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塔に住む者たちと赤い靴

作者: K

「こんなところにいたのか」

声がして振り返ると、そこにはゾハルがいた。


メガネをかけた坊主頭の彼は、静謐だがすこし心配そうな眼差しで私のことを見ていた。


「……私がどこにいたっていいじゃないか。私の自由だ」

「そうはいっても、ここは風が強いし空気も冷たい。我々であっても、体には毒になる」

「……」


「それに、もうそろそろ会議の時間だ」

「ああ、知っている」ふてくされたような声を出して私は答える。


そう、今日は会議の日なのだ。だからこそ、その前にここにきて風にあたっていたのに。


「とりあえず、一緒に会議部屋にいこう」

「……」


しぶしぶと腰をあげ、尻を軽くはらいながら、私はゾハルの後をついていった。



---


私たちは、いわゆる<人間>ではなく、肉体をもたない存在だ。


<人間>からしたら妖精、妖怪、神獣、仙人といった名前で呼ばれるような存在だ。


通常の<人間>からは見えない不可視の領域で生活をしている我々は、これまた人には見えない「塔」に住み生活している。


我々は、もともと<人間>が天とか宇宙とか呼ぶ領域からここにきた。とは言っても、<人間>がいう宇宙と我々のいう宇宙では、領域や次元が違うので意味合いが異なるのだが。


<人間>ふくめ、この惑星の地上付近にいる数多の生命を観察しながら、宇宙の動きや惑星の動き、地表の動きとリンクさせたり調整したりするのが我々の仕事であり、ボランティアであり、趣味である。


---


「すまない、おそくなった」


そう言いながらゾハルが会議部屋の中にはいっていった。後についていた私は、まだムッツリとした表情のままで部屋に入る。


「どうせシルベでも探していて遅くなったんだろう」と、議長役の「緑の首長」が書類から目をそらせる事なく返答する。


会議部屋には既に人が揃っていた。その数、10。

遅れた私とゾハルをいれて12。このメンバーで色々なことを決めていくのだ。



我々は地上にいる<人間>や、その他の生物とは違い、変幻自在に姿をかえることができる。もともとは宇宙に住んでいたのだから、酸素も水も食料も必要ないし、寿命もないに等しい。基本的に不老不死なのだ。


そんな存在の我々だが、数百という数の同胞がこの塔に出入りしている。ここで生活する者もいれば、地上で気ままに生活している者もいる。


だが、ずっと塔にいて、さまざまな管理や調整、観察業務を行う者も必要だ。そういう存在を「首長」と呼ぶ。


そして、我々はこの惑星や地上の生物に対して、どういうスタンスをとるかで12のグループに分かれている。<人間>的にいえば「派閥」といったほうが通じやすいかもしれないが、上下関係とか、誰それが偉いといったものはない。善悪の定義や感情の持ち方が、人間と我々ではだいぶ異なっているのだ。


そのスタンスの違いは、足元の「靴」の色で異なっている。私は白、ゾハルは赤。議長は緑。

なぜ靴なのか?という問いには答えられない。それだけ多くの経緯や背景、意味があるのだ。


とにかく、私は「白の一派の首長」であり、ゾハルは「赤」。


そして私と彼は、<人間>でいう「敵対関係」なのだ。



---


「それでは今日の議題にはいる」と緑の議長が言う。


「何度となく議題に上がっていたが、ついに例の大陸の<人間>が戦争状態になる。で、ここにどういうスタンスで介入するか、もしくはしないのかを話し合いたい」


会議部屋の空気が、一気に静まった。


「この事案については、主に白と赤と黒が意見をもっていたようだが」

「ええ議長。私は介入すべきだと思います」と、私が答える。


「このまま見過ごしても、多くの命が消えていくでしょう。<人間>もそうだし、木々や周辺の動物たちも。さらに今回は特に規模が大きいので、いま想定している範囲の被害にとどまらない可能性も高い。たしかに<人間>の自由な意志、自由な行動は尊重すべきという話は理解できる。が、今回は介入したほうが良いと思う」


「それには私は反対だ」と、ゾハル。

「どんなに被害が大きくなっても、自由意志の尊重は絶対だ。確かに今回は多くの命が肉の身体から離れることだろう。だが、それも勉強のうちの一つだ。<人間>たちの勉強する機会をとりあげたら、それこそ今後より大きな問題をつくり、より大きな損害をだす。それを考えれば、いまのうちから痛みを知っておくことも大切だ」


周囲の空気が、よりシンと静まりかえっていく。


続いて黒が喋る。

「まあ私は、白とも赤とも違って、全部グッチャグチャに壊して滅ぼしてしまえば良いと思っているよ。そのほうが手っ取り早い。いまの<人間>の成長を見守るなんてまどろっこしいことをするよりも、もっと良い存在を育てれば良い。


 ……それに、もう十分<人間>には時間を与えたと思うが? これ以上、どう勉強させることが必要かね? もう無駄だよ、待っても。彼らは、変わらない」


三すくみな三人の意見を前に、その他の色の首長たちが困ったように沈黙している。そのなかで緑の議長が口を開く。


「……では、白、赤、黒の三人よ。それぞれの意志の強さはどうだね?今回の議案に関して、どれくらいの意志の強さをもっている?」


「私は、全力をかけます」と私。

「私も、全力で」とゾハル。

「まあ、私は別にひいてもいいよ。今回そこまで意見を通したいとは思ってはいない」と黒。


「では、もう一度、白と赤は考え直してみてくれ。もしくは、二人だけで話し合ってくれて妥協点を探ってもらってもいい。介入するとしても、時間の猶予は多少ある。それまで意見を調整するなり何なりしてほしい」


そう告げて緑の議長は別の議案に話を変えた。


---


「話し合い、だとさ」

会議の翌日、ゾハルが私のもとに訪れた。


「話し合いなんてする気はないが」と言う私に、ゾハルは小さくため息をついた。


「君は、そうやって極端な部分がある。もうすこし冷静になって落とし所を探ろうじゃないか」

「落とし所なんてないさ。また今回も大量の命を散らして平気なのかい?君たちは」

「別に平気なんかではないよ、ただ……」そう言って、ゾハルが押し黙る。


彼の姿を見て、少し悪いことをいったなという気持ちになった。我々は永遠に等しい命をもっているがゆえ、基本的にはこの地上にいる生命のことを真に理解はできない。それは私も同じだ。<人間>ふくめ、地上の存在の肩を持ってはいるが、それは単なる同情や自分のエゴなのかもしれない。これが罪悪感という感情なのだろうか?



「シルベ、君は<人間>のような重い感情をもちはじめている。注意したほうが良い」

その言葉に私はイラッとする。

「忠告なんて聞きたくないね」

「なぜそうやって、いつも私の言うことに耳を貸してくれないんだ」


悲しそうにゾハルは言う。

その姿を見て、私の胸の中には余計にグチャグチャとした何かがこんがらがり始める。この感情は一体なんなのだろう?



「もう放っといてくれ!もういい!私は、一人でやる!」


そういうと、私は塔の手すりからヒラリと身を乗りだして宙に浮き、ゾハルのほうに向いて言い放った。


「私ひとりで例の大陸に向かい、できるだけ戦争がおきないように、できるだけ命が散らされないようにしてこよう。なあに、私ひとりでも出来るさ」


「待って!待って!駄目だシルべ!!! そんなことをしたって戦争は止まらない!それに一人で動いてはならない!一人で動いたってうまくいかない!」


ゾハルの懸命の言葉に耳を貸すことなく、シルベは真っ青な空を一直線に駆け抜けて、消え去ってしまった。


「なぜ我々が12人いるのか、その意味はわかっているだろう……待ってくれ……」


今はもう見えなくなったシルベに語りかけながら力無く手すりにすがり、絶望した表情で、ゾハルはうずくまった。



---


---


---



「さて、君の弁解を聞こうか」


後ろ手に捕縛され、床の上に座らされた私の頭の上から、緑の議長の声がする。


ゾハルの制止をふりきって<人間>の世界に介入した私は、結局戦争を抑えるどころか、最悪な事態を招いてしまった。


たしかに私の介入のせいで、大陸には一時的な平和が訪れた。


が、その後、より混沌とした長い長い別の争いを招いてしまった。そしてより最悪だったのが……その大陸の多くの<人間>の魂を腐らせてしまったことだ。


腐った魂には、主体性や自発的な意志が皆無で、互いに依存しあい盲目になる。その結果、強者と弱者の乖離が激しくなり、世界はより混沌として混迷を極める。


多くの人間の魂を腐らせてしまったことで、魂の底上げという余計な仕事を増やしてしまった。しかも面倒なことに、例の大陸の人口は多い。<人間>は、集まれば集まるほど低いところに流れやすく、その様態が伝染する。つまり、魂の落下は止まるところを知らずに、しばらくは転落し続けるということだ。



「君も分かっているとは思うが、こういう事は一人でやっても無理なんだ。だから我々は12の色に分かれている。それぞれが得意なことを担当するために」


ああ、そんなことは分かっていた。分かりきっていた。


だけど、それだけ悔しかったんだ。多くの命が無駄にはかなく消えていくことを。


私の心の内を悟った緑の議長が、ため息をつく。



「……まあ、起きてしまったことは仕方ない。この状況を、君が思う『より良い状況』にするために、これからも動いていけばいいじゃないか」


そう緑の議長はいう。


取り囲む他の色の同胞は、じっと静かに私と議長を見守っている。ひとりゾハルだけは、その瞳に悲しみの色を宿している。


人間とちがって、我々には罪とか罰とか刑といったものない。この後ろ手の捕縛も、一時的に自由を奪ってここに連れてくるためのものなので他意はないのだ。だから、自分が望めば以前と同じように何食わぬ顔でここで働くことができる。



だが、私自身はもう今後の身の振り方を決めていた。



「……議長、私は降りる。堕天する」


「堕天!!!??? 正気か!シルベ!!!」


「私には……君たちには理解できないかもしれないが……罪がある。そう思ってしまった。


 私のせいで、多くの命が無駄になった。犠牲になった。


 もう私は、ここで、地上の存在たちを導いたりするような仕事は・・・もうできない。


 私が関わると、みんな不幸になる。みんなを不幸にしてしまう。


 ……君たちは『違う』と言ってくれるだろう。分かるよ。


 でも、もう無理なんだ。私には『違う』とは思えないんだ。


 だから、下に降りて、しばらく<人間>としての生を送ろう。


 それで何がどれだけ出来るかわからないけど。でも、これは贖罪だ。


 幾生も、幾生も……制限と、限界と、苦労と苦痛がある<人間>の生を受け、それぞれの生で私は働こう。


 その時、その時にできる精一杯のことを」



シーンと、水をうったように辺りは静まり返った。その静寂を、黒が下品な声で打ち破った。


「ギャハ。バッカだなあ白は。あんな肉の身をもった存在のために、なにを本気になっちゃってんの?」


その言葉を私は無表情で聞く。


「……でもまあ、そういうバカは嫌いじゃないよ。堕天した白の様子を観察するのもさぞかし楽しいだろうしね」


そういって、ピンッと何かを弾いた。それは黒く小さい石で、私の足の上に落ちた。その黒いものは、みるみるうちに私の体に同化し、溶けて消えた。


「つけときなよ、それ。白が『もういいかな』と思ったら、迎えにいってやるよ。<人間>の輪廻転生の最中でも、何回生まれかわったとしても、それは消えてなくならないからな……。お前がどの時代にどこにいるか、それをつけておけばずっと追えるからな。


……おい赤いの。お前のも付けておいてやれよ」


黒が意外なことを言い出し、ゾハルがハッとした表情でこちらを見る。


「俺のだけだと、俺がずっと見張りしなきゃいけないだろ?やだよそんなの面倒くせえ。役割分担といこうぜ。


 そもそもお前も、もっと白と話し合えばこんな事態にはならなかったからな。


 喧嘩両成敗ということで、お前のもコイツにつけておけよ」


少々謎の理論を展開する黒。その言葉に、黙ったままゾハルが私に近づき、赤い色の小さな石を差し出した。


「……必ず、迎えにいきますから……お元気で……」


小さく声を落とし、私の足の上に石を置いた。ルビーのように赤く眩い輝きを持った石は黒の時と同様、私の体のなかに溶けて消えていった。



「……シルベ、決意は固いようだな。もう我々も何も言えんし止めることもできない。どうか、無事で」

「ありがとう。代わりの白の首長は、ゾルデニャックがやってくれるでしょう」

「うむ、私からも伝えておく」



そして、私は堕天し、塔から去った。



長い永い<人間>の、旅路の、はじまりであった。




---


いま、私は、<人間>として存在しながらこの手記を書いている。



この時代は、一時期にくらべて随分と便利で暮らしやすくなった。インターネットで自由に自分の書いたものを公開することもできる。こんなふうに、「フィクション」として。



---


普通の<人間>としての人生の途中で、<シルベ>としての記憶を取り戻したとき、最初混乱し狼狽した。



ただ、「スピリチュアル」「精神世界」という名前で分類されている情報が、この記憶の意味や理解にとても役に立った。



ほんの数十年前には、この国でも大きな戦争が起き多くの命が消えていったらしい。そんな影響を感じさせない平和と栄華を、普通のこととして享受しながら<人間>をやっている。



私は、今回で終わりにするだろう。<人間>としての生を。


そうしたら、迎えにきてくれる。赤が、ゾハルが。


---


目を瞑ると、くっきりと見える。


乳白色で、淡い虹色にきらめく塔。


遠くにはニヤッと笑う小さな黒の姿。


そして目の前には坊主頭で眼鏡をかけたゾハル。



塔の階段から、赤い靴をはいたゾハルが、私に微笑みかけて手を差し伸べている。




いつも、ありがとう。


待っててくれて、ありがとう。


見守ってくれてありがとう。


心配してくれてありがとう。


わたしには、あなたたちがいた。


だから、もうだいじょうぶ。



あと、もう少し。それまでもうちょっと、この人生をがんばる。


だから、待ってて。もう少しだけ、ね。



<終>

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