30.ノーステリア伯爵家との食事会 side J
今日はノーステリア伯爵家との顔合わせの日だ。
この日のために、王都を一望できる人気のレストランを手配した。父の商会と取り引きがあるため予約をすることができた。料理もなかなか美味しいし、接客も一流だから失礼はないと思う。
貴族同士の婚姻では、お互いの領地に行くことが多いらしい。けど父は仕事が忙しく、母は田舎に行くことを嫌うので、面倒がないようにと今回の形になった。
後で僕がノーステリア領に赴いて、きちんと挨拶すれば問題ないだろう。
顔合わせのために、母は朝早くから自分を磨き上げることに余念が無い。
父は仕事で昨夜から本邸に戻っていない。時間には厳しい人だから遅れることはないと思うけど、本当に戻ってくるかと心配になる。
そろそろかなと思い待っていると、着飾った母が現れた。昼の食事会だから露出は抑えているけど、赤い薔薇の刺繍がされた白いドレスは華やかだ。
「お美しいです。母上」
僕が言うと、母は満足そうに微笑んだ。
そこに父が戻ってきた。僕達を見ると慌てた様子で部屋に入っていった。きっと急いで着替えるのだろう。とにかく約束の時間には間に合いそうだ。
母はそんな父を何も言わずに目で追っていた。表情のない顔はとても冷ややかに見えた。
「下手に婚約なんてしないで、恋人として付き合えばいいんじゃないかしら?」
レストランに向かう馬車の中で今更のように母が言った。
「相手は伯爵令嬢ですし、学園を卒業したあとも付き合いを続けるなら、誠意を見せなければなりません」
「そうなの……。面倒ね」
興味をなくしたように外に目を向ける。母は隣国の紡績業が得意な伯爵家の出だけど、あまり貴族の伝統的な柵には拘らない方だ。
……さすがに彼女にそんなこと言わないよね。
レストランに着くと支配人に出迎えられた。すでに伯爵家の方々は部屋に通してくれてるそうだ。
馬車から降りてきた両親は、ふたりともまったくいつも通りだ。今日は一応僕にとって重要な日なんだけど……。
案内された部屋では、父君と兄君はすでに席についていて、彼女と母君は窓辺に立ち外を眺めていた。
並んでいるふたりは、髪の色は違うがとてもよく似ていて、彼女も将来、母君のような女性になるのだろうなと思った。悪くないね。
「これはこれは、お待たせしました」
父が商談相手にでも会うように第一声を発した。貴族としての挨拶は大事だって僕にはいつも言ってるよね?
後で聞いたら、彼女の父君は学園の後輩で面識があったそうだけど、このときは少し焦ってしまった。
僕は慌てて一歩前に出て挨拶をする。
「ネオルト男爵家の長子ジェラルドと申します。本日はお時間をいただきありがとうございます」
ノーステリア伯爵が挨拶を返してくれ、とにかく顔合わせの席を始めることができた。
ふと彼女を見ると、母に視線がくぎ付けになっていた。確かに今日の母は、お気に入りの深紅の薔薇のモチーフをあしらったドレスで気合十分だ。見られている母も満更ではないようなので、そのままでも大丈夫かな。
あらためて伯爵家の方々を見ると、やはり彼女と同じように、服装はシンプルで上質なものを好むようだ。みんな柔らかく微笑んでいて雰囲気が似ている。
しばらく会話をしていると、父が脈略もなく兄君に大学の話を聞き始めた。兄君はやんわりとこたえる。
「私は領地経営を主に学んでますが、今は特産開発に繋がりそうな加工技術についても研究してます」
秋の収穫祭で何度か会った領民達を思い出す。ああいう人たちと特産開発について話し合ったりしてるしてるのかな。
父が隣で笑い声を上げた。
「そうですか。息子にはこれから事業経営と、他国と協力した事業展開について学ばせる予定です。学内で会いましたらどうぞよろしく」
あまり研究内容は重ならない気もするけど、学内では会うこともあるだろうと思い、兄君に向かい軽く一礼した。
父が伯爵に話を戻す。
「ところでノーステリア領は風光明媚で、特に夏の避暑地に良いだと思うのですが、そういった利用はされないのですか?」
それは僕も思ったことがある。細やかな特産品を作るくらいなら、広い領地を存分に活かせばいいのに。
「避暑地としての利用はすでにされております。ただ我が領に別邸を構えてくださってる方々は、王都の柵から離れての時間を大切にされてましてね」
「開発はなされないと」
父は商機と考えていたようだけど、伯爵はまったく意に介していないようだ。
「そうですね。全くとは言いませんが、我が領を好いてくださってる方々を大切にしたいと思っております」
「なるほど!流石、伝統ある伯爵家は私どもが計り知れぬ考えをお持ちですな。ははは」
初めての顔合わせである食事会はこのように終わった。父も母も僕達の婚約に反対することはないようだ。
後日、政略的意味合いのない恋愛によるものとして、僕達の婚約は無事整えられた。
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