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東京オフライン戦記  作者: ジンエジャール
3/10

世界置換①

はじめまして。

初めての小説です。

これは復讐の物語です。

初心者のため至らない部分も沢山あるかと思いますがどうぞ宜しくお願いいたします。

…強制ログアウト?


慌てて端末のランチャーから再度ログインを試みるもエラー表記が出てログイン出来ない。


…どうなってんだ…まさか…やっぱりサーバークラッシュか?


途端テーブルの上に置いていた携帯端末が鳴り響いた。

仕事の癖かソファから起き上がるとすぐに通話をタップし雑にヘッドセットを脱ぎ捨てた。


「あ、もしもし!スラくん!ねえスラくん!!」


突然の電話に驚くもハルの声に安心した。


「なんだハル坊かビックリするじゃん」

「なんだじゃないよ!大変なことになってる!」


ハルの声は慌てている。


「公式サイトからSNS!!」

「お、おう。ちょっと待ってくれ今…え…嘘だろ…サーバーシャットダウン!?」


ハルの言葉通り携帯端末でペインレスワールドの公式サイトとSNSを表示させるとアナウンスがされていた。


ーープレイヤーの皆様へ


先ほどゲーム内におきまして原因不明の高出力負荷を確認しサーバーが停止いたしました。ご利用中の皆様には大変ご不便をおかけして申し訳ございません。

現在原因の特定と復旧作業に努めております。情報が出次第公式サイトまたは各種SNSにてお伝えいたします。ーー


「これって…」


不安そうなハルの声が自身の動悸を早くする。


「間違いないと思う…スキュラだ。俺がサーバーを停止させたんだと思う。やっぱあれはサイバーテロ的な何かだったのか…やべえな…」


自身が引き起こしたであろうこの事態に思考が停止する。脈拍が早くなっているのだろう、頭痛のように波打つ感覚が止まない。すると携帯端末に別の着信が入った。


「悪いトンマから着信だ。一回切るな」

「え、うん、てかスラくんどうするの?」


ハルも「引いてダメなら押してみろ」などと軽い気持ちで言ったことを後悔している様だ。


「とりあえずトンマにも説明…だな。あと運営にも連絡する」

「あ、あたしも…」

「ハルは黙ってジッとしとくんだ。こんな大事になったんだ。開けた張本人は俺だし。何かあればすぐ報告すっから」

「ダメだよそんなん。何かあったら3人でって!」


大変なことをしてしまったという罪悪感の様な気分だったがまずはハルを落ち着かせようと思い一旦深呼吸をする。


「心配すんな。俺らは悪い事したわけじゃねえんだ。とにかくトンマに相談するから待ってて」

「…そうだけど、絶対一人でとかダメだよ?」

「わかってるって、ああ余裕あったらカイにも連絡してそう言っといて!じゃな!」

「あ、ちょっとスラくん!」


突然切られた通話にハルは唖然とその場に立ち尽くした。


「切れちゃった…てかあたしカイくんの連絡先知らんてば!!」


スライはハルとの通話を切り即座にトンマに折り返した。


「悪いトンマ。今ハルと話してた」

「おい公式からのアナウンス見たか?てかお前ログインしてたんじゃないか?いったい何が起きた?サイバー攻撃か?」


トンマからの問いに合わせるようにリズミカルな食器を洗う音が聞こえてくるのでスライは少し笑いそうになってしまった。


「いや…実は思い当たる事があってな。トンマには伝えておこうと思う」

「は?おい、お前なんか関わってんのか?」


「多分…」


少し怒ったような口調にやはり罪悪感の様な気分が戻ってくる。


「スラちゃん、なんだって?」


奥からマイコの声が聞こえる。


「こいつが犯人だそうだー!!」


「いやちょっと待て。言い方!」


食器の割れる音が聞こえた。閉店後にマイコが食器洗いをしていたんだろう。知り合いがしでかした事に動揺したのかもしれない。


「まあスラちゃん、どういう事!?」


意外と穏やかな口調でマイコの声が近づいてくる。


「おいトンマ!言い方ってもんがあんだろ!」


気を取り直してトンマを問いただす。


「いいからどういう事か早く言うんだ」


トンマも悪気があるわけじゃないだろう。だが事態を知らない者からすればとんでもない事が起きてそれがどの様に世界中で報道されているかが知れた気がした。


「それがさ…」


捲し立てるトンマを一度落ち着かせ丁寧に最初から説明した。一昨日のカイとの会話から全て。


「そりゃお前巻き込まれたな」


「巻き…え?」


「サイバーテロにだよ。んでどうすんだよ」

「もちろんすぐに運営に連絡するよ。多分…いやていうか俺だと思うし…」


「そうだな…だが騙されてやった事だろう?ちゃんと説明すんだぞ。早い方がいいだろ、報告待ってるからな、その後で俺達が出来ることを精一杯する」


「ああ、うんサンキューな」


「お前一人で抱えんな。お前は悪くない事は俺達が分かっている。お前ら3人が何か罪に問われるようなら俺が話つけてやる」


「大丈夫だよ。そこまで…」

「いや、オレ達の仲だろ?逆の立場ならお前はどうする?」


「確かに…」


先ほどとは違って穏やかなトンマの声に少し泣きそうになった。


「だろ?てなわけで明日はそのネットカフェに行くのか?」

「そうだね。丁度明日は有給取ってたから午前中には行こうかと、まあこの後運営に連絡してみて状況が変わるかもしれないけど」


「港区か…なら帰りにうちへ寄れ。店は貸切にする。来れるやつ募っておくから必ず来いよ」

「みんなにも?」


楽しんでいた・大事にしていた場所を壊した可能性のある自分に対してみんながどう思うか、何て言われるかが急に怖くなった。


「あたり前だろ。俺達レッジョの中で隠し事は無しだ。いいな?」

「そうだな」

「じゃあまた明日…」


「スラちゃん!美味しいご飯いっぱい作っておくからね。絶対に来てね?」

「マイコさん。大丈夫ですよ。必ず行きます」


「あまり思い詰めるな、お前は自分のせいでって思ってるだろうがな、レッジョのみんなはそんなことでな…」

「トンマ話長いわよ」

「あ、まあそうか、とにかく明日待ってるからな」


重い気分で通話を終えようとしたがトンマとマイコの言葉になんだか救われた気がした。


「ありがとう」


その日テレビやネットニュースではペインレスワールドのサーバーダウンが大きな事件の様に拡散された。

それらを目にするたびなんだか悪い事をした犯人の気分だった。

すぐさま運営へ連絡をしたが電話は緊急対応に追われているのか繋がらず、メールを送る事にしたがその日は朝まで眠れない夜となった。


あまり眠れないまま朝を迎え改めて運営やゲーム会社そのものへも連絡したが昨日と変わらず電話は繋がらず、送ったメールも返答がなかった。なんとも重い気持ちのまま運営への連絡は一旦保留しネットカフェに向かう事にした。ネットカフェは都内ながら東京湾に近く最寄駅がなかったためタクシーで向かった。やっとの思いで辿り着いたネットカフェだが未払い料金の支払いだけで大した情報は得られなかった。料金を払いその日作られた会員証だけを受け取りなんとか頼み込んで23番ブースを見せてもらったが、痕跡は何もなく…


「収穫ゼロか…」


腕時計を見るとまだ正午前で10月にしては暖かく日差しが眩しい。恐らく事態の収拾に大変だろう運営には悪いがレッジョのみんなの意見も聞こうと少し早いがトンマの店へと向かった。


ネットカフェからトンマの店は確かに近かった。タクシーで一番近い駅へ向かいそこから地下鉄で10分程、通い慣れた駅へと着いた。トンマの店、木製の扉には本日貸切と書かれた札が下がっておりいつもよりなんだか重く感じる扉をゆっくりと開ける。


カランカランと聞き慣れた鐘が鳴り中を覗き込む様に入ると背丈に合わない椅子に座ってミックスジュースを飲んでるハルと目があった。


「お!スラくん!こんち!」


気の抜けた挨拶に安堵する自分がいる。


「こんち!じゃねーよ。お前今日仕事は?」


「それはこっちのセリフだね。君こそどうしたんだい?」

「俺は有給消化させてもらったんだ」


ハルは飲み終えたミックスジュースのストローを咥えていたかと思いきや器用に鼻の下へとスッと挟み込んだ。


「私だって気になってさ。仕事どころじゃなく…っていうのは冗談で。なんか急に休みになったんだよ」


「は?」


「は?ってなるよね、なんか会社行ったらエントランス閉まってて、他の社員も入れなくてさ」


鼻の下にストローを挟んだまま肩をすくめて見せる。


「お前の会社大丈夫か?」


「倒産したかと思ったよね。でもなんか違うみたい」


「適当だな」


スライは少し呆れた様な態度でハルの前の席に腰掛けた。


「でもさ、なんか今日変だよ。私の会社もだけど、なんかお店もやってないとこが多い気がする。第一朝の満員通勤苦行列車がスイスイ空きまくり快適列車だったもんね」


…確かに言われてみれば、タクシーで向かったネットカフェは東京湾の近くで普段であれば運送会社やトラックがひっきりなしに通る地域だ。常に渋滞している印象だったのでそれを計算し余裕を持って出かけたのだが遠くとも難なく到着してしまい予定よりかなり早くトンマの店に来てしまった。


「ところでどうだったの?」


さっきまでミックスジュースに夢中だったはずのハルは今はナポリタンを相手にしている。器用にフォークとスプーンを使いどんどん口に運び入れていく。ペインレスワールドでのハルのアバター同様に実際のハルも小柄だ。こんな華奢な体のくせに食べたものはどこへ行っているのだろう…などと毎回思わせられる。


「それがな」


スライはハルの身体の不思議のことは一旦忘れ本題に戻る事にした。


「おいおい、ハル坊。気持ちは分かるが俺らも聞きたいんだ。とりあえず集まれるやつは夕方頃には集まるからそれまで待ってくれないか?ほれこれいつもの。スライもとりあえずいつものでいいよな」


ハルに昨日からのことをまとめて話そうとしたがピザを持ってきたトンマが遮った。


「あ、そうだね。みんな来るんだったね。それまで待つかはふっ」


ハルはナポリタンをあっという間に平らげトンマの持ってきたマルゲリータを頬張りはじめた。

しかしこの華奢な身体の胃袋は宇宙にでも繋がってんのか?とスライはまたもやハルの身体の不思議について考え始めた。


「みんなってみんな?」


ハルはキッチンへと戻ってしまったトンマをチラと見やりスライへと視線を戻すも引き続きピザを頬張りながら器用に話を続ける。ただハルの目は笑っていない。きっとこのピザは私の物だというメッセージだとスライは理解した。


「おう。カイも珍しく来るぞ」


キッチンの奥からトンマの大きな声が返ってきた。


「カイが!?」

「カイ君!?」


「おう。なんだお前ら声揃えて」


少ししてから今度は自家製ティラミスと炭酸水の入った瓶とグラスを持ったトンマが目を丸くしているスライとハルのテーブルに戻ってきた。炭酸水はスライのいつものだ。初めてのオフ会の際、酒の飲めないスライのためにマイコが用意してくれたのだがそれ以来お気に入りとなっている。


「いや、だってレアでしょカイが来るなんて!」


炭酸水を受け取りグラスに注ぎながらスライが問うた。グラスに注がれた炭酸水の発砲音が止むのなぜか3人とも見つめつつ待っている。


「確かにな…あのカイがな珍しいよな…まあハルには悪いけど、実は俺とマイコは会った事がある」

「は!?じゃあ何!?カイ君に会った事ないの自分だけ?」


既にティラミスと向き合い始めていたハルが素っ頓狂な声で不満そうに嘆いた。


「いや、というより会った事あるのは俺とマイコとスライぐらいだな」


トンマはそう言うと慣れた手つきで空いた皿をまとめてキッチンへと戻って行く。


「なんだよぉぉ。言えよぉー」


ハルはなんだかふてくされてながらもパクッとティラミスを一欠片口に運び込んだ。


「ほう、そんなに会いたかったのか愛しの…」

「スラ君ぶっとばすよ?」


ハルは真剣な顔でフォークをスライの方へ向けている。


「ああ、すんません」


しばらく緊張していた気持ちが和らいでいく。トンマの店に来たのは正解だった。それからあっという間に時間が過ぎていった。15時頃から次々とクランのメンバーが集まりはじめ17時ちょうど頃最後のメンバーでレアなカイスが恥ずかしそうに来店した。


「みんなお疲れ」


みんなが驚くのも仕方がない。何せカイスはカイスだからだ。アバターそっくりなイケメンな訳で一言で言うとさわやか…いや、イケメンだ。

しかし肝心のハルは恥ずかしそうにしていてカイスとは距離を取っている様に思えた。


まずは全員が集まった記念としてトンマが音頭をとり高そうなシャンパンで乾杯をした。その後で一人づつ改めて自己紹介をしたのだが初めてじゃないのにスライには照れくさかった。

カイスの自己紹介の際は女性陣がうるさかった気がする。


「みんなに集まってもらったのは他でもない。ペインレスワールドの件だ。もう既にニュースなどでも大々的に報道されているし何より俺たちもログインできない状態な訳だが、スライからみんなに聞いてもらいたいことがあるつーことで今日は集まってもらった。スライ説明してくれ」


スライは席から立ち上がると和やかな雰囲気のままであるメンバーの前で深く頭を下げた。


「みんなすまない!ペインレスで遊べなくなった原因は多分俺だ」


突然の告白に皆真剣な表情となっていった。すぐにハルとカイスもスライの横に並び一緒に頭を下げた。一呼吸置き全員の目を見ながらスライは昨日あった出来事を説明した。誰も話を遮らなかったし誰もが自分だったらどうしただろうを考えた。そして一通り話し終えた時アッ子の一言で空気が変わった。


「なあにスライは別に何も悪くないじゃない。グジグジ悩んでしょうもな」


アッ子はあっけらかんとした無表情ながらそう言い一瞬微笑むとグラスワインをスッと綺麗に飲み干した。

スライもその言葉に救われた気がした。言い方はまあ考えて欲しいものだが。


気づけば他のメンバーも自らに置き換えて同じ状況なら同じことをしたと話し始めた。しかも皆ペインレスでの失敗談や恥ずかしかったことを交えて。

そしていつしか飲み会の様になっていった。


「ねえ…」


「お前ふっざけんなよぉー!ちょっといい女だからっていい気になってさあ!」

「いや、今のはお前が悪い。謝れチャラ男。全世界の女性たちに今すぐ謝れ。」


「ねえってば!!」


いつもの様にヨハンとヨナがケンカし始めたところで珍しく黙ってTVを見ていたハルが大声を出した。


「んだよハルちん」


そう言いヨナがヨハンを軽く叩くと各々がハルを注視した。


「みんなこれ見て…」


ハルの声で一斉に皆がTVを注視する。

カウンターからトンマがリモコンを使って音量を上げていく。


「本日閣議決定された通貨変更案は即日適用として可決されました。明日以降でこの新通貨ゴルドは全世界共通通貨となります。準備期間も含め日本ではまず仮想通貨として流通する事が決まりました。これにより…」


「は!?ゴルド?これってペインレスの通貨じゃん?」

「偶然にしては変だな、全世界の共通通貨っていうのも驚きだけど、ゴルドって名前で運用されるって事だよな?しかもいきなり明日から?」


TVに映し出された新貨幣ゴルドのデザイン、ミハルはかぶりつく様にそれを見た。


「このゴルドのデザイン、ペインレスのにすっごく似てる…」

「え?マジかよミハル」


「うん、あたしよく制作した装備をマーケットに納品するから見慣れてるの」


ミハルは手際よく自身のスマホにペインレスワールド設定資料の画像データをTVのゴルドに並べて見せた。


「じゃあなんていうかコラボ?てやつです?こんなの大ニュースじゃないですか」


そう言いネコちんがSNSで情報収集し始めると既にSNSでも話題となっている事を告げた。


「コラボかどうかは分からんがペインレスの中でシミュレーションしてたんじゃないか?実際にプレイヤー数が多い仮想空間内で検証してたとか、まあ良い検証実験にはなるわな」

「あり得るねそれ」


さっきまでケンカしてたヨナとヨハンがお互いのスマートフォンを見せ合っている。


「あら?でもおかしいわそんなの」


フルボディのワインを空けほろ酔い気分のアッ子の表情が変わった。


「どういう事よアッ子」


ヨナがアッ子に問いかける。


「あたしの仕事って仮想通貨の運用もやってるのよね。こんな大事な話今初めて知ったわ。困るわよ明日からってそんなの急に言われても、ていうか絶対あり得ない」


そう言ってアッ子はスマホを取り出して誰かと通話し始めた。話し始めたかと思いきや鞄からミニPCを取り出し片手で何やら操作し始める。


「お疲れ様ですー、今日は早上がりさせてくれてありがとう。ええ、そうその件だけど調査来てる?部長はまだ社に?ええ…」


そんなアッ子の姿を誰もが目を丸くして見ている。スライもその一人だがいつの間にか横に来ていたハルが耳打ちしてきた。


「ねえスラくん、アッちゃんめっちゃデキル女だね!」


確かにビジネススーツを着こなし足を組んでスマホ片手にPCをタイピングする姿は誰が見てもエリートな女性を感じさせる。まさかこの人がペインレスの中で半裸で槍を振り回しているとは知らない人達は思いもしないだろう。


「女子力高っけー…」


ピンク色のパーカーにチェックのスカートで何色か分からないの色味で髪を染めているヨナが唖然としている。


「うん、分かったわ。ありがとう岡島くん。じゃあ明日会議で」


一通り会話を終えると反応を待っていた全員に向けて人差し指を唇に当ててまたスマホで誰かと通話し始めた。今度はどうやら英語で淡々と会話しつつPCと睨めっこしている。

やがてアッ子はスマホをソッと置くとさりげなく髪をかきあげた。


「どうやら主要な市場も初耳だったみたい。これってやっぱ変だと思うわ」


「そうなのか?」


全員がアッ子に注目する。


「おかしいわよ。あり得ないものこんな事。全世界同時よ?仲の良い国もそうでない国も全部よ。

とーってもおかしいの」


そう言いアッ子はまた空になったグラスにワインを注ぎ始めた。


誰かが言った。飲まなきゃやってらんない。

スライも気づけばハルやカイスと一緒に飲めないワインに手を出していた。


…ああ、もうよくわかんねえや。とりあえず明日だ。明日。


ふわふわした気持ちで何だか気分がよかった。酔い潰れたハルはトンマの店に泊まるそうだ。気持ちよさそうに毛布に包まるハルの寝顔、カイスに支えられながらタクシーに乗ったこと、途中吐きそうになった自身の背中をずっと摩ってくれていた暖かい手、消えかかった意識の中でそれだけは覚えている。


気のせい、偶然。そう思っていた仮想通貨変更のニュースはただの始まりに過ぎなかった。翌日から世界は徐々におかしくなっていった。


いつも通りの朝…誰もがそう思っていた。スライもその一人だ。

まだ眠い目を擦り置き時計を確認するもデジタル表記は消えており一気に目が覚める。


「やべ!今何時だよ!?」


焦って掛け時計を確認するとアナログの時計盤は朝7時5分を指している。


「ふぅ…寝坊ではないか、しかしよく起きれたもんだな…昨日の記憶があまりない…」


そう独り言を言いつつ洗面台へと向かう。

蛇口を捻って顔を洗い感覚を呼び覚ます。

マンションの外がなんだか騒がしく感じるも何度か顔に水をかけ今日一日のスケジュールを考える。


…ああ、今日納品あったな…面倒だな…あとペインレスの運営に今日も電話して…


そう思い顔を上げたが鏡に映った自身の顔を見て愕然とした。


…え…


感覚に違和感があった。

やたらと周囲の音が耳に入ってくる。


窓でも開いてるのかと思うほどに自身の部屋の外

その音が聞こえるのだ。


再び蛇口を捻り顔を何度も洗う。

そして再び恐る恐る鏡を見上げる様に見る。

確かにそこには見慣れた顔がある。

だが現実の自身の顔ではない。


「おい、なんで?なんだよこれ!?」


その姿に驚き腰を抜かしてしまった。慌てて手で自身の顔に触れてみる。髪に触れその大きな尖った猫の様な狐の様な耳にも触れる。そして改めてゆっくりと立ち上がりつつ洗面台の鏡を見た。

銀髪に灰碧眼、大きく張った耳。

そうペインレスワールドでの自身の顔だ。獣人族Fを元にAIが調整して作った顔だ。

口を開けたり耳を動かしてみたり自身の顔を確認するのにどれ程の時間を費やしたか分からない。


「おかしい…こんなのおかしすぎんだろ!視力だってコンタクト入れてないのに…」


慌てて自身の頭を再び両手で触れる。

ギアを装着して寝落ちした!?そんな事も以前あったからだ。だが触れるたびに指にはそのふんわりとした確かに感覚のある尖った耳が触れるだけ。

色々と不思議に感じつつリビングへと向かい充電中のスマホを手に取る。


…あれ?


電源がつかない。

なんど試そうとも電源が入らない。

部屋の電気も何故かつかない。

やけになって色々な電化製品を触るもどれも電源が入らない。停電かと思いブレーカーを確認するもそれも意味がなかった。


電池式のラジオすらつかない。

みな何というか細かい部分まで作り込まれたダミーの様に感じる。本物の形をした偽物…そんな感じだ。


…とにかく落ち着け。落ち着け俺。そう言い聞かせ頭を回転させる。


一度いつも通りにスーツに袖を通すも今のこの姿にはなんだか不振り合いに感じた。

結局スライは手短なシャツにデニムを履くが尻尾が左足に巻き込まれて痛みを感じた。


「しっ…尻尾!?」


デニムは諦めてパジャマとして履いていたスウェットに履き替えて玄関へと向かい扉に手をかけた時だった。扉の向こうから微かに自分を呼ぶ声がする。

扉を勢い良く開けるとそこには見慣れた金髪の獣人族が立っていた。


「カイ!?」


「やあ、スラくん。おはよ。タイミングいいね…あはは…」


なんだか恥ずかしそうにカイスはスライを見つめている。ゲーム内で見たままのカイスが薄手の紺色のコートを身に纏ってそこに立っているのだ。


「おは…よ…じゃなくて!これどうなってんだよ!これ!俺もお前もおまおま…」


慌てて咳き込むスライをカイスが慌てて支える。


「落ち着いてスラくん!とにかく皆んな行く場所は同じだと思う。一緒に行こう!トンマの店!!


慌てるスライにカイスはゆっくりと深呼吸を促す。


「とにかく向かいながら話そ」

色々と聞きたい状況だったがスライはカイスとトンマの店へ向かうことにした。

通い慣れた最寄駅までの道。それも少し違って見える。この姿でカイと現実世界を並んで歩くのは新鮮だった。


「お前尻尾どうしてる?」


そう言いスライはカイスの後ろに回り込んだ。


「ああ、僕も色々と悩んだんだけど…」


そう言ってカイスは薄手のコートをまくって見せた。

コットンと思わしき白いスキニーパンツからは金色の尻尾が揺らめいていた。


「穴開けたのか?」


「どうにも色々やってみたけどやっぱ自然と出してる方が楽みたいで…ちょっとなんか恥ずかしいんだけどね」


「まあでもそれが楽だよな…俺歩きづらいもん…」


カイスとの会話でスライもだんだんと落ち着き始めた。色々と納得はいっていないがとにかく今はトンマ達と合流する事が先決だ。会社、家族、友人…全部気になって仕方がないが連絡手段がないのだ。とにかく実際に会うしかない。


…親父と母ちゃんになんて説明すんだよこれ…


そう思いつつ駅前通りをカイスと共に歩き続けた。

最寄の駅は少し大変な事になっていた。

交通機関は麻痺し電車は動かず駅員らしき人物たちが対応に追われている。

スライはその中に駅員の格好をした竜族を見つけ思わず笑ってしまった。


「スラ君悪いよ!」


お腹を抱えてスライは笑ってしまった。


「悪いのは分かってるんだけど…ダメだ…」


よく見てみるとその駅員の格好をした竜族はひたすら誰かに謝っている。


「本日電車は一切動きません!すみませんがお引き取りください!」

「はあ?てめえ!ふざけた格好でそんな事言いやがって!困るってんだよ!!」


竜族の駅員に向かって作業着を着たハーフジャイアントの男が怒っている。


「皆さんどうか落ち着いてください!どうか!!」


おかしな光景にしばらく笑いを堪えていたスライの表情が変わるのをカイスは見逃さなかった。


「どうしたのスラくん?」

「いや、なんつーかおかしいなと」


スライは何かを見つつ首を傾げている。すぐにまた違う何かを見つけては考え込んでいる。


「いやどっからどう見てもおかしいけど今更?」

「そうじゃなくてよ。あれ見ろよ」

「あれって?」


スライは先程の竜族とハーフジャイアントを指差した。作業着姿のハーフジャイアントは竜族の駅員に掴みかかっており周りの亜人や人族がそれを宥めたり一緒に怒鳴ったりしている。


「駅員を取り囲んで怒ってる奴ら。全員ペインレスでのアバターの姿だ」

「うん。そうだね。それは確かにおかしいけれど僕らもだよ?」

「いや、そうなんだけどほら、たまに涼しい顔して歩いてる人いるだろ?」


カイスはスライの視線を追ってみる事にした。スライの視線の先、騒いでいるハーフジャイアントの横を訝しげな表情で見窄らしい格好をした人族の親子が足速に通り過ぎていった。さらに駅前のスーパーの前では果実を売る屋台があるがどう見ても現代のものではない。屋台も車輪も全て木製に見える。


「あー、うん。いるけど…あれ?」

「気づいたか?」


「うん。明らかに騒いでいない人が目に付くね。何ならペインレスの街中で商売してる様な商人までもいる。普通ならこの状況を一緒におかしいって思うはずなのにペインレス内での格好までしてるんだ?って事だね?コスプレにしては出来が良すぎる…これじゃあまるで…」


「NPC」


2人は揃って同じ言葉を口にした。

お読みいただきありがとうございます。

更新頻度は遅いかと思いますが頑張って書き切れたらと思います。

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