第十一話 異変
ジスがザルバロに連れられて王都へ帰還したあと、セツコは家に戻った。そして、ジスと会う前の生活を送っていたが、ある日異変が起こる。
-ガシャン!
「っ! ……あ、れ?」
家の横にある畑で水やりをしていたセツコ。突然目まいがして、ジョウロを落とし地面に伏せてしまう。
「セツコ? 大丈夫?」
「あ……エコル……」
側で手伝いをしていたエコルがすぐに気づき、セツコを心配そうに見ている。
しばらくすると不調は治まったので、よろよろと立ち上がりエコルに促されて家に入った。
「今日はもう休んだほうがいい」
「そうね、そうするわ」
軽く汚れをはたいてベッドに横になる。今のセツコに着替えるほどの余裕はなかった。
それ以降、セツコの体調は不安定だった。ひどく貧血のような目まいを感じる日があれば、まったく問題ない日もある。なるべく元気な日に活動して家事などをこなしていった。
今日は調子がいいな、という日に村に買い出しに行ったセツコ。売り物にしているポーションも、少しだけ持っていった。
「あらセツコちゃん。お久しぶりね?」
「こんにちは、サリーさん。ちょっと体調が悪くて」
「まあ、それはいけないね」
「今日は大丈夫だったから、買い出しに。あと、これお願いします」
「はいよ。少し待ってね」
持ってきたポーションを、道具屋の店主の妻で、店番をしているサリーに渡すセツコ。待っている間、店内のイスで休ませてもらった。
「相変わらずの高品質! 高値で買わせてもらうよ。お見舞いもつけといたからね」
「えっ、そんな」
「体にいいもの食べて、元気になっておくれ」
「……ありがとう、サリーさん」
普段からよくしてもらっているセツコは、恐縮しながらもその温かい心を素直に受け取った。
そして食料品が多く並ぶ屋台市場へ向かうと、体調が急変した。
「っ……」
漂ってきた香ばしい肉の焼ける香りを嗅いだセツコは、吐き気をもよおした。
しかしこんなところで吐くわけにはいかない、とこらえて市場から離れるセツコ。噴水広場まで来たところで、ベンチに腰掛け不調が治まるまでしばらく待っていた。
一方その頃王宮では、ヤキモキしたジスが執務室をうろうろしていた。
「殿下、狭い室内でそううろうろされては、はっきり言って邪魔です」
「はっきりしすぎだ、ビズ」
自身の仕える主であり国の第三王子に対して無遠慮に不敬な口を利くこの男は、気心の知れた側近ビズ・ロイン。ロイン子爵家の次男である。
「そんなに気になるんですか? 我々が、あなたのいない穴を何とか埋めようと必死に筆を動かしているときに蜜月を過ごしていたご婦人のことが」
「トゲがすごいな……」
「お気づきいただけてよかったです。嫌味が通じたなら、よもや仕事をほっぽり出してまたヘコリーン山まで飛んで行ってしまわれることもありますまい」
「そう言うな、ビズ」
ほんとうなら、今すぐ飛び出していきたいところをこれでもジスは抑えているのだ。自分の立場が、勝手を許さない。
「殿下に想う女性ができたのは、大変喜ばしいことなのですけどね」
「……ああ、そうだな」
長く仕えてきたビズは、この顔が良い主人が色恋で苦労してきたのを知っている。国随一の美しさに王子というオプションまでついてくるのだ。群がる令嬢を蹴散らすのも、ビズの仕事だった。
「さて、どうしましょうかね」
「どうにかしてくれる気があったのか」
「まあ、一応。ご主人様の幸せのために、ね」
「…………良い友人を持ったな、俺は」
この国は、崩れはじめていた。
そして、次代への企みはすでに、水面下で動いている。