想い合っている? そうですか、ではお幸せに
「コルネリアさん。実は、私のお腹には彼との子がいるんです」
半年ほど前に婚約した私――コルネリア・フレンツェは、ある日突然訪ねてきた女性にそんなことを言われてしまった。
見知らぬ女性が前もって連絡することもなく訪ねてきた時、何かがおかしいと思いはした。
明らかに不自然だったから。
だって、知り合いでもない人が突然訪問してくるなんて、誰がどう考えてもおかしいではないか。
ただ、違和感を抱いてはいたものの、会うことを拒むことはしなかった。もしかしたら何か重要な用事があるのかもしれない、と考えたからだ。それに、話を聞くこともせずに拒むのは失礼、という思いもあったのである。
だが、やはり、会わない方が良かったかもしれない。
こんなことを聞かされることになるのなら。
「彼というのは、私の婚約者のことですか?」
「はい」
「……それは事実ですか?」
「もちろんです! 嘘なんてつきません! 貴女の婚約者さんと私、想い合っているんです!」
半年ほど前に婚約した彼の名は、サインという。
私とは恋人同士だったわけではない。家柄が近かったため、婚約することとなったのだ。恋愛的な意味で互いに想い合っているわけではなかった。が、仲が悪かったわけではない。それなりに信頼し合っていた。
だから最初は事実でないと思った。
サインが女性の話をしたことなんてなかったから。
御宅の旦那の子が自分の腹にいる――そう言って金をせびる詐欺もあると耳にしたことがあった。だから、もしかしたらそういうものかもしれない、と考えて。けれども、話を聞いているうちに、詐欺ではなさそうな気もしてきた。
「サインさんは本当に優しい方です。私のことをいつも気にかけてくださいます。少しでも困っていたら、ヒーローのように、すぐに助けに来てくださるのです」
この話は本当なのかもしれない。
私がそう感じたのは、サインとのことを語る女性の表情が幸せそうなものだったからだ。
「そもそもの始まりも彼が私を助けてくれたことなのです……! 急な腹痛に困っていたところ、抱き上げてくださって、治療を受けられるところまで連れていってくださったのです。あぁ、もう、本当にお優しいっ……! 思い出すだけでもうっとりです!」
サインが他の女性と仲良くしているなんて知らなかった。想像してもみなかった。それだけに驚きは小さくなかったけれど、でも、私の心は妙に静かであった。
自分でも不思議なくらい、落ち着けている。
胸の内は乱れない。
「コルネリアさん、サインさんとの婚約を解消してくださいませんか?」
彼女は上品そうな雰囲気をまとっている人物だ。容姿、目つき、口調、すべてがお上品。だが、お上品なように振舞っているわりには、普通言いづらそうなことを平然と言ってのける豪快さがある。同性から見れば、彼女が大人しく上品なお嬢様でないことは明らか。
「なぜですか」
「貴女とサインさんの間に……お子さんはいらっしゃらないですよね?」
子どもがいないから別れろ、とでも言いたいのか。
そんなのは勝手だ。勝手過ぎる。私と彼は手続きを済ませて正式に婚約者になっているのに、それをなかったことにしろと言うのか。あり得ない。
「それはそうですけど、でも、私たちは正式に婚約しています」
「サインさんが愛しているのは私です! 婚約など関係ありません! ……それに、貴女だって、結婚するなら本当に愛し合っている者同士の方が良いと思われるでしょう?」
これにはさすがに腹が立った。
なぜこんな平然としていられるのだろう。
「だから婚約解消しろ、と?」
若干調子を強めてしまった。
でも後悔してはいない。こんなことを言われて弱々しく頷くなんて、できるわけがないのだから。そもそも私はそんなに大人しい人間ではない。やる時はやる。凛として言い返すことだってある。
「えぇ。そういうことです、構いませんよね」
「勝手に話を進めないでください。そんな話、すぐには受け入れられません」
「コルネリアさん、なぜ分かってくださらないのですか? 私たちは心から愛し合っているのですよ? 貴女と彼はそうではないでしょう。貴女のその位置、私に譲ってください。私の方がその場所に相応しいのです」
この日は一旦別れることにした。
このまま話を続けても平行線のままだろう、と考えたからである。
まずはサイン自身にも確認してみなくてはならない。先のことはそれから考えよう。本人にも聞いてみなくては話を進めることはできない。女性の発言が完全に真実かも分からないし。
◆
「……今まで黙っていてごめん」
サインは女性との関係を認めた。
正直なところがある彼だから、この状況で嘘をつくことはできなかったのだろう。
「じゃあ彼女の話は本当なのね?」
「うん」
「彼女の腹に子どもがいるというのも事実なの?」
「……うん、多分」
あぁ、やはりそうだったのか。
サインと私の間には身体の関係はなかった。婚前だから当然とも言えるのだが。ただ、婚前どころか婚約者でもない女性とは身体の関係に発展していたというのは、非常に残念だ。
「残念でならないわ。他の女性とそんな関係になっていたなんて」
彼に対する信頼はすべて崩れ去った。
もう一緒にやっていくことはできない。
「ごめん。本当に。でも、知ってしまったんだ」
「何を?」
「本当の愛っていうものを」
なぜ私に対してそれを言うの? 貴方も私の存在を鬱陶しく思っているの? 私はいない方がいいのか。私という存在は、彼と彼女の関係を邪魔する存在でしかないのか。暗に去れと言っているの? だからそんなことを言えるのだろう、と、思わずにはいられない。
「……私たち、終わりにしましょう」
「うん。ごめん」
◆
私とサインの婚約は破棄された。
婚約破棄の理由は、サインが他の女性と関係を持ったこと。それゆえ、私の評判に傷がつくことはなかった。むしろ逆で、彼の評判に傷がつくことになった。彼は慰謝料を支払うことになる。こうして、手続きは無事済んだ。
婚約者がいるにもかかわらず他の女性と交わったという話が出回ったことで、サインは恥をかくこととなったらしい。もちろん彼の両親も、恥ずかしい思いをすることになっただろう。
それだけでも十分な罰。
だが、それだけで終わる話ではなかったらしくて。
恥ずかしい噂が広がったことによって、サインは、いろんな人たちから批判を受けることとなる。職場でも悪口を言われ嫌われ、冷ややかな視線を向けられることとなったらしい。時には家に石やら何やらが投げ込まれることもあったそうだ。また、家の壁に性的な落書きをされることなども、少なくはなかったようだ。
最終的にサインは親と共に遠い地へ引っ越した。
女性もまた、気の毒な道を辿ることとなったようだ。というのも、心の底から愛し合っているはずだったのに見捨てられてしまったのである。
後に、彼女は腹の中にいた子を出産。けれどもサインは父親であることを認めなかったそうだ。そして彼は逃げるように女性の前から去っていった。サインが誠実な対応をしなかったことにショックを受けた女性は、やがて、赤子を抱いたまま崖から身を投げる。そのまま亡き人となった。
◆終わり◆