◯◯オバケ
草木も眠る丑三つ時。この家に住む坊やとその父さんお母さんも夢の中。
だけど、リビングをうろうろするのは幽霊?
「匂うぞ、匂いぞ」
いえ、幽霊というより、オバケといったほうがいいかもしれない半透明の白い影。
「ポウの鼻は、ここにお菓子があるっていっているぞ」
名前はポウ。自分がなぜオバケなのかわかりません。わかるのは、お腹がいつもからっぽだということだけ。
今日もポウはソファーの隙間に、その小さな掌を差し込んでいます。
あ、何か掴んだみたいです。
ポウの手にはビスケット。坊やが何日か前に、ソファーの隙間に滑り込ませてしまったビスケット。
「あぁ、もったいない、もったいない」
大きな口を開けてパクり。
「もっとないかな~」
ポウはリビングのあちらこちらを探します。
そんなポウを見つめる緑の小さな瞳。カーテンの向こうから、好奇心と緊張が入り混じった長い尻尾がゆらり。
「ミャウ、みぃつけた! 遊んで、遊んで」
ポウがカーテンの向こうにいるミャウに近づきます。ミャウは立ち上がり、思わず前脚を振り下ろします。ポウはカラカラと笑いながら、その前脚からスルリ。
「あはは、あはは」
ポウもミャウも、リビングのあちこちをぐーるぐる。机の上に置かれたものが床に落ちてもお構いなし。
やがて、ミャウはキッチンの前でごろり寝そべり、腹を上下させます。
「えー、おしまいなの?」
いそいそと毛繕いを始めたミャウ。追いかけっこはおしまいのようです。
「つまんないなぁ」
ラッコのようにぷかぷか浮かびながら、ポウはリビングのあちこちを見回します。
「あっ!」
見つけたのは、さっきの追いかけっこで床に落ちた円柱の缶。その缶から、水色のビニールの包みに包まれたキャンディーが一つだけ飛び出ています。
「ラッキー☆」
ポウはそのキャンディーを拾い上げ、包みを引き剥がし、お口にポイ。
「うへぇ、口の中がスースーする」
半透明の白い身体ごと、くしゃりと紙を丸めるかのように、ポウの姿が小さく小さく、そのまま消えてしまいました。
朝のリビングは大騒動。そんな中、ミャウがしきりに鳴いています。
「どうしたの、ミャウ」
ミャウの前脚に何かついていています。
「ミャウ、じっとしてて」
坊やは朝ご飯を中断して、ミャウの前足についた物を引き剥がします。
そう、ポウが食べたあのキャンディーの包みです。
「ミントのキャンディーだ。誰が食べたのかな?」
早く食べてしまいなさい。の声に首をすくませ、坊やは包みをゴミ箱にポイ。頭の中の?ごとゴミ箱に捨ててしまいました。
草木も眠る丑三つ時。今日もポウはリビングをうろうろ。そんなポウを見つめるミャウは、寝床から出てこようとしません。
「ああ、つまんない、つまんない。じっとりしたビスケットも、スースーするキャンディーもないなんて。つまんない、つまんない」
それでも諦めきれず、リビングをうろうろ。坊やが水を飲もうとリビングにやって来るのに気付きもせず。
「そこにいるのはだれ?」
驚かせ十八番のオバケが逆に驚かされた。壁に跳ね返り、跳ね返り、跳ね返り…… 坊やの目の前にポトリ。
「ひょっとしてオバケ? 」
「ポウは、オバケだぞぉ」
ヨレヨレ状態のまま、ポウは口から大きな舌を出し、両手をだらり。
「ぜんぜん怖くない。こんなオバケなら、トイレも怖くないや」
坊やは両手振ってそのままトイレに。
でも、灯りが届かない所はビクビクしてしまいます。
そんな坊やの姿を見て、ポウは身体を風船のように膨らませ、光らせながら近づきます。
「オバケ、ありがと」
無事に用をたした坊やは、冷凍庫を開け、中から小さな白い塊をポウに渡します。
「ポウ、そっくり」
坊やに促されてポウはパクり口の中。それは、ポウが今まで食べた物の中で、一番冷たくて美味しい物。
「ん~~~~ まいっ!」
ポウは両手を頬に当て、ぐんぐん登っていきます。一階の天井を通り抜け、二階の天井も通り抜け、お月様の側を通り抜けて……
ポウが再び坊やの目の前に現れたとき、ポウはオバケではなく、赤ちゃんになっていました。