第13話:青の昼食。覚悟は決まらないもの
お昼の鐘の音がなった。に、逃げよう! やっぱり実はわたしが「秋達音瑠香でーーーーす、きゃぴぴぴ!」みたいなことを言ってみろ。こういう時ギャルって「うわきっしょ」とか「あんたが音瑠香ちゃんとか、ありえないし」とかマジトーンで言われるんだ!
あぁーーーーーー怖い!!!! 怖すぎて腰が抜けた。ヤバい。椅子から動けなくなった。
「よっす青原! 一緒にお昼食べようぜー!」
「…………腰が」
「どしたん?」
「抜けた……」
どれだけ立ち上がろうとしても、上手く腰が上がらなくて椅子がちょっとだけギシギシ言いながらわたしは上下に動いているだけだった。なんというか、陰キャもここまで極まれば情けなくて泣けてくるな。
「ウケる」
「ウケんな!!!」
「ごめんごめん! あはは! いや、急に腰が抜けるとかありえるん?!」
あー、案の定笑われてしまったよ。まぁ、マジトーンの嫌われ方よりはマシだけどさ。
程なくして動けるようになったわたしは、そのまま登校中に買ってきたパンとともに2人で話せそうな場所を探すことになった。とは言っても冷静にどこが空いてるなんてことわたしには分からないので、ほぼギャル任せだった。
「んー、まぁここでいっか」
「グラウンドのベンチ?」
「うん。遊んでる男子はいるけど、あいつらどーせあたしらのこと気にしないっしょ」
「まぁ、はい」
こっちにボールとか飛んでこなければ、それいいか。
わたしたちは少し葉っぱが抜け落ちつつある木の影にあるベンチに座った。流石に11月の外は寒い。わざわざ外に出たほうが人も少ないだろうって魂胆だろうけど、わたしたちが寒さに耐えられるか、という問題もあったりなかったりする。
まぁこのギャルの気遣いには感謝ってことで。
「よーし、じゃ、いただきまーす!」
「いただきます……」
それにしてもこの高校生活2年でギャルと2人でご飯を食べるなんて初めての経験かもしれない。横にある焼きそばパンとクリームパンが目を引く。うわ、野菜ジュースを飲むJKとかこの世に存在するんだ、OLかよ。でも野菜ジュース以外だったら何を飲んだらJKっぽい、オレンジジュース? などと考えながらわたしはあんパンをもそもそと食べていた。
こんな時間が続けばいいなー。具体的にはわたしが何も言わずにこのまま帰る未来とか。
「で、なんであたしから逃げたん?」
「うぐ……」
そうは問屋が卸してくれませんよねーーーーーー!
はぁ。やっぱ言わなきゃいけないんだよなぁ。でも。でもなぁ……。
Vtuberに「実はわたしはVtuberで、あなたの推しなんですよ」って言っても、信じてもらえるかどうか……。でも問題ないっていうか。向こうはわたしのことを仮にもV友って呼んでくれてるわけだし、打ち明けてもきっと受け入れてくれるはず。
けどやっぱり、自分のネットの姿をリアルの、名も知らぬ相手に打ち明けるのは流石に抵抗があるっていうか……。
「……そんなに嫌なの?」
「いや。あっ、えっと……」
ギャルの少し怯えたような声が耳に通る。ダメだ、泣きそうだ。
自分自身が情けなさすぎて、あまりにもダメダメすぎて。
そうして沈黙が訪れる。情けないとは思いながらも、でも引っ込み思案なわたしの性格が邪魔をしてなかなか決心をつけれない。
わたしは彼女が羨ましい。何でもできて、わたしよりも人気があって。顔も声も良くて。わたしに持ってないものをすべて持っている。だから嫉妬も抱くし、劣等感だって……。
でもそんな相手に告げなきゃいけない。自分ごときがあなたの推しVtuberであることを。
「もしかして、逃げた原因ってあたしにあったりする?」
「いやっ! それは、多分違くって……。その……」
「…………」
沈黙が辛い。ただただ答えを間延びさせてるみたいで、すごく息苦しい。
わたしでさえこんなにも辛いのに、相手はもっと辛いはずだ。わたしにできること。わたしができること……。わたしが、言わなきゃなのに……っ!
「ご、ごめん! その、泣くほど嫌だった?」
「え?」
ギャルの心配そうにわたしを気にかけてくれる声が伝わる。
その言葉を聞いてハッと自分の頬を触った。少し濡れていた。雨も降ってないのに。気付けば視界も少しぼやけているというか。あっ、わたし泣いちゃったんだ。
「も、もういいから! とりあえずハンカチ! ハンカチハンカチ!」
「大丈夫! 大丈夫だから!」
自覚すればするほど、頬の上の方が引きつっていくのを感じる。確かに嫌だった。誰かに自分の別の姿を知られるのは嫌だ。でもわたしのために必死でハンカチを探して慌ててる姿を見て、さっきから自分がどれほど情けない真似をしているか、それが嫌というほど思い知らされていた。
わたしはイラスト以外は取り柄がないクソ雑魚女だ。でも、目の前でわたしのことを本気で心配してくれて、自分のせいでわたしを傷つけたんじゃないかって不安になりそうな心で、一生懸命元気を出してくれている姿に、わたしのグラグラ揺らいでた決心は固まった。
「でもっ!」
「……本当に大丈夫だから。だって、わたしはあなたの推しだもん」
「……え?」
あっけらかんと口をパックリ空けるギャルに対して、わたしの答えはスマホからツブヤイターのプロフィール画面を見せることだった。
「……これが、わたしなの」
秋達音瑠香。このプロフィールを見せて。恥じらうあまりに目線はガッツリそらして。
「えぇぇぇえええええええええ?!!!!!」
そしてギャルの衝撃のファーストシャウトが初冬の寒空に響いた。