不穏
「あれ?今カイ君いなかった?」
日が上り皆がその場で徐々に起き始めた。
呆然と立ち尽くすスライをトンマは見つめている。状況を見かねたトンマは、スライとカイス2人で釣りに行かせることにした。
状況を把握したマイコがカイスを連れ戻し優しく声をかけている。やがて申し訳なさそうにカイスはトンマとスライの元へとやってきた。
「夜には戻ってこい。わかってるな?今日は皆が待ち望んだニブルヘイムなんだ。んで必要なのは…とりあえずお前らいいな。仲直りだ。そして良い釣りを」
トンマの提案に従い、2人は少し距離を取りながら河へ向かうことに。差し出された釣竿を受け取ると気まずい雰囲気で言葉を交わさずに運河へと向かう。
5分ほどで着くはずの運河への道のりも遠く感じる。徹夜したせいもあってか足が重いのだ。
運河に到着するも落ち着かなく歩き続け洗濯場を通り過ぎ気づけばかなり遠くまで来てしまった。そして徐にそれぞれ少し離れた場所で糸を垂らす形となった。重苦しい空気が漂う中、ようやくカイスが声をかけてきた。
「スラ君、ごめん。僕が大人気なかったよ」
その言葉にスライは一瞬驚いたが、すぐに息をつき、軽く笑いながら答えた。
「いや、事情はどうあれ絶対俺が悪い。本当に悪かった。ほら、この通りだ」
そう言うなり、スライは突然川へ飛び込んだ。
「えっ!」
驚いたカイスはその場に固まり、慌てて川を覗き込む。
「スラ君!!」
やがてスライが水面に顔を出し、大きな魚「ウィーミースタン」を手に掲げて叫んだ。
「ぶはーっ!へへっ、手づかみだ!」
「もう、スラ君ってば……」
カイスは呆れたように笑みを浮かべる。スライはカイスの手を借りて川から上がり、そのまま地面に大の字になった。
暖かな陽射しの下、2人は疲労と徹夜の影響でそのまま眠り込んでしまった。
目を覚ますと、辺りは薄暗くなり始めていた。カイスはすでに起きており、川を眺めながら釣り糸を垂らしている。
「やべえ、寝過ぎた」
スライが慌てて起き上がると、カイスは振り返りながら支度を始めた。
「お寝坊さんだね。そろそろ戻ろっか」
帰り支度を整えながら、スライが話を切り出す。
「ニブルヘイム、いよいよだな」
だが、カイスは反応しない。様子がおかしいことに気づいたスライが尋ねる。
「どうしたんだ?」
「スラ君、なんかおかしくない?」
カイスは教会の方角を見つめている。
「おかしいって、何が?」
スライも辺りを見回し、耳を澄ませる。すると、市街地の方から聞き慣れない叫び声のような音が聞こえてきた。
「……なんか騒がしいな」
「うん。少し様子おかしいみたいだね」
2人はすぐに荷物をまとめ、立ち上がった。
「急いで宿に戻ろう。走ればそんなに時間はかからないはずだ」
そう言って踏み出そうとした瞬間、カイスが逆の方向へ駆け出した。
「カイ?どこ行くんだ?」
「スラ君は先に戻ってて!僕は念のためクラン協会に寄って状況を確認してから戻るよ。もしもの場合は噴水広場集合だったでしょ?おかしなことがあれば、そこで合流しよう」
「でも……それなら戦闘職の俺が」
「大丈夫。きっと大事にはならないさ。ここはソーンの街中だよ?」
カイスは笑顔を浮かべ、階段を駆け上がる。そして振り返りながら言った。
「僕だって、回復職だけじゃないからね」
その言葉にスライは一瞬躊躇したが、深く頷く。
「分かった。でも、無理はするな。絶対に!」
「分かってる。それに、それはお互い様だよ。スラ君も気をつけて」
「おう。じゃあ、後でな!」
そう言葉を交わすと、2人は別々の方向へ走り出した。
宿までの道中は静かだった。
昨日とはまるで違う。そう静かなのだ。一番活気溢れる夕刻だというのに人気がないのだ。
…おいおいどうなってんだ?
路地を曲がり屋根を駆け上がり宿までの道のりをショートカットする。
そして最奥の宿まで戻ったが宿の扉が開け放たれている。
足音を極力抑えつつスライは入口へと近づいていく。
誰もいない宿屋、異変を感じつつスライはロビーへ向かうがそこには受付の村人もいない。
…おかしいな…
受付には係りの者が飲んでいただろうまだ湯気の立つカップが置かれている。それを何の気なしに見つめていた時だった。背後に感じた殺気にスライの身体が反応しその何かが放つ一撃を飛び跳ねるようにかわした。
かわした先見たその何かにスライは驚きが隠せなかった。そこにいたのはフィールド上にしか存在しない異物。高レベルモンスターのハイオークだった。
…なん…で、ここに、ハイオークが…!?
いつもの習慣ですかさず腰に手を当てるもそこに使い慣れた剣はない。
…しまった…修繕に出してたんだった。丸腰でハイオークと闘う事になるなんてゲーム世界でもやった事ないぞ…
ハイオークの主装備はローエンガルデと呼ばれる巨大な斧だが今までに見た物とは少し違い微かに紫色に輝いて見える。
「なんだ?普通じゃねえな」
まるでスライを最初から狙っていたようにハイオークはゴォォォォと言う叫び声と共に斧を振り回し辺りの家具や壁を破壊しながら突進してくる。
攻撃を避けるも狭い空間では魔法も使えない。
考えていても攻撃は止むどころか避ければ避けるほど増してくる。
「くっそ、なんとかしねえと!」
そう打開策を考えていた時だった。
背後の壁が膨張するように破裂し炎上、辺り一面が火の海と化す。
意表を突かれた形で吹き飛ばされた先にハイオークの攻撃が待っている。
飛ばされながらもハイオークの振り回す斧を避けたが腹部を擦り服が裂け浅い傷から血が浮き出る。
吹き飛ばされながらも着地し体制を整えようとしたがハイオークの動きが予想以上に早く既に次の攻撃に入っていた。
…まずい!避けれねえ!!
振り落とされた斧が自身の頭上に迫る。咄嗟の判断でハイオークの股下を擦り抜けるがさらに次の攻撃が始まっている。
…なんだこいつ!やけに攻撃が早い!
横に振りぬかれた一撃に覚悟するも眼前のハイオークが受付カウンター側に吹き飛んで見えた。
「大丈夫かスライ!!」
横から一撃を加えたトンマがお馴染みのポーズで構えながらハイオーク諸共吹き飛ばした入口からゆっくりと入ってくる。
「トンマ!!無事だったか!てかなんなんだこれは!」
「わからんっ!何故かハイオーク共が街中で暴れまわっている。お前らが釣りに行ったすぐ後の事だ。」
「みんなは!?」
「マイコを筆頭に居残り組には街中の人達を避難させるよう指示した!カイスはどうした?」
「あいつなら…クラン協会に。」
「そうかなら俺達もここを離れるぞ。非常事態の際は噴水広場集合としてあっただろ。心許ないがお前はこいつを使え」
トンマが普段盾ではなく使っている片手剣を渡す。
「いいのか?」
スライの問いにハイオークにとどめを刺しながらトンマがニッコリと笑顔で応える。
「俺のもう一本はこいつのを使う…ってなんだこりゃ、バフでもかかってんのか?」
そう言ってハイオークのローエンガルデを拾い確かめている。
「とりあえずここはもうダメだ。外へ出よう」
燃え始めた宿屋から外の路地へ這い出るよう二人して脱出しまだ燃えていない方へと走り出す。
「トンマ、他には?居残り組って言ったよな?他に誰か出かけたままなのか?」
「いや、それが…」
トンマがスライの問いに答えようとした途端前方から自身の身体に炎を纏ったハイオークが3体現れこちらへとゆっくりやってくる。
「リビングデッドオークだと!?」
二人共に構えるがトンマがスライの前に出る。
「お前は先に行け!」
「何言ってんだ!あんなの3体とソロでやり合うつもりか!?無茶だ!」
「マーケットに行ったハルとアッちゃんが戻ってねえ!お前はそっちを頼む」
「え!でも1人じゃ…」
だがトンマはそんなスライの不安そうな顔にいつも通りの笑顔を見せる。
「おいおい、俺を誰だと思ってやがる?
レッジョのマスター、鉄壁の盾トンマージ様だぞ。必ずここを抑えて合流する。
だから俺を信じてあいつらを助けろスライ!!お前にしか出来ねえ!だろ?」
そう言ってスライの肩に優しく手を当てる。
「わかった!絶対死ぬんじゃねえぞ!」
「へ、当たり前だぜ。さあ行けっ!」
いつまでも心配そうな顔をしたスライだったが決心した。ここでトンマとこのオークを倒すには時間がかかる。それならば自分がハルとアッちゃんを捜しすぐに合流すれば少なくとも4人パーティを組み連携出来る。マーケットには武器もある。ハルとアッちゃんが善戦してる事に賭けるしかない。
「必ず戻るからな!トンマここで耐えてくれ」
…いい顔だ。戦闘になるとお前はいつもその顔になる。
「俺が敵視を集める!お前は俺を飛び越えてけ!!行くぞ!うおおおおあああああ!!!!」
黒龍の斧が右のオークを捉え左のローエンガルデがもう一体のオークに突き刺さる。そして3体目にはすかさず前蹴りを入れ見事に3体の敵視を得るとスライがその背後から身軽に飛び越えていく。その後姿を見つつトンマは軽く笑った。
…スライが間に合えばハルもアッちゃんも大丈夫だろう…ならばここは俺の頑張りどころ!!
両手の斧を振り回し3体を吹き飛ばすと再度トンマは構え直した。
「さあ、来やがれクソ野郎ども!!俺様が相手だ!!」