第十二話 策略
ゾゼ国の王であるゼシウスは、ただ父から王位を受け継いだだけのお飾りの王だった。前王の代から仕える臣下たちにそのまま国のすべてを任せっきりで、自身は女をはべらすことくらいしかしていない。唯一国の為にしたことといえば、正統な後継者を作ったことだけだ。
国の重要な部分を担うのは、建国のときに初代王が定めた三つの公爵家、アポロア家、テミス家、フィー家である。
「さてどうしたものか……」
口を開いたのは最年長のアポロア公爵家当主、ダーシー・アポロアだ。城内にある一室に三家の当主が集まり、円卓を囲んでむずかしい顔をしていた。
アポロア家の現当主は齢50を超える国の重鎮だ。次代のアポロア公爵は今は宰相として国に仕えている。テミス家の当主は40を過ぎたところで、嫡男は現在10歳。次期公爵として教育中。フィー家は、前述した通りザルバロが若くして爵位を継いだ。前公爵は、愛妻と共に領地運営を精力的にこなしている。
三公は、王家の交代を計画していた。現王が子種を撒き過ぎたからだ。
正妃であるエリスの子は第一王子で継承権第一位だが、病弱だ。第二王子は平民の側妃の子で、母はすでに亡く後ろ盾になる家も無いため、本人の希望により間もなく継承権を放棄することになっている。第三王子は王のお気に入りで、騎士として実績があり政務をこなすのにも問題はなかったが、神女であった母を持つ。神女の血を引くものが王位に就いたとなれば、神殿の勢力が増すため、それを良しとしない派閥もあり揉めること必至だ。
王子として認知されているこの三人も、絶対に揺るがない地位にいるわけではない。
そんな中、ゼシウスが蒔いた子種は数知れず。
平民の娘の子ならば、王位には就けないと一蹴することはできる。しかし、後先考えずゼシウスが手を出した王宮の女官や侍女の中には貴族家の娘もいる。もちろん、王宮に仕官していない令嬢にも手を出していた。親に言われて密かに堕胎した娘らもいるが、道義に反する行為だがこれを機にと出産させた家もある。
正妃エリスは侯爵家出身だ。つい先日、「我が家は侯爵家で、娘は妃ではないが王の子を産み、子は健常に育っている」と名乗り出た家がある。その家の当主、ヘラグス侯爵はその子に継承権を寄越せと言ってきた。
これが発端となり、以前からそのような計画はしていたが、早急に王家を交代する必要があると、三公で話し合うことになったのだ。
「ヘラグス侯爵の言い分を認めればきりがない」
「認めるわけにはいきませんね。ほかにも名乗り出てくる家があるでしょう」
「早急に王家の交代を」
王は行動を監視されている。どこで何をしていたか、特に女性のリストはしっかりと作成されていた。もちろんヘラグス侯爵令嬢の名前も載っている。なので関係があったのは確かで、産んだ子の父親は王だという調査は済んでいた。それなので継承権を、というのは正当な訴えではある。が、それを認めてしまえばほかにも名乗り出てくる家があるだろう。そうなれば収拾がつかない。
「やはりここは、マテアを後ろ盾に持つフィー公爵が立つべきだろう」
「そうですな」
「ふむ……」
アポロア公爵が言うと、テミス公爵が同意した。ザルバロは、まあそうなるよな、と思いつつ考える仕草をする。
マテアは、世界第二の国土面積を誇る大国だ。肥沃な土地では農作物が良く育ち、他国からの移民も多いため様々な技術によって商業も発展している。特に金や鉱物、石油などの採掘がさかんで、それに伴い採掘技術の発展は目ざましかった。
そんな大国の王家の血を引いているフィー家は、次の王家に一番相応しい。マテア側からも、王家交代の際には力添えを、と申し出てきている。それではマテアの属国になるのでは、と危惧するものもいたが、マテアはそもそもゾゼの友好国。マテアもゼシウス個人から被害を受けているので今の関係はあまり良いとは言えないが、現王家が退きフィー家が立てば、関係は対等な同盟国となる。
三公の話し合いでは、フィー家を次期王家と定めることとなった。
「このままでは、ジスに王位を取られてしまう……」
そんな臣下の話し合いなど知る由もなかった王妃は、王のお気に入りである第三王子ジスの存在だけを気にしていた。
自身の子は病弱で、なかなか王になるのは難しい。それならば、と王妃が思いついたのは、この後最低最悪の結果を招く。
「あなただけが頼りなの」
「はい。ご期待に沿えるよう頑張ります」
ある日、王妃は実家の侯爵家と懇意にしているアンテノール家の令嬢を呼び出した。それは、病弱な息子の、次の代を王にしようという計画のためだった。つまり、きちんとした身分のある令嬢に、息子との子を孕んでもらおうということ。
呼び出された令嬢は、二つ返事でそれを受け入れ、渡された媚薬を持って第一王子の寝室へ向かった。
「アスクレー様、アンテノール侯爵令嬢がお越しです」
「ああ……通してくれ」
第一王子アスクレーに、魔の手が忍び寄る……。