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謎の老婆との凄舌戦

昔々の物語

 昔、あるところに小さな国があった。その国の小さなお城に、

たいへん美しい姫が住んでいた。

 その姫は、顔や姿が美しいだけではなく、心も清く穏やかで、

お城で働く召使いや貧しい人々にも溢れんばかりの愛をふりそ

そいでいた。

 姫のまわりはいつも愛に満ちあふれていた。召使いや国民も

皆姫を深く愛していた。

 そんな姫にも一つの大きな悩みがあった。隣の国の王子に恋

をしていたのだ。 姫の国はいつからか隣の国と激しい戦争を繰

り返していた。敵国の王子との恋が許されないのはわかってい

る 。 姫は恋する気持ちを心の奥底に閉ざしてしまおうと強く

誓った 。

  敵国の王子に恋した幼い姫。それが国王である父や大臣たち

にわかったら大騒ぎになる。それをわかっている姫は恋する人

の名を口に出すことも出来ず、ただひたすらに心の奥底へと気

持ちを閉じこめてゆくのだった。


 星のきれいな夜のことだった。窓から空を眺めていた姫の脳

裏に浮かぶのは、敵国の王子の顔だった。それを消そうとする

と、胸がきつくしめつけられる。

 姫は両手をきつくあわせて、星空に向かってつぶやいた。

「ああ、神様。どうかこの忌まわしい戦争を終わらせて下さい

ませ。そして、あの王子様と結ばれるなら私はどんなことでも

いたします。」

 するとどこからともなく声が聞こえてきた。それは不気味な

しわがれた低い声だった。 「ふふふ、よくぞ申した姫!本当に

どんなことでもするのじゃな!」

 姫は驚いて辺りを見渡しながらいった。

「誰?神様なの?」

 それには答えず、姫のすぐ後ろからくすぶるように黒い煙が

上がった。驚いた姫は声も出ない。煙がかすれてゆくと中から

老婆の姿があらわれた。顔には無数のしわがあり、頭までかぶ

った古びた黒いフード。巨大な鼻の中央には巨大なイボがあっ

た。片手にはほうきを持ち、もう一方の手にはリンゴを持って

いた。リンゴには黒いどくろの絵までかいてある。

「ふふふ…」

 呆然とした姫は、ふるえるような小声でいった。

「あなたは誰なの?神様なの?」

 老婆は怒鳴るようにいった。

「あん!神様じゃと!ワシの顔をよく見ろ!」

「まあ、なんて醜い顔かしら!」

「やかましいわい!ほっとけ!あのなあ、このしわだらけの

顔!イボまでついた大きな鼻!黒ずくめの衣装!魔法のほう

き!しかもわかりやすように毒リンゴまで持っているんじゃ

ぞ!これのどこが神様に見えるというんじゃ!いって見ろ!」

 姫は涼しい顔をしていった。

「べつに神様見えるなんていっていないわ!神様なのって質問

しただけよ。神様に見えなければ質問も出来ないの?おかしい

わよ」   突然の反論に唖然とした老婆は顔をひきつらせて言

った。

「貴様!いわせておけば!心が清く穏やかな姫じゃなかったの

か!そんな鋭い突っ込みをいれる奴が、心が清く穏やかなわけ

がないではないか!」

「心が清くて穏やか?ふふふ。それ誰に聞いたのよ?」

 姫はニヤニヤと笑いながらいった。

「うぐっ」

 老婆は言葉につまった。

「聞かれたことに答えなさいよ!」

 姫は容赦がなかった。

「誰って…ナレーションで…」

「あなたアホね。ナレーションは私たちには聞こえないように

なっているのよ。そんなのがいちいち聞こえててごらんなさい

よ。うるさくって仕方がないわ。それに、話が楽屋ネタになっ

て品がなくなるわよ。わかっているの」

「ええい!あーいえばこーいう。こーいえばあーいう!可愛気

のない姫じゃ!」

 老婆はいらいらしながらいった。

「ふふ。別にあなたに可愛いと思われたくていってるんじゃな

いわ。あなたこそ可愛気のない老婆ね」

「可愛い老婆なんぞいるものか!老婆は本来可愛気のないもん

じゃ!」

「それはあなたの開き直りだわ!確かにあなたは醜いわよ。世

間の老婆の醜さとはグレードが違うわ!並の醜さではないわ!

この世のモノとは思えないほど醜いわ!」

「そこまでいうか…いったい何がいいたい!」

「可愛い老婆が居るかどうかって話よ。老婆が居るとするでし

ょ。でもその老婆の父親が健在だとしたらどうかしら?いくつ

になっても娘は可愛いものよ。絶対的には醜くても相対的に考

えれば可愛い可能性もあるってことよ」

「そんなことはない!」

「なぜそんなことがいえるの?」

「ワシには父は居ない!」

「やっぱり、あなたアホね!」

「なんじゃと!」

「あなたのことをいってるんじゃないわよ。お願いだから勘違

いしないで、気色悪いから。つまりね、可愛い老婆が存在する

可能性があるって事を大前提として、あなた個人に対して、可

愛気がないっていったのよ。だから、あなたの反論はピントが

ずれているわね」

「よくわからんが…」

「あっ、あなたもしかして、可愛い老婆のまれな例だっていわ

れたいんじゃないの?」

「ち、ちがう!」

「いくつになっても女は女…いつまでも可愛くありたいものね

…」

「違うっちゅーのに!」

「じゃあ、何なのよ!」

「ええい!人の話を聞かん娘じゃ!これじゃから最近の若い娘

は嫌いなんじゃ!」

「わたし、あなたと最近の若い娘に関して論じているほど暇で

はないわ。ここはわたしの部屋よ。用がないなら帰ってよ」

「いや、用はある。用があって来たんじゃ」

「何の用なの?早くいいなさいよ」

「あれ?何の用じゃったかな?いいあっているうちに忘れてし

もうたわい」

「もう、これだから年寄りって嫌いなのよ」

「そうポンポンいうでない。年寄りはいたわるものじゃ」

「あなた、年寄りの扱い方を説明するためにここに来たの?そ

のくだらないアイテムをわざわざ持って、大げさに煙まで出し

て、ひとの部屋に断りもなく!最低ね!非常識もいいところだ

わ!」

「そんないいかたをせんでもいいじゃろ!あっ、思い出したわ

い!」

「それより、あなた誰なのよ!」

 老婆はニヤリと笑いながら言った。

「ふふふ。ワシが何の用でここに来たか聞きたいか。ふふふ」

「くだらない。そんなの別に聞きたくもないわ。それよりあな

た。ごちゃごちゃと言う前に名乗ったらどうなの?神様じゃな

いのは、さっき聞いたわ。一体何者なのよ!」

「ワシの姿を見てわからぬのか?」

「異常に醜いアホ老人にしか見えないわよ」

「何ちゅーことを言うんじゃ!この娘は!」

「だって、見たままなんでしょ!」

「わかった。わかった。名乗ればいいんじゃろ名乗れば!」

「そうよ」

「聞いて驚くな!」

「あのね、いちいちそのくだらない前置きを置くのはやめてく

れない!イライラするから!」

「わかった。わかった。うるさい娘じゃな。ワシは魔法使いの

おばあさんじゃ!」

「嘘!信じられない!」

「驚いたか!」

「驚くわよ!だって、自分でおばあさんって言うんだもん!馬

鹿みたい」

「なんじゃと?」

「自分でさん付けはおかしいわ!この場合『ワシは魔法使いじ

ゃ』または『ワシは魔法使いの老婆じゃ』っていうのが正しい

表現じゃないかしら」

「うぐ。そんなところで驚いておったのか…魔法使いというの

には驚ろかんのか?」

「魔法使いのおばあさんはわかったわ。で、あなたは誰なのよ」

「だから、魔法使いのおばあさん…いや老婆じゃ」

「魔法使いのおばあさんだけじゃ名乗った事になっていないわ。

単に特技と年齢層を説明しただけじゃないの。名前を言いなさ

いよ名前を」

「う、しかし、どこへ行っても『魔法使いのおばあさん』で通

っておるぞ」

「世間で通用しても、ここでは通用しないわ。魔法使いのおば

あさんなんて世間にゴマンといるもの。ま。ここまで醜いのは

めずらしいとおもうけど…」

「いちいち角のある娘じゃな…」

「名前ぐらいあるでしょ!」

「いや、名前はない」

「どうも無理があるわね。おばあさんになる前はなんて呼ばれ

ていたのよ」

「昔からおばあさんで通っておる」

「昔っていつなのよ!わけがわからないわ!」

「ずっと昔じゃ」

「ステゴザウルスやイグアナドンがうろうろしていた時代から

すでにおばあさんだったって言うんじゃないでしょうね」

「そこまでは言わん」

「じゃあ、おばあさんの前は何だったのよ!」

「なあ、この話はこの辺で切り上げて、次の話題に行かんか?」

「何、寝言を言ってるのよ。だめ!早く答えて。おばあさんの

前は何だったの!」

「とほほ…魔法使いのおばさんじゃ…」

「ふふふ。冴えないわね」

「ほっとけ」

「で、その前は?」

「まだ聞くんか?」

「当然よ!」

「魔法使いのお姉さんじゃ」

「その前は?」

「魔法使いの少女と呼ばれておった」

「その前は?」

「魔法使いの子供」

「その前は?」

「魔法使いのややこ」

「そう、よくわかったわ。」

「やっとわかってくれたか!」

「じゃあ、用は済んだわね。とっとと帰って」

「いや、ちょっと待て」

「何よ。まだ何かあるの?」

「わしは、用があって来たんじゃ」

「用があるならそれを先に言いなさいよ。くだらない話ばかり

していないで!」

「しまいに殴るぞ!」

「どうして?」

「ワシが用件を言おうとしたら、おぬしがポンポンと次から次

へと他の話ばかりするから大事な話が言えなかったんじゃ!少

しは人の話を黙って聞いたらどうじゃ!」

「黙って聞いて欲しいなら、黙って聞けるような努力をしなさ

いよ。つまらないことをいちいち質問形式にしたり。だらだら

と長い前置きをおいたり。誰でも退屈するわよ。大体ね、人の

部屋に何のアポも取らずに入ってくること自体非常識なのに気

づかない?おまけにワケのわからない煙まで出して、聞かれる

まで名乗らないし。そんな非常識な人間がいっちょまえに説教

口調でものを言わないでよ!人間年を喰ってれば偉いってもん

じゃないのよ!」

「うぐっ。それは。…しかし、登場の仕方は話の都合上どうし

ても…」

「まだ、言い訳する気?」

「言い訳ではないが…」

「自分の非常識さを認める気はないのね」

「それは認める。」

「それなら一言謝って、出直してきなさいよ」

「で、出直すんか?」

「イヤならいいわよ。二度と来なくても」

「な。次からちゃんとアポを取ってくるから、今回だけ話を聞

いてくれんか?」

「次からって、あなた何度もここに来る気?」

「いや、お主がいやなら二度と来ないが」

「いやよ。二度と来ないで!」

「またキッパリと!」

「キッパリと言ったわ。で?」

「なあ、話だけでも聞いてはくれんか?」

「話だけって、成績の上がらないセールスマンみたいに。どう

せロクでもないはなしなんでしょ」

「いや、お主が得をする話じゃ」

「私が得を?じゃあ、あなたが損をするの?」

「そうじゃ」

「私はお姫様で、顔もいいし、お金持ちだわ。だから得をする

必要はないのよ」

「なんと傲慢な!」

「あなたは薄汚い老婆で、おまけに顔も醜いわ。頭もわるそう。

そんな人に損をさせるなんて心の美しい私にはとても出来ない

わ」

「よう言うわ」

「だから、黙ってかえりなさいよ」

「しかし、言わぬと話が進まぬぞ」

「話の進行はあなたの考える問題ではないわ」

「ま、そうじゃが。しかし、おぬし。さっき自分のことを『お

姫様』と言わんかったか?」

「言ったわ」

「自分で『お姫様』と言うのはおかしくはないのか!」

「おかしくないわよ。どうして?」

「わしは『お婆さん』と言って笑われたんじゃぞ!」

「笑うわよ。ふつう」

「なんで『お姫様』はいいんじゃ!」

「そこらにゴロゴロといる『お婆さん』如きと『お姫様』を一

緒にしないでよ。お姫様クラスのグレードになると、自分で様

をつけてもいいのよ」

「おーそうかい!よーーーーくわかったわい!」

「なによ。小学生みたいに!」

「せっかくおぬしの願い事を叶えてやろうと思って来たのに」

「私の願い事を?」

「そうじゃ!」

「私の部屋へ勝手に入ってきた汚い老人にとっとと帰って欲し

いっていう私の願いを?」

「あのな。違うじゃろ!さっき願い事を言うとったじゃろ。隣

の国の王子様がどうとか」

「ああ、あれね」

「でな、そのおぬしの願い事をわしが叶えてやろうというのじ

ゃ」

「ただで?」

「そう、だだで。いや、少し条件はある」

「そら来た!」

「何がそら来たじゃ?」

「だいたいそういうのって条件がつくのよね。わかったわ。願

い事を叶える替わりに英語の教材セットを買えっていうのね」

「違う!」

「じゃあ、羽布団のセットね」

「違うっちゅーのに!」

「違うの?じゃあ、水道の濾過器ね」

「コラコラ。話を聞かんか!」

「ん?じゃあ、一体何を売りに来たのよ。とりあえず間に合っ

ているわ」

「もの売りに来たのではない!」

「変な宗教なら入らないわよ」

「宗教でもないわい!」

「じゃあ、なんだろう?むずかしいな。ヒントを教えてよ」

「ヒントか一つだけじゃぞ。…違うっちゅーのに!クイズをし

て遊んどるんじゃない!」

「素敵な乗り突っ込みね」

「頼むから黙って話を聞けよ!」

「もう、しょうがないわね。」

「おぬしがさっき言っておった願いを叶えてやろうと言うのじ

ゃ」

「私、何か言ったかしら」

「ふぉふぉ。とばけんでもよいわ。隣の国との戦争を終わらせ

てやろうと言うのじゃ」

「戦争を?そんなことが出来るの?」

「その代わり、お主の顔と体をもらおう」

「顔と体を?それを渡せば私の顔はどうなるの?」

「わしの顔と体と交換じゃ」

「貴方の顔…」

「そうじゃ。ふぉふぉ悩むがよい。ふぉふぉ。戦争が続けば、

隣の国の王子とは永遠に結ばれることはない。顔と体を差し出

して王子と結ばれるのがよいか、今のまま永久に結ばれぬまま

がよいか。」

「それを言いに来たの?」

「そうじゃ」

「帰っていいわよ」

「何じゃと!」

「あなた。頭悪いでしょ」

「なにを!」

「よく聞きなさいよ。戦争が終わって私が王子様と結ばれるっ

ていうのは、私のこの美しい顔と体があっての話よ。多少醜く

なっても、この清らかな美しい心は王子様に通じると思うわ。

でも、貴方の顔。ぷっ。バカじゃないの?醜いにもほどがある

わ。それを交換ですって?笑かさないで。」

「うっ…」

「戦争を終わらせるぐらいじゃ安すぎるわ」

「では、何が望みじゃ」

「貴方魔法使いでしょ」

「そうじゃが…」

「私を魔法使いにして」

「何!」

「何度も言わせないで」

「おぬしを魔法使いにか!」

「そうよ」

「そんなことをすればわしが魔法使いでなくなってしまうわ

い」

「そんなこと知ったこっちゃないわ」

「しかし、それは」

「どうするの?私の顔と体が欲しいんでしょ」

「しかし、魔法が使えなくなるのは…」

「煮え切らないわね。私は醜くなるのよ。それも中途半端な醜

さではないわ。わかっているの?」

「わかった。条件をのもう」

「で、顔と体だけでいいの?」

「何?」

「私の顔と体を手に入れて何をするつもり?」

「いや、別に…」

「どうせ若い男を捕まえようと思っているんでしょ」

「いや、そんなことは考えてはおらん」

「でもね、私の顔と体を手に入れても、あなたのそのババ臭い

口調と性格で若い男が寄りつくと思っているの?」

「そう言われてみればそうじゃな。どうすればよい?」

「心も入れ替えるのよ」

「心もじゃと?」

「そう、私のこの清く美しい若々しい心よ」

「清く美しいとは思わんが…」

「ババ臭いままでいいのね」

「いや、それは困る」

「でしょ。じゃあ、体も心も入れ替えるのよ」

「そうじゃな。そうしよう」

「決まったわね」

「おう、決心はついたわい」

「じゃあ、いくわよ」

「おう」

「入れ替わったわ」

「何?」

「入れ替わったって言ってるのよ」

「何も変わってはおらんが…」

「入れ替わったじゃない。顔と体と心を入れ替えるんでしょ」

「そうじゃが」

「だから、私があなたで、あなたが私なのよ」

「へ?」

「まだわからない?」

「よくわからんが」

「全部入れ替えるって事はそういうことなの」

「何じゃと?」

「つまり、私の顔と体と心が貴方のところに行って、あなたの

顔と体と心が私のところにきたのよ。だから、私はあなただっ

たのよ。で、あなたは私だったのわかる?」

「何となくわかってきた。つまりわしがおぬしで、おぬしがわ

しじゃな」

「そうよ」

「ちょっと待ってくれんか?」

「なによ?」

「何か騙されたような気がするんじゃが」

「人聞きの悪いことを言わないでよ。ちゃんと入れ替わってい

るわよ」

「う。やっぱり顔と体だけにしておくわい」

「何よいまさら。ダメよ」

「しかし、前と変わらんでわないか」

「結果的にはね。でもそれはあなたの望んだ事よ。後でごちゃ

ごちゃと言わないで」

「な、やっぱり顔と体だけにしてくれぬか?」

「しょうがないわね…わかったわ」

「おう、そうしてくれるか、ありがたい!」

「でも、私の願いの方を先にしてもらうわよ」

「おお、そうじゃな。魔法使いじゃったな」

「そう」

「ではいくぞ」

 老婆は複雑な呪文を唱えた。

 老婆の体からは光の玉のようなものが飛び出し、姫の体の中

に飛び込んだ。

 姫は体中を電流のようなものが走るのを感じた。そして目眩

がし、しばらくは目を閉じていた。それを見ていた老婆が言っ

た。

「どうじゃ?」

「うっ」

「これでお主は魔法使いじゃ」

「ほんと?」

「本当じゃとも」

 姫は周りを見渡した。サイドボードの上に置いてある花瓶を

見つめ、小声で言った。

「猫になれ…」

 花瓶は白く光った。次の瞬間、花瓶は黒猫になっていた。

 体をなめていた黒猫は姫と老婆の存在に気づき、あわてて逃

げ出した。

「ほんとうだ。凄いわ」

 姫はうれしそうに叫んだ。

「なあ、次はわしの番じゃな」

「へ?」

「へ?じゃないじゃろ。次はわしの願いを叶えてもらう番じゃ

と言っておるんじゃ」

「ああ。いいわよ」

「じゃあ、やってくれ」

「へ?」

「はようしてくれんか」

「なにを?」

「なにを?じゃないじゃろ。お主の顔と体をもらうんじゃ」

「私がするの?」

「当然じゃろ。わしはもう魔法は使えんのじゃからな」

「私はいやよ」

「何じゃと!」

「あなたがやりなさいよ」

「じゃから、わしは魔法が使えんと言っておるじゃろ!」

「そんなの知らないわよ」

「なんじゃと!汚いぞおぬし!」

「何が汚いのよ。失礼ね。約束は守るわ。顔も体もあげるわ。

でも、交換の作業はしないわよ。そこまで約束をした覚えはな

いもの」

「でも、おぬしが魔法でする以外に方法がないじゃろ!」

「ふふ、じゃあ諦めるしかないわね」

「なんじゃと!」

「あなたが諦めてくれれば、美しいままで魔法が使える。最高

だわ」

「おぬし、謀りおったな!」

「謀ったなんて、失礼ね」

「許せん!おぬしのような汚い娘は石に!」

「石に?どうするの?」

「石に…」

「石にされたいのね」

「…」

 ニコニコとうれしそうに微笑む姫の顔を見ながら、老婆返す

言葉もなく、ただ立ちすくむだけだった。

 小さなお城の一角にある姫の部屋。そこにある老婆の石像の

ことは、小さな噂となって国中に広まっていった。



台話へ続く

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