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東京オフライン戦記  作者: ジンエジャール
10/10

エリスエリス

あの日、全てを失ったあの日。気づけばカビ臭く湿った空気が充満し左右上下の認識を失う程に暗い地下牢にスライは繋がれていた。

仲間達を苦しめ死に至らしめた猛毒がどの様に自身から解毒されたのか、あれからどれだけの時間が経ったのか最初は何も分からなかった。

身に纏う衣服すらなく両手に繋がれた鎖は錆びており破壊出来る気がしなかった。首輪には魔法とスキル発動を封じる魔力が込められている。

意識を取り戻した後その状況は続いた。一度にして仲間を失いその罪を背負わされ拷問の類を受ける毎日。拷問に耐えかね意識を失う、そうやって何日が過ぎたのか…あれからどれだけの時間が経ったのか暗闇と拷問官の罵倒以外スライに与えられるものはなかった。


「そろそろ罪を認めたどうなんだ?」


何日目か暗闇の向こう側、地下牢の鉄格子にぼんやりとした灯を持った何かが問いかけてきた。そう問いかけるのは暗くはっきり見えないがおそらくあの日聞いた声…騎士団長のカイムだろう。


牢の外から薄っすらと背格好だけは認識できる。


「…ってねえ…」


しゃがれた声で言ったものの無視すれば良かったと後悔した。まだ自分にはそれだけの余裕があるのか?スライは己の置かれたこの状況を常に考え続けている。意味がないと分かってはいるのだが。


「なんだ?まだ話せるじゃないか」


やはり無視すればよかった…


「ゴリオール、甘いのではないか?」


「ははー申し訳ございません。こやつやたらとしぶとくて」


拷問官のゴリオールが暗闇の中から何か金属同士を擦り合わせる音をたてながら答えた。


「今日で2週間だ。お前が大虐殺をやってのけてからそれだけの日数が経過した。それで…何か言うことは?」


スライは何も答えない。

するとゴリオールが突然スライを鞭で打った。


「貴様ぁ、自分の置かれた立場がわかっていないのか?カイム様が尋ねてらっしゃるんだぞ!」


無視していたスライだがこれには堪らず息を漏らした。


「まあ良い。あまり傷つけるなゴリオール」


「ということは!では此奴は民衆の前で?」


「ああ、裁かれるだろう。」


スライは今まで自警団クランとして罪人を騎士団へ引き渡してきたがその後罪人達がどうなるかなんて知らなかった。やったかやってないかなんて関係ない。捕らえた者は全て拷問にかけ最後は皆の前で首を刎ねる。なんて野蛮な国であろう。今更ながらそう感じた。


「私はな今までお前の様な多少は腕に覚えのあるだろう元冒険者達を見てきた。どいつもこいつもお前みたいに高を括っていたよ。だがそいつらは皆どうなったと思う?」


スライはカイムの方を見据えた。


「まあいい。戯れはこれくらいにしておこう。公開処刑の前に死んでもらっては民に示しがつかん、殺してしまいたいだろうが私の指示に従ってくれてお前には感謝している」


「ありがたきお言葉ー。ええ、ですがカイム様、いったいどうしてここまでこの者に」


「私は悔いてもらいたいのだよ。自身がやった事がいかに残酷であったかを」


「だが…こやつは反省どころかやってないと繰り返し我が騎士団の精鋭達を傷つけまでした。全くもって許せんな。それにな…」


「私はこやつの眼が気に入らないのだ」


「どれだけ痛めつけようとも、私に対し向ける眼がな。殺意を持ったその眼光を納めようとしない。そんなに殺したいか?暗く見えなくともその眼光だけは分かるぞ…大罪人」


「だが…今日はお前に朗報を持った来たぞ。大罪人よ。貴様の処刑日が決まった。明日だ。良かったな、思いの外処刑が早まって」

「それまで痛みに顔を歪め悔い改め首を洗って待つが良い。そして最期の夜を楽しめ」



「ふんっ、もう何も言えまいか…ゴリオール、わかるな?私はそいつの眼が気に入らん」


「は!カイム様の為にも私めがこやつの眼をくり抜いて差し上げましょう。このクソ生意気な眼を明日民に向ける事のない様…」


「頼んだぞ」


「ははーー…」


ぼんやりと薄っすらした灯りが遠ざかっていく。


「どうだ?聞いたか大罪人。お前の眼をこれからくり抜く。どんな気分だ?ええ?」


遠ざかるカイムを睨みつけるスライに顔を寄せゴリオールが言う。


「わしはお前のその眼が好きだぞ。グレーがかった碧いその眼。美しい、実に美しい。くり抜いてワシが可愛がる。コレクションする。どうだ?怖いか?」


ゴリオールがダガーをスライの目元に当てながら続ける。

だがスライは反応しない。痛みにも辱めにも動じない。悲しみも苦しみも封印してしまった。だがそれでも拷問するゴリオールそして面会に訪れるカイムに対し鋭い視線を送るこの眼だけはつぶらなかった。


「返事しろっ!」


反応しないスライに苛立ったのかいつもの様にゴリオールが鞭を打つ。スライの背中にまた新しい傷が浮かび上がる。


打たれる度にスライは奥歯を噛みしめる。


「なぜだ。なぜなんだ。痛みに顔を歪め泣き叫べ大罪人!」


再び鞭が打たれるがスライは動じない。

絶望したのではない、一つだけたった一つだけハッキリしている。仲間が死んだ。そしてその犯人として投獄され闘技場で見せ物にされた。そして今度は処刑されようとしている。

あの日突如現れたハイオーク、脳裏に焼き付いている仲間達の亡骸。間違いなくあれは誰かがやった。魔物を街中で召喚したのだ。誰が犯人なのか?それに対する怒りの炎が消えることはない。明日処刑されるが諦めていない。絶体絶命な状況にも関わらず復讐心に燃えている。死んでも許さない…その気持ちがスライを生かしていた。


やがてぜえぜえとゴリオールが息を切らす。


「なんだなん…なんだ貴様…全く…」


明日処刑だと聞いてふとスライは眼前で膝に手をつき息を切らすゴリオールという名のこの男に尋ねてみたくなった。


「…しいか?」


「…ああん?珍しいな貴様が口を開くなど…」


「楽し…いのか…?」


「あーはっはっは。愉快だねえ。実に愉快だ。ワタシはねえ、実は元々お前らと同じ冒険者なんだよ」


「お…前が…冒険者だ…と?」


「ああ、そうだとも。この世界になってワタシは感謝している。当初なぜ?どうして?誰が?と大騒ぎになっただろう?もしこの世界にした誰かがいるのならワタシはねその者に大いに感謝してるんだよ」


その言葉がスライに引っかかった。

この世界が置換された原因は恐らく自分にある。

あの日ノーラに出会って託されたスキュラという謎の箱。何が正解なのか分からない状況でスライ達の前で開かれた箱。それと同時に変わっていった世界。

結局あれはあの後どこいったのか?キューブ状の不思議な物体スキュラ。あれを託してノーラはいなくなってしまった。


『誰にも渡さないで!貴方達がこの世界を守って!』

そう言ったノーラに自分は何か出来たのだろうか?

結果として世界は変わった。だが自分達に出来る事は限られている。だから少しでも良くしようとクランで行動してきた。なのに良くするどころか…何もかも悪くなるばかりだ。


…ああ…今考える事じゃないな…


「さあその眼を頂こうか」


ゴリオールがダガーを握り直し呼吸を整えている。


「お前…はなぜ…拷問官など…?」


「ふはははは!それはワタシの天職だからさ!私はなお前らみたいなやつが憎くて憎くて仕方がないんだよ!どいつもこいつもなめやがって!せっかく仲良くやってたのに!リアルに置換されて現実の私の姿を見てみんな離れていった!!だからこれは復讐だ!」


「自分を偽っていたのか?」


「ククク…そうだよ。VRバイザーコンソールをいじって私は女性キャラで遊んでいた。だが世界置換は今の私にキャラクターデータを上書きしなかった」


「自業自得だろ…」


「ああ、その言葉…よくあの頃言われたよ。だからな、表向き善人面してるお前みたいな奴はハメてでも罪人にして拷問したよ…特にアバズレ達を痛めつけた時は楽しかったなぁ…」


笑い転げるようにゴリオールが答える。


「…クズめ…!」


「大罪人の貴様に言われる筋合いはねえ!沢山殺したんだろ?大切な仲間達の背後に忍び寄って刺し殺したんだろが!ワタシはそんな鬼畜に鉄槌を!制裁を!!

聖者と呼んでくれてもいいぐらいだ!やってない?嘘だ。お前は自分にすら嘘をついている!そうやってお前は…」


スライの言葉に激昂しダガーを振り回しながら暴れていたゴリオールだったが突如大人しくなった。


…?


「ぎゃああああああっぎっっぎっ」


大人しくなったゴリオールが奇声を突然上げその場でもがき倒れこむ。


「…何をやって…いる?」


倒れたかと思いきや今度は静かに立ち上がって牢の扉へと近づいていく。まるで正気を失い人形なってしまった様だ。

ゴリオールは振り返るとスライの方をまっすぐ見据え静かに発した。


「冒険者…スライ…貴様は持っている…あの箱を…」


「なんだ?何を言っている?」


「我は…天上人。貴様が持つ…スキュラを渡せ。

さすればお前の仲間を殺した者を教えよう」


「天上人…だと?スキュラなど持っていない!そんな事より教えろっ!誰が殺した!!誰が俺の仲間を!!」


「否!貴様はスキュラを持っている…持っている!持っている!!隠したな?どこへ隠した?」


突如としてゴリオールから発せられた言葉はゴリオール自身のものではないと感じた。

そしてさっきまでゴリオールだったそれは空いた手で牢の鍵を開けスライに鍵束を放り投げた。


「いいだろう、お前に生きる資格があるのならこの状況を生き抜いてみせよ。箱がお前を選んだのだ。だがそれはお前の物ではない。生き抜いて後必ずお前は箱を欲する。その時我等が取り返す。その時自ずと知るだろう。…真実を…」


まるでゲームのイベントの様に事が進む。

だがスライはこれを好機と捉えた。


「生き抜…いて…やる。だが…渡さ…ねえ」


「その時は…改めて貴様を地獄へと叩き落とすまで。

期待しているぞ…スライ…」


話し終えると同時にゴリオールが自分の眼をダガーでくり抜き始めた。


鮮血が辺り一面を染めていく。

驚きつつもスライは足元に落ちて鍵束を指に絡ませ口元へと器用に移動させた。


「まだ終わってない…ここからだ…絶対に突き止めてやる…」


千切れんばかりに伸び切った繋がれている手首へと鍵束を近づける。


「なんとしてでもここから出て突き止めてやる!!

生きる。生き抜いてやる!」


しばらくして鎖の落ちる音が微かに地下牢内をこだました。


「ロード国騎士団である!!道を空けよ!」


ロード王国騎士団が城下町の中心部、城門前の大通りをパレードの様にゆっくりと行進する。中央付近には手枷足枷をさせられ黒い頭巾と拘束具を着せられた囚人が引きずられる様に歩かされている。町には沢山の冒険者が各地から噂を聞きつけ訪れていた。特にこの大通り沿いはまるで祭の様に人々で溢れている。

処刑台は大通りの果て、頑丈な城門前に設置されており5メートル程の高さに丸太で組んだシンプルな物だった。

ロード城下町の町民は各々囁く様に訝しげにそれを見つめているが冒険者達の中には罵声を浴びせる者も少なくない。

そんな光景をマーケットで購入した林檎をかじりながら自警クラン フェスタの1人エリス・エリスが虚目に見つめている。小柄な獣人族で桃色の髪と碧い瞳が一見大人しそうな女性だが身につけている装備で練度の高い冒険者だと分かる。


…大罪人…か…


そこへ侍の出で立ちの大男が近づく。


「ここにいたかー。すげえ探したぜ?朝早くから姿見ねえからよう。それよりおいエリス聞いたかよ?」


大男が横に並ぶように立ち腕を組みつつ問う。


「何が…?」


頬杖をつき機嫌悪そうにエリスは答える。


「なんかご機嫌ななめだな…いやそれより何がってこれから処刑されるあいつだよ。先月ニブルヘイム近くの町が大火に襲われただろ?で、その時自分の仲間皆殺しにして火をつけた冒険者らしいぜ。」


そんなエリスの機嫌に気をつけつつ話す大男はライドウといいフェスタではエリスの身辺警護を勝手にやっている。


「…集団心中…本当なのかな」


ポツリと寂しそうにエリスが答えた。


「いや、トチ狂ったんだろ?でなきゃそんな事普通はしねえよ。それに監獄で大暴れして騎士団の何人かをボコボコにしたらしいぜ!ああ恐ろしい…」


「ふぅん…」


納得がいっていないかの様な返答でエリスも返す。


「てか興味なさげだけど見物するのか?」


エリスの不機嫌そうな態度がライドウは気になった。


「いやあたしは色々気に入らないからさ、確認しに来たんだよ。にしてもこれから物騒な事するってのにさ。お祭騒ぎで悪趣味だよ。」


今度は鋭い眼光でエリスは見物人達を見ている。


「まあ残酷な事件だからよ。冒険者も含めしっかりと処刑を見せつけて王国の威厳を保ちてえんじゃね?てか確認って?」


言葉を遮る様にエリスが今度はしっかりとライドウを見据える。


「ライドウはさ、どう思うわけ?」


ライドウの問いには答えずエリスが逆に質問する。

自らをしっかりと見据え問うエリスの眼は真剣だ。


「どうって?」


ライドウも真剣な表情になる。


「いやその事件についてよ。」


「エリスも覚えてんだろ?ソーン街の悲劇。丁度俺らがニブルヘイムに行った時だったよな。俺らがニブルヘイムにこもってなけりゃ被害者だったかもしれねえし、実際そんな事件に遭遇したらまあそりゃ許さねえだろうな。」


「そうじゃないよ。」


「は?」


「本当にやったと思う?」


「え?そこ?いややってんだろ?証拠も揃ってるって…」


「ふうん…」


「な、なんだよお前?」


エリスの意味深な態度にライドウは驚きつつも何かを感じ取った。


「私さ知ってんだよね、大罪人の事。」


「え!?顔見知りかよ?まあレッジョって俺らと同じ自警団の手形を持ってた数少ないクランだし有名だったけどさ。結局あいつだけ善人ぶった奴だったんだろうよ。なんだっけ、スライだっけ?しかもよサブマスターだったんだろ?」


「そんな奴じゃないよあの人は…。少なくとも友達とか仲間は絶対に裏切らない…そんな人だよ。それに…」


「それに?」


「あんなに背低かったけ?」


そう言ってエリスはワイン樽から飛び降りると食べかけの林檎をライドウへ投げた。


「は?え?ちょっとエリスどこ行くん?」


慌てて林檎を受け取るも嫌な予感がライドウを襲った。


「ちょっと聞いてくる!」


エリスはそう言って見物人の間に入っていこうとする。


「はあ?ちょっ!ちょっと待てって!」


慌ててライドウがエリスの腕を掴む。


「痛いなぁ、確認するって言ったっしょ?」


「おいおい、待て待て。お前は何を考えてんだ?」


「だってハッキリさせたいじゃん?」


「いやいやいや、お前まで大罪人扱いされちまうぞ。

いいのかよ!?いやいいわけねえだろ!」


「聞くだけだよ。ねえライドウ。もし…もしだよ。

あいつがやってなかったら…って考えてみて。」


「はあ?何言って…」


「いいから考えろよ。」


エリスの威圧的な態度にはライドウは逆らえない。


「あーうん。えっとそれはつまり真犯人がいたらって事?」


「それもだけどさ、もしそうならこんなのダメでしょ。」


「ダメ…っていうかさ、大変だよそんなん。」


「そそ。だから本人に聞くのさ。お前やったんか?って。」


「あーなるほどっておい!待てって。」


慌ててエリスを引き戻す。


「でもやってたら?それこそエリス!お前はあいつが本当に大罪人ならどうすんだ!?」


「そん時は…あたしがやる…」


ライドウの手を振りほどきエリスはどんどん集まった民衆を掻き分けて前へ進んでいく。すぐに小柄なエリスを見失いライドウは焦った。


「エリス!おい待ってよエリスー!!!」


飛び出す様に囚人の前に出たエリスは右手を挙げその処刑台までの行進を止める。


「はいはーい!すいませんーちょっといいすか?」


「なんだお前は!そこをどけ!斬り捨てるぞ!!」


護衛の騎士団が一斉に剣を抜く。


「いやーちょっとその大罪人?に聞きたい事がありまして〜」


「なんだと貴様?ふざけているのか?」


「怖ーい。あたし丸腰なんですけどー。そうやって騎士団様は丸腰の民に剣を向けるのですか!?あたしはお話聞きたいって言ってるだけですよ?」


エリスのペースに騎士団も周囲の眼を気にし剣を下ろす。


「その人が犯人かどうかは貴方達が調べたんですよね?」


エリスはわざとその場にいる他の冒険者にも聞こえる様に大声で問い、身振り手振りで徐々に囚人へと近づいていく。


「そうだ。しっかりと証拠も揃っている。それがどうした?」


「いやー私達も一応冒険者として聞いておきたいなって思ったものですから〜」


…はあああああ、なんて事を…やめてくれエリスー…


エリスの声を聞きライドウは民衆の中で顔を青ざめつつ祈りはじめた。


「その権利私達にもあると思うんですけど〜、あ、一応あたし自警クランなもので。でね、その証拠とか証言やら聞かされない状況で、はいこいつが犯人です、だから殺しまーす!じゃ私達冒険者は納得しませんよ?ねえ?」


エリスの言葉に周りの冒険者達がざわつく。


「確かに…今後いきなり逮捕されて処刑とかゾッとするな…」


「でもこいつがやったのは間違いないんだろ?」


「でもさ、言い分ってのも聞いた方がよくね?」


異様なパレードが止まり静まり返る。

エリスは限界まで囚人に近づいていくと大声で問うた。


「ねえ!あんたさ、やったの?やってないの?」


囚人は黒い頭巾で顔は見えない。

だが小刻みに震えながら首を横に振っている様にも見える。


「なにそれ?やってないって事?ねえ!喋れないの?ねえってば!」


そこに民衆を掻き分けなんとか追いついたライドウがエリスを抱きかかえる。


「な、何すんだよ!ちょっとセクハラだかんね!!」


「すいません!!悪気は無いんです悪気は!!失礼しましたー!!!」


ライドウはそう言ってエリスの口を手で塞ぎ騎士団に丁寧にお辞儀をするとそそくさとその場を後にする。


「邪魔しないでよライドウ!」


「何言ってんだお前!!殺されたいのか!?あ、ごめんなさいね、ちょっと通してください!」


見物人に頭を下げつつエリスを小脇に抱えたライドウが奥へと引っ込んでいく。


「はあ?負けないよ私!騎士団ごとき。」


「そういう問題じゃねえだろ!」


「何をやっているっ!さっさとしろ!!愚か者が!」


処刑台の上から見兼ねたカイムが叫ぶと止まっていた行進が再開された。ライドウは元いた場所に戻る形になると暴れるエリスを降ろした。そして肝を冷やしながら何事も無かった事に感謝しているがエリスは更に不機嫌になった。


「なんかおかしい…ムカつく…」


そう言ってエリスは何か考え込んでいる。


「いやでもーエリスちゃん、あれはマズいって!」


まるで子供をあやす様にライドウは必死だった。


「あんたが絶妙なタイミングで止めたから聞けなかったじゃん?どうすんのよ!!」


再び民衆の後方へと下がった2人が言い合っているが突然町中が静寂と化した。処刑台に行進がたどり着いたのだ。処刑人を縛り付けている鎖をカイムが受け取り無理矢理ひざまずかせる。


「皆の者よく聞け。この大罪人が犯した罪を貴様らはよく知っているだろう。だが先程の無知な冒険者もおられるようだ。ならばそういう者の為にも今一度確認しようではないか。」


「はあ?誰が無知だって!?」


再び向かおうとするエリスをライドウが必死に止める。


「待てって!まずは聞こうぜ!な!」


2人の光景を見つつカイムが鼻で笑うも続ける。


「この者はソーンの街で冒険者9名を殺害し、町中に火を放った。町民にも犠牲者が出ている。我々騎士団に通報が入り至急向かったところ全身血まみれでいたこやつを捕縛した。命辛々通報に奔走した目撃者によれば、黒き姿の冒険者が街中で魔器を使用。魔物召喚を繰り返し自らが所属するクランレッジョディカラブリアのメンバーを1人残らず襲わせた」


カムイの横で別の騎士団員が証拠品の魔器を掲げた。


「自分はやっていないと一貫して主張しているが大罪人は皆同じ事を言う。結局今の今まで動機が語られる事も無かった。だが動機など明らかだ。こやつの宿泊していた部屋にクラン全員分の装備と金銭が集められていた。そしてこの魔器も同じ場所で見つかっている。これは紛れもなくこやつが犯人だという証拠だ。

善を掲げ自警クランとして活動するも欲に目が眩んだのだろう。愚かな冒険者だ」


カイムの話に先程まで騒いでいた冒険者も納得したのか聞き入っている。


「私はこの国を守る騎士団長としてこれほどに残虐な事件を今まで見たことも聞いた事もなかった。そして他国では罪人クランが増加傾向にある事も懸念している。故に皆の眼前にて処刑を行う事にした。これはロード国王のご意向でもある。そして今後同じ事が起きないよう皆の心に留める為でもある。実際に各地では蛮行に手を染める冒険者も少なくない。我々はロード国王より守護を任せられている騎士団としていやロード王国の一民としてこの大罪人を決して許さない!どうだ?皆も同じ心では無いか?殺された者等の気持ちも考えてみよ。処刑進行に邪魔が入りどうなるものかと不安にも思ったが良い機会だ…この場にいる皆に問おう。この者に処刑を?それとも慈悲を?よく考えて欲しい、この者が犯した罪を!!」


「処刑だ!!」


誰かの一言でその場が一気に殺気立つ。


「許すな!殺せ!!」


処刑だ!処刑だ!処刑だ!


地鳴りのように同じ言葉が響き渡る。皆同じ事を叫びやがて同じリズムで連呼される。


カイムはその大合唱を右手を掲げ静止し民衆の中からエリス達を見つけるとそちらに向かいゆっくりと発した。


「異論はないな?無知な冒険者よ。」


それに対して怯むライドウとは正反対にワイン樽の上に仁王立ちしエリスが叫ぶ。


「あるよ!ハメられた可能性だってあるでしょ!?そもそもやってないって言ってんだからもっと調べたら?」


「おい!エリス!!」


慌てるライドウに気にもせずエリスは歯向かう。


「ほう?異論があると?だがそれは聞く必要がない。

先程の皆の声を聞いたろう?貴様以外満場一致の決断だ。では処刑を執行する!」


「は!?ちょっと待てよ!」


カイムが処刑執行を宣言すると奥から覆面をし大斧を持った大男が処刑台に現れた。


「エリスもうやめとけ。これは俺らがなんとか出来る状況じゃねえ!」


再び飛び込む勢いのエリスを引きずり下ろしライドウが諭す。


「なんだよ止めないでよ!」


それでもなんとか抜け出そうとエリスも必死に拒む。


「どうしちまったんだよ!お前なんであの大罪人にこだわる!?俺はあいつが無実だろうが人殺しのクソ野郎だろうがどっちだっていい!お前が心配なんだよっ!」


ライドウの必死な表情にエリスも躊躇した。


「さあ、よく見ておけロードの民よ!これが大罪人の姿だ!!」


カイムが囚人の頭巾に手を伸ばす。


「大罪人、スライ・スタインバーグ!皆の前で悔い改めよ!!」


…スライ…やっぱあの人だ!助けなきゃ!!


名前を聞き確信したエリスがライドウの拘束から抜け出し飛び出していく。


「エリス!!」


カイムが囚人の頭巾を大袈裟に掴むと更に畳み掛けるように発した。


「さあ!!悔い改めよ!!!!」


処刑人の顔を晒しその場で最期の言葉を言わせる手筈だった。がカイムが囚人の頭巾を力強く剥ぎ取ったまま硬直している。

エリスが処刑台前に飛び出すのとほぼ同時だった。


「な…んだと…」


カイムが囚人の顔を見て唖然としている。

エリスも必死に飛び出したものの同じく囚人の顔を見て動きを止めた。


頭巾を剥ぎ取られた囚人、スライのはずだったそれは小刻みに震えながら血の混じった涙を流す薄汚い小柄な男だった。


「え…誰…?」


エリスは呆気にとられ呆然と立ち尽くしている。


「ゴリオール!?なぜ貴様が!?どうなっている!こいつはスライ・スタインバーグではないぞ!」


カイムが激昂している。


慌てて騎士団員がゴリオールの猿轡を外すと

決壊したダムの如くゴリオールがわめき出した。


「カカカカカカイム様ーーーー!!!あたしですけ!あたしですけー!!!あなたの忠実な僕ーーー。ゴリオールでございますぅー!!お助けを!お助けをーー!!」


「何をしている…貴様…」


涙ながらカイムの前で小さくなるゴリオール。

それをまるで汚物を見るかの様な表情で見下ろしカイムは問う。


「ゴ…ゴリ…誰?」


辺り一帯がざわつく。


「あれ?どうしたの?処刑は?」


「なんか揉めてんな。」


「早くやれよ!」


見物人達が騒ぎ出す。処刑台を取り囲む様に騒ぎがみるみるうちに大きくなっていった。


「総員抜剣っ!!!大罪人がすり替わっている!!

民も含め全員を確かめろっ!!」


我に返った騎士団が剣を抜き周囲を警戒する。


「おいおいなんだどうした!!」


辺り一帯が更に騒がしくなるがカイムが素早くその騒ぎから抜け出すと大声で威圧しながらエリスの胸倉を掴んだ。その状況にその場にいた者全てがエリスを注視する。


「貴様!先程から1人だけ異論だの妨害しよって!

怪しい奴め!こいつをあらためる!!捕らえよ!」


カイムに突き飛ばされ尻餅をついたエリスは即座に騎士団に囲まれた。


「貴様…大罪人と通じているな?奴はどこだ!?」


カイムが剣を抜きつつエリスへと向ける。


「いや、知らないし。あんたらが間抜けなだけでしょ?それをあたしのせいにするわけ??」


エリスも負けじと反論する。


「ゴリオールを連れてこい!」


すぐ様騎士団の1人がゴリオールの拘束を解き乱暴にカイムの元へ連行した。


「一体どうなってる!?奴はどこにいった!?」


「カカカイム様!!あやつはあやつは!!うげっ!」


慌てて喋ろうとゴリオールは舌を噛んだのかその場で悶絶している。


「さっさと吐け!」


「ああああああ貴方の背後にぃー!!」


「何…っ!!」


カイムが振り向くと背後の騎士団員の1人が突然跳躍しエリスの前に降り立つ。

そしてすぐさまエリスの手を引くと呆気に取られた騎士団の隙をつき走り出した。


「ちょちょちょ!!!!」


「悪いな。巻き込んでしまった。」


「もしかして君は…」


騎士団の甲冑で顔は見えないがグレーがかった碧い眼に見覚えがあった。


「ああ、俺がスライ・スタインバーグだ。あんたさっきやったのか?って聞いたな?」


「あーえっとえっと。」


突然の展開に流石のエリスも頭が回らない。


「俺は無実だ。仲間を殺してなどいない!信じてもらおうなど無理だと思うが…」


走りながらスライは一瞬俯き直ぐに背後を確認した。


まるで津波の様に大勢の騎士団が一斉に二人を追っている。


微かな振動を感じる。

エリスはどうやら震えている様だ。


「すまない。怯えるのも無理はないと思う…ん?」


「…くうぅぅぅ!やっぱそうだよねうんうん!」

「…じるよ。」


スライはエリスの強い眼差しに驚いた。


「信じるよ!君はやってない!知ってる!分かってる!とにかくあたしについてきて!!」


そう言い手を引かれていたエリスがスピードを上げ逆にスライが手を引かれる形になる。


「あんた…いったい。」


「いい場所があんの!それにそのあんたってのやめてよね!あたしはエリス!さあ撒くよ!!」


そう言うと走りながらエリスが何やら詠唱し始めた。


風属性魔法により2人が風に包まれる。そしてスピードを保ったまま風属性を身に纏うとロード城下の運河に向かって同時に跳びはねた。


「いいね!息ピッタリ!!」


着地点には運河の河面しかない。


「おい!!!!船かなんかあるのかと!」


「大丈夫あたしを信じて!!」


2人の姿は運河に飛び込む状態で消え去った。

一瞬の出来事だった。追いついた何人かの騎士団員が慌てて運河に飛び込むが運河は深く飛び込んだ騎士団員が鎧の重さで溺れかける。


「助けてくれっ!!溺れ…」


「総員落ち着け!全ての門を閉じよ!虫1匹たりとも外へ出すな!捜せ!絶対に捜し出すのだ!!生死は問わん!!」


大声で怒鳴りつけるカイム、騒つく民衆。その中でライドウは気配を消しつつその場を後にした。


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