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S・SST戦記 -Fragment-  作者: 赤黒伊猫
『模擬戦闘訓練記録 2XXX/05/13』
6/9

3:急転の策謀戦 -Collapse-



 -↯-



 四角い部屋がある。


 成人男性が二人並んで腕を広げれば部屋の両端に指先が付いてしまうほど狭く。幾つかの用品が控え目に設置されている以外に目を引く物はなく。六方を囲む白亜の壁面には僅かな汚れや擦り傷さえ残されていない。


 そこは寒々しいほどに殺風景で、狂気的なまでに清潔感を保たれた部屋だった。数少ない不純物の類は、壁際のベンチ上に丸めて置かれた燃料棒(カロリー・スティック)の空き袋が二本分と、その傍らに放られた空の二リットルポリタンクのみ。


 そんな虚無的な雰囲気が支配する空間の中央に、暗緑色(ダークグリーン)戦闘衣(コンバット・ギア)に身を包み全身から戦意を迸らせるケイ・サーヴァーが、無言のままに佇んでいる。


「…………」


 ケイは装備類の最終点検に取り掛かっていた。


 戦闘衣(コンバット・ギア)の着心地――接合部が外れていないか、身体にしっかりと密着しているか、動きを阻害する箇所はないか――を軽い運動によって確認する。各部の屈伸、捻り動作、突き、蹴り、スウェー、サイドステップ……。


 続いて、右腰の拳銃型武装の抜き撃ちを幾度か行い、その中に動作のブレや突っ掛かりが生じないかを試していく。最初は直立姿勢、次第に何通りかの動きを織り交ぜて。左腰の刀剣型武装に関しても同様に、抜刀から納刀までの流れを行う。


 念入りな作業を経てひとまずの納得を得ると、ようやくケイは動きを止めた。それを見計らったかのようなタイミングで、不意に微かなノイズ音が鳴った。天井隅のスピーカーがその音源だ。


《――よう、ケイ。一応確認しとくが、ルールはいつも通りで良いな?》

「時間無制限、戦場は既存の建造物から無作為(ランダム)選出、武装は非殺傷性の模造品(レプリカ)を使用、内蔵武装は直接攻撃(アタック・ウェポン)系の使用を禁止……」


 前置きもなく発せられた問い掛けに、ケイは頷きもせず応じた。


「……そして終了条件は、どちらかの補助知能(サポート・AI)が戦闘不能判定を出すまで」

《オーケイ。相互理解(コミュニケーション)能力には支障がないようでなによりだ。始まる前から会話も成り立たないくらいキレてたらどうしようかと思ってたぜ》


 嘲りと侮りを露骨に含めた口調。対し、それを聞くケイの表情はどこまでも冷え切っていた。ただし直後に彼の口から零れ出た言葉には、隠し切れない灼熱の気配が伴っている。


「口を開く度、聞くに堪えない侮辱や誹謗を垂れ流すお前には言われたくないな、ジェイ。それと、俺が仮にキレてたとしてなにか不都合があるのか? これからやるのは問答無用の殴り合いだ、お互いに遠慮なんかする必要はないと思うがな」

《なるほど。それに関してはお前の言う通りだよ、ケイ》


 スピーカーが小さなノイズを漏らす。向こうでジェイが忍び笑いでもしたのだろう。案の定、続いて発せられた彼の声には笑みの残滓があった。


《だが、俺が心配してるのはその先のことだ。例えば、前後不覚になるまでカッと来ちまったお前が、俺を本気で殺しやしないかって少しばかり不安でね》

「……あのな、ジェイ。弾も出なければ刃も付いてない訓練用の模造品(レプリカ)で、どうやったら相手を殺せるんだ?」


 言いながらケイは己の携える武装を軽く叩いた。戦闘衣(コンバット・ギア)接続箇所(ハードポイント)に収まる拳銃と刀剣は、両方とも見た目だけはケイが普段愛用する炸裂短針銃バースト・ニードル・ガン高周波刀バイブレーションソードに似ているが、実際的な殺傷能力は皆無の代物だ。


 例えば拳銃から放たれるのは実弾ではなく赤外線ポインターであり、刀剣には実体の刀身すらなく代わりに刃渡りと同じ長さの接触センサーが伸びている。それぞれ引き金を弾けば、あるいは柄を握って振れば、その都度()()()()()攻撃範囲の計算が行われる仕組みだ。


 そして命中の可否と損害度合い(ダメージ)に関しては、お互いの補助知能(サポート・AI)が緻密な演算を基に厳正な判定を下す。そこで『腕が切断された』とされれば腕が動かなくなり、また『頭部が破壊された』とされれば戦闘不能扱いだ。


 これらは重要な戦力である特戦型鋼撃兵(SST)が万が一にも不慮の喪失を被らぬよう設けられた安全装置だが、ケイとしてはやや物足りなさを感じるのもまた事実だ。理性の上では当然の措置だと納得しつつも、


(これなら、仮想空間(VRワールド)でやり合う方がまだマシだろうに)


 微かな苛立ちがケイの胸中に渦巻く。本音としてはあれだけ好き勝手言ったジェイが、結局は真剣勝負を避けているように思えてならないからだ。


 第一、模造品(レプリカ)は内部に仕込まれた慣性制御機により重量感が担保されるので、実物とほぼ変わらない使い心地こそ提供されるものの、ケイが抱く率直な感想としては『玩具』に近い。


(仮にこんな物を使って勝ったとして、果たして本当に奴を叩きのめしたことになるのか……?)


 常ならば考えもしないような思考は、やはり自分が平常心を欠いている証拠だろうか。ケイが思わず零した嘆息を聞き咎めたのか、ジェイはさらに言ってくる。


《なんだ、不満そうだな。模造品(レプリカ)が気に入らないのか? あのな、ケイ。ンな玩具に頼らなくても、俺たちの五体そのものが十分に強力な武器だろうが。その気になれば俺の首を捩じ切ることくらいできるんだぜ? なあ?》


 明らかな挑発だ。ケイは思わず怒鳴り返しそうになるのをどうにか止める。


「……馬鹿を言うな、ジェイ。いくらお前が嫌いでも、最低限の分別くらいは弁えている。大体、下らない怒り如きで行動に制御が効かなくなるようなら、俺はこれまで兵士をやれていない」


 そうして、ケイは表向き平静を保って返答することに成功した。しかし――


《ほう。その言葉、是非とも十分前のお前に聞かせてやりたいね。そうしたら、俺たちは今ここには居ないだろうからな。そうだろう? 下らない怒り如きには決して支配されない、模範的兵士の鏡であるケイ・サーヴァー少尉さんよ?》


 ――即座に送り込まれたジェイの声は、そんなケイの鉄面皮を突き崩すような鋭さに満ち満ちていた。


「――……、」


 ケイの形相が東洋の寺院に置かれるという仁王像の如くに歪む。食い縛った歯の隙間から微かな唸り声が漏れ、それでも彼は激情を叫びに変えることだけは辛うじて堪えた。


「……補助知能(サポート・AI)の判定は絶対だ」


 ケイが再び口を開くまで数秒ほどが要された。そうして一息を挟んだ後、彼は努めて平坦な口調で続きを語っていく。


「<イチョウ>や<カエデ>が俺たちの稼働状態(コンディション)を戦闘不能と判定した瞬間、お互いに一切の戦闘行動が取れなくなるのはお前も知っているだろう。それに、俺がもしお前を殺そうとしても、実行前に必ず最大レベルの行動抑制機能サプレッション・システムが発動する」


 特戦型鋼撃兵(SST)に搭載された補助知能(サポート・AI)は、宿主である鋼の兵士たちに対して絶対的な行動停止権限を保有している。それこそが、かつて起きた()()()()()の反省が生み出した、不可侵にして破壊不能の首輪であった。


 そして、その事実を電子部品(エレクトロニクス)生体式半導体(シリコーン)から成る集積回路(脳髄)に刻み付けているが故にケイは言う。ひどく苦み走った声で、噛み締めるように。


「俺はディー・トリガーとは違う。自分を制御するための糸を自ら断ち切ってしまうような、どうしようもなく破綻した狂人形とは。俺はあくまでも俺自身に与えられた役割を全うするために戦っている。今回はただ、その間隙に生じた不愉快を叩き潰すだけのことだ」


 一息に言い切ったケイに対し、何故かジェイはすぐに返答を寄越さなかった。代わりに微かな溜息のような音を挟み、


《……ま、そういうことにしておいてやるよ。さて、お喋りはここまでだ。開始宣言は<カエデ>たちが同時に出す。向こうで会おう》


 一方的に会話を打ち切った。


「……なんなんだ、あいつは」


 急変したジェイの態度にそこはかとない疑問が脳裡を過るも、それをケイは些事として振り払う。


 そうとも。ジェイ・オライアーの気まぐれは今に始まったことじゃない。奴は結局、俺の反応を楽しんでいるだけだ。何事にも達観している癖に、ふとした拍子に些細なことを面白がっては掻き回すような、傍迷惑かつ底意地悪があの男の正体なのだから。


(そうだ、今まで俺があの野郎にどれだけおちょくられてきたか……ッ!!)


 思い出すのも嫌気が差すような過去の情景が積み重なり、ケイは著しい精神負荷(ストレス)に襲われた。過熱しかけた思考を強制的に遮断し冷却する。そうすれば後に残るのは極低温の戦闘意欲と、これから臨む戦いに関する分析予測のみだ。


《――ケイ、特殊訓練室の準備が整いました。隔壁前で待機をお願いします》


 頃合い良く告げられた<イチョウ>の指示に従い、ケイは歩を進めて部屋の端へ立つ。すでに彼の集中力は十分に高まっていた。


 正面を閉ざすのは分厚い鈍色の隔壁(シャッター)だ。無味乾燥なこの室内で唯一趣を違えるそれは、戦車砲の直撃すら弾き返す頑強無比な扉となっている。その理由は単純。これから向こう側で巻き起こる戦闘の被害を、こちら側へと及ぼさないためだ。


(……()()()()()()()()()()()()()、か)


 建築面積約50,000㎡。<エクィアス連合国・国防省>の敷地内一画を丸々占有するこの正方形の建造物は、並外れて大掛かりな一種の戦闘訓練用施設(キルハウス)である。


 現在ケイが居るのは数十個ほど用意された待機室のひとつに過ぎず、隔壁の向こう側に設けられた広大な空間こそが本命となる。その正体は大雑把に表現して()()()()()()()()()()と呼ぶべきものだ。


 空間内部を満たすのは大量の無色透明な粘液。特定の電流及び電圧を掛けることで固形化する特殊な液状素材である。それを予めインプットされたデータに基づいて組み上げることで、無数の戦闘環境(シチュエーション)を再現構築することができるのだ。


 例えば、空港。例えば、軍事基地。例えば、大型商業施設(ショッピングモール)。その気になれば駅構内や遊園地(テーマパーク)や宇宙ステーションすらも、構造図のデータさえあれば細かな設置物(オブジェクト)のひとつに至るまで完璧に――流石に飲食物は対象外として――構築可能だ。


 その使用用途は非常に幅広いが、代表的なものを挙げれば主に三つ。


 対テロなどの大型建造物を対象とした突入作戦の実戦形式訓練。

 一個小隊~中隊規模の戦力同士による広域模擬戦闘訓練。

 そして新たに開発された機動兵器類の秘密稼働実験。


 しかしそれらとは別にもう一つだけ、この施設を用いる目的がある。それこそが特戦型鋼撃兵(SST)同士の模擬戦闘だ。単騎にてあらゆる敵を蹂躙し得る人型戦術兵器が、実戦以外でその全力を発揮することができるのは、千変万化にして頑強無比の水槽内だけだった。


 今からケイはそこへ踏み込む。人造の身体に、模造品の武装を携え、仮想の戦場へと。そこにただひとつ真実があるとすれば、ケイの内で赤々と燃え盛る戦意の炎だけだろう。


「――……、」


 そうしてケイは一度深呼吸をしてから、己の補助知能(サポート・AI)へ向けて告げた。


「俺の準備はできた。扉を開けてくれ、<イチョウ>」

《こっちも準備オーケイだ。始めようぜ、<カエデ>》


 時を同じくして天井隅のスピーカーが声を発する。戦闘準備完了。その報せを受けたお互いの補助知能(サポート・AI)は、完全同期で一言一句同じ文言を宣した。


《状況開始要求を受諾。これよりケイ・サーヴァー少尉並びにジェイ・オライアー中尉の実戦形式模擬戦闘訓練シミュレーション・プログラムを開始します。隔壁開放までの秒読み開始(カウントダウン)。5、4、3、2、1――》


 ゼロ。開錠の合図と同時に隔壁が上方へと高速で引き上げられる(収納)。けたたましい鉄の擦過音を聞きながらケイが踏み込んだ先は、待機室よりもさらに狭い長方形の部屋。それは組み上げられた戦場へ兵士を送り込むための運搬機だ。


 発進ボタンを押し込めば隔壁は閉じ、慣性を一切感じさせない滑らかな動作で移動を開始する。到着までは五秒。再び開いた隔壁の先に風景を捉えた瞬間、ケイは全力で地を蹴り戦場へ身を投じた。



 -↯-



 そして、ケイ・サーヴァーの知覚する世界が瞬時に変貌する。



 -↯-



「――ッ!」


 戦場へ降り立った俺が真っ先に試みたのは、周辺状況の分析だ。


 まずは敵性存在の有無について。敵対的な動きを見せる人影、あるいはこちらへ接近する器物、その他に害意を孕んだあらゆる脅威の察知を最優先として行う。


 それが済んだら至近設置物(オブジェクト)の確認だ。それぞれの種類と位置、サイズの大小及び状態、そして設置間隔とそこに敵の作為が潜んでいないかをつぶさに警戒する。


 最後にそれらの情報を統合した上で、有効活用のできそうな、また逆に潜在的な危険を及ぼしそうな要素がないかを複合的視点から判断していく。


(床と天井がある。屋内か。かなり広いが見通しは悪い。非常に複雑で立体的な構造体だ。また全体的に薄暗い。光源が窓以外に存在しないのか。機能停止したなんらかの施設だな。設置物は工作用機械が大半。いずれも埃と錆がひどい。その他に螺子やら配線やら各種原料やらが彼方此方に山積み――)


 要する時間は一瞬。鋼撃兵(SST)多機能視覚装置マルチ・サイト・システムは、高速で流れる景色の中から必要な情報のみを選り分け、さらに個別に高精度の分析をすることができる。文字通り()()()()()の間に、俺は目に見える限りのすべてを把握し終えた。


(――なるほど、な)


 そうして俺は入場時の速度を保ったまま、最も手近な遮蔽物の裏側へ素早く滑り込んだ。所々に錆を浮かせた分厚い工作机は、大抵の銃弾を遮るのに十分な強度があることは分かっている。冷たく硬い鉄の感触に背を預ければ、ちょうど全身が影の中に納まった。


 その状態で息を殺し、三秒待つ。


 周囲から物音はなし。動体の気配もない。風の流れすら皆無だ。

 無人故の静寂と不動。その事実を呑み込めば理解が成る。

 今回、戦場として想定された戦闘環境(シチュエーション)は――


(……廃工場の内部か!)


 確信を得たと同時、即座に<イチョウ>へ命令を下す。


 ――<イチョウ>。ここと合致する建造物を検索し、内部構造図を表示しろ。


《了解。――検索完了。この建造物を<エクィアス連合国南部・バンデルス州ナスタル市クレイ町・第三自動車工場>と認定。中央軍情報庫(ライブラリ)より全体見取り図をダウンロードします。――完了。記憶領域内に展開します》


 その文言が極めて滑らかに脳裡を流れたと同時、思考に廃工場の詳細な構造図が()()()()()()


 その感覚を例えるならば、3Dで構成された精巧な模型図が、突然視覚の()()に現れたようなものだ。常人ならばひどい違和感によって混乱と吐き気を覚えるだろうが、鋼撃兵(SST)の情報処理能力は軍用演算装置(プロセッサ)を遥かに上回る。


 俺は脳殻内の構造図を自由自在に動かし、必要に応じて拡大と縮小を繰り返しながら、あらゆる角度から眺めた。数秒と経たず精査は完了。もはやこの廃工場は幾度となく訪れ、隅々まで調べ回った遊び場も同然である。目を瞑っていても道に迷うことはない。


(――俺が居るのは、……三階東端の工作室か)


 最後に現在位置――お互いの開始位置についても無作為(ランダム)だ――を割り出し、これでひとまず戦闘準備は整った。ケイは物陰から慎重に身を乗り出し、全身の感覚機能を総動員して敵の気配を探りながら考える。


(さて、どう攻めるか)


 或いは、どう迎え撃つか。なにせ、


(現時点での条件は、恐らく五分と五分だ)


 情報分析能力に関して、姉妹機である<イチョウ>と<カエデ>の間に差はない。つまり俺が知っていることはジェイも当然知っているはずなので、例えば相手の無知を利用して袋小路に追い込むような手段は取れないだろう。


 故に、採るべき選択肢は二つに絞られる。


(敵を捜すか、罠を仕掛けて待ち受けるか、だ)


 どちらを選んでも、それぞれにメリットとデメリットがある。前者は優位な位置取りを得やすいが、その一方で敵に行動を悟られやすい。後者は万全の体勢を整えることができるが、その代わりに敵に猶予を与えてしまう。


 また、お互いに相手の位置が分からないのも同じなので、不用意に動けば鉢合わせの危険がある。曲がり角で突然向かい合い、そこから撃ち合いへ縺れ込むのは流石に御免被りたかった。


 何故なら俺の予想が正しければ、


(ジェイの装備は、遭遇戦に特化した組み合わせになっているはずだ)


 俺が拳銃と刀剣の組み合わせを好むように、ジェイにも装備選択の癖がある。無論、何パターンかの差異はあるだろうが、ジェイはほぼ一貫して大火力武装を用いての正面突破と広域殲滅を好む傾向が顕著だ。


(……派手で無差別かつ大雑把。その印象は実際には異なる。ジェイは徹底した現実主義者(リアリスト)効率主義者(ラショナリスト)だ。目的達成には手段を選ばないし、常に最短最速の道筋を辿ろうとする)


 それが必要と判断したならば、建造物のひとつやふたつは平然と叩き壊す男だ。とはいえ今回に限ってはそこまではすまい。自分自身も巻き込む可能性があるからだ。また戦闘環境(シチュエーション)の設定が事前に知らされることはないので、


(屋内での戦いならばどんな戦闘環境(シチュエーション)でも安定して威力を発揮でき、その中でも攻撃力と命中性に秀でた武装をジェイは選ぶはず。そうなると恐らく、主兵装は散弾銃。それもあいつの好きな赤熱散弾銃(ヒート・ショットガン)だろうな)


 太長いロール紙に弾倉(マガジン)銃把(グリップ)を取り付けたような外見のそれは、赤熱化した散弾を自動連射式(フルオート)でばら撒くという、開発者の狂ったセンスが存分に発揮されたようなイカレた代物だ。


 似たような武装にマグネシウムペレットを用いた『ドラゴンブレス弾』というものがあるが、あれはどちらかといえば虚仮威しの意味合いが強い。無論、焼夷効果があるので生身の人間にとっては脅威だし、竜の息吹の名に相応しい火焔噴射は絶大な威嚇効果を有している。


 しかし赤熱散弾銃(ヒート・ショットガン)が放つのは、超高温の()()()()()()だ。


 その威力たるや前述した『ドラゴンブレス弾』の比ではなく、掠っただけでも人体程度は一瞬にして消し炭と化す。当然それは鋼撃兵(SST)とて例外ではない。至近距離で直撃すれば一撃で戦闘不能にまで追い込まれるだろう。


自己先鋭化セルフ・シャープニング現象による驚異的な侵徹能力と、素材由来の強烈な焼夷効果の重ね掛けを得た、自動連射式(フルオート)の強装散弾銃。実際に見たことがなければ冗談としか思えないような怪物武器だぜ、あれは……)


 なによりあれは、弾倉(マガジン)一杯を撃ち切ることで電磁斥力場(バリア・フィールド)すらも強引に突破できる能力を持っている。数百発近い打撃力が高威力を伴って一挙に襲い掛かることで、電磁斥力場(バリア・フィールド)が一種のオーバーフローを起こすためだ。


(堪えようとして無理に出力を引き上げれば、それだけで純熱量(カロリック)をごっそり持っていかれる。そうなればエネルギー切れ寸前、その後の戦いに大きなハンディキャップを被ることになる)


 少なくとも、ジェイの前で無防備に身体を晒すようなことは絶対に避けなければならない。例えモノが模造品(レプリカ)でも威力判定は実物基準だ。まともに喰らえば一撃で試合終了(ゲームセット)となる。


 そして、奴はその軽薄な言動からは想像もできない冷徹にして計算高い狩人だ。一度射程内に捉えた獲物を逃すことなど有り得ないだろう。


(……俺も、同じ武器を持ってくるべきだったか?)


 一瞬だけ過った思考は即座に否定した。同じ武器で対決する場合、勝敗を分けるのは使い手の技量だ。赤熱散弾銃(ヒート・ショットガン)の取り扱いに関して、俺とジェイではその巧拙に天地ほどの差があることは、悔しいが認めざるを得ない。


(結局のところ、俺は俺自身の得意分野で立ち向かうしかないってことだ)


 即ち、機動性と精密性を活かした中~近距離での立ち回りだ。要は奇襲を成功させ、そのまま間断なく攻め立てて押し切るに尽きる。これまでもジェイ相手にはそうやって勝ってきたのだ。


(いつも通り、か)


 単純なそれが一番難しい。が、地の利はむしろ俺の側にある。戦場がこれだけ複雑な構造をしているならば、奇襲の起点として利用できそうな箇所は無数に存在しているからだ。鋼撃兵(SST)を相手に長時間は欺けずとも、一瞬の隙さえあれば決着には十分。


(一太刀で、奴の首を獲る)


 そして散弾銃の射程より内側での斬り合いならば、俺の方が僅かに技量で勝る。奴とは数え切れない回数の模擬戦闘をこれまでに熟しているが、格闘戦に持ち込んだ場合の勝敗比率は6:4で不動だ。最悪、徒手空拳でも競り勝てるだろう。


(そうなると、問題はどう接近するかだ)


 俺は思索に耽りつつ、周囲の状況を改めて見やった。


 永久の眠りに横たえられた薄闇の奥からは、今にも鉄錆と機械油の濃厚な匂いが漂ってくるような気配があるが、俺の嗅覚は一切を『無臭』であると判定する。俺が視界に捉えているすべては、ほんの数分前に構築された贋作でしかないからだ。


 錆と埃に塗れた工作机も、日に焼けて色褪せた案内板も、年季の入った各種工作機械も、床に散らばる螺子のひとつでさえ、なにもかもが元を正せば無色透明の粘液製である。それらは幾ら壊したところで気兼ねをする必要はない。


(この戦いが終われば全部素材に戻るからな)


 年に一度は総入れ替えをするが、液状素材は複数回に渡る使い回しが可能だ。一々実物を組み上げるよりは遥かに低費用(ローコスト)で済むのは大きな利点だろう。


 その一方で設置物(オブジェクト)の強度や質感は、それぞれの物品がほぼ忠実に再現されているのだ。例えば鋼鉄製の扉は遮蔽物として十分に利用可能だし、粉塵の詰まった袋があれば一瞬の目眩ましに使えるだろう。


(毒性を発揮する物質、燃焼性・起爆性のある物質だけは事前に個別設定しなければ出現しないが、油の類があればそれが()()ことまでは再現されている。……余裕があれば探してみるか、罠に使えるかもしれない)


 またそれらの性質は“音”に関しても同様だ。


 硬い物を叩けばそれなりの音がするし、逆に柔らかい物に触れてもほぼ無音だ。翻って廃工場という空間は硬質の物体で満たされている。つまり大きなアクションを起こせば確実に盛大な音が鳴り響くので、不用意な動作は敵に現在地を教える危険に直結するのだ。


(勿論、敢えて騒音を立てれば相手の判断基準を惑わせられるかもしれないが、あまり意味はないだろうな。音の鳴った位置とタイミングを分析すれば、相手がどこからどこへ移動したのかくらいは、そこまで時間を掛けずに推察できる……)


 だからこそ俺はこれまで一言も発することなく、また開始地点から一歩も動いていないのだが、


(……妙だな)


 不意に、疑念が脳裡を走り抜けた。


 戦闘開始からすでに数分が経とうとしているが、俺の聴覚機能は一切の物音を捉えていない。それはつまり、ジェイもまた俺と同じように開始地点に留まり続けていることを意味する。


 これは想定されるジェイの装備と戦術から鑑みるに、大分奇妙なことだった。


(普段のジェイなら今頃さっさと動き出して、俺を捜し始めているはずだ。なんなら一直線に俺の居場所を目指していてもおかしくない。……あいつは妙に勘が利くというか、総合的な判断能力がずば抜けているからな)


 そうなると普段とは趣向を変えて、なんらかの罠を仕掛けているのだろうか。だとすれば今すぐにでも俺は動くべきだろう。時間を与えれば与えるほど後々の戦局はこちらに不利となる。


 ――<イチョウ>、どう思う?


 自分だけでは判断が付かず、脳殻内の相棒(パートナー)に意見を求めてみるも、返ってきたのは「判断材料が乏しいので分からない」という至極当たり前の答えだった。


(……攻め、るか)


 僅かな迷いと躊躇いを経て、俺は自ら行動を起こすことにした。


 ジェイがすでに迎撃準備を整えてこちらを待ち構えている可能性もあるが、ある程度の奇襲攻撃は多機能視覚装置マルチ・サイト・システム体表感知器(スキン・センサー)の合わせ技で事前察知が可能だ。また音波探知機(スキャニング・ソナー)を用いるのは現時点では止めておいた。こちらの位置を晒すも同然だからだ。


 俺は意志を固める。十分に警戒をしつつ最大限の隠密行動を心掛ければ、ジェイの裏を掻くことは決して不可能ではない。想定される侵攻ルートは幾つか候補があるが、


(……工場中央の一階から三階までを貫く吹き抜けを降りるか、資材倉庫側の通路を通っての回り込みが有効か? あるいは二階に降りて一回りするか。いっそ加速装置(アクセラレイター)を起動して虱潰しにするって手も――)


 俺がそこまで考えた、その時だった。


(――……なんだ?)


 遥か階下から、激しい打撃音が連続で響いてきたのは。


 ――<イチョウ>ッ!! この音源を特定しろッ!!


 急激に膨れ上がる危機感に背を押され、俺は<イチョウ>へと指示を出す。何が起きたかは考えるまでもない。とうとうジェイが動き出したのだ。それも恐らくは加速装置(アクセラレイター)を用いての高速移動を以て。


(俺の現在位置を悟って一気に攻勢を仕掛けてくるつもりか!? クソ、だったらもう少し早く動けばいいものを、なにを今までダラダラと……!!) 


 ひりつくような焦燥感が背を駆け上るのとは裏腹、俺は口元に笑みが浮かぶのを自覚する。ようやく戦いが始まったという実感があったからだ。むしろ今まで待たされていた反動で、喜びに近い感情が湧き上がってくる。


(来るなら来い、ジェイ・オライアー……!!)


 俺は意気を構えてジェイの到達を待ち構えた。


 しかし直後に<イチョウ>が発した一言が、俺の気構えを粉微塵に打ち砕くことになる。彼女は端的にこう告げたのだ。



 -↯-



《――警告。ジェイ・オライアーと思しき敵性存在は、この建造物の一階外周部を一回りするように駆け抜けた模様。また緊急性の高い追加報告として、その移動経路に於いて複数の()()()が発生しています》



 -↯-



 その報告が思考に染みたと同時、俺は泡を喰って走り出した。

 一歩目から全速力。警戒も慎重さもかなぐり捨て地を蹴り付ける。

 何故ならば、俺は一刻も早くこの場を離れなければならないからだ。


(……ふ、ざ、け、る、な、あの野郎ッ!!)


 焦燥と後悔が入り混じり、憤怒に近い感情となって思考内を荒れ狂う。


 俺はすでに理解していた。

 ジェイがこれまで何をしていたか。

 そして突如として発生した現象の意味を。


 端的に言って、ジェイはやはり罠を仕掛けていたのである。それもただ一度発動するだけで、戦局を取り返しのつかないレベルで動かすほどの致命的な罠を。それを俺は端から「そんな戦法は有り得ない」と高を括り見過ごしてしまった。


 なんという愚鈍さだ。意味のない想定を弄び、まだ手元にすら来ていない勝機をさも掴んだかの如く錯覚し、無駄な時間を過ごし続けていた大間抜け以外の何者でもない。


 そう、ジェイはただ動かずにいたのではなく、じっくりと分析していたのだ。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を……ッ!!)


 答えは即座に示される。唸り始めた地響きは一瞬にして周囲一帯を巻き込む大振動と化し、眼前に見える廃工場の風景は、巨人の手で握り潰されるかの如く猛烈な勢いで崩壊を始めた。


「――ッ!!」


 咄嗟に発した叫びは、畳み掛ける音の津波を前に容易く掻き消された。すべてが闇に閉ざされる寸前、俺の脳裡を閃光めいて過ったのは「敗北」の二文字だった。



 -↯-



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