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Vtuberの陰キャとギャルが百合する話  作者: 二葉ベス
第3章:聖夜のように綺羅びやかな毎日
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第39話:赤の聖夜。たとえ変なミジンコでも

 あたしは立ち尽くす。

 だってそうでしょ、目の前には好きな人がいて。襲うことは考えていても流石に実行するような勇気もなくて。

 でも向こうはそんなケダモノのようなあたしに気づいていないのだろう。能天気に布団に潜っていく。何の拷問だ、これは?

 あたし、これからこんな無垢で無知な女と寝るの? マジ?


「どうしたんですか、そんなところに突っ立って?」

「いや、なんでもないってば!」


 あはは、と笑ったものの内心はすごい動揺している。

 なんだこいつ。あたしのメンタルを削ってくる魔物かよ。なろう系のアニメでもそんな残酷な悪魔みたいなモンスターが出てくることないよ?

 でもいつまでもこんなところで立っている場合ではない。覚悟しろ。覚悟の準備だ。その準備には準備が必要で。えーっと。その、心の準備がさぁ。


「あ、ベッドから出るのめんどいので、電気は赤城さんが消してください」

「……友だち使い粗いなぁ」


 そうだ。青原はこういうやつだ。なんか変な気を起こしても、特に気にしないようなやつだ。

 しぶしぶ蛍光灯の電気を消すと、部屋の中は真っ暗になる。

 同時に青原がスマホの画面を使ってベッドの方へと誘導してくれた。


 というか、人のベッドに入るのとかいつぶりだよ。マジで修学旅行とか、それ以来じゃね?

 もそもそと潜り込みながら、青原に触れないようにベッドの隅に身体を乗せる。足元は少し冷たいけど、少しだけ青原が入っている温かさが伝わってきて、ほんのり安心する。


「……もっと寄ればいいじゃないですか」

「いや、でも。青原、ボディタッチ苦手じゃん」


 端っこによるのは当然それが理由で。

 あとくっつくとかしたら多分、ダメだ。緊張して寝れないと思う。今も多分ムリ。


「…………まぁ」


 そりゃそうだ。さっき肩が触れただけでめちゃくちゃ悲鳴あげてたんだから。

 でもほっぺたをつねった時はそうでもなかったし、頭を撫でてあげたときとかも許していた気がする。その判定が今でもよくわからないんだよなぁ。

 青原は、小さな声で「でも」と口にすると、見えない表情から声を出した。


「触ってる人が見えたら、安心かな、って」

「そ、そっか……っ」


 か、かわよ……。なんだこいつ。マジで青原か?!

 いま、音瑠香ちゃんインストールされてたりとかしない?!

 って、正体バレてるのにインストールする理由ないよね。目の前にいるのは青原なんだから。

 ……でも、目を閉じたら。部屋が真っ暗な今なら、音瑠香ちゃんと一緒に寝てる、って言えなくもないのか? あー、ダメダメ! そう考えたらより一層ダメだ! 推しとリスナーの距離感を履き違えるな露草! あ、でも今はオキテでもあって、露久沙でもあるわけだから、えーっと……。

 ダメだ、頭パンクしてきた。あたしはリスナーであり、相方であり、友だちであり。そんな事をたくさん考えてたら、どうにかなりそうだ。


 でも事実があるとすれば、あたしは本当に青原のことが好きってことだけ。

 じゃ、じゃあ。手とか、握ってもいいかな?


 考えている間に夜の沈黙だけが引き伸ばしにされていく。

 あたしから切り出さなきゃだ。大丈夫、慣れてる。


「あ、あのさ! ……手、とか。握ってもいい?」

「ま、まぁ。手なら……」


 布団の中がゴソゴソと何かが移動したと思えば、冷たい何かが太ももに一度触れる。


「つめた!」

「あ、すみません! わたし、冷え性だから……」

「いいっていいって!」


 おそらく触れたであろう手をめがけて、あたしも腕を伸ばして彼女の手を取った。

 本当だ、冷たい。あたしはそういうのには無縁な身体してるから有り難いけど、辛いだろうな、冷え性。

 そうやって冷静に考えていないと、好きな人の手を初めて握ったことが重大事件すぎて。

 これだけで『大切なお知らせ:音瑠香ちゃんの手を握りました』というお気持ちツイートをしてしまうところだ。


「……赤城さんの手、暖かいですね」

「普段から運動してるからじゃない?」

「運動……」

「明らかに運動不足だもんね」

「……そーですよ!」


 拗ねちゃってまぁ。そんなところがかわいいんだけど。

 確かに青原は人より劣っている点が多いかもしれない。

 でもあたしは知ってる。人付き合いが下手くそだけど、人を惹きつける何かを持っている。唯一無二のプロレベルの作画力がある。キャラデザは勉強中って言ってたけど、それだっていずれは身につけるはずだ。

 そうして徐々に人気になって。周りに人が出来始めて。イラストだって評価されて。


 考え込んだら、逆にあたしって意外となんにも持ってないんだなぁ、って思うわけで。

 人付き合いはちゃんと好きだ。好きだからみんなと接してるけど、青原みたいに裏表なしに接することは出来ない。ある種相手の求めている友だちを演じているに他ならない。

 それにプロに匹敵するような趣味とか持ってないし。


 だからVtuberはあたしに向いているとも思った。

 人付き合いとコネでどうにでもなる。相手が求める理想像を叩きつけれやれば、チャンネル登録者数は確実に増えていく。それは嬉しい。嬉しいことなんだけど……。

 多分、あたしと音瑠香ちゃんみたいな距離感で好きになる人はいないと思っている。

 いわゆるガチ恋勢ってやつだ。あたしはみんなが好き。でもその先には踏み込もうとしない。音瑠香ちゃんは、ちゃんと一人ひとりとしっかり向き合って喋っている。

 だから今ぐらいの知名度の方が、ある意味活動しやすいのかもしれない。これは理論的に考えて。多くの人は相手にできないけど、1人2人なら。みたいな狭く深い関係性が彼女にとってやりやすいんだと思った。


 それに、あたしはもっと音瑠香ちゃんを、青原を独占していたいっていう欲求もある。

 もちろん好きだからって気持ちもある。でも自分がこんなに重たい女だなんて思ってなかった。

 好きな、初恋の相手だから、青原にはこっちを振り向いてほしい。同時に音瑠香ちゃんには有名になってほしい、っていう支離滅裂な感情もあって。


「あたしって、ホントダメだなぁ」

「え?」


 つい声に出てしまった。ヤバい。そんなつもりはなかったのに。

 顔が見えなくても分かる。かなり様子をうかがっている目だ。


「あー、なんでもないよ!」

「よくないですよ! 赤城さんがダメなら、わたしはどうなるんですか!」

「あー。ミジンコ?」

「ひどい!」


 嘘だよ。実際は逆にあたしがミジンコレベルだ。

 青原にはあたしが輝いて見えるかもしれない。けれどそれは外側だけを塗り固めたもので。薄皮を剥がしたら、そこには普通の人がいるんだ。ダイヤの原石みたいな青原とは真逆。

 Vtuberとしては、多分埋もれてしまうんだろう。でも彼女は今も光り輝いている。それを持っている青原って、やっぱりすごい。


「でもさ」

「は、はい?」

「やっぱり、青原が1番推しだなって」


 それだけは伝えたかった。有名になろうが、埋もれようが。これだけはずっと言い続ける。


「ミジンコみたいなわたしがですか?」

「青原は、変なミジンコだから!」

「変ってなんですか?!」

「しー。これから寝るんでしょ?」

「……むむむ。それは、そうですけど」


 変なミジンコ。それは特異体ってことだ。

 見つけることが出来たら、新種として有名になることができる。

 例えがおかしいかもしれないけど、青原に向けている感情は多分こういうことなんだと思う。


 あたしが見つけた変なミジンコを、あたしはどうすればいいんだろうってね。


「ふふっ、じゃあ、おやすみ」

「……おやすみなさい」


 ゆっくりと目を閉じる。

 時計の針の音が、チクタク聞こえるだけ。

 もしかしたら朝目覚めたら、サンタクロースがプレゼントを運んできてくれるかもしれない。

 そうなったら、そうだなぁ。プレゼントはあたしと推しとの最適解、かな。

 ほーんと、マジでどうすりゃいいんだか。


 冷たかった手が徐々に温まっていく中、あたしも聖夜の睡魔に沈んでいくのだった。

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