39.秋の収穫祭とぽかりと空いた穴 side A
今年も秋の収穫祭の季節がやって来た。
彼とは毎年一緒に行ってるけど、婚約者としては初めてだ。夏休みもふたりで領地に行けなかったし、収穫祭に来てる領民にだけでも彼を紹介したいな……。
みんなに婚約を伝えるし成人したのだから、落ち着いた服にするべきかしら、とマリに話したら、地面に落ちた雛鳥でも見るような眼差しで「逆ですよ」と諭された。
2つ年上のマリは最近とても幸せそうだ。お相手は王都出身の庭師の男性で、マリは領地に家族がいるけどどうするの、と心配したら、「私は何時までもお嬢様のお側にいるので、領地に帰るつもりはありません」ときりりとした顔で宣言された。何だか嬉しくて思わず笑ってしまった。
そういう訳で、収穫祭である今日はそれなりに着飾って彼と歩いている。彼から贈られたワンピースとボレロに白のベレー帽とブーツをあわせた。彼はモスグリーンのラフなジャケット姿だ。今日も相変わらずキラキラしている。
お祭りの会場は賑わっているので、今年も離れないように手を繋ぐ。初めて手を繋いだときを思い出すといまだに照れくさい気持ちになるけど、今は平気だ。
出店を覗きながらゆっくりと歩く。お祭りに来ている人達は楽しそうで、やっぱり私はこの雰囲気に嬉しくなった。
「今年もうちの領地のテントに寄ってもいいかしら?領地の皆に貴方を紹介したいわ」
私が隣を歩く彼を見上げて言うと、彼はやんわりと微笑んだ。
これからいよいよ領地の人達に婚約者として紹介するのよね。少しでも領地のことを知ってもらえるように話をしよう。
「王都では秋の収穫祭が一番盛り上がるけど、うちの領地では『春の花祭り』が一番なの。冬の間雪に閉ざされてしまうから、春が来るととても嬉しくて。人も街もたくさん花を飾って、みんなでお祝いするのよ」
花祭りは私の大好きな祭だ。王都に似合うような大輪の花はないけど、色とりどりの花を領民達が思い思いに飾って春を祝う。
「楽しそうだね」
「それでその年結婚する女性だけが着けることができる特別な花冠があるの。凄く綺麗で、女の子達の憧れの的でね」
花嫁のための花冠は、街角で女性達が作ってくれる。髪や服にもたくさん生花を飾ってくれて、その風景はとても楽しそうで幸せなものだ。
「そうなんだ」
「だからいつか…………。もしかして、領地の話はつまらない?」
領地を思い出しながら一方的に話していた私は、彼の返事がおざなりなもののように感じて話題を止めた。
「つまらなくはないけど……、いつか兄君が継ぐものだし、僕が何かを言うべきではないと思うんだ」
彼が困ったように微笑む。
「それに頻りに僕に領民へ挨拶させようするけど、領主になるわけではないし別に必要ないんじゃないかなとも思うし」
「え……?」
一瞬、彼が何を言ってるかわからなかった。『必要ない』……けど私にとって領民は大切な……。
「君が伯爵家にいるのは結婚するまでなんだから、一番大切なのは将来ふたりで作る家族だよね」
彼が私の手を握って正面から目をあわせた。一番大切なのはふたりで作る家族。
「……そうね」
同意の言葉を言うと彼は満足そうに笑った。
確かに彼は間違ったことは言っていないのかも知れない。けど私は何故か幸せな気分にはなれず、胸の中に小さな穴がぽかりと空いたような気持ちになった。
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