコッとわらった。
この顔はまた何かへんなことを言おうとしているのか?
「ここで問題だよ。イカの女の子がひなたぼっこをしていて、ねてしまいました。どうなったでしょうか?」
いきなりなぞなぞ? 何だろう?
イカを干すとスルメになるよな。
「わかった。『こんなことは、にどとスルメェ』って言ったんだ」
「ぶぶー。ちがいます。ひあがって、ゲッソりとなったんだよ」
たしかにイカの足をゲソっていうけど……暦ちゃん、よく知ってるね。