3.髪飾りと美術館 side A
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男に初めて声を掛けられた日から、挨拶をされるようになった。毎朝向けられるキラキラな笑顔。友達認定?どうしよう……。
入学したばかりだし、私はむしろご令嬢の友人を増やしたい。領地にいた頃は同じ年頃の友達は限られていたし、王都の素敵なカフェでお友達と楽しくケーキ!とか夢見ていた。
そしてできれば、少しは家に貢献できる人脈を築きたい。社交は得意じゃないけど、がんばろう。
頑張って話しかけてたらひと月経つ頃には、他愛も無い話ができる友人達ができた。みんな身分に関係なく話しやすい。貴族としての人脈作りはこれから。それでも学園に通うのが楽しくなってきた。
男からは一度、「この間のお礼に」と髪飾りを渡された。必要ないと言ったけど、男爵家の商会の新商品で、宝石ではなく色硝子を使った気軽に使える物だから使ってみて欲しいと言われた。小振りでシンプルだけどキラキラしていてキレイだった。早速次の日に制服に合わせてみたら、友人達に褒められた。嬉しい。
その後も声を掛けられることは増えたけど、ほとんどは挨拶程度だった。変に意識し過ぎだったのかも。身構えてた自分が恥ずかしい……。
「今週末、一緒に美術館に行かない?」
ある日の放課後、学園内の図書館に行くためにひとりで廊下を歩いていると突然背後から声を掛けられた。
振り返ると、男が思ったより近い距離に立っていた。この人はたまに距離感がおかしい。
「父から今催してる展覧会のチケットを貰ったんだ。期限も近いし……。君が興味あればでいいんだけど」
どうしよう。その展覧会はひとりでも行こうと思ってた。ここで断って現地でばったり会ったら気不味いかな?広い館内、そうそう会うこともないから平気?それに誘いを受けたら誤解されるのでは?そもそもこんなに考えるのが気を回し過ぎ…………?
ぐるぐる考えてると目の前の男が、首を傾げて困ったように微笑んだ。品の良い仔犬みたいだ。あざと可愛い。
結局、断る言葉が見つけられなかった。
約束した日はなるべくシンプルな装いにした。変に張り切ってると思われたら、なんだか恥ずかしいし。
それでも男性と出掛けると知ったメイドのマリが、私を飾りつけようとするのに抵抗しながらだったので、ずいぶん時間が掛かってしまった。
迎えに来てくれた男は、街の雰囲気にあわせたカジュアルなジャケット姿だった。一見シンプルだけど襟や袖のデザインが変わっている。私の兄はシンプルな服が多いから、新鮮だ。見慣れた制服姿よりも少し大人っぽく見えた。
美術館に行く途中、男が恥ずかしそうに打ち明けてきた。
「実は、あまり美術には詳しくないんだ。たまにはこういう事も勉強しろって父に言われてたんだけど……、せっかくなら詳しい人と行きたいと思って。よかったら教えてくれないかな?」
「教えられるほどは詳しくはないです。少し好きなだけで……。ごめんなさい」
「いや、謝らないで!こっちこそごめんね。……正直に言うと、君と一緒なら楽しく観られるかなって思ったんだ。誘いを受けてくれて嬉しいよ!今日は楽しもう!」
男がそう言って笑うと青空の瞳と金の髪がキラキラと輝いた。本当に嬉しそうに笑う人だ。
とりとめのない会話をしながらふたりで歩くと、美術館まではあっという間だった。
館内に入ってからは静かに鑑賞する。画集で見るのとは違う絵の表情。やっぱり来てよかった。
しばらく進んでいくと、展示室の一角に観たかった絵画を見つけた。この画家の作品ではどちらかというと有名ではないもの。
橋の上を馬車が渡っている風景画。晴れた空に川の水面が輝いていて、道端には色とりどりの小花が風に揺れている、そんな何でもない日常のひと時を切り取ったような絵画。
画集で観るよりも色が鮮明で、太陽の光や温度まで感じるよう。しばらく見惚れてしまっていた。
「気持ちのいい天気だね」
不意に隣から声がしたので、驚いて振り返った。それに驚いたのか、彼も目をまん丸にしてこちらを見ていた。館内だから少し顔を寄せ、声を潜めて話してくる。
「ごめんね。急に声を掛けて。その絵を観てたらそう思ったんだ」
そうなのだ。この絵は『今日は天気がいいなぁ。気持ちがいいなぁ』って感情が溢れている。だから観てる私も、絵と一緒に機嫌良くなれるのだ。
「ううん。大丈夫。私もそう感じてたから」
私も声を潜めて言うと、彼と目を合わせて微笑んだ。
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