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S・SST戦記 -Fragment-  作者: 赤黒伊猫
『模擬戦闘訓練記録 2XXX/05/13』
4/9

1:夕陽の市街戦 -Mock battle-

※先に「雷鎚の鋼撃兵」を読んでおくことをお勧めします。



 -↯-



 燃えるような茜色が頭上を染め上げている。


 西の方角へぐるりと視界を巡らせば、茜色は徐々に深まりやがて真紅へと移り変わる。鮮烈なグラデーションの最深端に煌々と輝く太陽は、すでに下半分ほどを地平線の向こうに隠していた。視界を焼き尽くすような強烈な輝きに、俺は思わず目を細めた。途端、頭の中に声が響く。


《――警告。視覚機能が過剰な光量を捉えています。このまま対象物を直視し続けた場合、貴官の網膜に損傷が発生する恐れがあります。速やかに多機能視覚装置マルチ・サイト・システムの遮光機能を使用するか、対象物を視界から外してください》


 電子的に合成された『落ち着いた女性の声音』の導きに従い、俺は若干の残念を感じながら陽光から眼を逸らした。すると、頭の中の声は幾分か申し訳なさそうに――なんとなくそう感じられた――言葉を続けてきた。


《ご協力ありがとうございます、ケイ。それと、ご観覧中に失礼致しました》

「いや、俺の方こそ余所見してて悪かった。夕焼けを眺めるのが久しぶりな気がして、ついな」


 言ってから、苦笑。


「……なんて、自己欺瞞にも程があるかな。なにせ鑑賞者と対象物の両方ともが()()()()なんだ。人並みに『感動』してみたところで滑稽でしかない。ジェイ辺りが知ったら大笑いするだろうな」


 自嘲ではなく単純な事実を述べたつもりだったが、ふと脳裡に思い浮かべた同僚のにやけ面が思いのほか不愉快に感じられ、俺は少し戸惑った。知らず知らず『人間性』とやらへの拘り――あるいは執着が――俺の内に生まれているのだろうか。だとしたら、随分と“彼女”に感化されたものだ。ほんの数十分かそこら、言葉を交わしただけだというのに。


 ますます深くなる俺の苦笑をどう思ったか、頭の中の声は普段通りの抑揚に乏しい声で言ってくる。


《別に、悪いことではないと思いますが。貴官が何を見てどう感じるかは、あくまでも貴官自身の自由意志に委ねられるもので、そこに他者の意見を差し挟む必要はないように感じられます。無論、私も含めて》

「お前はそう言うと思ったよ、<イチョウ>。俺の『自由意志』とやらを認めてくれているのは、有難いことだけどな」

《恐縮です》

 

 僅かに皮肉を込めた俺の言葉に、頭の中の声、即ち俺の補助知能(サポート・AI)である<イチョウ>は無感動に応じた。そしてなんとも面白味のない現実を告げてくる。


《――それでは、そろそろ始めましょう。あまり長時間に渡ってスペースを占有すれば、エネルギー及び演算能力の浪費となりますし、なにより施設管理者の心証を損ねます。また、すでに彼らから三件の状況開始要請(メッセージ)が届いており、これ以上の遅延は強制退出の対象となり得ます》

「へえ、どんなことを言ってるんだか」


 ちょっとした興味から要請内容を再生してみると、格式ばった表現で修飾された「さっさと始めろ」という内容だった。因みに、新規に届いたものほど込められた苛立ちが明け透けになってきている。


「なるほど、いい加減に始めた方が良さそうだ」


 俺は頷き、改めて周囲の状況を見回した。



 -↯- 



 夕陽に染まる市街地がある。それも都市中心部、網目めいて張り巡らされた車道を一応の境界線として、建物同士が高密度で犇めき合う一帯だ。立ち並ぶ高層ビル群は強い西日によって明々と照らし出され、その分、影となる谷間には色濃い闇が蟠っていた。


 ケイ・サーヴァー少尉はとあるビルの屋上に、西日を背にして立っている。


 黒髪黒目、取り立てて特徴のない東洋風の顔立ちは若く、十代後半頃と思しい。身を包むのは暗緑色(ダークグリーン)戦闘衣(コンバット・ギア)。右腰のホルスターには拳銃を、左腰には一振りの刀剣武器を佩いている。彼の標準的な戦闘用装備だ。


「さて、と――」


 吐息交じりの一言をおいて、ケイは眼下の光景に注視した。


「――ぞろぞろと出て来やがったな」


 ケイの視線が向いた先、おおよそ三百メートルほど前方。都市のど真ん中を真っ直ぐ伸びる車道上を占有するように機動部隊が進軍している。


 列を成すのは装甲車二台に戦車六台と、各車それぞれ四人ずつの随伴歩兵。綺麗な一列縦隊だ。そしてそれらの上空を旋回する戦闘ヘリが左右に分散して二機ずつ。ここまでは<アルデガルダ帝国軍>としての基本に概ね忠実な編成と評せる。


《今回想定する状況は、<エクィアス連合国>首都へ向かい進軍中の敵部隊に対する奇襲攻撃です。周辺住民は避難済みですが、市街地での攻防となるので極力周辺被害を抑えてください》


 <イチョウ>の説明にケイは頷いた。


 ただ一点異なるのは随伴歩兵の装備だ。本来ならば赤い軍服に正式採用の突撃銃と戦闘衣(コンバット・ギア)のところを、眼下の彼らは全身戦闘装甲フル・コンバット・アーマーを纏った重装歩兵仕様となっている。携えた火器類も重機関銃や対物狙撃銃といった徹底ぶりだった。


 強化された視力によって敵軍の戦力を詳らかにしたケイは、感心と呆れが入り混じった表情で呟く。


「……随分と気合を入れてめかし込んだな」

《貴官の戦闘能力評価に合わせたかたちです、ケイ》

「それはどうも。まあ、基本編成なら真っ向から撫で斬りにするだけで済むしな」


 傲慢か過信、あるいは自殺志願ともとれるケイの発言は、しかし紛れもない事実だった。外見上はやや細身の青年にしか思えない彼の正体は、単騎にて容易く一軍を殲滅せしめるほどの桁外れた戦闘能力を秘める人形戦術兵器、鋼撃兵(SST)である。


 そう、ケイは純粋にして無垢な人間ではない。全身義体化フル・サイバネティクスを施された彼の五体を構成するのは生来の筋骨格や臓器類ではなく、すべてが強化改造及び人工物への置き換えを為されたものだ。


 金属類(メタル)炭素材(カーボン)合成樹脂(プラスチック)によって身体の大部分を造形され、脳殻を満たすのは電子部品(エレクトロニクス)生体式半導体(シリコーン)からなる集積回路(IC)であり、それらの隙間を流れるものは潤滑材(ジェル)人工血液(フルオロカーボン)生身部分(フレッシュ・ミート)はもはや微塵も存在しない。


 戦闘行為の最小単位である兵士個人に一個大隊クラスの戦闘能力を付与するという、途方もなく狂った運用理論(コンセプト)を実現した、まさに狂科学(マッド・サイエンス)の落とし子。それがケイ・サーヴァー少尉という存在だった。


 故に、彼は進んだ。屋上の端、落下防止柵を乗り越えた先へ、微かな躊躇いさえ見せずに悠々と。そうして遮る物も阻む物もない断崖絶壁の縁に爪先を置き、下方から吹き上げるビル風を受けて怯んだ様子もなく、ただ淡々と告げる。


「それじゃ、始めよう。<イチョウ>。開始宣言を頼む」

《了解。これより仮想戦闘訓練シミュレーション・プログラム:No.B-13を実行します。対象者:ケイ・サーヴァー少尉。記録管理者:補助知能(サポート・AI)<イチョウ>。秒読み(カウントダウン)開始。5、4、3、2、1……》


 ゼロ、状況開始。その呼び声がかかったと同時、ケイは力強く屋上の縁を蹴り付け、虚空へと身を投げ出した。立ち塞がるものを撃滅するために。



 -↯-



 浮遊感は一瞬。直後に生じたのは重力と全身を打ち叩く風だった。


 びょう、と耳元を切り付け後方へ過ぎ去っていく流れは烈しく、万有引力は容赦のない速度で俺の五体を地表へと導いていく。落下姿勢は頭頂部を下とし、手足を胴体に付けて伸ばした直線型だ。こうすることで空気抵抗を減衰し、また落下目標地点のズレを最小限にすることができる。俺の身体は高速で地表へと向かった。


 常人ならば恐怖から即座に失神するだろう状況も、俺にとっては日常茶飯事でしかない。故に心構えとしては『落ちる』というよりも『進む』だ。高所から現場への直接突入ダイレクト・エントリーは常套手段であり、普段は電磁加速器を利用した射出を用いているので、単なる自由落下ではむしろ遅いとさえ感じられる。


 ただ、お陰で着地までに戦闘の段取りを練り上げることができるのだから、ある意味ではこの遅さも悪くはない。尤も考えることは単純だ。どう接近し、どう潰すか。最短時間で最大効率を上げるための道筋はすでに出来上がっている。要はそれをどこまで忠実に達成できるかが肝だ。


(……少々、粗っぽいやり方になりそうだがな)


 彼我の火力を比較すると、攻略にはやや強引な方法を採る必要があるだろう。特に手数が圧倒的に足りない。それは敵勢力の殲滅が難しいということではなく、被害を極力抑えるという前提に立った場合の難易度だ。


 あちらを立てればこちらが立たず。戦場は冷徹な取捨選択の絶え間ない繰り返しによって構成されている。すべてを十全に救い、なにもかもを成し遂げるというのは、それこそ全知全能の神でもなければ不可能な行為だろう。


(まあ、それはそれで有意義な経験値になるだろう。自分の得意不得意、出来不出来を予め知っておくことは、決して無駄にはならないはずだ)


 実戦ではリスクが大きい選択肢を敢えて試し、その際に生じる不都合や失策に通じる要因を事前に知っておくことも、模擬戦闘訓練シミュレーション・プログラムの目的のひとつだ。要は試行錯誤の機会である。咄嗟の判断能力を養うためには幾度もの反復試行が避けられない。


 つまり、なんでも一度は試してみることが大事なのだ。少なくとも俺はそう考えている。


(さて、とりあえず行動方針は決まったが……)


 どうやら、地表到達まではもう少し時間があるらしい。そうなるとどうにも手持ち無沙汰となり、ここ最近の出来事やら、今日この後にやるべき手続きなど、つらつらと余計な思考(ノイズ)が過っていく。


《――ケイ、思考に乱れが》

「すまない、集中する」


 脳殻の同居者からお小言を受け、俺は謝罪を口にした。


 <イチョウ>は俺の身体状況を常時機能検査(スキャニング)しており、機能異常や誤作動の類は当然として、脳殻内で生じた些細な精神負荷(ストレス)も見逃さない。ややお節介な向きもあるが、それが彼女の仕事であり気遣いなのだから、厭うべきものではなかった。


(第一、戦いが始まる直前に気を散らしてるのは、兵士として問題だろうしな)


 模擬という頭文字が付いているにしろ、これから向き合うのは弾雨飛び交い鉄血砕け散る戦場だ。生半可な気分で踏み込むのは褒められたことではない。反省を胸に俺は思考を切り替える。平時から戦時へ。日常から鉄火場へ。移行は瞬時に行われ、余計な思考(ノイズ)は跡形もなく消え去った。


 不純物を濾された後に残るのは、鋭利に研ぎ澄まされた戦意のみ。準備が整った俺は顎を上げ、すでに数メートルほど先にまで迫った地表を睨んだ。


 <エクィアス連合国>の都市部で多用される、きめの細やかな白磁の特殊舗装材は、経済性と耐久性を高水準で両立している。削れず、割れず、静かで、走り易く、長持ち。元来それは市街地における機動部隊の展開を補助するための、言うなれば防衛策の一環として整備されたものだ。


(首都決戦なんて非常事態を、実際に許すわけにはいかないがな……)


 そこでふと、微かな想起が脳裡を走る。瓦礫と死体で覆い尽くされた都市の残骸、空を覆い尽くす紅炎と黒煙。少し前に目の当たりにした、とある国家を襲った崩壊の情景だ。俺は苦笑ひとつでそれを振り払う。ここで考えることじゃない。無論、戦意と集中に影響はなし。


 続く行動にも支障は出なかった。着地の間際、俺は身を縮めて空中前転し天地を一八〇度回転させた。腰部に内蔵された高性能重心制御装置(バランサー)の為せる業だ。落下の勢いを保ったまま高速で反転する景色にも混乱は生じない。そして前述の屈伸姿勢で設置した俺は――


「――さて、行くか」


 ――靴底が地表の感触を得たと同時、縮めた身体を一気に伸長させながら地を蹴り、前方へ向かって発条のように弾け飛んだ。


 一歩目から全力。体内の熱素機関フロギストン・エンジンが鼓動を早め、全身に力感が宿る。周囲の景色は一瞬で後方に流れ去り、視界の端が高密度の直線で埋め尽くされる。


 二歩目を踏む頃には差し渡し50mを駆け抜けていた。さらに力強く地を蹴り加速する。優秀な特殊舗装材は俺の踏み込みにも砕けることなく、完全な反作用をこの身に返してくれた。


 三歩目。俺の走力が最高速度に達した時、すでに攻撃目標は目と鼻の先に迫っていた。車列の先端、戦車が一台とその両脇に重装歩兵が二人。射程圏内突入。それはお互いに。


「来るか」


 俺は見る。<アルデガルダ帝国軍>正式採用戦車“T-28”の戦車砲が、黒々とした闇を湛える砲口をこちらへ向けている事実を。直後に<イチョウ>の声が端的に告げた。


《――警告。敵戦車はすでに装填を済ませ、こちらへの照準を完了しています》

「だろうな。優秀な訓練相手でなによりだ」


 そんなやり取りを交わした刹那、T-28が荒獅子の如く咆哮した。


 周囲一帯を凄まじい轟音が叩き鳴らし、砂礫と煤塵が盛大に巻き上がる。俺はそれらの情報を些事として認識から締め出す。意識すべきは直接的に差し迫った脅威だけで良い。即ち、こちらへ飛来する戦車砲の一撃だ。


 視界を覆い尽くす強烈な火炎光(マズルフラッシュ)に、俺は多機能視覚装置マルチ・サイト・システムの遮光機能を起動して対抗。過剰光量が取り除かれて鮮明になった視界の先、灼熱の殺意を纏った徹甲弾が大気を穿ち抜いて迫り来る。直撃すれば死だ。そこに例外はない。


 斬るか、弾くか、避けるか。

 判断に要した時間は1ミリ秒足らず。

 俺は地を蹴って飛んだ。徹甲弾を迎え撃つように、真正面へと。


「――っ!」


 結果が示されるまでは一瞬。俺の身体は徹甲弾のやや上方を飛び越えるようにして通過していく。回避成功。俺自身の負傷を避けるためならこれで済むが、想定されているのは市街戦だ。遥か後方に飛んで行った流れ弾が、余計な被害を生み出す可能性は非常に高い。


 なので、俺はすれ違いざまに徹甲弾を上から蹴り付けた。空中前転を加えての踵落としだ。その効果は抜群。撃音を響かせ軌道を変えた徹甲弾は、そのまま車道へと突っ込み減り込んだ。俺はその反作用を受けて前方へと飛ぶ。これで()()()()()()()()()できた。


 まずは一難去った。しかし喜ぶにはまだ早い。目前、全身戦闘装甲フル・コンバット・アーマーを纏った重装歩兵二人が、両腕に抱えた重機関銃で俺を狙っていたからだ。そして俺の身体は現在空中にあり、当然ながら蹴り付けるべき地面はどこにもない。


《撃ってきます、ケイ》

「良い連携だ、実戦じゃこうも行かないだろうが」


 射撃は返答直後に開始された。雀蜂の羽音に似た、しかし遥かに凶悪かつ重厚な音色が轟く。対する俺の身体は無防備だ。鋼撃兵(SST)の身とて大口径の銃弾をまともに喰らえば致命的な損傷を負う。故に俺は宣言する。己が身に秘めた機能の発動を。


「《武装選択:電磁斥力場(バリア・フィールド)――開始(ラン)》」


 人工声帯が震えると同時、俺の前方に不可視の壁が出現する。それによって敵兵士の放った銃弾の尽くは爆ぜ飛んで塵と化した。防御成功。一方で俺の胸中には淡い苦みがあった。


 ――……こっちが一撃を入れる前に内臓武装をひとつ使わされた、か。


《提言。それを失策と捉える場合、貴官の行動選択に原因があります。側面または後方からの奇襲、あるいは先に敵兵士の排除を試みるべきでした》


 容赦のない<イチョウ>の指摘に俺は苦笑。まったくもって正論だ。重装備の敵勢力に対して真正面から突っ込むのは戦法として粗が過ぎる。とは言え、この結果自体は最初から予想していたことであった。俺は別に無策で突っ込んだわけではないのだ。


(真正面からの強襲は確かにリスクが大きく、戦術的優位性タクティカル・アドバンテージは皆無だ。戦法としては落第、むしろそう呼ぶことさえ憚られるだろうよ。だがその分、注意をこちらに引き付けるのは容易だし、同時にある程度相手の動き方を固定化することができる……)


 ここは見通しが利かず咄嗟の広域展開も難しい市街地のど真ん中、それも真っ直ぐ一直線に伸びる車道の上だ。そんな状況下で突然進路上に現れた相手が、そのまま真正面から突っ込んできた場合、取り得る手段は迎撃以外にはまず有り得ない。


(そして攻撃目標が俺に絞られている状況なら、他所へ流れ弾が飛ぶ可能性は極限まで低くすることができる。周辺被害を極力抑えるという方針にも適うしな)


 加えて、敵勢力は綺麗な一列縦隊を為している。そうなると迎撃行動を行えるのは、先頭の戦車一台と、随伴歩兵二名に限定される。心理的にも相手に一番近い戦力が対応に当たろうとするのは自然だ。この時点で俺は警戒すべき対象を三者のみに絞ることができる。


 無論、上空で睨みを利かす戦闘ヘリは警戒すべきだ。しかし俺はそれらの捕捉能力を振り切るのに十分な速度を出すことができ、そして一度敵勢力の懐まで飛び込んでしまえば、戦闘ヘリは友軍誤射フレンドリー・ファイヤを恐れて迂闊な攻撃はできない。


(……案の定、その通りになった。予想外だったのは随伴歩兵の練度だな。最初の想定では反撃される前に倒すつもりだったんだが、流石になにもかも思い通りには行かないか。……いや、だけど目の前で徹甲弾蹴り飛ばされて、微塵も動揺しない兵士ってのも不自然じゃないか? <イチョウ>は俺の戦闘能力評価に合わせたって言うけど――)


 そこで俺は思考を打ち切った。論調が段々と自己弁護(子供の言い訳)めいてきた自覚があったからだ。どうせならもう少し建設的な、例えば他に取り得る選択肢がなかったかを模索してみるべきだろう。


 ――電磁斥力場(バリア・フィールド)じゃなくて加速装置(アクセラレイター)を起動して、弾丸を叩き落すって選択肢もあるにはあったかな。


《非推奨。単純にリスクが大きすぎますし、それで得られる優位性は皆無です》


 ――……冗談だ。非常時でもなければ、俺だってそんな博打めいたことはやりたくない。実戦で同じ状況なら手堅いやり方で行くさ。


 対する<イチョウ>の返答は「その方が良いでしょう」という、非常に素っ気ないものだった。それが彼女なりの気遣いなのかは分からないが、まあ、深く掘り下げても意味はないので止めておく。


 因みにここまでの会話は思考共有を用いた光速度で行われており、現実時間に換算して費やした秒数はゼロに近い。<イチョウ>が俺の脳殻内に増設された量子メモリを住処とする情報体(プログラム)だからこそ可能な芸当だ。


 一刻一秒を奪い合う高速戦闘を行いながら、己の補助知能(サポート・AI)と戦況分析や方針協議をできるのは、鋼撃兵(SST)が持つ大きな戦術的優位点タクティカル・アドバンテージのひとつだ。しかしそれを無駄遣いするのは純熱量(カロリック)エネルギーの浪費に他ならない。


 加えて――


《ケイ。前から申し上げようと思っていたのですが、貴官は戦いに独創性を求める傾向がやや過剰に思えます。無論、それが貴官の突発的事象に対する高い対応能力、及び、優秀な戦闘成績の一助となっていることは否定できませんが、私としてはもう少しリスクの低い方法を採用して欲しいです》


 ――このようなお説教までもが、時と場所を選ばずに行われる要因になり得るので、やはり兵士は兵士らしく戦うのが一番なのだろう。それに<イチョウ>が指摘する『悪癖』に関しては、俺にも自覚があるのだ。


 故に、


「……分かった、分かった。ここからは()()でやるよ」

 

 俺は()()に目を向けることにした。


 途端に停止していた時間感覚が正常化し、この身に受けるあらゆる感覚が蘇る。耳朶を打つ鋼の多重奏、鼻腔を擽る硝煙の香り、頬を撫でる熱い風。なにより俺の内側で昂り唸る熱素機関フロギストン・エンジンの駆動音。


 それらすべてを機械的に捉え、飲み下し、俺は動き出す。


「遅れを取り戻そう。……三分で片付ける」


 突き刺さる数多の敵意と銃口に対し、俺は瞬発を以て挑みかかった。



 -↯-



 ケイが最初の標的に定めたのは向かって右側の重装歩兵だ。


 ケイは電磁斥力場(バリア・フィールド)を維持したまま、戦車砲に対して踏み込んだ際の勢いを保って重装歩兵へと肉薄する。斥力場を利用して重装歩兵を弾き飛ばす狙いだ。


 対する重装歩兵は銃弾を用いての迎撃を無意味と判断したか、即座に重機関銃を投げ捨てると防御姿勢を固めた。首を縮め、両腕を頭の横に立て、足を踏ん張る。


 こうすることで物理的な対抗力が生まれるほか、全身戦闘装甲フル・コンバット・アーマーの防御機構が起動し、首や脇などの急所が閉じるのだ。こうなれば彼は人間サイズの要塞と化したに等しい。


 ――手榴弾の爆風や機銃掃射にさえ耐える代物だ。実戦ならこの状態で並べるだけで簡易防塁になる。成形炸薬(HEAT)弾でもなければ突破は困難だろうな。実際、エクィアスの兵士は大いに手を焼いた……。


 しかしケイは鋼撃兵(SST)だ。既存のあらゆる兵器を上回る攻撃能力を期待され、そのために必要な全機能を身体に注ぎ込まれた人型()()()()である。ならば要塞のひとつやふたつ、単騎で攻略できねば話にならない。


 故にケイは正面突破(真っ向勝負)を試みる。用いるのは右腰の炸裂短針銃バースト・ニードル・ガンでも、左腰の高周波刀バイブレーション・ソードでもない。彼自身の徒手空拳である。


「――ぉオッ!!」


 気勢一声。地に足が付くと同時、ケイは電磁斥力場(バリア・フィールド)を解除。そのまま前に置いた軸足を起点に身体を捻り、地表からの反作用を吸収しつつ、踏み込みの速度と全体重を乗せた貫手を放つ。鋭い破裂音が生じ、ケイの指先が白い傘状のエフェクトを突き破った。


 音速超過の一撃。ケイの貫手は徹甲弾を遥かに凌駕する威力を乗せ、五重の複合装甲により耐刃耐弾耐爆耐衝撃能力を持つ全身戦闘装甲フル・コンバット・アーマーへと突き刺さった。指先が装甲表面に触れたのは一瞬。まるで豆腐に箸を入れるような滑らかさで、殺傷力は要塞の如き防護を易々と貫通した。


 鋼撃兵(SST)は人型の戦術兵器である。即ちその五体そのものが尋常ならざる殺傷能力を保有した刃であり弾丸なのだ。全身が武器。全体が攻撃力。単騎にて一軍を相手取るという運用理論(コンセプト)は伊達や酔狂ではない。


「――ッ!?」

「まず、一人」


 粉砕された装甲が弾け飛び散る。二の腕までを胴部に突き込まれた重装歩兵は、身を激しく痙攣させながら血反吐をぶち撒けた。即死。凶器(貫手)を引き抜けば、砕けた金属片と共に血と臓物が零れ落ち、白亜の特殊舗装材に鮮烈な彩りを与えた。照り返す夕陽よりもなお朱く。


 咽返るほどの濃密な血臭を間近に浴び、しかしケイは一切の頓着をしない。


 軽く腕を振って血振りを済ませると、生命という支えを失い頽れかけた重装歩兵の身体を掴み、そのまま足腰の捻りを加えて真横へ向かって投擲する。剛速で吹っ飛んだ重量物は、ケイに奇襲を試みていたもう一人の重装歩兵と激突。人体が二人分、割れ鐘を打つような破砕音を響かせながら、大きく吹き飛ばされた。


 ケイはそれを追わない。代わりに素早く右腰から拳銃を引き抜くと、吹き飛んでいく重装歩兵を照準。即、発砲。亜音速で空を駆けた炸裂短針は、全身戦闘装甲フル・コンバット・アーマーの顎部へと着弾、その僅かな隙間から頭部へ喰い込んで弾けた(バースト)


「これで、二人」


 ヘルメットの中身を、無数の破片によって乱雑に掻き混ぜられた(ミキサーされた)重装歩兵は、地に落ちる頃には事切れていた。がくりと傾いだ首の根元から新鮮な肉汁(作りたてジュース)が滴り落ち、やがて大きな水溜まりを作った。


 瞬く間に二人の重装歩兵を片付けたケイは、続く獲物へと取り掛かろうとする。現状、敵勢力に目立った混乱はない。後列まで情報が伝わっていないのか、それとも指揮系統が優秀なのか。ケイは後者だと判断した。


「さて、歩兵か戦車か――」


 視線を巡らせた先、三人目の重装歩兵と目が合った。携えるは対物狙撃銃。その銃口はこちらへと向けられている。


「――お前だな」


 告げた途端、敵の獲物が火を噴いた。戦闘ヘリにも損傷を与えるほどの威力が迫り、ケイは思考する。戦車砲を回避した時よりも彼我の距離が短い。回避自体は難しくないが、飛んで避ければ先の二の舞であり、今度は追い打ちが四方八方から送り込まれるだろう。


 ――飛ぶのは、ナシだ。


 ケイは決断し、左腰から高周波刀バイブレーション・ソードを抜き放った。柄の根元にあるスイッチを入れると強化合金(オリハルコン)製の刀身が甲高い音を発して震え始める。秒間一万回の高速振動はあらゆる物体を溶けたバターの如くに切断可能だ。当然、対物狙撃銃の弾丸も例外ではない。


「――疾ッ」


 吐息ひとつ。目にも止まらぬ速さで振るわれた高周波刀バイブレーション・ソードは、成人男性の親指ほどもある大型弾丸を容易に切断した。


 無論、それだけでは弾丸を二つにしただけなので、弾道と威力はそのままに目標(ケイ)へと命中してしまう。故にケイは切断の瞬間、手首に僅かな捻りを加えた。その細かな動作によって、分割された弾丸の軌道は大きく左右に分かれ、ケイの両脇を通過していった。


《ケイ、今のは……》


 ――遊んだわけじゃない、これが最適行動と判断したんだ。


 <イチョウ>からの咎めに返答しつつ、ケイは正面へと踏み込んだ。重装歩兵は二度目の射撃を行おうとするも、それを赦すほど鋼撃兵(SST)の脚力は甘くない。瞬時に敵の懐へ飛び込んだケイは「三人」と呟きながら白刃を閃かせた。その一撃で重装歩兵の首が落ちる。


 直後、血飛沫が噴水のように噴き出した時、すでにケイはその場を離れている。頭部を失って膝を突く重装歩兵を背後へ置き去りに、さらに前へと踏み込んで行ったのだ。


 ケイが見据える先、お誂え向きに列を成した随伴歩兵たちが立ち並んでいる。ケイは目視で人数を確認した後、二つ目の内蔵武装を起動した。


「――《武装選択:加速装置(アクセラレイター)――開始(ラン)》」


 そこから行われたのは、文字通りの撫で斬りだ。


 加速装置(アクセラレイター)によって音速を遥かに超える速度を発揮したケイは、戦車隊の車列真横を一直線を走り抜け、稲でも刈るように重装歩兵たちを葬っていった。彼らの認識能力は己の死さえ理解できなかっただろう。


「――十七、と」


 随伴歩兵のうち右側半分を全滅させたケイは、そのまま最後尾の車両を回り込んで二回目の疾走を開始。今度は後ろから前へ。残った十五人の首を刈り飛ばし、これで三十二人。数え間違いなく重装歩兵は全滅である。そこでちょうど加速装置が持続限界に達し、ケイの時間感覚は元に戻った。


 ――さて、ここからが本番(メインディッシュ)だ。


 随伴歩兵を失った戦車隊にもはや自衛能力はない。これが開けた平地での会敵戦ならばともかく、機動力を十分に生かせない市街地では致命的な状況だ。ケイは一切容赦せず攻め続ける。敵戦車がやぶれかぶれの無差別砲撃を開始する前に。


 再び車列の前方に舞い戻ったケイは、おもむろに敵戦車の上に飛び乗ると車体上部の回転砲塔を抱え込んだ。同時、やや乱れた操縦から伝わってきた車内の慌てた雰囲気に苦笑しつつ、ケイは熱素機関フロギストン・エンジンの出力を引き上げる。


「おぉ……ッ!!」


 鼓動が急激に速まり、胃の腑辺りが灼熱を帯びる。暴力的なまでの純熱量(カロリック)が奔流となって全身を駆け巡り、凄まじい力感が各部人工筋肉(アクチュエーター)に宿る。内側から弾けそうなほどの昂揚に身を委ねつつ、ケイは漲る力の迸るに任せて、一息に回転砲塔をもぎ取った。


「――ぉらあッ!!」


 引き千切られた配管、装甲、その他雑多な部品類が宙を舞う。車内から茫然自失と見上げてくる敵兵士にケイは一瞥を返し――


「じゃあな」


 ――別れの言葉と同時、回転砲塔を鉄槌として振り下ろした。圧倒的質量を前になにもかもが為す術もなく砕け潰れ、鋼鉄と人体の合い挽き(ミンチ)が出来上がる。これで一台撃破完了。


 そして続く二台目は、驚くべきことに友軍が撃破された瞬間、ケイ目掛けての砲撃を実行した。素晴らしい即断即決だ。ケイは過熱する思考に戦闘者としての喜悦を滲ませながら、第三の内蔵武器を起動する。


「――《武装選択:反射手甲リフレクター・ガントレット――開始(ラン)》ッ!」

 

 その宣言に従い、ケイの両拳に不可視の力場が発生する。電磁斥力場(バリア・フィールド)を応用した近接戦闘用武装だ。それによって為される戦術行動は防御ではなく迎撃。ケイは力場を纏った拳を、大気を穿ち抜いて迫る徹甲弾へと打ち込んだ。


「――反射ッ!!」


 大音響が天を揺らす。真正面から克ち合う鉄と鉄、その激突に勝利したのはケイの側だった。彼の拳に打ち負けた徹甲弾は大きくひしゃげながら、まるで時間を巻き戻すように元来た道を辿って、再び砲口内へと突き込まれた。引き起こされる結果は当然、次弾の誘爆である。


 盛大に火柱を噴き上げた二台目の戦車、その脇を擦り抜けてケイは三台目の目標へ向かう。


 待ち受けていたのは装甲車だ。戦車と異なりのっぺりとした車体には、ケイが利用できるようなオブジェクトは存在しない。装甲を抉じ開けようとすれば数秒の時間浪費(タイムロス)になるだろう。そしてそれは致命的な遅れとなり得る。


 故に対処としては単純に、高周波刀バイブレーション・ソードを用いた中身ごとの切断とした。布でも断つように刃は滑らかに通り、装甲共々車内に居た人員は真っ二つとなった。生体反応消失。これで装甲車と内部の人員は無力化に成功。


 四台目からは、先程までの完全なる繰り返しだった。


 回転砲塔を引き剥がして、内部の人員を叩き潰し。友軍の顛末を知らぬが故の愚直な砲撃を殴り返して、二つ目の火柱を上げ。二台目の装甲車も同じように真っ二つとした。


 これで残るは戦車が二台。ここでケイは次の車両を飛び越え、最後尾の車両へと降り立つ。そこで行ったのは、やはり三度目の回転砲塔引き剥がしと内部人員の排除であったが、ここからの動きが異なる。ケイは一度使った回転砲塔を垂直に立てると、それを足掛かりとして直上へ飛んだのだ。


 その目的は、これまで放置してきた戦闘ヘリの排除だ。友軍への誤射を恐れて発砲を躊躇っていたそれらも、全滅の可能性が濃厚になってきた今となっては、なりふり構わないのが目に見えている。


 案の定、ケイが飛び付こうとした戦闘ヘリは、既に対戦車ミサイルの発射体勢を整えていた。しかしそれよりもケイの方が素早い。大地から空へと逆さまに駆け上った雷鎚は、戦闘ヘリに取り着くとそのまま内部へと侵入。操縦者の首を圧し折り外へ投げ捨て、操縦席を奪い獲った。


「<イチョウ>。操縦系統のハッキングを頼む」

《了解。……完了しました、この機体は貴官の思うが儘です》


 操縦系統の支配は一秒足らずで済んだ。ケイは状況把握が追い付かず混乱している他の戦闘ヘリを手動照準マニュアル・ロックオン。装備火器の30mm機関砲を射撃した。


 当然、安全装置は解除済みだ。引き金を弾けば素直に弾が出る。けたたましい発砲音を轟かせて飛んだ鋼の弾雨は、狙い過たず戦闘ヘリの回転翼(ローター)を直撃。飛行能力を喪失した敵機はそのまま墜落し、付近のビルへと突っ込み爆発炎上した。


《ケイ、周辺被害が》

「これに関しては不可抗力だ……!」


 流石に狙った所に落とすような芸当は不可能だ。戦闘が始まってから初の明確な失点にケイは歯噛みするが、今更になって方針を変更することはできない。それに現在の装備ではこれ以上の方法が思いつかないのも事実だった。


「許せよ……!」


 ケイは冷徹な眼差しで残る敵機を照準すると、そのすべてに同じ運命を辿らせた。最後の一機ともなれば反撃を試みてきたが、鋼撃兵(SST)の動体視力を前にすれば、対戦車ミサイル程度は風船が漂うが如し。30mm機関砲で撃ち落とし、そのまま本体を蜂の巣にしてやった。


「よし……」


 良くはないが、とにかく脅威は排除した。残るは戦車が一台。ケイは操縦桿を思い切り引き倒し、戦闘ヘリの鼻先を地表へと向けた。当然ながら狙いは生き残りの戦車である。響き渡る非常警告(アラート)を無視し、ケイは真っ逆さまに戦闘ヘリを攻撃目標目掛けて突撃させた。


「これで、終わりだ……!」


 戦闘ヘリは吸い込まれるように戦車の直上に墜落。これまでで最大級の火柱が発生し、盛大な爆風が周囲の窓ガラスを片端から叩き割った。


 状況終了。



 -↯-



《――被害報告。全壊:民家一軒、ビル一棟。半壊:小規模商業施設一軒、ビル三棟。流れ弾による損傷:民家三軒、中規模商業施設二軒、ビル六棟。爆風による周辺への影響:半径30m圏内のガラスが全損。なお周辺住民の被害はなし。想定される状況から評価して、……概ね良好な結果であると判断できます》


 <イチョウ>の戦果報告(リザルト)を聞きながら、俺は肩を落とした。


 改めて聞いてみると惨憺たる有様だ。戦闘の昂揚が抜けた冷静な思考に突き付けられた結果は、何処までも自身の至らなさを示すものでしかない。人的被害こそ出していないが、それは自慢にならないだろう。


「お世辞は良いよ<イチョウ>。……最後の方で詰めを誤った」


 大きな溜息が零れる。確かに最終盤、戦闘ヘリの墜落先に関しては完全に運だったが、そうなった時点で戦術としては完全に失敗だ。運任せの作戦立案をする指揮官がもし居れば、そいつは無能かイカレだろう。非常時ならばともかく、博打を好んでする趣味など俺にはない。


 そうして理解したこととしては、やはり――


鋼撃兵(SST)にも、単騎じゃ限界があるよな……」


 ――至極当たり前の現実だった。


 戦場の死神という異名を欲しいままにする鋼撃兵(SST)とて、頭一つに手足が二つずつの身体では、当然ながらできることには限りがある。極端な話、数千キロ離れた地域での作戦行動を同じ日に達成することなど、天地がひっくり返っても不可能なのだ。


 ある意味ではそれを実感するための強引な攻め手だったが、やはり実際にやってみると気落ちするのは否めない。その考えは鋼撃兵(SST)も根本的には一兵卒である以上、思い上がりというか自意識過剰に近いのだが。


(“O”から“W”までの局地戦仕様なら、また違ったやり方があるんだろうがな)


 特戦型鋼撃兵(SST)にも運用開始(ロールアウト)時期によって多少の性能的差異があり、俺は“D”から“K”までに括られる汎用戦仕様の最後発機(ラストナンバー)だ。個体毎に専用装備と特殊機能を盛り込まれた局地戦仕様の後輩たちと比べて、やや器用貧乏な面は否めない。


(……尤も、現在じゃあ大分事情が異なってるがな。俺たちにも蓄積戦闘データに応じた最適化装備が配備されるようになったし、ジェイなんかはそれを水を得た魚みたいに活用している。戦力自体は増強してるんだ)


 ()()()()さえなければ。


「……、」


 俺は脳裡を過った情景に思わず眉をひそめる。それは今から五年ほど前に発生した、俺たち特戦型鋼撃兵(SST)の在り方を大きく揺るがした事件の記憶だ。汎用戦仕様の最初発機(ファーストナンバー)にして“無敵”の呼び名を欲しいままにしたかつての同僚、その裏切りが引き起こした惨劇の顛末……。


《――ケイ、精神負荷(ストレス)が増大しています》


 <イチョウ>の呼び声に、俺は物思いから引き揚げられた。


「……すまない。少し、昔のことを考えていた」

《『裏切者』ディー・トリガーのことですね》


 告げられた正鵠に俺は苦笑する。


 <イチョウ>に対して隠し事など不可能だ。特にディー・トリガーに関する情報に関しては。何故ならば、俺たち特戦型鋼撃兵(SST)補助知能(サポート・AI)の搭載が義務付けられたのは単純な戦闘能力増強のためだけではなく、ディー・トリガーのような叛逆を未然に防ぐためでもあるからだ。


「<イチョウ>。俺は、この国を裏切るつもりはないよ。大量殺戮もやる立場で言うことじゃないかも知れないが、今の仕事自体は気に入っているんだ。与えられた環境にも満足してるし、この国が掲げている御題目にも叛意はない」


《それについては重々承知しています、ケイ。貴官は理想的かつ優秀な兵士であり、その存在はこれまで多くの作戦行動において多大な成果を<エクィアス連合国(我々)>に齎してきました。今更になって貴官が裏切る可能性など、私自身が信じていません。これっぽちもです》


 どこまでも友好的な物言いに、俺は肩を竦めた。


 彼女は確かに俺を公私共々に支えてくれる相棒(パートナー)であり、俺自身も少なくない愛着を感じてはいる。搭載当初こそ煩わしさが勝ったものの、今では他愛のない会話も楽しめる話し相手として、また心の内を明かすことのできる相談相手として大事に想っている。臆面もない言い方をすれば友人であり、仲間だ。


 しかしその一方で、彼女が究極的には俺を縛るための首輪であるという事実は消えない。


 仮に俺が叛意を見せようものなら、それもディー・トリガーに共感などしようものなら、彼女は一切の温情を差し挟むことなく俺の人格を焼き切る(デリートする)だろう。俺がそれを恐れていない理由は、ただ偏に『裏切るつもりがないから』に過ぎないのだ。


(……なんて、いくらなんでも殺伐としすぎだな)


 俺は苦笑を深め、益体もない思考を拭い取った。<イチョウ>は少なくとも俺が仕事を果たしている限りは、全霊を尽くして俺をサポートしてくれるだろう。そこに感謝こそあれ厭う理由はない。文字通りに一蓮托生、ここから先死ぬまで一緒の相棒(パートナー)を悪し様に評するなら、流石に人でなしの誹りを免れないだろう。


 なので、俺は言っておく。


「<イチョウ>。これからも頼りにしてる、いつもありがとうな」

《こちらこそ、ケイ。貴官の補助知能(サポート・AI)として働けることは、私にとってもこの上ない喜びです。どうぞこれからもよろしくお願いします、マスター》


 古い呼び名を持ち出してきたのは、彼女なりの親愛表現だろうか。


 ともかく、模擬戦闘訓練シミュレーション・プログラムは終わった。ならばさっさと席を空けるべきだろう。管理者たちもそろそろ痺れを切らしているに違いない。


「……それじゃ、現実に戻るとするか。<イチョウ>。訓練終了」

《了解。模擬戦闘訓練シミュレーション・プログラム終了。これよりケイ・サーヴァー少尉の意識を覚醒させます――》


 その言葉を契機とし、俺が認識する世界のすべてが解けて消えていく。


 鉄屑と化して黒煙を噴き上げる戦車隊の成れ果ても。

 首や手足をそれぞれ喪失して血溜りに沈んだ随伴歩兵の死体も。

 所々に損傷を作った街の風景と、それらを朱く染め上げる鮮やかな夕焼け空も。


 なにもかもが一瞬にして、漆黒に塗り潰された(ブラックアウトした)



 -↯-



 ――目覚めまでの刹那、俺は夢を見なかった。



 -↯-



「――……、」


 全身義体化フル・サイバネティックスを施された者の目覚めは常に一瞬であり、そこには僅かな微睡みさえ介入することはない。意識は即座に鮮明となり、瞼を開けば明瞭な視界が開ける。


《――ケイ・サーヴァー少尉の正常な覚醒を確認。おはようございます、ケイ》

「ああ、……目覚めてすぐの景色が棺桶の中ってのは、いつもながらに慣れないな」


 俺が現在横たえられているのは、透明な蓋で上部を封じられた長方形の箱の内側だ。通称もそのまま棺桶(コフィン)と呼ばれるそれは、俺たち鋼撃兵(SST)の意識のみを仮想世界(VRワールド)へ運ぶための船であり、覚醒まで身体状況を健全に保つための揺り籠だ。


 つまり、俺は今まで電子的に再現された空間内で戦っていたことになる。


 夕焼けの色も、血と硝煙の香りも、弾け飛ぶ鋼の感触も。なにもかもを現実と同等に再現された仮想世界(VRワールド)は、ここ<エクィアス連合国軍・総司令部>に置かれた高性能巨大演算機(スーパーコンピュータ)が齎す、世界最高級の演算能力によって作り上げられていたものだ。


「さて、と……」


 俺は身を起こしながら、棺桶の蓋を内側から押し開ける。すでに施錠は<イチョウ>が解除しているので、僅かな抵抗もなく蓋は開いた。俺はそのまま棺桶の縁に手を掛け、床面に足を下ろし――


「よう、ケイ」

「……なにしてるんだ、ジェイ」


 ――寝起き早々にあまり見たくない同僚の顔と、間近に見つめ合う羽目になった。


 そして。困惑と不愉快から思わず半目になった俺に対し、整ってはいるがどこか軽薄な印象を持つ顔立ちに満面の笑みを浮かべたジェイ・オライアーは、こう宣ったのだ。


「どうだ、今から一戦やらないか。現実(こっち)での模擬戦闘訓練シミュレーション・プログラムを」



 -↯-



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