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東京オフライン戦記  作者: ジンエジャール
2/10

スキュラ

はじめまして。

初めての小説です。

これは復讐の物語です。

初心者のため至らない部分も沢山あるかと思いますがどうぞ宜しくお願いいたします。

翌日


仕事を早めに切り上げ帰宅するなり食事や風呂などの用事をすませるとタイマーで洗浄していたヘッドセットを台座から外し両手に専用グラブを装着する。そして一度深呼吸してから被りソファに腰掛けヘッドセットのバイザーを下ろした。

バイザーを下ろした事により自動で電源が入ると視界には端末のメニュー画面が表示されヘッドホンから音声アナウンスが発せられる。


ーー視線確保、コントロールグラブ認識、神経連動システムを起動しますーー平らな場所又は身体に負担のかからない場所でプレイしてくださいーー


いつも通りのウェアラブル端末起動画面。画面のカウントダウンと共にスッと瞼が落ちていく。落ちると同時により鮮明な起動画面が眼前に広がる。


ーー神経連動が成功しましたーー


すぐに思考だけで操作が出来るようになると早速ソフトウェアランチャーからペインレスワールドを選択する。いつもの流れだ。


ペインレスワールドでの自身のホーム、ロード王国の上空から見下ろす様な風景にタイトルが表示されログイン画面へと進む。

そして見慣れた自身のキャラクター、亜人の戦士「スライ」がクランハウスの自室のベッドで目を覚ます。


「こっちは夕方か…」


見慣れたこちらの世界での天井。窓から入る西陽が部屋の半分を区切る様に差している。

身体を起こすと簡易メニューからクラン項目を閲覧する。


…流石にこの時間じゃまだ誰もいないか…


自室を出て1階のリビングへと降りると突然コール音が鳴った。カイスからの音声チャットだ。


「カイいたのか、ビックリしたぞ」

「ごめんー、スラ君来るの待ってたんだ。ほら僕の位置情報は消しておく算段だったでしょ?」


カイス言われて自分から言い出した作戦を思い出し少し恥ずかしい気持ちになりながらも予定通りの行動に気持ちが弾んだ。


「あ、ああ、君を試したんだよ…ということでお前今…」

「うんタイダル森林にいるよ」

「早ぇな!気合い入ってるないいぞ!!」

「また茶化して…今日は頼むよ」


カイスは昨日と変わらず不安そうだが、ここは堂々とした態度で返事をしておこうとスライは決めた。


「ああ、任せとけ!!」


とは言ったもののハルがログインしてこなくては何も行動出来ない。出来れば他のメンバーにダンジョンやらクエストに連れて行かれる前にハルの身柄を確保したいところだが…


「ハルがログインしたらダイレクトメッセージ送るわ、だから待っててくれよな」


「うん、ああー緊張する…あ、そういえばハルちゃんをこっちに連れてきてくれる手筈だけど、スラ君はどうするんだい?」


「ああー、ハルだけを送り込むから安心しろって」


実際にカイスが目の前にいるわけでは無いのにスライは自信ありげに胸を叩いた。


「その場にスラ君がいないことは何て言えば…」


やはりカイスはまだ不安な様だ。


「適当に来れなくなったとか言っておけばいいっしょ、大丈夫だって任せとけ任せとけ」


…さてどうしたものか、予めハルにメールでもしておけば良かったな…用事があってログインしてこなかったらカイに悪い…


もちろん現実世界でのレッジョのメンバーは皆それぞれの生活があってお互いをあまり知らない人も中にはいる。クラン結成当初からいるスライでも驚いたことにカイスには数回しか会った事がない。

トンマとマイコがやっているイタリアンバルでのオフ会にもなかなかカイスは参加できておらずハルとカイスの面識は無い。

ハウスのリビングで落ち着かずに歩き回っているとメンバーログインメッセージが流れた。


「おっすースラ君ー!」

「お、おすおすハルー」


絶妙なタイミングでハルがログインしてきてくれた。これはツイてるぞ、女神オリオーンの加護かもしれないなどと余計な感想は一旦置いといてすぐにカイスに知らせなくてはならない。


ーハルログインー


ハルがログインした事を確認しすぐさまカイス宛にダイレクトメッセージを飛ばす。


「あんれ?まだスラ君だけ?」


挨拶したにも関わらず微動だにしないスライにハルはキョトンとしている。とりあえず自然を装いハルを連れ出さなければならないのだがどうしたものかとにかくカイスからの返答を待つことにした。


「まあな」


しかし数分待ってもカイスからのメッセージ返信がない。そうしているうちにハルはチョロチョロとクランハウスの中や庭を走り回っている。


おいカイ!返事よこせよ…ちゃんと伝わってるか不安だぜ…おかしいな、あいつさては完全に緊張してるな?


「ほえー、そっか。じゃあどっか行こ!」


さっきまでスライの元を離れウロチョロしていたハルがいつの間にか戻ってきており背後から話しかけてきた。咄嗟のことだったので、よし!!と思わずスライはガッツポーズを決めてしまった。


「どしたん?そんなにあたしとどっか行くの嬉しいの?なんだよおーどしたんよ」


何だかハルはモジモジしている。


…しまったナイスタイミングすぎてつい動作に出ちまった!

だけど何でハルが照れてんだ?まあとにかくお菓子作戦実行だ。


「ねえ、どうしたのかって聞いてんんだけどー?」

「あーいやこっちの話!!」


なんとか誤魔化したがハルがなんだか不思議そうにこちらを見ている。


「ああ、ハルさ、知ってるか?すんげえ隠しクエストがタイダル森林にあるって噂」

「え!なにそれなにそれ!」


予定通りハルは隠しクエストというワードに食いついてきた。


…ようし、乗ってきたぞ。


「ふっふっふ、これはな仕入れたばかりの最新裏情報なんだが、なんでもタイダル森林に潜むモブモンスターを狩るとレアスイーツが手に入るらしい…」


我ながらひどいクオリティの嘘だ。言った側から胡散臭くて顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなってきた。


「スイーツ!!!?スイーツ!!スイーツ!!お菓子!!!早く行こ!!ねえ早く!!」


これまたスムーズにスイーツというワードにハルが飛びついてきた。

こんな簡単に騙されるハルが何だか可哀想にも思えた。

スライは今すぐに目の前のハルに土下座したい気分になったがカイスのための嘘と気持ちを切り替えた。


「じゃあ早速!」


早速ハルをパーティに誘うとスライは転移魔法をハルにも促した。


…えっとー例の場所は…タイダル森林奥地の湖畔か…


「ハル、奥地の湖畔な」


「オッケータイダルぅ、タイダルぅー」


スライに手でOKサインを返すハルはなんだか嬉しそうに見えた。

スライとハルが同時に転移魔法を詠唱し始めた。

とすぐにスライは詠唱を中断する。


「後はお若いお二人で…」


そう薄れゆくハルの後姿に告げスライは自身の位置情報をオフにしてから二人がいるであろう湖畔より少し離れたタイダル森林の中央国営公園に転移した。


ハルが転移した先の湖畔は夕暮れ時で辺りはオレンジ色に包まれていた。

ゆっくりと目を開けるとハルの目の前にはスライではなくカイスが待っていた。


「あれ?カイ君!?どしたのカイ君も一緒に?ねえスラ君3人で行くの?…ってありゃ?まだ来てない?」


背後を振り返るも先ほどまで一緒にいたはずのスライがいない。

辺りを探す様にハルがうろちょろしている。


「ハルちゃん、その…スラ君はちょっと来れなくなったみたい。だからその、僕と2人で…もいいかな?」


カイスは落ち着いた口調でハルに声をかける。ハルはスライがいるはずもない小さな葉の裏や漬物石ほどの大きさの岩の裏を確認していたが、やがて「そっか…」と持ってた岩を放り投げた。


「あれ?どしたん?スラ君お腹でも壊したのかな?」

「PCの調子悪いんじゃ…ないかな?」


適当に俺は来れなくなったとか言えば大丈夫だろ…そう言ったスライの言葉通りに言ってみたがなかなか無茶な言い訳だ。


「そっか、じゃあしょうがないねー。てか言ってくれればいいのにーカイ君も一緒ならさー」

「ああ、言ってなかったんだ。あーへぇ…」


あきらかにカイスの様子はおかしかったがハルは気にしていない。

カイスがハルに経緯を話す間にスライは全速力で反対側の国営公園から駆けつけ茂みの奥から覗く。実際に走ったわけではないが呼吸を整え息を潜めた。


…よし見つけた…ふぅ…うまくやれよカイス!周辺のモンスターは任せてもらおう。


「ハルちゃん、こっちだよ」


カイスはその場でいまだにスライを探すハルに手招きする。


「お、うん!まったくしょうがないヤツだねぇスラ君はー。きっと日ごろの行いが良くないんだ。うん絶対そうだ」

「そ、そうだね。」


ハルが何気なくいつもの様にスライの事を口にする。

カイスも苦笑いで合わせている。


…は?なんだそりゃ…あのちびっ子め!


本来モンスターに使用するスキル、姿を透明化し物音を消すストーキングを使用してスライは2人の後を追った。やがてすぐに辺りは暗くなり始め滝前に着く頃には星空が見え始めた。


「ねえ、カイ君、どの辺?ここはたしか…そう滝!!すんごい綺麗…」


タイダル森林のアポロ大滝が星空に連動して輝き始めた。森林には滝の流れる音だけがこだましている。

スライは暗殺スキルで周辺のモンスターを狩りつくし滝の方を振り返るとその光景に見惚れるように立ち尽くした。輝く滝の前、向かい合う2人の姿が抜き絵の様で美しかった。


「久しぶりに来たなあここ、そういやカイくんに拾ってもらったのもここだっけね」

「あの…ハルちゃん」

「うん?」


カイスの声に奥の滝に見惚れていたハルが視線を戻す。


「大事な話があるんだ」


カイスは深呼吸するとゆっくり眼を開けハルを見据えた。


「あれれ?なんだよぉ!どうしたの…カイ君?」


いつもと違った雰囲気をハルも感じ取り茶化すもカイスは動じない。


「僕はここで君に会ってからずっと…その…好きです!!僕と付き合ってください!!」

「あ、えっと、ああ!えっと。えええ!?」


いつも元気に騒いでいるハルらしくない。慌てているシルエットにスライは吹き出しそうになった。


「その、あの」


カイスの告白に驚いたハルが言葉に詰まっている。


「ダメかな?僕じゃ」

「あのえっと、えっと…」


恥ずかしそうにしている2人はとても微笑ましい。

横でリポップしたリザードマンの首を抱えながらスライは見守る。


「あのー、どうしよう、あわわわわわ…」


ハルは気が動転しそうなのだろうカイスの眼を見続けられなくなり視線をそらしたり合わせたりで定まらず結果俯いてしまった。


「ハルちゃんの答えを聞かせて」

「あうう、その、突然すぎてあの」


ハルはカイスの言葉に両手で顔を覆い今にもうずくまりそうだ。

その様子を気にしたのかカイスは寂しそうな表情で聞こえない程度のため息を吐いた。


「今すぐじゃなくてもいいんだ。困らせるつもりじゃなかったんだよね。なんかごめんね。えっと…じゃあ、帰ろっか」


…はあ?何言ってんだよあいつ!


スライがカイスの言葉にイラつき抱えていたリザードマンの首をきつく締め上げる。力の強さにリザードマンが息絶えた。


「ちょ、ちょっと待って!今ね。今落ち着くから!!」


ハルも一度大きく深呼吸をし目を閉じ自分を落ち着かせる。そして俯いたまま口を開いた。


「えっとさ、カイ君」

「うん…」


スライが聞き耳を立てるも周辺のモンスターが次々とリポップし始めた。


…タイミング悪いなぁーもう!


スライは一度その場を離れ地面にリポップしたマタンガを引っこ抜きながら2人からは見えない方へと進んでいく。


「これってスラ君関わってるよね?あたし、スラ君に騙されたのかな」


期待していた告白に対する答えではなくスライの名前が出てカイスは切ない気持ちになった。


「ごめん…どうしてもこの場所に君に来て欲しくて。だからその…お願いしたんだ」

「そっか。そうか。なるほど」


ハルは両手を握りしめて俯いたままだ。そんなハルをカイスも見つめている。

今にも大声で邪魔しそうなリバートードを眠らせ元の位置に戻ってきたスライは再度聞き耳を立て2人を注視する。


…あれ?どうなったんだ?


「ハルちゃん?」


黙り続けるハルをカイスが優しく覗き込む。


「うん、わかった!あたしカイ君と付き合うよ!!」

「え!本当に!?」


突然顔を上げそう言うハルの言葉にカイス自身も驚きを隠せない。


「うん!カイ君!気持ちを伝えてくれてありがとう!!カイ君の気持ち大事にしたい!その気持ちに応えたいんだ。だから…その…これからよろしくお願いします!!」


なぜか大声で叫ぶハルに何度も驚きながらもカイスは嬉しさのあまり泣きそうになった。


「ハルちゃん!!」


カイスは思わず目の前にいるハルを抱きしめるとハルもカイスの背中に手を回す。


「あ、えっとえへへ。こういうの慣れてなくて…なんだか恥ずかしいな」

「僕がハルちゃんの事この先もずっと大切にする!約束する!!」


「あぁうん。嬉しいな」


…うっし!!


スライは小さくガッツポーズをすると聞こえない程度の声でおめでとうと囁いた。カイスの告白は成功しそれを見届けた達成感が自分の中で膨らんでいく。やがてフッと小さく息を吐くと滝の前に並ぶ2人に背を向け森林を後にしそのままログアウトした。


カイスは我慢できずにその場で飛び跳ねて喜んでいる。その姿に微笑みながらもハルは後方の薄暗い森林を一度振り返った。


ログアウトしてすぐにトンマから携帯端末に着信が入った。


「おうスライ、今日はログインしねえのか?」


トンマに嘘をつくのは躊躇われたがそのまま適当に会話をし今日はもう遅いからヘイム攻略はまた明日にしようと提案した。


「まあお前がそう言うならな、こっちも最後団体さんが来てやっとさっき片付け終わったとこなんだよ。正直今日はこのままワイン飲んで寝ちまいてえところだったから俺も助かるわ、なあマイコ」


レッジョの大黒柱であるトンマとマイコがログインしなければレッジョとしての今日の攻略はまずないだろう。スライはそう安心したがトンマがトイレに行くと電話をマイコに変わった途端背筋が凍った。

マイコには全てお見通しだったのだ。理由もなぜかもよくわからないがいつもの優しい口調でマイコはスライに忠告したのだ。


「スラちゃん嘘が下手だからもっとしっかりしないとね。んでカイくんとハルちゃんは上手くいったの?私はてっきりスラちゃんがハルちゃんと…ってトンマ戻ってきた…うんちじゃなかったのね。もっと話したかったのにー、残念。ってことでしっかり二人の愛を見守るのよいいわね?」


「あ、はい…」


通話を終えると何だかすごく疲れた気分だった。それと同時にマイコに言われたことが頭から離れない。気づけばハルとカイについてぼーっと考えている。

その日はそのまま考えることが面倒になり寝ることにした。


翌朝アラームに叩き起こされいつも通りに出社するも結局その後の2人が気になりなんだか仕事も手に付かなかったのだが、上司がミーティングから戻ってこないのを確認するとそそくさと定時で退社した。そして家に戻るとスーツ姿のままソファに腰掛けヘッドセット被るとバイザーを上げたまま天井を見つめ2人に何て聞こうか考え始めた。


…おっす!昨日はどうだった?

うーん軽すぎるな。カイはまだしもハルには怒られそうだ。それにどうだった?ってなんだよ。

…昨日大変だったな!いやいやいや何が大変だよ。マジでねえわ。


一人でノリツッコミまでしシミュレーションするも良い言葉が思いつかない。あれこれ考えるも結局自然にいつも通りが一番だと結論を出しソファに深く沈む様に腰かけ直しバイザーを下ろした。


ログインしたものの今日は何もする気になれない。ゲーム内にある自室のベッドに転がり意味もなく天井を見つめる。あの時2人は幸せそうだったな。2人の姿が忘れられない。ふと昨日の出来事を思い出してみる。嬉しいはずなのになんだかよく分からない気分なのだ。照れた顔のハル…恥ずかしそうに答えるハル…ハルってあんな顔すんだな…と考えていると突然激しく扉を叩く音がし慌てて起き上がってつい変な声を出してしまった。


「ふぁい?!」

「スーラークーン!!」


勢いよく扉が開け放たれるとそこにはハルが立っていた。


「お、おっす」

「おっす!じゃないよ!この人でなし!いや、違うか…猫でなしっ!!」

「あははは…」


シミュレーションなど何の意味もなかった。こういう時人はとりあえず笑っておくしかないのではないだろうかと痛感させられる。


「お菓子のクエストなんかであたしを釣って!!!」

「はい…すみません」


さらにハルは一歩近づき右手を大袈裟に差し出した。安易なスライの予想にはなかったハルの怒りモード。とにかく謝る他ないとスライは決めた。


「お菓子は!?」

「ない…です…」


差し出された右手が音をたてて握り拳へと変化していく。

スライはハルの剣幕に項垂れるようにしょんぼりとするしかなかった。


「じゃあ今度リアルでトンマの店行った時に好きな物奢ってもらうかんね!!」

「はい…もちろんでございます」


なんだか不機嫌なままハルは黙っている。

そして黙ったままスライの横にちょこんと座ると静かに呟いた。


「そのさ、スラ君はあたし達の事どう思ってるのかな?」

「俺はー、うん。お似合いだと思うぜ。」


スライの返答に不満なのか肩にポンっと弱パンチが浴びせられる。


「それから?」

「それから??あー、えっと。そうだな。ああ!幸せになってほしいなあって思ってるよ!」


再び弱パンチ。


「それで?」

「それで???」


ハルはまっすぐスライを見つめている。


「いや、俺はカイがハルの事好きなの知ってたし、お前らなら良いカップルだなって思ってるよ!2人とも大事な友達だしな」


スライは罪悪感からか真っ直ぐ見つめてくるハルから目を逸らして答えた。


「ふうん」

「なんだよ、お前なんだよ。カイの事嫌なのかよ?」

「んなわけないじゃん!!嬉しいよ?カイ君はかっこいいし優しいし!!守ってくれるって言ったんだからね!!」


ハルは怒ったようにスライに大声で反論した。


「お、おう。ごちそうさまです」

「でもさ、これってゲームの中での事だよね?」


怒ったかと思いきや途端神妙な面持ちでハルが俯く。


「えっとーそうだーな…」


スライが返答に困っているとハルがスライの袖を軽く引っ張った。


「あたしカイ君にだけ会った事ないの」

「ああ、リアルでの話か」

「うん」


確かにカイスはリアルの催し事にはあまり顔を出さない。個人的な付き合いがあるのは自分とトンマくらいだろう。


「確かにあいつトンマの店でオフ会してもあんま来ないからな。そっか知らないのかリアルのあいつ」

「そだよ。スラ君はカイ君と会った事あんだよね?」

「ああ。あるぜ。あいつは仕事が大変だからな。なかなかオフ会に顔出せる勤務体制じゃねえんだよ」

「カイ君朝早いっていつも言ってるもんね」


急に天候設定が変わり小粒の雨が部屋の窓を叩く。部屋の中も薄暗くなり自動で明かりが灯り始めた。会話が途切れたことによりスライはこの状況が少しまずいのではないかと思い始めた。昨日告白の手伝いをしたのにハルは今自分と部屋に二人きりという状況。カイスに悪い気がしてならないのだ。


「おい、そんな事より昨日の話聞かせろやい!どうなった?」


茶化すようにスライがハルの顔を覗き込む。


「あれ?スラ君ずっといたんじゃないの?この覗きバカうんちやろう!」


いつもの様にハルがスライの髪を掴んだ。この関係性が好きなんだとスライは心の中で感じた。ふざけ合うこの関係性が。そう感じたことによりいつも通りの二人に戻れる気がした。


「おい!なんて事言うんだこの子は!だいたいな周りでポップし続けるモンスターを狩っていたのは俺なんだぜ?感謝してほしいもんだな!」


髪を掴まれるも動じずにスライが応える。


「あ、そういや告白されてからすぐリミテッドモブが湧いたんだった。」

「は!?マジかよ!」


驚いたようにスライが立ち上がった。


「って事はスラ君すぐ帰ったな?リミテッドモブなんか出てませーん。ウーソでーす。プークスクス。ばか!」


ハルは怒ったように立ち上がると部屋の扉に手を掛けた。


「まあ後はお若いお二人での精神だよ。野暮な事はしないぜ。ふっふっふ」

「なんなのこの人、はぁー」


ハルはスライのふざけた態度に呆れるも一度息を吐く。


「んでんで?」


スライには悪気はない様でなんなら目を輝かせているように見える。


「あー、その後?すぐに…クランハウスに帰って…」

「うんうん!そんで?」

「カイ君明日早いからってそこでバイバイしたよ?」


面倒臭そうにハルがサラッと答えると時が止まったかの様にスライがその場でフリーズしている。とんでもなく馬鹿げた何かを見ているような表情でハルを見ている。


「は?なんだそりゃ?!高校生カップルかお前らは!?」

「はあ?」


今度はスライが怒りのポーズでハルを捲し立てる。

ハルも負けじと仁王立ちで突っぱねる。


「大人のアバンチュールな話をだな!俺は期待してんだぞ!」

「クソバカ!!やっぱスラ君はクソバカうんち野郎だ!」

「おい!なんて事言うんだこの子は!!てか、じゃあカイのログイン待ちって事だな?ふふふ…」

「何その顔!!」

「へへ、いいねー!よっしゃ俺がカイ呼んできてやるよ!!庭で待ってろハル坊!!」


言い争っていた二人だがスライが突然駆け出した。


「ちょーちょっと!!!話終わってないんだぞ!!それに雨!」


突然駆け出すスライをハルも追いかける。2人は自室を飛び出すと競い合う様に螺旋状の階段を降りこじんまりとしたダイニングを抜けた先にある玄関へと向かった。扉の向こうはいつもの様の庭だ。


「待ちなさいって!なんで君はいつも…って暗!!」


庭の入口、スライを追いかけたハルだったが急に立ち止まったスライの背中にぶつかり画面が暗転した。


「ちょっとーなんなの!急に止まらないでよね!!」


スライの背中から少し離れ視線を戻すと庭の奥の小道からこちらへと駆けてくるカイスの頭が見えた。


「ん?カイ君?いつの間にログインしてたの?」

「カイ!!どうした?」


スライはいつもとは違う何かを感じ取るとカイスの方へ駆け出した。

ハルにはカイスが抱きかかえたものが最初動物か何かに見えたのだが近くづくにつれてそれが何かハッキリとわかってくる。それは少女だった。


「スラ君ハルちゃん!!ちょっと手を貸して!!」


びしょ濡れのカイスが取り乱している。


「いったい、どうしたんだ!?この子は?」


そんな状態のカイスを見てスライもハルも硬直したように立ち尽くしている。


「とにかくちょっと変わって!!」

「お、おう」


カイスからスライへその少女が受け渡される。

すると両手が空いたカイスがすぐさま回復魔法を詠唱し始めた。

少女の身体が緑色に輝き回復効果が付与される。

しかし少女は全く動く気配がない。


「おい、説明してくれよ。誰だよこの子」

「そうだぞカイ君これなに?何かのイベント?」


二人は傷だらけの少女を見つつカイスに問う。


「いや、わかんないんだ」

「そもそもなんだよこの子。なんでこんなに傷だらけなんだよ!このゲームってこんなにダメージ描写長かったっけ?」


二人が疑問を投げかけるもカイスは首を振りつつネガティブな返答ばかりだ。ゲーム内におけるダメージ描写は回復効果のある魔法やアイテムの使用で綺麗に消える。戦闘中でない限り自動回復の仕様上時間が経てば元に戻るはずだった。しかしその少女の腹部は血が滲み肩や腕の裂傷も癒される気配がない。


「普通じゃないだろ?僕も予想もつかないんだ。ロード城壁近くで見つけてさ、声かけても反応がなくて。出来ることは全てやったんだ。魔法もアイテムも!でも触れる時点でNPCやイベントではないって思ったらどんどん怖くなってきて」


カイスは今にも泣きそうな声で呟くとハルが目が覚めた様な面持ちで立ち上がった。


「とりあえずあたしの部屋に!」

「あ、ああそうだな。それがいい」


3人はとりあえずハルの部屋へと向かいベッドへ寝かせる形にスライがその少女をおろした。屋内に入ったことで少女の身体からは雨による濡れ表現が消えていくが腹部や肩の怪我は一向に消えそうにない。


「うーん。いったいなんだこれは」

「検討もつかないよ」


カイスは首を振るばかりだ。自分で言ってた通り見つけてから幾度と出来る限りの回復方法を試したのだろう。


「この子冒険者だよね?プレイヤーだよね??NPCとかじゃないよね?」

「NPCはインタラクト出来ないからね」


ハルが当たり前のことを口にしスライも当たり前の返答をする。


「ちょっとごめんな」


そう言ってスライは右手をその少女に向けフォーカスしステータスを表示した。


「ちょっと!覗き見??」


ハルがスライの腕を掴んで抗議した。

それによって表示されかけたステータスが消える。


「しょうがねえだろ。何も分からずなんだ。てかリアルで意識失ってたとしたら大変だろ?だから…な」


ハルはスライの言うことに言い返せず腕を離した。

スライは再び少女に向けて手を伸ばしステータスを表示する。


「悪いがこうするしかない。状況によってはすぐに運営にメッセージ飛ばさないと!えっと…名前はノーラ。レベル1の使い魔召喚士だな。」


「レベル1か…戦闘に敗れて放置…ってのが自然かな」


カイスは考える仕草で部屋を歩き回っている。


「気になるのはダメージ描写が回復しても消えない事だ。これは考えすぎかもしれないけど、実際に怪我とかしてるのかもな…」


スライの言葉に二人がピタリと動きを止める。


「ほら、前にさトンマの手がずっと燃えてた事あっただろ?えーっと、ああ!トンマ火傷事件だ!」


スライがトンマ火傷事件のことを似た状況と指摘するとハルとカイスが顔を合わせて同時に反応した。


「そういえば!あったね」

「あったあった!でもあれって結局どういうことだったんだっけ?」


ハルはスライにトンマ火傷事件についてさらに問う。


「リアルであいつ大火傷して絶対安静なのにマイコさんに黙ってログインしてたろ?あれと同じでリアルでの怪我が酷いと端末が誤認識しちゃうやつ」


「だとしたら…」


端末の誤認識には思い当たる節が他にもあった。ウェアラブル端末でログインしたまま交通事故にあったケースなども報道された過去があり現在は移動中のログインは固く禁止されている。


3人は不安そうに顔を合わせると揃って横たわる少女を見つめた。


「とにかくこのままってのも不安だが俺らに出来る事はそんなにないな。やっぱり運営に…」


スライがそう言いかけた瞬間横たわる少女がゆっくりと起き上がった。突然すぎてハルはビクッとしスライも自身の毛が逆立ったのを感じた。


「…すみ…ません」

「おい、あんた大丈夫か?」


か細い声で謝罪する少女。目は虚でいかにも怪我をしている様子だったが慌ててスライが少女を気遣い身体を支えた。


「わ…たし、気を失って…それより…時間がないんです…」

「え?」


少女の突然の言葉に全員が同じ反応だった。

ゆっくりと少女は3人を見る。まるで品定めをするかの様に。そして一呼吸置き決意したかの様に話し始めた。


「今から言う事…信じてもらう。それでお願い…聞いてもらえませんか…」


「どう言う事かな?」


ハルが少女の手をとり優しく問うた。


「追われてて…どうしても…安全な方に…預けたい物が…あって…」


そう言い少女は何かを探し始める素振りをみせる。


「いやその前にどうしてそんなに苦しそうなんだよ?大丈夫なのか!?」


スライは何より気になっていた事を確認した。一番まずい状況ではないことを内心祈りながら。


「…すみません…正直大丈夫じゃなくて…追われ…ている時に…ケガしてしま…ったようです」


「ケガ?リアルでの話かな?あたしはハル。とにかくあなたがリアルでケガしてるなら急いで手当てしないと!ゲームしてる場合じゃないよ」


ハルが少女を優しく嗜める。


「ごめん…なさい…あなたの言ってる事はもっともだわ。でも…これしか方法がなくて…」


少女は再び何かを探す素振りをし何かを見つけた挙動をすると3人に改めて視線をあわせた。その顔はペインレスワールドでは見かけたことのない人形のような美しい顔だがそれと共に幼くも感じられた。


「方法?」


「うん…預けに来たの…大事な物を安全に扱ってくれる人に…」


少女の言うことに3人は無言で顔を見合う。


「なら協力するぜ。あんたは今身体張ってその誰かに何か大事な物を届けに来たんだろ?だったらそれを俺らが手伝ってあんたは病院に行く。なんだかよく分からないがこのペインレスワールド内でないと渡せないって事でいいか?」


決心した面持ちでスライは少女に向き直った。


「少し…違う…でもだいたい合ってる…渡したい物はデータ量が多いの。現実で渡すのは直接会う事になるから…危険なの…それでたまたま近くにネットカフェがあって…」


「データ?そのデータを誰かに渡したい?」


ハルが引き続き優しく問うと少女はぎこちない笑顔で続けた。


「うん。正確には…データを圧縮した物。このデジタル世界で開封すれば大変な…事になるほど大きい物よ。それを本当は隠すつもりだったの。でももう隠すことは意味がないことも分かった。時間もないからここで開けてもらうしかない…だから…」


「大変な事ってサーバーがクラッシュするって事?でもそんな事より君の命の方が大切だと思うのですが?」


咄嗟にカイスが間に入る。


「…私…の命よりも…大切なものよ…だからお願い…どうか…」


少女の目はなぜかスライを見つめている。


「時間がないって、あんた…」


スライは真っ直ぐな視線に戸惑いが隠せずにいた。


「お願い…どうかこれを…」


そう言ってノーラは手のひらに乗せた小さな白い立方体をスライへ差し出した。


「これ…は?」

「これ…は、スキュラ…世界を変革し…持つ者に望んだ力を与える唯一無二の聖杯」


スキュラと呼ばれるその白い小さな箱は淡く光っている様に見えた。


「これを…誰に渡せばいいんだ?」


「これを…」


ノーラは一度3人をゆっくり見渡し再び俯いた。


「ノーラ?」


「あなたによ…スライ」


「は?え、俺?」


スライはもちろんだがハルもカイスも驚き声を無くしたように唖然としている。


「ええ…あなたよ。…今選ばせてもらった…あなたの現実での…行動や、性格…などをこのゲーム内から閲覧させて…もらった…現実での個人情報も見たわ…」


そう言いノーラはスライの本名をソッと呟いた。


「スラ君の本名だ…」


ハルが唖然としながらカイスにそう呟く。


「おい…嘘だろ…どうやって?いやいや、これは規約違反だろ!そんなヤバい事に関わったらアカウント停止どころの問題じゃないぞ!」


本名を突然言い当てられた本人はその場で慌て試行錯誤する。


「…ごめんな…さい、これしか…方法が…うぅ…」


ノーラの身体が薄く発光し出しスライには今にも消えそうな気がした。


「ノーラ!?」


「お願い…世界を…消させ…ない…で…あなたが…今…ここ…で、スキュ…ラを」


「どうしたらいいんだ?なあノーラ!」


スライは自分でもよく分からなかったがノーラの手を握った。


「あな…た…が、この…箱を…開い…て…お…ね…がい…」


ノーラは握られた手を弱々しく開き再びスキュラなる物を差し出した。

恐る恐るスライは手を伸ばすとその手をカイスが掴んだ。


「スラ君、僕がこの子を連れてきた。なんだかわかんない事に巻き込んでしまったのは僕だ。だけど…よく分かんないけど…やめておいた方がいい!」


「だけど…だけどよ!」


カイスの忠告に躊躇するスライ。


「ゲーム内イベントでもない。何かおかしいよこれ!ねえスラ君、カイ君!!」


ハルもどうしたら良いのか分からず今にも泣きそうだ。


「お…ねがい…もう…時間が…誰かが…これを…ここで…開けないと…世界は…消滅してしまう…これしか方法はもう…残されていない…」


「どう言う事!?世界が消滅?え?どっちの?」


「意味がわかんないよ!!それだったらあんたが開けばいいじゃないか?」


ハルは混乱しカイスもらしくない言い方でノーラに言葉をぶつけた。


「わた…しには、開け…ないの…ここでの記憶や知識が…ないから、隠しておいてはだめ。すぐに…世界を…私を…信じて…お願い!」


ノーラの悲痛な表情が演技ではないと感じさせる。


…見ず知らずのさっき出会ったばかりのこの人を?

どうすりゃいいんだ?下手したらなにか大きな事に関わってるんじゃねえのか?でもこの子の声…明らかにしんどそうだ…今にも死んでしまいそうな…


意を決して再びスライが手を伸ばす。


「スラ君!関わらない方が…」


カイスは再びスライの腕を掴んだ。だがスライはカイスに優しく微笑んだ。


「いや、カイ。俺この子を信じるよ。世界がどうとか大それた事だし、よくわかんねえけどさ、なんかここでこの子を見捨てたら、それこそ取り返しのつかない事になる気がするんだ」

「誰かの悪意でこれが例えばゲームをクラッシュさせる様なウィルスだったとしてもそれはそれで騙されたで済む。でもこの子の言ってる事が正しかったら?俺を選んだって言うなら…やるよ俺」


「スラ君…」


スライの決心にカイスは掴んだ手を離した。


「なあノーラ。一つ交換条件がある。いいかな?」

「な、何…もう時間がないのだけれど…」


今にも消えそうなノーラは困った顔をしている。


「今あんたがいるっていうネットカフェの場所とブース番号、あとリアルの氏名、それを教えてくれたらあんたを信じる。開けるのはその後だ」


……


「分かったわ…私は能崎 羅美…場所は東京都 港区…二木橋…スペース82というネットカフェ…ブースは23…だったかな」


一瞬困った様な顔をしていたがノーラは意外とあっさり身元を明かした。


「分かった…すぐに連絡して店員を呼ぶからな。状況説明して救急車も手配してもらう。だから絶対にその場にいてくれよ!」


「わかった…信じてくれ…て…あり…がとう…」


ノーラの身体が強烈な光に包まれ消えていく。


「え!何!!」


ハルは眩い光に目を閉じた。

消える前にスライはスキュラを受け取りノーラの手を握った。


「任せろ!お前も死ぬな!!頑張れよ!!」


身体が完全に消える直前、スライにはノーラが微笑んだ様に見えた。

部屋はいつも通りの静寂を取り戻し外ではいつの間にか雨が止んでいた。


「何かの冗談…ではないのよね?」


ハルが心配そうにスライを見つめる。


「ああ、分かんねえが…とにかくこれを開けろ…って。どう開けるんだこれ」


咄嗟に消えかけたノーラから受け取った小さな白い箱。スライはそれを入念に調べる様に見ている。だが開けるというアクションが出てくるわけでもない。


「本当に大丈夫かな?スラ君」


カイスが心配そうに開かない箱と格闘しているスライを見つめている。

引っ張ったり振ったりしていたスライだが一度諦めた様に目を閉じると意を決した様に2人に向かった。


「まあ約束したからな。とにかくあの子の身が心配だ。いたずらにせよ何にせよ確認が必要だ。ちょっと待ってて、一回ギア外してネットカフェに連絡してみる!」


「うん。それがいいと思う!」


そう言うハルの不安そうな顔を注視したままコマンドを呼び出し離席を選ぶ。現実世界でヘッドセットのバイザーを上げるとペインレスワールドでのスライはその場で箱を手にしたままフリーズし離席状態となった。


「大丈夫かな…スラ君…」


ハルがスライを心配そうにしている姿にカイスはなんとも言えない気持ちになったが首を振って邪な気持ちを振り払った。


「とにかくこれは僕達3人だけに留めておこう。何かに巻き込まれた時レッジョ全体が関わるのはまずい」


「うん…そうだね。あたし達3人なら。そういやカイ君、いつの間にログインしたの?」


「え?ああ、位置情報オフにしたままだった。僕は今日仕事早く終わったからさ。それで鎮守の森林へ素材集めに行こうと思って」


「そこでさっきの子を見つけたわけか…」


ハルは改めてノーラを発見した際の状況をカイスから聞くことにした。


スライはウェアラブルギアを外しダイニングへと向かった。冷蔵庫から500mlのミネラルウォーターを取り出すと音を立てて飲み干し目を瞑ってひとつ深呼吸をする。近くで救急車輌のサイレンが通り過ぎていくのが聞こえるとノーラの悲痛な表情がフラッシュバックする。

即座にノーラに言われたネットカフェをPCで検索すると、言っていた通りの住所が表示された。すぐ様表記された住所を確認し携帯端末で電話をかけた。


「あ、もしもし。すみません…」


…いたずらじゃ済まされないぞもう…


店員に簡潔に説明するも返ってきた言葉に唖然とした。


「お客様のおっしゃるブース番号は確かに先程野崎様が入られておりましたが…どこにもいらっしゃらない様で…こちらとしても店内を探させて頂き放送でお呼びしたのですがいらっしゃらない様です。いかがないさいますか?」


…面倒な事に巻き込まれた感じか?名前は合っていた…嘘ではなかったが既にいない…どうする?


「あのー、それで料金が未払いなのでお支払い頂きたいのですが、ご友人なのですよね?」


考えていると訝しげな口調が耳に入った。


「…え?あ、はい…もちろん」


しばらくフリーズしていたスライがその場に座り込んだ。


「どうだった!スラ君!」


待っていた2人が同時に声をかける。


「それがさ、変なんだよ…確かにブース番号23には新規で会員登録した野崎羅未って人が使用してるんだが…スタッフが確認しに行くとそこには誰もいないって…」


スライはスキュラを慎重に手のひらで確認しつつ答えた。


「は?」


返答に二人は同時に反応する。


「いや、友達だって事で店内探してもらったけど見つからないそうだ…防犯システム上一度受付をしてブースに入れば店を無断で出ることはできないらしい。防犯カメラもセンサーもあるからな。だけど野崎さんはいなくなった…いや消えたと言った方がしっくりくるのかもな」

「そんな…じゃあさっきの子は?」


ハルは不安な表情でスライに詰め寄る。


「確かにいた、でもいなくなった…って事になる。店員からも料金未払いだからなんだかんだで、とりあえず明日俺行く事になった」


「え、でも大丈夫なの?その野崎さん?怪我してるって…」


「それだけが心配なんだが…その場で出来ることも限られてて店員さんにも怪しまれるし…それにいたずらって線も拭いきれんな」


再び3人とも黙りこんでしまう。


「一応運営には報告した方がいいんじゃない?」


カイスが沈黙を破った。


「ああ、でも万が一って事もあるだろう?それにしても…これキレイダナ…」


スライはスキュラを再び見つめている。

まるで魅入られているかの様で心ここに在らずだ。


「とにかくそれ、どうするの?」


ハルの声がけに気がついたようにスライは顔を上げた。


「ああ、そうだな。でも肝心の開け方がわかんねえ、開けるって言ってもな…」

「引いてダメなら押してみろスラくんよ!」


ハルがスライの前で得意げにしている。

野崎羅未なる人物が確認できなかったことで一旦事態は落ち着いた。それにより3人ともに気が軽くなっていた。


「押す?は?」

「ダメだなー、グッと押し込むんだよ」


言われるままにスライはスキュラを両手で力一杯押し込む。


「いやダメだわ。ん?ちょっと待てよ…押しながらだと、これ回るぞ…」


スライは箱を上下に掴み押しひねる様にゆっくり動かし始めた。

金属の歯車がカチカチと少しずつ鳴るような音と共に回しきると箱が上下に分かれ間から溢れんばかりの光を発した。


「眩し!」


「なんだこれ!!」


「うわあああああああ」


3人が目を開けていられ無いほどの光が辺りを満たし耐えきれずスライは箱を見失った。やがて静寂がやってきて現実世界に自身の意識がある事に気付いた。

目を開けるとバイザー越しにいつも通りの天井が見えた。


お読みいただきありがとうございます。

更新頻度は遅いかと思いますが頑張って書き切れたらと思います。

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